学位論文要旨



No 216533
著者(漢字) 田代,省平
著者(英字) Tashiro,Shohei
著者(カナ) タシロ,ショウヘイ
標題(和) 自己集合性中空錯体の孤立ナノ空間内におけるペプチドの認識
標題(洋)
報告番号 216533
報告番号 乙16533
学位授与日 2006.04.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16533号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,誠
 東京大学 教授 塩谷,光彦
 東京大学 教授 北森,武彦
 東京大学 助教授 引地,史郎
 東京大学 助教授 河野,正規
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は、生体関連分子として近年着目されているペプチドの認識について、新規な方法論を探索したものである。理想的なペプチド認識の例として、生体内のタンパク質表面による認識が挙げられるが、その例に倣い、水中で大きな疎水ポケットを提供することを考えた。すなわち、ナノメートルサイズの中空構造を有する自己集合性中空錯体をペプチドレセプターとして用いることにより、水中において優れたペプチド認識能を見いだすことに成功した。さらに、種々の形状を有する錯体を用いることにより、様々なペプチド鎖の選択的認識や、2次構造の制御を達成した。正八面体型かご状錯体を用いた場合では、Trp-Trp-Ala配列からなるトリペプチドが類似配列中でも極めて選択的に認識されることを示した。一方、ポルフィリン骨格を有するプリズム錯体ではTyr-Tyr-Ala配列を選択的かつ非常に強く認識することに成功した。さらに同錯体では、疎水空孔内に結合したAla-Ala-Ala配列がβターン構造を形成していることを見いだしている。一方、ボウル型錯体では9残基からなるオリゴペプチド鎖を認識することが可能であり、さらに取り込まれたペプチド鎖は本来不安定なαヘリックス構造が安定化されることが明らかとなった。また本論文では動的ペプチドレセプターの設計を目指し、チューブ状錯体におけるゲスト分子の動的挙動、およびレセプターの動的自己集合に関して検討を行った。以上のように、自己集合性中空錯体が極めて優れたペプチドレセプターとして作用しうることを本論文では明らかにするとともに、水中で大きな疎水空間を提供するというアプローチが有効なペプチド認識の方法論であるということを示すことができた。

原著論文:

1."Selective Recognition of Trp-and Tyr-rich Oligopeptides by Self-assembled Coordination Hosts"S.Tashiro,M.Fujita,Bull.Chem.Soc.Jpn.Accepted. (Chapter2,Full Paper)

2."Peptide Recognition:Encapsulation and α-Helical Folding of a Nine-Residue Peptide within a Hydrophobic Dimeric Capsule of a Bowl-Shaped Host"S.Tashiro,M.Tominaga,Y.Yamaguchi,K.Kato,M.Fujita,Chem.Euro.J.,2006,in press.(Chapter5, Full Paper)

3."Folding a de novo Designed Peptide into α-Helix through Hydrophobic Binding by a Bowl-Shaped Host"S.Tashiro,M.Tominaga,Y.Yamaguchi,K.Kato,M.Fujita,Angew.Chem.Int.Ed.,2006,45,241.(Chapter4,Letter)

4."Sequence-Selective Recognition of Peptides within the Single Binding Pocket of a Self-Assembled Coordination Cage"S.Tashiro,M.Tominaga,M.Kawano,B.Therrien,T.Ozeki,M.Fujita,J.Am.Chem.Soc.,2005,127,4546.(Chapter2,Letter)

5."Pd(II)-Directed Dynamic Assembly of a Dodecapyridine Ligand into End-Capped and Open Tubes:The Importance of Kinetic Control in Self-Assembly"S.Tashiro,M.Tominaga,T.Kusukawa,M.Kawano,S.Sakamoto,K.Yamaguchi,M.Fujita,Angew.Chem.Int.Ed.,2003,42,3267.(Chapter8,Letter)

6."Spectroscopic and Crystallographic Studies on the Stability of Self-assembled Coordination Nanotubes"M.Aoyagi,S.Tashiro,M.Tominaga,B.Kumar,M.Fujita,Chem.Commun.,2002,2036.(Chapter7,Letter)

7."Dynamic Aspects in Host-Guest Complexation by Coordination Nanotubes"M.Tominaga,S.Tashiro,M.Aoyagi,M.Fujita,Chem.Commun.,2002,2038.(Chapter7,Letter)

審査要旨 要旨を表示する

 生体内におけるペプチド鎖の認識は、抗原-抗体反応やホルモン-レセプター相互作用などのように、種々の生命活動を司る極めて重要な分子認識の一つである。タンパク質が有する大きな認識ポケットとペプチド鎖が合理的に多点相互作用することによって、非常に高い選択性が発現する。そこで近年、ペプチド認識を指向した種々のレセプター分子が設計されているが、数残基のペプチド鎖を内包できる大きな認識ポケットを設計することは容易ではない。

 本研究では、配位結合を駆動力として自己集合する巨大中空錯体が、水中で数残基のペプチド鎖を内包しうることを報告している。その結果、種々のペプチド鎖が配列選択的に認識され、さらに包接されたペプチド鎖の2次構造が安定化されることから、自己集合性中空錯体がペプチド認識の極めて理想的なレセプターとして作用することを見いだしたものである。本論文は以下の章から構成される。

 第1章の序論では、ペプチド認識の意義と、人工的なアプローチによる種々の方法論について言及した。さらにそれをふまえ、水中で巨大な疎水ポケットを提供しうる自己集合性中空錯体が、理想的なペプチドレセプターとして作用することを述べた。

 第2章では、正八面体型中空構造を有する自己集合性かご型錯体が、トリプトファンを含むトリペプチドを水中で強く認識することを示した(Ka=106M(-1))。さらに、類似の配列の中でもTrp-Trp-Ala配列が高い選択性に基づいて認識されることを見いだした。また本章では、選択性と高い結合能の由来を、単結晶X線構造解析とNMR解析の結果より明らかにしている。

 第3章では、ポルフィリン骨格を有するプリズム型錯体が、かご型錯体とは対照的にチロシンを含むトリペプチドを効率的に認識することを見いだした。ポルフィリン環3枚に囲まれた特異な空間に取り込まれたペプチド鎖は、極めて強い認識能(Ka>108M(-1))と高い選択性に基づいて認識された。さらにポルフィリンの中心金属を変えることで、ペプチドの選択性を制御できうることを示した。

 第4章では、お椀型の疎水ポケットを有するボウル型錯体の内部に取り込まれた9残基のオリゴペプチド鎖が、αヘリックス構造を形成することを明らかにした。このペプチド鎖は水中では定まった構造を取ることはできないが、ボウル型錯体の疎水ポケットと結合することにより、本来不利な2次構造が安定化されることを見いだした。また本章では、錯体内のペプチドの立体構造を、詳細なNMR測定の解析より明らかにしている。

 第5章では、ボウル型錯体2分子が二量体構造を形成することにより、9残基のオリゴペプチド鎖をその巨大な疎水空間内にほぼ完全に包接しうることを見いだした。その結果、本来不安定なペプチド鎖のヘリカル構造が安定化されることを明らかにした。

 第6章では、Ala-Ala-Ala配列からなるトリペプチドがポルフィリンプリズム錯体の疎水ポケットに取り込まれることにより、最小のヘリックス構造であるβターン構造が安定化されることを示した。

 第7章および第8章は、理想的なペプチドレセプターの設計を目指したものである。7章では、特異な疎水空間に包接されたゲスト分子の動的挙動の制御を目的として、筒状のチューブ錯体内に取り込まれたゲスト分子の1次元動的挙動に関してNMRから詳細な検討を行ったものである。また8章では、動的にレセプター骨格を変換する分子の開発を目的として、同一の有機多座配位子から、錯形成条件および結晶化を経ることによって、異なる2種のレセプター分子が選択的に自己集合することを見いだしたものである。

 以上のように、本研究は配位結合を駆動力とした自己集合性中空錯体が、極めて優れたペプチドレセプターとして作用することを示したものである。すなわち、自己集合性錯体の有する疎水ポケットをペプチド認識場として利用することによって、水中における高いペプチド結合能、配列選択的認識、さらにペプチド立体配座の制御を見いだした。これらの結果は、自己集合性錯体が生体内のペプチドレセプターであるタンパク質と同様に、水中で大きな疎水ポケットを提供できるからであると考えられる。すなわち本研究は自己集合性錯体に限らず、水中で巨大な疎水ポケットを提供するというアプローチが、新規且つ有用なペプチド認識の方法論となりうること示したものである。さらに、自己集合性錯体の優れたペプチド認識能をタンパク表面認識へと展開することにより、タンパク-タンパク相互作用の制御や、タンパク表面認識を介した立体構造の安定化や不安定化、さらにタンパクのフォールディング制御といった実用的な応用が期待できると考えられる。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/40233