学位論文要旨



No 216534
著者(漢字) 辻,佳子
著者(英字)
著者(カナ) ツジ,ヨシコ
標題(和) スパッタ法による結晶薄膜の自己組織的構造形成とその応用
標題(洋)
報告番号 216534
報告番号 乙16534
学位授与日 2006.04.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16534号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山口,由岐夫
 東京大学 教授 越,光男
 東京大学 教授 大久保,達也
 東京大学 助教授 岡田,文雄
 東京大学 助教授 霜垣,幸浩
内容要旨 要旨を表示する

 テクノロジーの持続的発展のためには、ある目的のために研究者が試行錯誤を繰り返して新たに得た知見を充分に理解した上で新たな知識を構築し、蓄積することが重要である。そして、それらと既存の知識の中から必要な知識を抽出し、つなげることによりさまざまな開発があらかじめよく設計された上で実行されることになる。機能性材料テクノロジーは「プロセス」、「構造」、「機能」の3要素から構成されており、従来のデバイス研究では合目的な「機能」を発現されるために、「プロセス」を制御する手法が主流であった。本来、「プロセス」制御により決定するのは「構造」であり、その決定された「構造」により「機能」が決定する。実際に「構造」―「機能」の相関関係を対象にした研究も現在では多い。しかし、「プロセス」―「構造」については未だ現象論にとどまりがちである。また、材料・デバイス作製におけるプロセスは、「人為的操作」と「自己組織的現象」に大別することができ、前者については既に理解が進んでいるが、後者についてはその過程の理解が進んでいないのが現状である。

 そこで本論文では、目的の構造をもった材料を形成するテクノロジーとして、ドライプロセスの中でも特にスパッタリングプロセスにおける自己組織的現象に注目し、構造形成のメカニズムを理解した上でそれらの知識を用いてデバイス応用展開を試みた。

 第2章では、スパッタリングプロセスによる非エピタキシャル成長における自己組織的構造形成ついてまとめた。成長過程を、成膜初期における核発生過程、隣接核同士が接触し連続膜になる核成長過程(ここまでを核形成過程と呼ぶ)と、膜成長過程に分けて考え、それぞれの過程を実験的に理解し、構造形成、特に結晶が基板表面に垂直な方向にある特定の面方位をもつ配向メカニズムについて整理を行い、新しい要素知識を構築した。材料としては、反応性スパッタリング法で作製されNaCl型結晶構造を有する窒化物のTiNとTaN、非反応性スパッタリング法で作製されfcc結晶構造を有する物質のCuを取り上げた。各節ではそれぞれの材料について現在までに提案されている「プロセス」と「構造」の現象論的な相関関係を整理した後、成膜初期の核形成の状態は主に透過型電子線顕微鏡を用いて評価し、膜成長については主にX線回折を用いて評価をした。それらの結果から、核形成と膜成長について材料および非反応性・反応性スパッタという手法の枠を取り除き、以下のようにまとめた。

 核発生の段階は、アモルファス粒子またはアモルファス連続膜の発生が起こり、その核の形状は成膜層の基板に対するぬれ性の違いによって球状、半球状、連続膜となった。続いてランダム配向した結晶核の発生が起こった。その後、それらのマイグレーションによる合一、または3次元的成長と隣接核同士の接触による合一を経て、結晶連続膜となった。この段階で、核のサイズと数密度が成膜種の拡散過程により決定する。Ostwald ripeningのような粒子表面でのモノマーの拡散による数密度変化は、熱力学的平衡論で説明できる。しかし、今回観察された結晶核のマイグレーションによる数密度変化は、堆積速度と拡散速度のバランスで決定されると考えられる。また、結晶核の3次元的成長と隣接核同士の接触による数密度変化は、堆積速度と核発生速度のバランスで決定されると考えられる。このように核形成において、形状(単位構造)は熱力学的平衡論支配によって決定されるが、数密度やサイズ(集合構造)は速度論支配によって決定されることがわかった。

 膜成長の段階で最終的な膜の配向が決定するが、この過程でcolumnerな柱状成長とconicな柱状成長が観察された。この段階は、プロセス条件下で表面または固相における構造再構成が起こるか否かで整理できる。まず、表面および固相での再構成が起こりにくい時は形成される膜はアモルファスとなるが、表面での再構成の起こる程度により多結晶、さらには柱状結晶となる。次に、それぞれの状態で固相での再構成が支配的になると、アモルファスでは等方的な結晶化が起こり多結晶、さらには板上結晶となる。また、柱状結晶ではThompsonが蒸着プロセスによる膜構造決定メカニズムとして提案されている「結晶成長モデル」のように板状結晶となる。スパッタリングプロセスで薄膜を形成する場合、主には多結晶膜や柱状結晶膜、板上結晶膜の形成を目的としている。多結晶膜ではランダム配向となり、板上結晶膜では表面エネルギーが最小となる面に配向する。しかし、柱状結晶膜の配向は2つに分類して考えることができる。まず、核形成の段階でランダム配向な核が形成された場合、成長速度の面方位依存性が小さいとその方位を保ったまま成長を続けcolumnerな柱状構造となるが、成長速度の面方位依存性が大きいとEvolutionary Selection成長しconicな柱状構造となり、成膜条件下で速く成長する面方位が膜全体の配向を決定する。それに対して核形成の段階で結晶方位がそろっている場合、成長速度の面方位依存性の大小にかかわらずcolumnerに柱状成長することになる。成長速度の面方位依存性は、CVDプロセスでは付着確率の面方位依存性により発現すると考えられてきたが、スパッタリングプロセスのように付着確率が面方位にかかわらず1の場合でも、一つの結晶を覆う面方位(単位構造)がウルフの作図法で求められる熱力学的平衡構造になることにより発現し、その結果膜全体の配向(集合構造)が決定されると言える。

 このように、核発生、核成長により連続膜が形成され膜成長に至るまでの過程を、個々の材料別な知見としてではなく、プロセスと構造の関係を一般化してまとめることができた。

 第3章では、ナノからミクロまでのサイズスケールでの3つのデバイス応用展開を例に、第2章で新たに構築された知識と既存の知識の再活用により、目的の構造を有する薄膜が試行錯誤的ではなく事前の設計に基づき作製できることを実証した。

 一つめの事例として、単層カーボンナノチューブ生成のための触媒探索を行った。ここでは、第2章で求めた「速度論支配の核成長メカニズム」を用いて、Co金属ナノ粒子の基板上への配列を自己組織的に行うことに成功した。ただし、金属の表面拡散長をあらかじめ求めることが難しいため、あらかじめ人為的に設計された実験から成膜量の最適値を抽出した。

 二つめの事例として、FePt磁性体ナノ粒子の高密度形成を自己組織的に行った。ここでは、第2章で求めた「アモルファス基板上での多結晶薄膜の核形成と膜成長のメカニズム」を用いて、適当な粒子サイズを持つ(200)配向したTiN薄膜を作製した。このTiN薄膜を鋳型として「エピタキシャル成長」という既存の知識を利用してFePtナノ粒子をローカルエピタキシャル成長させ、磁性体ナノ粒子としての要件を満たす構造を作製することに成功した。また、「プロセス」―「構造」だけでなく、磁性体材料としての「機能」までをつなげ、合目的な機能を有する材料を作製できることを示した。一方、FePt/TiNの積層ローカルエピタキシャル成長により高密度にFePtナノロッドを作製し、磁気特性の向上を目指したが、FePtナノ粒子同士の合一という予期しなかった現象が起こり、目的の構造達成には至らなかった。しかし、TiN成膜条件(プロセス)とナノ粒子の合一(構造)の相関関係をまとめることにより新たな知識の構築ができた。

 三つ目の事例として、太陽電池用単結晶Si薄膜の作製を、CoSi2を中間層として用いたエピタキシャル・リフトオフプロセスという太陽電池の分野では初めての手法を用いて行った。ここでは、半導体デバイスプロセスで知見が蓄積されている「ヘテロエピタキシャル成長」や「Co SALISIDEプロセス(Self-Aligned Silicide Process)」の知識を今回の目的に応用した。この単結晶Si薄膜を太陽電池用に用いるための要素プロセスの開発は、既存のデバイスプロセスに共通な人為的操作である「フォトリソグラフィ」やマイクロマシンの分野で広く使われている「Si異方性エッチング」、化合物半導体デバイス作製に重要な「リフトオフプロセス」という技術を適応して行った。このように、本来別々のデバイスのために開発された知識のうち、今回のデバイスに必要な知識を研究者自らが抽出し再構成することも重要であることが実証できた。一方、単結晶Si薄膜成膜時の条件によって基板上への単結晶Siナノコーンが形成されることが予期せずして発見された。この現象を詳細に検討しCoSi2の凝集について解析することにより、ヘテロエピタキシャル構造における中間層が熱力学的平衡構造に変化する際の過程の理解として基礎知識にフィードバックすることができた。そして、凝集したCoSi2粒子をSi堆積の触媒として積極的に用いることにより、基板上へのナノコーンの数密度制御に成功し、新たなデバイス作製の可能性を示唆することができた。

 これらの3つの事例に見るように、人為的操作に加え自己組織的現象を用いることにより広いサイズ分布で大面積に均一な目的構造が形成され、適応可能なデバイスサイズの範囲拡大が出来た。また、合目的な構造作製のためには、正確な位置制御は人為的操作、大面積での構造制御は自己組織的現象、という臨機応変な使い分けが重要であることも実証できた。さらに、人為的操作には単位構造の微細化と大量作製の両立に限界があるため、これらの両立のためには位置制御に自己組織的現象で作製した鋳型を用いることも有効であることがわかった。

審査要旨 要旨を表示する

 「スパッタ法による結晶薄膜の自己組織的構造形成とその応用」と題した本論文は、スパッタリングプロセスによる非エピタキシャル成長における自己組織的現象について、構造形成のメカニズムを明らかにし、それらの知識を用いてデバイス展開を試みた研究であり、4章から構成されている。

 第1章は緒論であり、研究背景ならびに研究目的を述べている。本論文では、目的の構造を有する材料を形成するテクノロジーとして、スパッタ法による膜成長の自己組織的現象に注目し、構造形成のメカニズムを理解した上でデバイス応用展開を試みることを目的としている。

 第2章では、スパッタリングプロセスによる非エピタキシャル成長を、核形成と膜成長の過程に分け、それぞれの過程を実験的に理解し、構造形成、特に結晶の配向メカニズムについて整理を行い、新しい要素知識を構築している。実験的検討材料としては、反応性スパッタ法で作製されNaCl型結晶構造を有する窒化物のTiNとTaN、非反応性スパッタ法で作製されfcc結晶構造を有するCuを取り上げている。そして、それらの結果からプロセスと構造の関係を体系的にまとめている。

 アモルファス基板上での核形成は、個々の核形状は表面・界面エネルギーのバランスで決まり熱力学的平衡論支配、核の数密度やサイズは成膜種の堆積速度と表面拡散のバランスで決まり速度論支配、アモルファスからの結晶化は結晶臨界径で決まり熱力学的平衡論支配であることを示している。

 膜成長は、固相および表面における構造再構成が起こるか否かで構造が整理できることを示した上で、柱状構造をさらに整理し、核形成段階で形成された結晶核がランダム配向で、成長速度の面方位依存性が大きい場合に、Evolutionary Selection成長し錐体状の柱状構造になることを示している。スパッタ法による膜成長は、従来、面方位依存性が考慮されず、成長初期に形成された核の成長が支配すると考えられてきたが、成膜条件が平衡論支配でない場合は、速度論に支配されているEvolutionary Selection成長が起こることを明らかにしている。

 さらに、材料プロセス制御の観点から重要な操作パラメーターと内部パラメーターとの対応付け、内部パラメーターと構造の関係を明らかにし、目的構造を得るための操作パラメーター制御における定性的指針をまとめている。

 第3章では、ナノからミクロまでのサイズスケールにわたるデバイス応用展開の3例が示されている。それらの例により、目的の構造を有する薄膜が試行錯誤的ではなく、事前の設計に基づき、効率的に作製できることを実証している。

 第1の例として、単層カーボンナノチューブ生成のためのCo触媒探索を行っている。ここでは、ナノチューブ成長条件下で目的サイズのCoナノ粒子の基板上への配列を自己組織的に行うことに成功し、Co触媒の平均膜厚の最適値は、人為的に設計されたコンビナトリアル手法を用いた実験から求めている。

 第2の例として、FePtナノ粒子の高密度形成を行っている。ここでは、適当な粒子サイズを持つ(200)配向TiN薄膜を鋳型としてFePtナノ粒子をローカルエピタキシャル成長させ、磁性体ナノ粒子としての要件を満たす構造を自己組織的に作製することに成功している。

 第3の例として、太陽電池用単結晶Si薄膜の作製を行っている。ここでは、単結晶Si基板を鋳型としたSi/CoSi2/Siダブルヘテロエピタキシャル成長の後、CoSi2層を化学的にエッチング除去することによるSi薄膜の単離と基板の再利用を目指した要素技術を確立し、数mm2の単結晶Si薄膜を形成することに成功している。

 第4章は、結論であり、本論文の成果と課題をまとめた上で、スパッタ法による自己組織的現象を用いることにより、適応可能なデバイスサイズの範囲が拡大したことを示している。また、正確な位置制御は人為的操作、大面積での構造制御は自己組織的現象という使い分けが重要であることも示している。さらに、人為的操作には単位構造の微細化と大量作製の両立に限界があるため、これらの両立のためには位置制御に自己組織的現象で作製した鋳型を用いることも有効であることを示している。

 以上要するに、本論文は化学工学の考え方に基づき、スパッタ法による非エピタキシャル結晶薄膜成長での自己組織的構造形成をまとめ、具体的な目標構造を効率的に実現させている。スパッタ法による結晶薄膜の構造形成について、メカニズムを明らかにした点は化学システム工学への貢献が大きいものと言える。以上のように、合目的な構造作製を効率的に行っている点は工学への貢献が大きいものと考えられる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/49028