学位論文要旨



No 216535
著者(漢字) 三宅,酉作
著者(英字)
著者(カナ) ミヤケ,ユウサク
標題(和) 活性炭素繊維による土壌・地下水汚染浄化に関する工学的研究
標題(洋)
報告番号 216535
報告番号 乙16535
学位授与日 2006.04.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16535号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 迫田,章義
 東京大学 教授 大島,義人
 東京大学 教授 平尾,雅彦
 東京大学 助教授 酒井,康行
 東京大学 教授 矢木,修身
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は「活性炭素繊維による土壌・地下水汚染浄化に関する工学的研究」と題し、有機物汚染地下水のエアーストリッピング処理法或いは有機物汚染土壌のガス吸引処理法において発生する高水蒸気含有ガスからの有機塩素化合物類の活性炭素繊維による吸着分離に関して、その基礎的現象の機構解明、ならびに実スケール実験を通じた知見収集と、装置設計のための基礎的情報の整理を行ったものであり、6章からなる。

 第1章は緒言であり、近年の我国の地下水汚染・土壌汚染の状況とそれに対する法的な対応、浄化プロセスの変遷とその特徴を、特にトリクロロエチレンやテトラクロロエチレンなどの有機塩素化合物に焦点を当てて述べた。その中で特に、汚染地下水を揚水し、向流式接触塔にて空気と接触させて揮発性汚染物質を除去するエアーストリッピング法、ならびに土壌間隙を直接ブロワーにて吸引し、揮発性汚染物質を除去する土壌ガス吸引法が処理効率が高く、掘削などの工事を伴わない現場処理浄化プロセスとして望ましいことを見出した。一方、同法の汚染土壌・地下水浄化プロセスとしての成否の鍵は、その排気ガスの処理方法の優劣に委ねられていることも指摘し、特に有害副生成物を産出しえない活性炭吸着法が望ましいことを指摘した。しかしながらこれらの排気ガスには高濃度の水蒸気が含有されており、吸着条件としては過酷であることにも言及した。これらの状況から、本論文の目的をトリクロロエチレンやテトラクロロエチレンなどの揮発性汚染物質の活性炭吸着に対する水蒸気の影響の定量的評価やその軽減策の提案、ならびに実スケール装置を用いた実汚染現場での浄化処理の実証であるとし、そのアプローチのための本論文の構成を示した。

 第2章は、実験装置を用いたモデル物質の吸着実験を通じて、活性炭素繊維によるトリクロロエチレンの水蒸気共存下の吸着特性を平衡論的に解明した章である。ここで取り上げた活性炭素繊維は、極めて細い繊維(直径7〜15μm)からなり、微細な細孔(0.25〜1.0nm)を有するため吸着質の材内での拡散距離が短く、粒状の活性炭に比べて著しく吸脱着速度が高いことや、同様の利点を有する微粉末活性炭よりも著しくハンドリングが容易であることなどから、エアーストリッピングガスや土壌吸引ガスからの有機物除去に適しているものと判断したものである。本章ではまず各種活性炭素繊維に対する水蒸気の吸着平衡を、破過実験から求めた。その結果、相対湿度の増加に伴う水分吸着量の増加が、ある一定湿度から開始されるS字型となることを見出した。続いて、破過実験を行うことで水蒸気共存下でのトリクロロエチレンの破過時間を測定し、相対湿度の増加に伴いトリクロロエチレン破過時間、すなわち吸着容量が減少することを定量的に明らかとした。一方、この結果をDubinin-Radushkevich式により解析したところ、相対湿度の違いはトリクロロエチレンの飽和吸着量に影響を与えないことがわかった。本章の最大の目的は、揮発性汚染物質の活性炭素繊維への吸着に対する水蒸気の影響の定量化であるが、これらの結果をもとに任意の相対湿度下でのトリクロロエチレンの吸着量を予測する数理モデルを提唱していることで、この目的を達成した。さらにこの数理モデルが、Dubinin-Stoekli式を利用することにより、トリクロロエチレン以外の揮発性汚染物質(例えばテトラクロロエチレンなど)への拡張、ならびに任意の温度域への拡張が可能であることを示した。

 第3章は、実際の地下水汚染サイトに設置したエアーストリッピング装置の排ガス処理部分に試験装置を設置し、活性炭素繊維によるエアーストリッピング排ガス中のトリクロロエチレンの吸着を解明した章である。ここでは、実汚染サイトからのエアーストリッピングガスからの活性炭素繊維によるトリクロロエチレン除去の実証を第一の目的としたが、その除去が良好に起こることを、連続流通実験の結果として得られるトリクロロエチレンの破過挙動から定量的に示した。続いて、第2章の知見をもとに加温による相対湿度低下操作を実施し、湿度低下による吸着容量の増大が温度上昇による吸着容量の減少を上回り、見かけ上吸着容量が増大すること、すなわち加温による湿度低下が吸着容量増大において有効であることを、同様にトリクロロエチレンの破過挙動から定量的に示した。また、活性炭素繊維吸着塔内でのトリクロロエチレンの総括物質移動が軸方向拡散によって支配されることを見出し、ペクレ数によってトリクロロエチレン破過挙動が表現できることを、実測値との比較によって明確に示した。

 第4章は、高濃度トリクロロエチレン汚染地下水サイトに設置したエアーストリッピング装置の排ガス処理部分に試験装置を設置し、活性炭素繊維によるエアーストリッピング排ガス中のトリクロロエチレンの吸着とスチーム再生について解明した章である。本章の主目的は、この高濃度ガスの加温調湿−活性炭素繊維吸着処理の実証のみならず、活性炭素繊維の再生・繰り返し利用方法の提案と、吸着したトリクロロエチレン回収の可能性の検討である。まず、高濃度トリクロロエチレン含有エアーストリッピングガスの処理において加温調湿−活性炭素繊維吸着処理が有効であることを、トリクロロエチレン破過挙動をもとに定量的に示した。また、スチーム再生の適用によって吸着したトリクロロエチレンの9割程度が極めて速やかに脱着され、さらには高濃度故に相分離した難水溶性液体として回収できることを、破過挙動ならびに回収液の機器分析結果から定量的に示した。さらにこの相分離した難水溶性液体のトリクロロエチレン純度が高いことから、溶媒回収法としての有効性を示した。

 第5章は、テトラクロロエチレンをはじめとした多数の揮発性有機炭素成分にて汚染された土壌実サイトに設置した土壌吸引装置に活性炭素繊維吸着装置を設置し、活性炭素繊維による吸引土壌ガス中のテトラクロロエチレンの吸着とスチーム再生を実証した章である。本章は、前章までに発案された加温調湿−活性炭素繊維吸着-スチーム再生法の吸引土壌ガス処理への適用性検討といった側面と併せて、共存する揮発性有機炭素成分のテトラクロロエチレン吸着に対する影響やスチーム再生への影響の評価という側面も有している。まず、テトラクロロエチレンに関する破過挙動を追跡することで、吸引土壌ガスからのテトラクロロエチレン吸着除去が可能であることを定量的に明らかとした。続いて、スチーム再生によって、テトラクロロエチレンの7割程度が極めて速やかに脱着されていることを定量的に示しており、テトラクロロエチレンの回収の可能性を示唆した。一方で、実測されたテトラクロロエチレンの吸着容量が、第2章にて提案した方法によって予想されるテトラクロロエチレン吸着容量に比して明らかに低いことや、脱着時に得られた難水溶性液体の機器分析結果からテトラクロロエチレン以外の多数の揮発性有機炭素成分が見られることから、テトラクロロエチレン以外の揮発性有機炭素成分がテトラクロロエチレンの吸着座を奪い、テトラクロロエチレンの吸着容量が減少したことを定性的に示した。他方、同法の長時間(500時間)連続運転を実証した。また、これらの結果をもとに加温調湿−活性炭素繊維吸着-スチーム再生プロセスの経済性評価を行い、粒状活性炭処理を用いた吸着除去プロセスと比較して有利であることを示した。

 第6章では、総括として、本研究全体を通じた総括と本研究で得られた指針の整理、ならびに今後の研究課題と将来展望を記述した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「活性炭素繊維による土壌・地下水汚染浄化に関する工学的研究」と題し、揮発性有機化合物(VOC)に汚染された土壌および地下水を浄化する装置の排ガスから活性炭素繊維による吸着によってVOCを除去・回収するプロセスに関して、基礎的現象の機構解明ならびに汚染現場における実機スケールの一連の実験を行うことにより、同プロセスの設計のための手法を構築したものであり、6章からなる。

 第1章は緒論であり、近年のわが国の土壌・地下水汚染の状況と、それに対応するための種々の浄化プロセスを、特にトリクロロエチレン(TCE)やテトラクロロエチレン(PCE)などの有機塩素化合物による汚染に的を絞って整理している。その中で、特にエアーストリッピング法ならびに土壌ガス吸引法が、処理効率が高く比較的低コストの汚染浄化法であるものの、これらのプロセスには適切な排ガス処理が組込まれるべきであり、それには活性炭素繊維(ACF)を用いる吸着法が望ましいと結論づけている。このような背景から、本論文の目的を、TCEおよびPCEのACFへの吸着に対する共存水蒸気の影響の定量的評価とその軽減策の提案、ならびに実機スケールの装置を用いた実汚染現場での浄化処理の実証であるとし、本論文の構成を示している。

 第2章は、TCEとACFの水蒸気共存下での吸着平衡関係の定量的記述と予測法について述べている。まず、各種の試料ACFに対する水蒸気の吸着平衡関係を小型カラム実験から求め、続いて所定の分圧に調整・制御された水蒸気が共存する条件下でのTCEの破過曲線を測定し、相対湿度とTCEの平衡吸着量の関係を定量的に解明している。一連の実験結果をDubinin-Radushkevich式(DR式)により解析し、水蒸気が共存してもTCEの飽和吸着量には差異がなく一定であるが、その吸着特性エネルギーは相対湿度の増加に伴って減少することを見出し、さらにこの減少と水の細孔充填率の間の定量的な関係を見出している。このことによって、任意の相対湿度下でのTCEの吸着平衡関係を予測することを可能にしている。

 第3章は、低濃度のTCEによる地下水汚染サイトに設置したエアーストリッピング装置の排ガスから、ACFによる吸着によってTCEを吸着・除去するプロセスの設計と操作についてまとめている。第2章で得られた知見に基づいて、吸着槽の温度を適切に上昇させて相対湿度を下げることによって、吸着温度の上昇による吸着容量の減少よりも、相対湿度の低下による吸着容量の増大が大きくなり、共存水蒸気の影響を殆ど受けない操作が可能となることを提案し、実験的に実証している。また、ACFの充填層吸着における破過曲線は軸方向混合拡散によって支配されることを見出し、ペクレ数によって破過挙動が表現できることを、実験値と数値計算の比較によって明示している。

 第4章は、高濃度のTCEによる地下水汚染サイトに設置したエアーストリッピング装置の排ガスから、ACFによる吸着によってTCEを吸着・除去し、さらに使用済のACFをスチーム再生することによって、ACFの繰返し利用とTCEの脱着・回収を同時に可能にするプロセスの設計と操作についてまとめている。まず、高濃度TCE含有エアーストリッピング排ガスの処理において、第3章と同様に加温調湿したACF吸着処理が有効であることを示し、続いてスチーム再生によって吸着したTCEのほぼ全量が極めて速やかに脱着され、液体TCEとして回収できることを定量的に示し実証している。

 第5章は、PCEをはじめとする多数のVOCによる土壌汚染サイトに設置した土壌ガス吸引装置の排ガスから、ACFによる吸着によってVOCを吸着・除去し、さらに使用済のACFをスチーム再生するプロセスの設計と操作についてまとめている。まず、吸引土壌ガスからのPCEの吸着・除去と回収が第4章と同様のプロセスで可能であることを実験的に実証し、PCE以外のVOCの影響が第2章の共存水蒸気の影響よりも大きい場合があることに留意すべきであるとまとめている。また、提案するプロセスの経済性評価を行い、粒状活性炭を用いた従来の吸着プロセスと比較して、経済的にも有利であることを示している。

 第6章は総括であり、本研究で開発したプロセスの設計手法を整理し、今後の研究課題と将来展望を述べている。

 以上を要するに本論文は、わが国で深刻化している土壌・地下水汚染問題に対応するための技術を提案し、その実用化までの長年にわたる研究開発をまとめたものであり、工学的に高い価値を有し化学システム工学への貢献は大きいものと考えられる。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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