学位論文要旨



No 216538
著者(漢字) 半下石,美佐子
著者(英字)
著者(カナ) ハンガイシ,ミサコ
標題(和) ラット心筋虚血再灌流障害における抗酸化酵素の心筋保護効果に関する検討
標題(洋)
報告番号 216538
報告番号 乙16538
学位授与日 2006.04.26
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16538号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 吉田,謙一
 東京大学 助教授 平田,恭信
 東京大学 客員助教授 佐田,政隆
 東京大学 講師 下澤,達雄
内容要旨 要旨を表示する

 急性心筋梗塞は、欧米のみならず、日本でも毎年多くの人の死因となっている疾患である。近年、CCU(coronary care unit)など集中治療の発展や、血栓溶解療法やPTCA(経皮的冠動脈形成術)の技術およびディバイスのめざましい進歩により、入院後の急性心筋梗塞の死亡率は、飛躍的に低下した。臨床的に、早く虚血を解除(再灌流)すれば、死亡率が低下する事は明らかであるが、心筋梗塞罹患後の心機能の低下を最小限にとどめるということに関してはまだ、研究の余地が多く残されている。その一つが、ある一定の時間を超える血流途絶後の再開通によって、かえって心筋梗塞量が増大する現象、すなわち心筋虚血再灌流障害である。心筋虚血再灌流障害の原因として、心筋細胞内のカルシウムイオンの過負荷、活性酸素による障害などが考えられている。本研究では、活性酸素による虚血再灌流障害に主眼をおき、ラットの心筋虚血再灌流モデルにおいて、抗酸化酵素であるヘムオキシゲナーゼ(HO-1)及び、細胞膜への移行の良いレシチン化スーパーオキサイドディスムターゼ(lecithinized SOD)による心筋障害に対する保護効果について検討をした。

 まず、ラットにあらかじめheminを投与してHO-1を誘導させておき、心筋の虚血後再灌流を行ったところ、hemin投与群ではコントロール群と比べ、心筋梗塞領域が有意に小さかった。その効果は、HOのブロッカーであるSnPPの投与により消失した。このことより、HO-1は心筋の虚血再灌流障害に対し保護的に働いていることが示唆された。

 次に、虚血再灌流後のラットの心筋における、HO-1の発現の経時的変化を調べた。ラット心筋でのHO-1蛋白の発現は、虚血再灌流後、24時間より増え始め、48時間でピークとなり、72時間後もやや低くなるも持続していた。心筋の免疫組織染色では、再灌流後48時間ではED-1(anti-rat-macrophage/monocyte antibody)陽性細胞すなわちマクロファージ/単球の発現が多く、同じ部位にHO-1が発現しており、72時間後ではα-SM(anti-rat-α-smooth muscle actin antibody)陽性細胞すなわちmyofibroblastの発現が多く、同じ部位にHO-1の発現を確認した。蛍光二重免疫染色では、ED-1陽性細胞にHO-1が陽性であり、α-SM陽性細胞にやはりHO-1の陽性が確認できた。ラットの虚血再灌流後においては、炎症の伸展や、壊死心筋の修復の段階でHO-1が保護的に働いていることが考えられた。

 同様のラット心筋虚血再灌流モデルを用いて、前述のごとく特異的な抗酸化酵素であるlecithinized SOD投与の効果を検討した。虚血を起こした後に、lecithinized SOD、リン酸緩衝液、修飾なしのSOD、または高い血中濃度を維持できるpolyethyleneglycolを結合させたSOD(PEG-SOD)を投与し、再灌流後2時間での心筋梗塞領域を比較したところ、コントロール群、修飾なしのSOD、PEG-SODの心筋梗塞領域は同レベルであったのに対し、lecithinized SODでは有意に小さかった。SODの血中濃度はPEG-SODとlecithinized SODでは同様に高かったが、心臓組織濃度では、lecithinized SODが有意に高く、特に、虚血にさらされた領域で高値であった。細胞膜に親和性が高く、組織移行性の良いlecithinized SODでは、良好な虚血再灌流障害に対する保護効果を認めた。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は急性心筋梗塞の病態のなかで、心筋虚血再灌流後における2種類の抗酸化酵素の心筋保護効果についてラットin vivoにて検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.ラットの心筋虚血再灌流モデルにおいて、抗酸化酵素であるヘムオキシゲナーゼ1(HO-1)を誘導した群では、コントロール群と比べ虚血再灌流後の心筋梗塞領域を減らす事が示された。この効果はHOのブロッカーであるSnPPで打ち消された事から、HO-1には心筋保護効果があると結論した。

2.心筋虚血再灌流後にHO-1が、経時的にどこに、どのように発現するのかを検討した。ラット心筋でのHO-1蛋白の発現は、虚血再灌流後、24時間より増え始め、48時間でピークとなり、72時間後もやや低くなるも持続していた。心筋の免疫組織染色においては、虚血再灌流後24時間から、虚血に曝された心筋の内膜側を中心に外側に向かってHO-1の発現が認められた。再灌流後48時間ではED-1(anti-rat-macrophage/monocyte antibody)陽性細胞すなわちマクロファージ/単球の発現が多く、同じ部位にHO-1が発現しており、72時間後ではα-SM(anti-rat-α-smooth muscle actin antibody)陽性細胞すなわちmyofibroblastの発現が多く、同じ部位にHO-1の発現を確認した。蛍光二重免疫染色では、ED-1陽性細胞にHO-1が陽性であり、α-SM陽性細胞にやはりHO-1の陽性が確認できた。ラットの虚血再灌流後においては、炎症の伸展や、壊死心筋の修復の段階でHO-1が保護的な働きをしていることが示唆された。

3.ラットの心筋虚血再灌流モデルにおいて、単回投与後の血中濃度が高く維持でき、細胞膜への移行の良い抗酸化酵素、レシチン化スーパーオキサイドディスムターゼ(lecithinized SOD)の心筋障害に対する保護効果について検討した。心筋虚血後、再灌流の5分前に、lecithinized SOD、リン酸緩衝液、修飾なしのSOD、または高い血中濃度を維持できるpolyethyleneglycolを結合させたSOD(PEG-SOD)を投与し、再灌流後2時間での心筋梗塞領域を比較したところ、コントロール群、修飾なしのSOD、PEG-SODの心筋梗塞領域は同レベルであったのに対し、lecithinized SODでは有意に小さかった。

4.SODの血中濃度はPEG-SODとlecithinized SODでは同様に高かったが、心臓組織濃度では、lecithinized SODが有意に高く、特に、虚血にさらされた領域で高値であった。細胞膜に親和性が高く、組織移行性の良いlecithinized SODでは、心筋虚血再灌流障害に対する保護効果を認めた。

 以上、本論文はラット心筋虚血再灌流モデル(in vivo)での、2種類の抗酸化酵素、HO-1とlecithinized SODの心筋保護効果を初めて検討・報告したものである。本研究は、急性心筋梗塞の病態生理の解明や治療の発展に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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