学位論文要旨



No 216539
著者(漢字) 島田,明夫
著者(英字)
著者(カナ) シマダ,アキオ
標題(和) 閉鎖性水域における持続可能な水質保全のための排出枠取引モデルとポリシーミックス
標題(洋)
報告番号 216539
報告番号 乙16539
学位授与日 2006.05.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16539号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅見,泰司
 東京大学 教授 岡部,篤行
 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 教授 古米,弘明
 東京大学 教授 松橋,隆治
内容要旨 要旨を表示する

第1章 序論

1.1本研究の背景と目的

・閉鎖性水域における持続可能な水質保全を図るためには、流域全体として最小の費用で効率的に汚濁負荷を削減するという観点から、流域単位で費用負担について考えることが重要である。

・本研究では、まず、生活排水の負荷割合が大きい東京湾において、東京湾流域下水道整備総合計画に関する基本方針(以下「東京湾流総計画」という)をベースとして、下水道の高度処理について排出枠取引をするモデルの構築と試算を行う。

・次に、生活排水、農業排水双方の負荷が大きい霞ヶ浦をモデルとして、第4期の霞ヶ浦に係る湖沼水質保全計画(以下「第4期計画」という)をベースとした排出枠取引モデルの構築と試算を行う。

・最後に、排出枠取引をベースとした最適なポリシーミックスとしての政策提言を試みる。

1.2本研究の位置付け

・都市部における点源間の取引のみならず、都市部と農村部の双方における流域単位での点源・面源間の取引を含めた排出枠取引の実証的な研究は初めてである。

・本研究は、最適なポリシーミックスについて実現性のある政策提言を試みるものであり、この点に本研究の特徴がある。

第2章 東京湾流域における汚濁負荷排出枠取引モデル

2.1東京湾流域における汚濁負荷排出枠取引モデルの基本的な考え方

・東京湾流域における77処理場の高度処理について、排出枠取引を導入した場合にどの程度費用削減効果と汚濁負荷単位当りの費用負担の均等化が図られるかを定量的に把握する。

・削減汚濁物質は栄養塩類とし、その指標は、化学的酸素要求量(COD)、窒素(N)、リン(P)を総合したT-CODとする。

・東京湾流総計画をベースとし、各処理場の排水量に応じて削減量を割り当て、許容排出枠を決定する。

2.2東京湾流域における汚濁負荷排出枠取引モデルの構築

・高度処理費用は、年費用+維持管理費で算出する。

・処理場単位での取引を想定し、各処理場に割り当てられた削減量に対応した高度処理レベルをレベル1として、さらに削減するためのレベル2とレベル3の3段階を想定する。

・処理場の各高度処理レベル毎に費用単価を算出し、費用単価の安い順に並べることによって東京湾流域全体の高度処理費用のステップ関数を求める(以下「東京湾排出枠取引モデル」という)。

2.3排出枠取引の試算

・売買要望量のバランスがとれるのは113円/kgとなり、その均衡排出枠価格で流域全体の削減費用が最小となって、削減目標が達成される。

2.4排出枠取引の検討結果

・試算結果により、東京湾流域全体で10.6%の費用削減効果が得られた。また、結果として主体間でのT-COD単位あたりの負担の均等化に寄与する。

第3章 霞ヶ浦流域における汚濁負荷排出枠取引モデル

3.1霞ヶ浦流域における汚濁負荷排出枠取引モデルの基本的な考え方

・第4期計画によると、生活系点源負荷対策としては、各種生活排水施設の整備を推進するとともに、生活排水処理の高度化に努める。

・農業系面源負荷対策としては、施肥田植え機の導入、溶出抑制型肥料の利用などによって、溶出肥料の負荷を軽減する対策を推進する。

3.2霞ヶ浦流域における生活系点源負荷と農業系面源負荷との排出枠取引モデルの構築

・点源負荷対策としては、霞ヶ浦系内に放流される下水道、農業集落排水施設及び合併処理浄化槽の高度処理について検討する。面源負荷対策としては、費用関数化が可能な範囲内で、水稲田、ハス田及び畑地について検討する。

・下水道と農業集落排水施設の高度処理費用は、年費用+維持管理費で算出する。高度処理型合併浄化槽の削減単価は、ヒアリングに基づいて設定する。

・面源負荷対策の費用については、茨城県のデータなどにより実勢費用を推計する。

・第4期計画の削減負荷量と削減費用を整理し年費用ベースで排出枠取引モデルの試算をする(以下「霞ヶ浦排出枠取引モデル」という)。

3.3排出枠取引の試算

・まず、第4期計画の削減負荷量を目標値(許容量)として点源の削減量と面源の削減量とを1:1で排出枠取引をすると、均衡価格は389円/T-COD kgとなった。

・次に、天候等に左右されやすい面源の削減負荷の確率を考慮した取引比率を求めて試算した。点源の超過確率を採用すると同じ超過確率を持つ面源の流入量は当初の目標量より大きくなり、その比率が取引比率となる。面源負荷の比率が一番大きい総窒素(T-N)の流達率の最大値1.47を採用することとし、点源と面源の負荷取引を1:1.5として再度試算すると、均衡価格は473円/T-COD kgとなった。

3.4排出枠取引の検討結果

・霞ヶ浦流域全体として、取引比率1:1で19%、1:1.5で16%の費用削減効果が得られた。

第4章 閉鎖性水域における持続可能な水質保全のためのポリシーミックス

4.1ポリシーミックスの基本的考え方

・汚濁負荷削減方策の各手法について、特にデメリットに主眼をおいて整理する。

・規制的手法と排出枠取引をベースとして他の経済的手法を組み合わせることによって、各手法のデメリットを補いつつメリットが最大限に発揮できる最適なポリシーミックスを検討する。

4.2持続可能な水質保全のための政策手段の比較検討−メリットとデメリット−

・直接規制のデメリットは、全ての事業場の費用関数を政府が正確に把握することが不可能であるため、事業場間の限界費用が等しくなる削減量の割り当てが困難であることである。

・課徴金のデメリットは、不完全な情報の下においては、市場全体の費用を最小化する最適な税率を求めるのが困難であることである。

・補助金のデメリットも課徴金と同様、最適な補助率を求めることが困難であることである。

・預託金払い戻しのデメリットは、排出等に対するモニタリングの必要性が高く、排出等の外部費用が大きい時に限って有効となることである。

・排出枠取引のデメリットは、排出枠の配分に当たって客観的な公平性が求められることである。

4.3高度処理のコストと水質改善に対する支払い意志額(WTP)

・仮想金銭化法(CVM)で東京湾の環境改善に対する流域住民のWTPを算出すると、平均値で825円/月であり、上下流や都市規模で顕著な差は見られなかった。

・東京湾流域の下水道の高度処理コストと流域住民のWTPを比較すると、小規模な処理場を除き、WTPが世帯当たりの高度処理コスト/20m3/月を上回っている。

・小規模な処理場の多い中小市町村では、高度処理コストが住民のWTPを上回る可能性があるものの、大規模な処理場の多い大都市においては、住民のWTPが高度処理コストを上回り、高度処理に取り組みやすい環境にあるため、排出枠取引制度の導入による流域全体での効率的な汚濁負荷削減を図ることが有効である。

4.4流域単位での汚濁負荷削減方策の最適な制度設計の基本的な考え方

・第2章及び第3章で排出枠取引の有効性が実証されたが、権利の売買で環境問題を解決することについては、心理的な抵抗感から社会的に受け入れられない可能性もある。

・総量規制と排出枠取引の組み合わせを基本として、他の政策手段で代替することによって、各手法のデメリットを相互に補う形でのポリシーミックスを検討することが有益である。

・排出枠取引については、本来は市場で売買が成立するのが基本ではあるが、施設の整備などに時間がかかるため短期的に売買が均衡しないで長期的に均衡する場合には、流域単位で協議会を設置し、基金を通じて売買を行うことが望ましいと考える。

4.5東京湾排出枠取引モデルにおける最適なポリシーミックスの検討

・東京湾排出枠取引モデルで排出枠取引と課徴金との効果について比較検討すると、均衡排出枠価格と同額の税率で課徴金を課した場合には排出枠取引と同じ削減効果が得られるが、全体としてはかなり高い負担となる(排出枠取引:892億1400万円/年、課徴金:1333億8900万円/年)。

・同モデルで排出枠取引と補助金との効果について比較検討すると、均衡排出枠価格と同額の補助率で補助した場合には、排出枠取引と同じ削減効果が得られるが、全体としてはかなり高い負担となる(排出枠取引:892億1400万円/年、補助金:1168億円8500万円/年)。

・同モデルで排出枠取引に課徴金と補助金を組み合わせることによって、排出枠取引と同じ負担総額で削減目標を達成する制度設計を試みる。各処理場に割り当てられた削減負荷量を上限として均衡排出枠価格と同額の税率で課徴金を課すとともに、割り当てられた削減負荷量を超える負荷量削減に対して同じく同額の補助率で補助する組み合わせによって、排出枠取引と同じ負担総額で同じ削減効果を達成することが実証された。

4.6霞ヶ浦排出枠取引モデルにおける最適なポリシーミックスの検討

・4.5の排出枠取引に課徴金と補助金を組み合わせた制度を、点源・面源間の取引も含めた霞ヶ浦排出枠取引モデルに適用して、その有効性を検証する。

・税率=補助率=均衡排出枠価格として、点源と面源の負荷取引を1:1にした場合には、生活系点源の課徴金=農村系面源の補助金=163百万円で基金の収支が均衡し、1:1.5にした場合には、生活系点源の課徴金=農村系面源の補助金=132百万円で基金の収支が均衡して、それぞれ排出枠取引の場合と全く同じ結果が得られることが実証された。

最終章 結論

・閉鎖性水域における持続可能な水質保全を図るためには、総量規制と流域単位の排出枠取引とのポリシーミックスが有効な政策手段となる。

・総量規制と排出枠取引とのポリシーミックスを基本として、他の経済的手法を組み合わせることによって、相互にデメリットを補完しあうため、このような観点からの総合的なポリシーミックスが最適な組み合わせになるように政策の制度設計を図ることが可能である。

・流域単位でstakeholdersの協議会を設置し、基金を通じて調整を行い、流域単位で最も効率的な汚濁負荷の削減を実現する制度設計によって、持続可能な水質保全の実現が期待される。

・本研究の成果の一部は、2005年通常国会で可決成立した改正下水道法に反映されている。

審査要旨 要旨を表示する

 閉鎖性水域における持続可能な水質保全を図るためには、流域全体として最小の費用で効率的に汚濁負荷を削減するという観点から、流域単位で費用負担について考えることが重要である。そこで、本研究では、まず、生活排水の負荷割合が大きい東京湾において、東京湾流域下水道整備総合計画に関する基本方針(以下「東京湾流総計画」という)をベースとして、下水道の高度処理について排出枠取引をするモデルの構築と試算を行った。次に、生活排水、農業排水双方の負荷が大きい霞ヶ浦をモデルとして、第4期の霞ヶ浦に係る湖沼水質保全計画(以下「第4期計画」という)をベースとした排出枠取引モデルの構築と試算を行った。そして、最後に、排出枠取引をベースとした最適なポリシーミックスとしての政策提言を試みている。

 「大東京湾流域における汚濁負荷排出枠取引モデル」においては、まず、東京湾流域における汚濁負荷排出枠取引モデルの基本的な考え方を述べている。(1)東京湾流域における77処理場の高度処理について、排出枠取引を導入した場合にどの程度費用削減効果と汚濁負荷単位当りの費用負担の均等化が図られるかを定量的に把握する。(2)削減汚濁物質は栄養塩類とし、その指標は、化学的酸素要求量(COD)、窒素(N)、リン(P)を総合したT-CODとする。(3)東京湾流総計画をベースとし、各処理場の排水量に応じて削減量を割り当て、許容排出枠を決定する。

 そして、東京湾流域における汚濁負荷排出枠取引モデルの構築をおこなった。この基本的な特徴は、以下の通りである。(1)高度処理費用は、年費用+維持管理費で算出する。処理場単位での取引を想定し、各処理場に割り当てられた削減量に対応した高度処理レベルをレベル1として、さらに削減するためのレベル2とレベル3の3段階を想定する。(2)処理場の各高度処理レベル毎に費用単価を算出し、費用単価の安い順に並べることによって東京湾流域全体の高度処理費用のステップ関数を求める(以下「東京湾排出枠取引モデル」という)。

 このもとで、排出枠取引の試算を行った結果、売買要望量のバランスがとれるのは113円/kgとなり、その均衡排出枠価格で流域全体の削減費用が最小となって、削減目標が達成されることが判明した。試算結果により、東京湾流域全体で10.6%の費用削減効果が得られた。また、結果として主体間でのT-COD単位あたりの負担の均等化に寄与する。

 「霞ヶ浦流域における汚濁負荷排出枠取引モデル」においては、まず、霞ヶ浦流域における汚濁負荷排出枠取引モデルの基本的な考え方として、(1)第4期計画によると、生活系点源負荷対策としては、各種生活排水施設の整備を推進するとともに、生活排水処理の高度化に努める、(2)農業系面源負荷対策としては、施肥田植え機の導入、溶出抑制型肥料の利用などによって、溶出肥料の負荷を軽減する対策を推進する、とした。

 そして、霞ヶ浦流域における生活系点源負荷と農業系面源負荷との排出枠取引モデルの構築を行った。この基本的な特徴は、以下の通りである。(1)点源負荷対策としては、霞ヶ浦系内に放流される下水道、農業集落排水施設及び合併処理浄化槽の高度処理について検討する。面源負荷対策としては、費用関数化が可能な範囲内で、水稲田、ハス田及び畑地について検討する。(2)下水道と農業集落排水施設の高度処理費用は、年費用+維持管理費で算出する。高度処理型合併浄化槽の削減単価は、ヒアリングに基づいて設定する。(3)面源負荷対策の費用については、茨城県のデータなどにより実勢費用を推計する。(4)第4期計画の削減負荷量と削減費用を整理し年費用ベースで排出枠取引モデルの試算をする(以下「霞ヶ浦排出枠取引モデル」という)。

 このもとで、排出枠取引の試算を行った結果、まず、第4期計画の削減負荷量を目標値(許容量)として点源の削減量と面源の削減量とを1:1で排出枠取引をすると、均衡価格は389円/T-COD kgとなった。次に、天候等に左右されやすい面源の削減負荷の確率を考慮した取引比率を求めて試算した。点源の超過確率を採用すると同じ超過確率を持つ面源の流入量は当初の目標量より大きくなり、その比率が取引比率となる。面源負荷の比率が一番大きい総窒素(T-N)の流達率の最大値1.47を採用することとし、点源と面源の負荷取引を1:1.5として再度試算すると、均衡価格は473円/T-COD kgとなった。よって、霞ヶ浦流域全体として、取引比率1:1で19%、1:1.5で16%の費用削減効果が得られた。

 「閉鎖性水域における持続可能な水質保全のためのポリシーミックス」においては、ポリシーミックスの基本的考え方として、汚濁負荷削減方策の各手法について、特にデメリットに主眼をおいて整理し、規制的手法と排出枠取引をベースとして他の経済的手法を組み合わせることによって、各手法のデメリットを補いつつメリットが最大限に発揮できる最適なポリシーミックスを検討した。

 持続可能な水質保全のための政策手段の比較検討すると、以下を指摘できる。(1)直接規制のデメリットは、全ての事業場の費用関数を政府が正確に把握することが不可能であるため、事業場間の限界費用が等しくなる削減量の割り当てが困難であることである。(2)課徴金のデメリットは、不完全な情報の下においては、市場全体の費用を最小化する最適な税率を求めるのが困難であることである。(3)補助金のデメリットも課徴金と同様、最適な補助率を求めることが困難であることである。(4)預託金払い戻しのデメリットは、排出等に対するモニタリングの必要性が高く、排出等の外部費用が大きい時に限って有効となることである。(5)排出枠取引のデメリットは、排出枠の配分に当たって客観的な公平性が求められることである。

 仮想金銭化法(CVM)で東京湾の環境改善に対する流域住民のWTPを算出すると、平均値で825円/月であり、上下流や都市規模で顕著な差は見られなかった。東京湾流域の下水道の高度処理コストと流域住民のWTPを比較すると、小規模な処理場を除き、WTPが世帯当たりの高度処理コスト/20m3/月を上回っている。小規模な処理場の多い中小市町村では、高度処理コストが住民のWTPを上回る可能性があるものの、大規模な処理場の多い大都市においては、住民のWTPが高度処理コストを上回り、高度処理に取り組みやすい環境にあるため、排出枠取引制度の導入による流域全体での効率的な汚濁負荷削減を図ることが有効であるといえる。

 上では、排出枠取引の有効性が実証されたが、権利の売買で環境問題を解決することについては、心理的な抵抗感から社会的に受け入れられない可能性もある。そこで、総量規制と排出枠取引の組み合わせを基本として、他の政策手段で代替することによって、各手法のデメリットを相互に補う形でのポリシーミックスを検討することが有益と考えた。排出枠取引については、本来は市場で売買が成立するのが基本ではあるが、施設の整備などに時間がかかるため短期的に売買が均衡しないで長期的に均衡する場合には、流域単位で協議会を設置し、基金を通じて売買を行うことが望ましいと考える。

 この考え方に立って、東京湾排出枠取引モデルにおける最適なポリシーミックスの検討を行った。東京湾排出枠取引モデルで排出枠取引と課徴金との効果について比較検討すると、均衡排出枠価格と同額の税率で課徴金を課した場合には排出枠取引と同じ削減効果が得られるが、全体としてはかなり高い負担となる(排出枠取引:892億1400万円/年、課徴金:1333億8900万円/年)。同モデルで排出枠取引と補助金との効果について比較検討すると、均衡排出枠価格と同額の補助率で補助した場合には、排出枠取引と同じ削減効果が得られるが、全体としてはかなり高い負担となる(排出枠取引:892億1400万円/年、補助金:1168億円8500万円/年)。同モデルで排出枠取引に課徴金と補助金を組み合わせることによって、排出枠取引と同じ負担総額で削減目標を達成する制度設計を試みる。各処理場に割り当てられた削減負荷量を上限として均衡排出枠価格と同額の税率で課徴金を課すとともに、割り当てられた削減負荷量を超える負荷量削減に対して同じく同額の補助率で補助する組み合わせによって、排出枠取引と同じ負担総額で同じ削減効果を達成することが実証された。

 以上をもとに、霞ヶ浦排出枠取引モデルにおける最適なポリシーミックスの検討を行った。具体的には、排出枠取引に課徴金と補助金を組み合わせた制度を、点源・面源間の取引も含めた霞ヶ浦排出枠取引モデルに適用して、その有効性を検証した。その結果、税率=補助率=均衡排出枠価格として、点源と面源の負荷取引を1:1にした場合には、生活系点源の課徴金=農村系面源の補助金=163百万円で基金の収支が均衡し、1:1.5にした場合には、生活系点源の課徴金=農村系面源の補助金=132百万円で基金の収支が均衡して、それぞれ排出枠取引の場合と全く同じ結果が得られることが実証された。

 論文全体をまとめる。(1)閉鎖性水域における持続可能な水質保全を図るためには、総量規制と流域単位の排出枠取引とのポリシーミックスが有効な政策手段となる。(2)総量規制と排出枠取引とのポリシーミックスを基本として、他の経済的手法を組み合わせることによって、相互にデメリットを補完しあうため、このような観点からの総合的なポリシーミックスが最適な組み合わせになるように政策の制度設計を図ることが可能である。(3)流域単位でstakeholdersの協議会を設置し、基金を通じて調整を行い、流域単位で最も効率的な汚濁負荷の削減を実現する制度設計によって、持続可能な水質保全の実現が期待される。

 本論文のように、都市部における点源間の取引のみならず、都市部と農村部の双方における流域単位での点源・面源間の取引を含めた排出枠取引の実証的な研究ははじめてで、さらに、最適なポリシーミックスについて実現性のある政策提言を試みるものであり、この点に本研究の特徴がある。

 このように具体的な水質保全計画の提案につなげることのできる貴重な定量的分析を行った本研究の学術的存在意義は大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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