学位論文要旨



No 216540
著者(漢字) 森田,穣
著者(英字)
著者(カナ) モリタ,ミノル
標題(和) 超電導磁気フィルターの基礎特性と水処理への適用に関する研究
標題(洋)
報告番号 216540
報告番号 乙16540
学位授与日 2006.05.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16540号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 西尾,茂文
 東京大学 教授 大垣,眞一郎
 東京大学 教授 加藤,千幸
 東京大学 助教授 高木,周
内容要旨 要旨を表示する

 水中汚濁物を処理する方法として,生物処理法と物理化学処理法とがある.生物処理法の例としては,活性汚泥法や生物濾過法がある.生物濾過法とは,微生物を繁殖させた濾材を充填した濾過槽に汚濁水を通過させて汚濁物を濾過(除去)するものであり,微生物による有機物の分解作用により浄化能力を向上させるという手法である.必要エネルギーや汚泥発生量が少ないというメリットがある反面,必要となる濾過時間が比較的長いために高速処理には不向きであり単位面積あたりの処理量が小さい.

 これに対して凝集による物理化学処理法は比較的高速の処理に有利であると考えられている.凝集による浄化システムは,まず凝集剤を添加して攪拌することにより水中の固形浮遊物を合体させて大きな塊(以下,フロックと呼ぶ)を形成し,このフロックを除去するのが一般的である.フロックの沈降を利用する凝集沈殿濾過法は比較的簡単な方法ではあるが,分離速度を上げるためには,沈降速度が速い巨大なフロックを形成する必要があるために,凝集過程に長い滞留時間を必要とする.特に,除去対象が植物プランクトンのように,比重が水とほとんど同じ場合には,沈降速度が遅く,装置設置面積が広大になってしまうため,適した構造とはいい難い.したがって多くの浄水場等で使用されているものの,アオコ回収船や雨水越流水対策装置のようにコンパクトな装置としては適用が見られない.凝集過程で圧縮空気を注入し,気泡入りフロックを浮上除去する比重差分離法は,凝集沈殿濾過法と比較して分離速度が早いため,小型の装置とすることができるが凝集過程で圧縮空気を注入するための消費電力が大きいのが欠点であり,ランニングコストの大きさが大容量規模の処理運転をする際の問題である.

 じれらの方法に対して,凝集過程で磁性粉を投入し,磁性粉の混入したフロックを磁石の磁力によって分離する磁気分離法は,比重差分離法と比べても圧倒的に速い分離速度が期待でき,最も高速除去に適した方式であると考えられる.高速除去が可能であれば,小型の装置で大きな処理量を得ることができる.磁気分離法は,分離力として磁気力を利用するため,磁場発生手段による磁場強度を大きくすることにより磁気力を大きくすれば,処理速度あるいは除去率を大きくすることが可能になる.永久磁石を用いた場合には磁場強度に限度があるが,電磁石を用いた場合には,通電電流さえ大きくすれば発生磁場を大きくすることができる.しかし,通常の電磁石(常電導磁石)では通電電流の増大とともに消費電力も増大するため,実用的ではない.

 本論文は,それらの問題点を克服するために,磁場発生源として少ない消費電力で大きな磁場を発生することができる超電導磁石を用いた磁気分離方式浄化システムについて,特に実用化に向けて問題となる項目に対して検討を行ったものである.本研究では,超電導磁石を利用した磁気分離法式水処理システムの実用化を目的に,磁気分離の基本特性と連続化構造に関する検討を行った.まず,磁性フロックの物性値の分析と,流れ場と磁場が与えられた領域内での磁性フロックの挙動解析を行った.次に,磁場発生源として超電導磁石を用いた省エネルギーの高勾配磁気分離方式水処理装置を試作し,磁気フィルターによる磁性フロック分離性能を確認し,磁気分離特性を解析した.これら基本特性の検討を基に,連続運転が可能な超電導磁気分離装置を考案し,その有効性を実証するとともに浄化特性を検討した.さらに,超電導磁気フィルターシステムの実用的構成に関し,発生する汚泥の効果的な減容化のための亜臨界水熱反応手法の検討,並びに磁性粉の効率的回収と再利用のための亜臨界水熱分解手法の検討を行った.

 磁性フロックの磁気分離捕捉特性解析では,磁性フロックの物性値分析と,流れ場と磁場が与えられた空間における磁性フロックの挙動特性について解析し,磁性フロックの磁気分離基本特性を検討した.磁性フロックの物性値分析では,磁性フロックの密度関数を考察し,それを基にして磁性フロックの磁化を算出した.また,磁性フロックの密度分析結果と連立させて,流体抵抗係数を求めた.これらの結果を用いて,磁性フロックの軌跡計算行い,軌跡計算と実験結果との比較検証を行い,計算結果が実験結果をよく再現できることを確認した.本計測並びに計算では,磁性フロックの最大径と最小径の平均値を直径とする等価体積球で近似した.

 磁気フィルターの分離特性の検討では,超電導磁気フィルターによる磁性フロック磁気分離特性を把握することを目的とし,磁気フィルター構造と磁気分離特性の関係を調べる実験と,磁気フィルターの磁気分離特性の理論的ならびに数値解析的検討を行った.また,磁性粉添加濃度が低い場合についても,磁性フロックの磁化と密度を算出するため,磁性フロックの磁気分離捕捉特性解析において求めた磁性フロックの物性値分析結果の関数化を試みた.さらに,その結果と,上記磁気分離特性の検討結果を基に,磁気フィルターの磁気分離特性計算モデルを得た.その結果,磁気フィルターの磁気分離特性は,磁気フィルターの充填率と,磁気フィルターの長さの積で与えられる一次の項をパラメーターとする関数で表されることを明らかにした.

 回転磁気フィルターの連続処理特性の検討では,超電導磁気分離の連続化を目的に,回転型磁気フィルター構造を新しく考案した.回転型フィルター構造の超電導磁気分離とは,単一磁石端近傍の高磁場空間に回転可能な円盤状磁気フィルターを設置し,高磁場空間と低磁場空間を連続的に移動させることによって磁性フロックの吸引分離およびフィルターの洗浄再生を行うことによって,連続運転を可能にしたものである.本研究では,回転型磁気フィルターを磁石上端近傍に1段配置する構造を有する処理システムを試作し,連続的に高除去率で浮遊物質を除去できることを実証した.本手法による前処理過程における攪拌時間は,通常の凝集沈殿方式で必要とされる時間の1/10以下であることを確認し,これにより大幅な省スペース化の可能性を示唆した.

 実下水連続処理特性の検討では,ここでは上述の回転型磁気フィルターシステムによる下水処理特性に関して述べた.本構造を持つ試作浄化システムでも連続的に高除去率で下水浄化処理も可能であることを確認した.また,水質が異なる原水データと凝集剤添加条件を変化させて浄化性能を分析し,磁気分離浄化特性を最適化するための凝集条件に関する重要な知見を得た.さらに,下水処理場において合流式下水の実処理試験を実施し,下水処理場雨天時越流水処理に適用できることを示した.

 実用化の検討では,超電導磁石の実用性向上を目的に,亜臨界水熱分解を用いた汚泥分解処理減容化の検討実験を行うとともに,磁性粉の回収と再利用可能性の検討を行った.その結果,水熱分解過程を2段階に分け,分解過程の2段階目に酸化処理を加えることにより,磁気分離で発生する汚泥中からの磁性粉の効率的回収再利用が可能である見通しを得た.

 以上の研究結果より,磁性フロックの磁気分離基本解析原理を得て,超電導磁石を用いた磁気分離法による水処理技術の実用化の見通しを得ることができた.

 例えば湖沼等の浄化システムとして,処理容量10000m3/日程度と想定した場合,本技術を用いることにより,従来の凝集沈殿方式と比較して1/10以下の設置面積となる大きな利点を有する上に,容積が小さくなることによる装置コストの低減効果も期待でき,用地取得を考慮しなくても2〜3割程度の設置費用削減が予想できる.また,高除去率の特徴から,処理水に漏洩するフロックはほとんど無く,環境にやさしい技術である.さらに,本装置を通常の(常電導)電磁石で構成した場合,磁場発生用に数千万円/年の電気代が発生すると推算されるのに対し,超電導磁石を用いることによって1/10以下に抑えることが可能と考えられる.

審査要旨 要旨を表示する

 河川・湖沼等閉鎖水域における固形浮遊物・リン除去や,合流式下水の雨天時越流水浄化における固形浮遊物除去において,省スペース化を目的とした高速処理技術の開発は重要な課題である.そのような中,凝集剤により本来磁性を有しない汚濁物粒子に磁性粉を種付けした磁性フロックを生成して磁気分離する手法は,高速の固液分離装置として期待されている.特に,磁場領域に強磁性体金網を設置する高勾配磁気分離法(磁気フィルター)は更に効率を高める手段である.また,磁場発生源として,少ない消費電力で高磁場を発生させることができる超電導磁石を利用すれば,処理速度と除去性能を高めることが可能になると考えられる.本論文では,超電導磁石を利用した磁気フィルターの基本特性の解明とその連続化構造の構築を目的としている.加えて,当システムを実用化する上で必須な汚泥減容化と磁性粉回収再利用を実現可能な亜臨界水熱反応の条件解明を目的としている.

 第1章は「緒論」であり,研究の背景,従来の研究の経緯,および本論文の目的と構成を述べている.

 第2章は「磁性フロックの磁気分離捕捉特性解析」である.ここでは,磁性フロックの物性値,磁場勾配中に置かれた磁性フロック内の磁性粉の形態,及び流れ場と磁場が与えられた空間における磁性フロックの挙動特性について解析している.まず,磁性フロックの物性値分析では,磁性フロックの密度関数を考察し磁性フロックの磁化特性を導いている.次に,磁場勾配中に置かれた磁性フロック中の磁性粉の形態観察においては,磁性粉が棒状ないし針状のクラスターを磁場・磁場勾配方向に形成していることを確認している.ここで,フロックのような高い空隙率の凝集体粒子については,それに作用する磁気力が,内部に存在する磁性体(磁性粉粒子集合体)の磁場勾配中における形状により大きく依存することを議論している.以上の議論考察に基づいて,磁性フロックの軌跡計算を行い,実際に計測した軌跡の再現を確認している.

 第3章は「磁気フィルターの分離特性」である.ここでは電磁コイルの印加磁場空間に磁気フィルターを多層固定設置し,構造パラメータの影響を実験的に解明している.まず,磁気分離特性がフィルター構造パラメータである充填率と長さの積に単純依存することを定性的にではあるが見出している.また,磁性フロックの磁化や分離内磁場強度等のパラメータについても実験的に検討し,同様の依存性を見出している.次に,第2章で述べた磁性フロックの軌跡計算に基づいて分離性能の計算を行い,実験結果との比較検討による考察を行っている.以上の議論考察で,磁気フィルターの分離性能が,充填率と長さの積,及び分離計算から得られる捕獲断面積により記述できることを示している.

 第4章は「回転磁気フィルターの連続処理特性」である.トーラス状に形成される強磁性フィルターは,高磁場空間と微弱磁場空間内に常に含んだ状態であるため,高磁場領域の出入り時の磁気力を低減し容易な連続回転が可能であることを利用している.ここでは,連続回転型磁気フィルター構造提案と実処理実験結果に基づく高速処理の実現可能性を実験的に検証している.

 第5章は「実下水処理特性」である.本章は,第4章で検討した回転型連続磁気フィルターの一つの応用である実下水処理実験結果を説明し,合流式下水の雨天時越流水を実際に処理した結果と適用可能性を述べている.ここでは,下水の凝集処理において,水質が異なる原水データと凝集剤添加条件を変化させて浄化性能を分析し,磁性粉を効果的に磁性フロックに種付けする指針を述べている.その上で,凝集剤イオン濃度と固磁性粉を含む形浮遊物濃度の比で定義するパラメータを議論している.

 第6章は「磁性粉の回収再利用並びに汚泥減容化の検討」である.システムの実用性向上を目的とし,亜臨界水熱分解を用いた汚泥分解処理減容化と磁性粉の回収と再利用可能にする条件を明らかにしている.

 第7章は「結論」であり,本論文で得られた主な知見をまとめている.

 第2章ではフロックのような空隙構造粒子に作用する磁気力ついて,内部の磁性体形状が与える磁気力の影響を,磁性安定条件も加えて統合的に明らかにしている点が評価される.また,第4章ではほとんど分かっていなかった磁気フィルターによる磁性フロック分離基本特性を明らかにしている点が評価される.第4章から第6章は応用的な内容であり,本格的実用化には至っていないが,新たなシステム構築を技術的に完成している点は評価される.このように,本論文はいくつかの新規的な物理的描像,および今後の進むべき方向性を示しており,該当分野における工学的寄与は非常に大きい.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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