No | 216543 | |
著者(漢字) | 杉浦,勝明 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | スギウラ,カツアキ | |
標題(和) | 数理モデルを用いた牛海綿状脳症(BSE)の侵入リスク評価、有病率の推定及び発生予測に関する研究 | |
標題(洋) | Assessing the risk of introduction of bovine spongiform encephalopathy (BSE) into Japan, and estimating the prevalence and predicting the incidence of BSE in dairy herds in Japan | |
報告番号 | 216543 | |
報告番号 | 乙16543 | |
学位授与日 | 2006.05.12 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(獣医学) | |
学位記番号 | 第16543号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 牛海綿状脳症(BSE)は、中枢神経系の変性を主徴とする致死性の牛の疾病であり、めん山羊のスクレイピー、鹿の慢性消耗性疾患、人のクロイツフェルト・ヤコブ病等とともに、伝達性海綿状脳症の1つでる。本病の発生は、1985年英国で最初に確認され、1989年以降ヨーロッパの他の国に広がり、2004年末までに世界の23カ国で発生が報告されている。本病は、1996年に英国海綿状脳症諮問機関が人の変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)との関連の可能性を公表したことから注目を浴び、本病のまん延、人への感染を防止する観点から、本病発生国からの生きた牛、牛肉製品の国際取引が大きな影響を受けるようになった。 本病は、BSEの病原体に汚染された肉骨粉を含む飼料を牛が摂取することにより広がるとされている。2002年6月のWHO/FAO/OIE共催のBSEに関する専門家会議は各国に対し、生きた牛や肉骨粉の国際取引を通じ世界中にBSEの病原体に汚染された物質がばら撒かれている可能性があると警告し、BSE発生のリスク評価を行い、その結果を踏まえ、適切なリスク管理をすることを勧告した。 BSEは、侵入当初はきわめて発生率が低い上、群内での発生率も低く、潜伏期間が長く、発症初期にはBSE特有の症状を表さないことから、通常の臨床症状に基づくサーベイランスでは特に侵入当初は見逃されることが多い。このため、発生の有無からのみでは感染牛の有無を判断することが困難であり、リスク評価に基づき必要なリスク管理を行うことが重要となっている。 わが国でも、1990年以降英国その他のBSE発生国から生きた牛、133℃3気圧20分で加圧処理されていない肉骨粉の輸入禁止、1996年以降英国からの肉骨粉の全面輸入禁止、反芻動物への反芻動物由来の肉骨粉の使用禁止の行政指導、2001年1月以降EU諸国からの肉骨粉の全面輸入禁止といった措置がとられた。これらの措置にもかかわらず、2001年9月わが国で最初のBSE感染牛が摘発された。 この最初の発生後、きわめて短期間で各種の公衆衛生上及び家畜衛生上の措置が導入された。その中には、農場や輸送中に死亡した牛の検査、と畜場での健康牛の全頭検査といったサーベイランスの強化、牛の固体識別制度が含まれていた。 サーベイランスの強化に伴い2004年末までに約12万頭の死亡牛、約400万頭の健康牛が検査され、その結果、さらに13頭のBSE感染牛が発見された。 本論文は、数理モデルを用いてBSEの侵入リスク評価、BSEの有病率の推定、発生予測を試みたものであり、以下の3章からなる。 第1章 生きた牛、牛肉及び肉骨粉の輸入によるBSE侵入リスク評価モデル BSEの潜伏期間から1993年〜2000年にEU諸国、スイス及びリヒテンシュタインから輸入された生きた牛、牛肉及び肉骨粉が侵入リスク要因との前提で、各要因により汚染肉骨粉が日本国内に放出されるシナリオ・ツリーを描き、各ルートにより放出される汚染肉骨粉を計算した上で合計することにより、この期間に日本国内に放出された可能性のある汚染肉骨粉の重量を計算するモデルを構築した。その結果、主にEU諸国から輸入された肉骨粉を原因として23.4〜53.8kgの汚染肉骨粉がこの期間に日本国内に放出された可能性があることが推定された。この汚染肉骨粉により最終的に何頭の牛が感染したかの推定には、暴露評価が必要である。また、1992年以前に既にBSEが侵入していた可能性がある場合には、その可能性も考慮して放出量を再計算する必要がある。 第2章 英国及びドイツから過去に輸入された生きた牛によるBSEの侵入リスク評価 第1章のモデルでは、1992年以前の侵入リスクを考慮しなかったので、この前提の正当性を検証する意味でも1980年代及び1990年代初期にそれぞれ英国及びドイツから輸入された生きた牛による侵入リスクを推定した。推定に当たっては、これらの輸入牛が仮に日本に輸出されずに英国及びドイツで仮に飼養され続けた場合の発症率を適用した。その結果、英国からの輸入牛のうち少なくとも1頭が日本でのと畜時又は死亡時に発症していた確率が18%あり、その場合、1992年又は93年に肉骨粉に加工されフィード・チェーンに入った可能性が高いことが推定された。 第3章 わが国乳牛群における出生コホートのBSE有病率の推定及びBSE発生予測 著者は、日本におけるBSEの発生の大部分を占める乳牛群に着目し、2004年末までにサーベイランスにより得られた検査結果のデータ、個体識別制度により得られたと畜月齢分布のデータ等を用いて1992年から2001年の各年に生まれたコホート牛群の有病率を推定した。また、推定した有病率を用いて、過去に淘汰されたBSE感染牛の頭数を推定するとともに、今後の発生予測を試みた。その結果、1995年(1992年)にBSEが侵入したとの仮定の下では、2001年末までに約210頭(1300頭)の感染牛が淘汰され、そのうち110頭(710頭)頭が食用に供されたことが推定された。また、2005年以降の発生については2008年までに20頭の感染牛が摘発され、2013年までには感染牛が存在しなくなることが予測された。 以上の研究成績から、わが国へのBSEの侵入のリスク要因として、1990年代にEU諸国から輸入された肉骨粉が最も重要であるが、1980年代に英国から輸入された生きた牛が感染していた可能性もあり、その場合、1992年又は1993年にわが国のフィード・チェーンに入った可能性が高いことが示された。また、わが国の乳牛群に注目した場合の2001年末までに食用にと殺され消費されていたと推定される感染牛頭数については、さらに、暴露要因に関するデータが収集されれば、2001年末にSRMの除去等の公衆衛生上の予防措置がとられるまでの牛肉の摂取に起因する今後わが国でのvCJD患者の発生予測に入力変数として用いることが可能である。 | |
審査要旨 | 牛海綿状脳症(BSE)は、中枢神経系の変性を主徴とする致死性の牛の疾病であり、めん山羊のスクレイピー、鹿の慢性消耗性疾患、人のクロイツフェルト・ヤコブ病等と共に、伝達性海綿状脳症の1つでる。本病の発生は、1985年英国で最初に確認され、1989年以降ヨーロッパの他の国に広がり、2004年末までに世界の23カ国で発生が報告されている。本病は、1996年に英国海綿状脳症諮問機関が人の変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)との関連性が高いことを公表したことから、国際的な関心を呼び、人への感染防止の観点からも、本病発生国からの生きた牛および牛肉製品の国際取引に大きな影響を及ぼした。本病は、BSEの病原体に汚染された肉骨粉を含む飼料を牛が摂取することにより広がるとされている。2002年6月のWHO/FAO/OIE共催のBSEに関する専門家会議は、生きた牛や肉骨粉の国際取引を通じて世界中にBSEの病原体汚染物質がばら撒かれた可能性があると警告し、BSE発生のリスク評価を行い、その結果を踏まえて適切なリスク管理をすることを、各国に対して勧告した。BSEは、侵入当初は極めて発生率が低い上、潜伏期間は長く、発症初期にはBSE特有の症状を表さないことから、通常の臨床症状に基づくサーベイランスでは感染牛を発見することは困難である。このため、発症牛の有無のみから感染牛の有無を判断することは適切ではなく、リスク評価に基づいたリスク管理が重要である。わが国でも、1990年以降BSE発生国からの生きた牛の輸入禁止などの侵入防止措置がとられたが、2001年9月わが国で最初のBSE感染牛が摘発された。この最初の発見後、極めて短期間に各種の公衆衛生上及び家畜衛生上の措置が導入された。その中には、農場や輸送中に死亡した牛の検査や、と畜場での健康牛の全頭検査、また牛の個体識別制度の導入等が含まれる。サーベイランスの強化に伴い2004年末までに約12万頭の死亡牛と約400万頭の健康牛が検査され、その結果、さらに13頭のBSE感染牛が発見された。 本論文著者は、数理モデルを用いてBSEの侵入リスク評価、BSEの有病率の推定および発生予測を試みた。本論文第1章において著者は、BSEの潜伏期間から1993年〜2000年の8年間に輸入された生きた牛、牛肉及び肉骨粉を侵入リスク要因として、BSE侵入リスク評価モデルを開発した。その結果、主にEU諸国から輸入された肉骨粉を原因として、23.4〜53.8kgの汚染肉骨粉がこの期間内に日本国内に放出された可能性があることが推定された。このモデルでは、1992年以前にわが国に輸入された生きた牛による侵入リスクは考慮されていなかったことから、第2章において1980年代及び1990年代初期にそれぞれ英国及びドイツから輸入された生きた牛による侵入リスクを推定した。その結果、英国からの輸入牛のうち少なくとも1頭が日本でのと畜時又は死亡時に発症していた確率が18%あり、その場合、1992年又は93年に肉骨粉に加工されフィード・チェーンに入った可能性が高いことが推定された。第1章及び第2章の数理モデルは、国内でのBSE病原体の増幅リスクや、サーベイランス体制もあわせて評価することにより、諸外国のBSE汚染状況の推定評価にも応用できると考えられる。第3章では、第2章での推定結果をもとに、わが国に1992年又は1995年にBSEが侵入したと仮定して、わが国乳牛群における出生コホートのBSE有病率の推定及びBSE発生予測を行った。その結果、1995年(1992年)にBSEが侵入したとの仮定下では、2001年末までに約210頭(1300頭)の感染牛が淘汰され、そのうち110頭(710頭)頭が食用に供されたと推定された。また2002年以降の出生コホートはBSEに感染していないことを前提に2005年以降の発生を予測すると、2008年までに20頭の感染牛が摘発され、2013年までには感染牛が存在しなくなると予測された。第3章の数理モデルは、今後のBSE対策が変更した場合の感染牛の摘発頭数の変化を予測する際に応用可能であり、今後のBSE対策措置の検討に有用な情報を提供することができる。 本研究により、わが国におけるBSEの侵入源、有病率、今後の発生予測に関し、有用な知見が得られたのみでなく、本研究で用いた数理モデルは、諸外国のBSEステータス評価やわが国の今後のBSE対策措置の変更に伴うリスクの変化予測にも応用可能であることから、BSEに対する適切なリスク管理に有用であることが示された。さらに他の疾病の侵入リスク評価研究にも貢献する有用な知見を提供したと考えられる。よって、審査委員一同は、本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
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