No | 216548 | |
著者(漢字) | 大日方,英 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オビナタ,ヒデル | |
標題(和) | 9-ヒドロキシオクタデカジエン酸をはじめとする遊離酸化脂肪酸はGタンパク質共役型受容体G2Aのリガンドである | |
標題(洋) | Identification of 9-Hydroxyoctadecadienoic Acid and Other Oxidized Free Fatty Acids as Ligands of a G Protein-coupled Receptor G2A | |
報告番号 | 216548 | |
報告番号 | 乙16548 | |
学位授与日 | 2006.05.24 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 第16548号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | [緒言] G2Aは様々なDNA損傷刺激により誘導され、細胞周期をG2/M期で停止させるGタンパク質共役型受容体(G protein-coupled receptor; GPCR)として同定された(1)。リンパ球やマクロファージなどで発現が高く、免疫系の制御や動脈硬化との関わりが示唆されている。2001年にKabarowskiらによってリゾホスファチジルコリンとスフィンゴシルホスフォリルコリンがリガンドであることが報告されたが(2)、結合実験の再現性が得られないことなどから、この報告は2005年に取り下げられた。一方、Murakamiらは2004年に、G2Aが酸性条件下でイノシトールリン酸の産生やストレスファイバーの形成を促し、この活性はリゾホスファチジルコリンにより抑制されることを報告した(3)。しかしながら、G2Aのプロトン感受性はアミノ酸配列の相同性を有する他のプロトン感受性のGPCRに比べると低く、G2Aが他の機能を有する可能性が考えられた。 私は、いくつかのオーファンGPCRのリガンドスクリーニングを行う過程で、9-ヒドロキシオクタデカジエン酸(9-hydroxyoctadecadienoic acid; 9-HODE)をはじめとする遊離酸化脂肪酸が、G2Aを活性化し、細胞内カルシウム濃度の上昇などを引き起こすことを見いだした。9-HODEはリノール酸由来の酸化代謝物であり、酸化された低密度リポタンパクに多量に含まれていることが知られている。生体内ではフリーラジカル反応やリポキシゲナーゼ、チトクロムP450などの酵素反応により生じうる。 本研究で私は、9-HODEをはじめとする遊離酸化脂肪酸がG2Aのリガンドとして働き、細胞内カルシウム濃度の上昇やcAMPの産生抑制、JNKの活性化など様々な細胞内シグナルを活性化することを明らかにした。G2Aが動脈硬化巣で高発現しているという知見や、酸化ストレスによる遊離酸化脂肪酸の産生増加などを考えると、G2Aが酸化ストレスによる様々な病態形成において、何らかの役割を果たしている可能性が示唆される。 [方法] -G2Aを安定的に高発現するCHO細胞株の樹立- G2A遺伝子コード領域のアミノ末端にFLAGタグを付与した後、哺乳細胞用発現ベクターpCXN2.1に組み込み、リポフェクション法によりCHO細胞に遺伝子導入した。限界希釈法により選択薬剤耐性を有する細胞をクローン化した後、RT-PCR法と抗FLAG抗体を用いたフローサイトメトリーによりG2Aを高発現するクローンを選択し、以降の実験に用いた。 -細胞内カルシウムおよびcAMP濃度の測定- リガンド刺激時の細胞内カルシウム濃度の上昇は、カルシウム感受性の蛍光試薬Fura-2を細胞内に取り込ませた後、FLEXstation(Molecular Device社)を用いて測定した。細胞内cAMP濃度の測定は、cAMP-Screenキット(Applied Biosystems社)を用いて競合的ELISA法により行った。アデニル酸シクラーゼの活性化剤であるフォルスコリン存在下で細胞をリガンド刺激し、フォルスコリンによるcAMP産生への抑制効果を検討した。 -[(35)S]GTPγS結合実験- 細胞を超音波処理により破砕した後、超遠心により細胞成分を分画し、100,000 x gの沈殿として膜画分を得た。膜画分を[(35)S]GTPγSの存在下でリガンド刺激し、膜画分への[(35)S]GTPγsの結合量をシンチレーションカウンターを用いて測定した。また、非特異的な[35S]GTPγSの結合は過剰量の未標識GTPγS存在下で測定した。 -9-HODE産生機序のin vitroにおける解析- ホスファチジルコリン(PC;1-パルミトイル-2-リノレオイル)をラジカルイニシエーターである2,2'-azobis(2,4-dimethylvaleronitrile)で処理した後、ホスホリパーゼA2により2位の脂肪酸を切り出した。溶媒を窒素ガス存在下で留去した後、G2A発現細胞における細胞内カルシウム上昇活性を検討した。 -プロトン感受性の測定- 細胞にmyo-[3H]inositolを取り込ませた後、様々なpH条件下で9-HODE刺激を行った。遊離されたイノシートルリン酸を酸抽出し、レジンカラムを用いてホスファチジルイノシトールと分離した後、シンチレーションカウンターを用いて測定した。 [結果と考察] G2Aを安定的に高発現させた細胞において、9-HODEによる濃度依存的な細胞内カルシウム濃度の上昇(Fig.1A)、cAMP産生の抑制(Fig.1B)、および[(35)S]GTPγSの結合(Fig.1C)が観察された。Gα(qi)キメラタンパク質をG2Aと共発現させると細胞内カルシウム濃度上昇反応が著明に増大した(Fig.1A)。Gα(qi)キメラタンパク質はGαqのカルボキシ末端9アミノ酸配列がGαiの配列で置き換えられたものであり、細胞内カルシウム反応の感度を高めることが知られている。また、cAMP産生の抑制は百日咳毒素前処理により完全に消失することから、Gαiタンパク質の関与が示唆された(Fig.1B)。9-HODEによるこれらの反応は、G2Aを細胞に一過性に発現させた系でも確認された。 リノール酸およびアラキドン酸由来の様々な酸化代謝物を用いて、G2Aのリガンド特異性を細胞内カルシウム濃度上昇反応により検討したところ、9-HODEおよび11-ヒドロキシエイコサテトラエン酸(11-hydroxyeicosatetraenoic acid; 11-HETE)が最も強い活性を示した(Fig.2)。これら二つの脂肪酸はオメガ末端から水酸基までの構造が同一であり、この構造がG2Aのリガンド認識において重要であると考えられた。過酸化物である9-HPODEも同様に高い活性を示したが、13位が酸化された13-HODEやその他のHETE類は高い活性は示さなかった(Fig.2)。9-HODEのコレステロール結合体はわずかな活性しか示さず、G2Aは遊離型の酸化脂肪酸をよいリガンドとすることが示唆された(Fig.2)。また、G2Aは酵素的に産生される9(S)-HODEだけでなく、非特異的な酸化反応により産生される9(R)-HODEにも高い反応性を示した。 PCをin vitroで酸化した後、ホスホリパーゼA2により2位の脂肪酸を切り出し、G2A発現細胞における細胞内カルシウム濃度上昇反応を観察したところ、酸化処理とホスホリパーゼA2処理を両方行ったサンプルでのみ、活性が観察された(Fig.3)。液体クロマトグラフィー-質量分析法により、このサンプル中では9-HPODEの産生が確認された。酸化処理のみを行ったPCはほとんど活性を示さず、遊離型の9-HODEが活性を持つことが確認された(Fig.3)。また、かつてG2Aのリガンドであると報告されたリゾホスファチジルコリン(1-パルミトイル)は、酸化処理の有無に関わらず、活性を示さなかった(Fig.3)。 G2Aのプロトン感受性に対する9-HODEの影響をイノシトールリン酸の産生により検討したところ、9-HODEは酸性条件下でのイノシトールリン酸産生量を相加的に上昇させたが、相乗的な効果は観察されなかった(Fig.4)。このことから、9-HODEとプロトンはそれぞれ独立してG2Aを活性化することが示唆された。 生体内における遊離の酸化脂肪酸含量は明らかではないが、生体は絶えず様々な酸化ストレスに曝されており、酸化された低密度リポタンパク中や動脈硬化巣では、9-HODEをはじめとする酸化脂肪酸がPCやコレステロールにエステル結合した状態で多量に存在していることが報告されている。酸化ストレス条件下ではホスホリパーゼA2やエステラーゼなどの酵素も活性化されていることが想定され、局所的にG2Aを活性化するのに十分な濃度の酸化脂肪酸が遊離され得ると考えられる。また、G2Aは様々なDNA損傷刺激により発現が誘導されることから、酸化ストレス条件下で受容体とリガンドがともに誘導・産生され、反応性を高めている可能性が示唆される。今後の研究で、生体内における遊離酸化脂肪酸の産生機序について検討を行い、G2Aを介した細胞応答を解析することで、G2Aの生体内における役割が明らかになっていくものと期待される。 Fig.1 G2A発現細胞において9(S)-HODEにより引き起こされる細胞内カルシウム濃度上昇反応(A)、cAMP産生の抑制(B)、および[(35)S]GTPγS結合(C) Fig.2 G2Aのリガンド特異性 Fig.3 PCの酸化とPLA処理により引き起こされるG2Aの活性化 Fig.4 G2Aのプロトン感受性に9(S)-HODEがおよぼす影響 | |
審査要旨 | 本研究は、G2Aと呼ばれるGタンパク質共役型受容体(G protein-coupled receptor; GPCR)の新規のリガンドとして、9-ヒドロキシオクタデカジエン酸(9-hydroxyoctadecadienoic acid; 9-HODE)をはじめとする遊離酸化脂肪酸を同定したものである。G2Aは、様々なDNA損傷刺激により誘導され、細胞周期をG2/M期で停止させるGPCRとして同定された。G2Aのノックアウトマウスが遅発性に自己免疫疾患を発症するという報告や、動脈硬化巣でG2Aが高発現しているという報告などから、免疫系の制御や動脈硬化との関わりが示唆されている。しかしながら、G2Aのリガンドに関しては、リゾホスファチジルコリンがリガンドであるとした2001年の報告が、2005年になって取り下げられ、明らかにはなっていなかった。また、G2Aが弱いながらもプロトン感受性を有するという報告が2004年になされたが、他のリガンドが存在する可能性が残されていた。本研究は、下記の結果により、遊離酸化脂肪酸がG2Aの新規のリガンドとして働くことを明らかにしたものである。 1.G2Aを過剰発現させたCHO細胞を9(S)-HODEにより刺激すると、9(S)-HODEの濃度依存的に細胞内カルシウム上昇反応が観察された。 2.リノール酸およびアラキドン酸由来の様々な酸化代謝物を用いて、G2Aのリガンド特異性を細胞内カルシウム濃度上昇反応により検討したところ、9-HODEおよび11-ヒドロキシエイコサテトラエン酸(11-hydroxyeicosatetraenoic acid; 11-HETE)が最も強い活性を示した。9-HODEと11-HETEはω末端から水酸基までの構造が同一であり、この部分がG2Aのリガンド認識に関与していることが示唆された。一方、9-HODEのコレステロール結合体や酸化処理したホスファチジルコリンはほとんど活性を示さず、G2Aは遊離の酸化脂肪酸をよいリガンドとすることが示唆された。また、G2Aはリポキシゲナーゼなどの酵素反応により生じる9(S)-HODEばかりでなく、非特異的な酸化反応により生じる9(R)-HODEにも反応することが示された。 3.G2Aを過剰発現させた細胞から調整された膜画分において、9(S)-HODEの濃度依存的に[(35)S]GTPγS結合活性の上昇が観察された。 4.G2Aを過剰発現させたCHO細胞を百日咳毒素で前処理すると、9(S)-HODEによる細胞内カルシウム濃度上昇反応は部分的に阻害された。このことから、CHO細胞においてはG2Aを介した細胞内カルシウム濃度上昇反応は、百日咳毒素感受性のGαiまたはGαoと、非感受性のGαqまたはGαzにより伝えられていることが示唆された。また、G2Aを過剰発現させたCHO細胞では、フォルスコリン刺激によるcAMP産生が9(S)-HODEの濃度依存的に抑制され、この活性は百日咳毒素の前処理により消失した。このことから、CHO細胞においてはG2Aを介したcAMP産生の抑制は、百日咳毒素感受性のGαiまたはGαoにより伝えられていることが示唆された。 5.G2Aを過剰発現させたCHO細胞を9(S)-HODEにより刺激すると、MAPキナーゼの一つであるJNKの活性化が観察された。一方、他のMAPキナーゼであるERK1/2およびp38の9(S)-HODE刺激による活性化は観察されなかった。 6.ホスファチジルコリン(1-パルミトイル-2-リノレオイル)をin vitroでラジカルイニシエーター試薬で酸化し、さらにホスホリパーゼA2で2位の脂肪酸を水解した産物では、G2Aを介した細胞内カルシウム上昇反応が観察されたが、酸化処理のみでは活性が観察されなかった。このことから、リン脂質が酸化された後、酸化脂肪酸がホスホリパーゼA2によって遊離することにより、G2Aのリガンドとして働くことが示された。 7.G2Aのプロトン感受性に対する9(S)-HODEの影響を、イノシトールリン酸産生量の変化により検討したところ、9(S)-HODEは酸性pH条件下でのイノシトールリン酸産生量を相加的に上昇させたが、相乗的な効果は観察されなかった。 以上、本論文は9-HODEをはじめとするいくつかの遊離酸化脂肪酸がG2Aのリガンドとして機能することを示したものである。生体内においてリノール酸やアラキドン酸などの多価不飽和脂肪酸は、細胞膜や低密度リポタンパク質の構成成分として多量に含まれており、様々な酸化ストレスにより9-HODEをはじめとする遊離酸化脂肪酸が産生されると考えられる。しかしながら、動脈硬化や虚血後再灌流による臓器障害など、酸化ストレスと密接に関連している様々な病態における、遊離酸化脂肪酸の役割はそれほど明らかにされてはいない。遊離酸化脂肪酸の受容体としてG2Aが同定されたことは、酸化ストレスによる病態形成において遊離酸化脂肪酸が果たす役割を解明する上で重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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