学位論文要旨



No 216552
著者(漢字) 吉田,貴昌
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,タカマサ
標題(和) 亜鉛/linked-BINOL不斉触媒の新たな展開に関する研究
標題(洋)
報告番号 216552
報告番号 乙16552
学位授与日 2006.06.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16552号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 助教授 金井,求
内容要旨 要旨を表示する

1. Et2Zn/linked-BINOL触媒系を用いたsyn-選択的直接的触媒的不斉Mannich型反応の開発

 キラルなβ-アミノアルコール類は、種々の天然物や医薬品、不斉配位子等を構築する重要なビルディングユニットであるが、これらの化合物を非修飾型ヒドロキシケトンとイミンとによる直接的触媒的不斉Mannich型反応で高収率・高選択的に合成できれば、非常に有益であると考えられる。

 触媒的不斉Mannich型反応については、1997年に本学薬学系研究科の小林教授らにより初めて報告されて以来、種々の例が報告されており、その中には、それらの手法を用いてキラルβ-アミノアルコールを高収率、高ジアステレオ、高エナンチオ選択的に合成したものもある。しかし、求核種としてα-アルコキシケテンシリルアセタール(修飾型ヒドロキシエステル)を用いるため、アトムエコノミーの観点などから鑑みると必ずしも望ましい方法とは言い難い。

 一方で、アトムエコノミーに優れた非修飾型ヒドロキシケトンを用いる直接的触媒的不斉Mannich型反応を用いたβ-アミノアルコール類の合成例は、Listら、Barbasら、Trostらの報告例しかなく、いずれもsyn-アミノアルコールを高い不斉収率で与えるというものである。

 柴崎研究室では、Et2Zn/linked-BINOL 1触媒系を用いた直接的触媒的不斉アルドール反応およびanti-選択的直接的触媒的不斉Mannich型反応の開発に成功しているが、本反応では生成物におけるカルボニル基のα-位の絶対配置が(R)配置となることから、本触媒系から発生するエノラートはRe面から求電子種を攻撃するものと考えられる。このときイミンを求電子種とした場合、その置換基を変化させることでエノラートのイミンへの面選択性を変化させることが可能であれば、同一触媒系にてsyn-またはanti-アミノアルコールを高い不斉収率で作り分けできるものと考えられる。そこで、私は本触媒系を用いたsyn-選択的直接的触媒的不斉Mannich型反応の開発に着手した(Figure 1)。

 窒素原子上の保護基について検討を行ったところ、保護基をBoc基とした場合にsyn-選択性を示し、高い不斉収率でMannich体が得られることが明らかとなった。また、反応の条件最適化を行ったところ、反応温度を-40℃としてケトン2を2当量使用する場合に最も選択性が向上した。

 そこで、基質一般性を確認すべく、種々のBoc-イミン4を用いて検討を行った(Table 2)。いずれのイミンもsyn-選択性を示し、特に4e、4gで高いジアステレオ選択性を示した。一方で、α,β-不飽和型イミンではジアステレオ選択性が低下する傾向が見られた。生成物がsyn-体であることはX線結晶構造解析の結果によっても確かめられている。また、MTPA法や既知化合物への誘導により、生成物におけるカルボニル基のα-位の絶対配置が(R)配置となることが確認された。

 次に、触媒量の低減について検討したところ、syn-選択的Mannich型反応では、触媒量0.05mol%で、収率88%、不斉収率98%eeという結果でMannich体を得ることができ、TON(触媒回転数)は1760を示した。また、anti-選択的反応についても同様の検討を行い、触媒量0.02mol%で、収率97%、不斉収率97%ee、TONは4920という値を示した。

 保護基の違いによる選択性の違いをFigure 2のように考えている。すなわち、anti-選択的反応では、嵩高いDpp基と亜鉛エノラートとの立体的反発を避けるような遷移状態(A)を経由して生成物を与えているものと考えられる。一方で、syn-選択的反応ではDpp基よりも小さいBoc基を用いているため、イミンの置換基Rと亜鉛エノラートとの立体的反発を避けるような遷移状態(B)を経由して生成物を与えているものと考えている。

 また、anti-選択的およびsyn-選択的Mannich型反応の速度論解析を行い、触媒、イミン、ケトンの反応次数を求めたところ、anti-選択的反応では触媒に1次、イミンに0次、ケトンに1.3次という結果を、syn-選択的反応では触媒に1次、イミンに0.86次、ケトンに0次という結果を得た。これらから、anti-選択的反応では触媒活性種から生成物とケトンとが置換される過程を、syn-選択的反応では亜鉛エノラートがイミンを攻撃する過程を律速段階とする触媒サイクルが想定される。

 上記の結果をまとめると、下記のようになる。

1) Et2Zn/linked-BINOL 1触媒系を用いた、ケトン2とBoc-イミン4のsyn-選択的直接的触媒的不斉Mannich型反応の開発に成功した。これにより、窒素原子上の保護基をBoc基とした場合にはsyn-体の、Dpp基とした場合にはanti-体のアミノアルコールをジアステレオ選択的に、かつ高い不斉収率にて作り分けることが可能となった。また、詳細な検討から、触媒量をanti-選択的反応では0.02 mol %、syn-選択的反応では0.05 mol %にまで減ずることができた。

2) anti-選択的およびsyn-選択的直接的触媒的不斉Mannich型反応について、それぞれ速度論解析を行ったところ、以下のような速度式が導き出された。

Matsunaga, S.; Yoshida, T.; Morimoto, H.; Kumagai, N.; Shibasaki, M.

J. Am. Chem. Soc. 2004, 126, 8777-8785.

2. アキラルフェノール骨格を有したC(2-)非対称な新規linked-BINOL型配位子の開発

 柴崎研究室ではlinked-BINOL 1およびその誘導体を配位子として用いる種々の触媒的不斉反応の開発に成功している。このように1は独特な不斉環境を構築することが可能な有力な配位子であるといえるが、二つのキラルBINOL骨格を必要とする点や、リガンドチューニングがリンカーのヘテロ原子部分や6,6',6'',6'''-位の修飾に限られるという欠点も有している。これらの点から、更なる不斉反応への適用、触媒量の低減、高選択性の追求などを考慮すると、1ではリガンドチューニングが限られ、チューニング容易な構造を有する新規配位子の開発が不可欠であると考えられる。

 ところで、linked-BINOL 1に2当量のEt2Znを作用させると、Zn312thf3からなる亜鉛多核錯体を形成することが報告されている。この構造に着目すると、配位子自体はC2-対称性を有しているのにもかかわらず、錯体内の配位子ユニットはC2-対称性を有していない。さらに、配位子のフェノール性水酸基の1つが、亜鉛と結合していないことが亜鉛多核錯体のX線結晶構造解析によって明らかとなっている。なお、この錯体は触媒前駆体として作用することも同時に報告されている。

 また、linked-BINOL 1の特性を理解すべく、1を用いるanti-選択的直接的触媒的不斉Mannich型反応において、リガンドのeeと生成物のeeとの間で相関関係を調査したところ、Non-linear effect(非線形現象)は観測されないことがわかった。このことから亜鉛多核錯体を形成する際には、同一のキラリティを有するリガンド間で錯体形成がなされるものと考えられる。

 前述した事実を踏まえ、(1)C2-対称性を有さない、(2)最低でも3つのフェノール性水酸基を有する、(3)1つのBINOLとアキラルでチューニング容易な骨格をリンカーで結合させる、という概念のもとに新規配位子の設計を行った。

 そこで、Figure 3に示した新規不斉配位子7a-7mを合成し、その能力をanti-選択的直接的触媒的不斉Mannich型反応にて評価したところ、配位子のC2-対称性は不必要であること、フェノール性水酸基が3つであっても問題がないこと、BINOL骨格が1つであっても高い不斉収率が維持できること等が明らかとなった。また、BINOL骨格と連結しているアキラルフェノールユニットの2-位に水酸基を、3-位に何らかの置換基を配置する必要があることがわかった(Table 2)。

 新規配位子の能力をより詳細に評価するため、より低濃度の条件下で、触媒量を1 mol %として反応の経時変化をそれぞれ測定したところ、7d、7e、7fを除いたすべての配位子でlinked-BINOL 1よりも活性が高くなった(Figure 4)。

 低濃度の条件下で高活性を示すということは、触媒量を低減させた際にも活性が十分に期待できるものと考えられるため、実際に7cを用いて検討を行ったところ、触媒量0.01 mol %でも反応は進行し、98% eeでMannich体を与えた。なお、この際のTONは8600という高い値を示した。

 次に触媒前駆体の構造解析を検討した。7cのTHF溶液に対して2当量のEt2Znを作用させた時のESI-MSスペクトルの結果から、linked-BINOL 1と同様のligand/Zn=2/3の亜鉛多核錯体を形成することがわかった。また、7cのTHF-d8溶液へ2当量のEt2Znを作用させた時の1H NMRおよび(13)C NMRスペクトルの結果から8種のベンジル位プロトン、(13)C NMRでは4種のベンジル位炭素が存在する亜鉛多核錯体の存在が確認された。しかし、現時点では正確な錯体構造は明らかとなっていない。

 上記の結果をまとめると、下記のようになる。

1) linked-BINOL 1が有する修飾の困難さを解決すべく、新規不斉配位子7を開発した。7ではlinked-BINOL 1のキラルユニット1つをアキラルとしているが、その場合にも良好な結果が得られることを見出した。また7の能力をanti-選択的直接的触媒的不斉Mannich型反応にて評価したところ、linked-BINOL 1よりもTON(触媒回転数)が向上し、その値は8600を示した。

2) 触媒前駆体に関する構造解析を行ったところ、その構造はEt2Zn/linked-BINOL錯体の場合と同様に、Zn/ligand=2/3の亜鉛多核錯体であることが明らかとなった。

Yoshida, T.; Morimoto, H.; Kumagai, N.; Matsunaga, S.; Shibasaki, M.

Angew. Chem., Int. Ed. 2005, 44, 3470-3474.

Figure 1. Strategy to achieve enantio- and diastereoselective Mannich-type reactions.

Table 2. Substrate Scope and Limitations.

a Isolated yield. b Determined from the 1H NMR spectrum of the crude mixture. c Product was obtained in E-syn/E-anti/Z-syn/Z-anti = 70/16/10/4 as determined (syn/lanti = 80/20) by 1H NMR analysis.

Figure 2. Transition state models of Mannich-type reactions.

Figure 3. Structures of non-C2-symmetric (S)-linked-BINOL derivatives 7a-7m consisted with one achiral unit and one chiral binaphthol unit.

Table 2. anti-Selective Direct Catalytic Asymmetric Mannich-type Reaction Using Various Chiral Ligands

Figure 4. Reaction profiles with chiral ligands 1, 7c, 7d ,7e, 7l, 7m and 8.

審査要旨 要旨を表示する

1. Et2Zn/linked-BINOL触媒系を用いたsyn-選択的直接的触媒的不斉Mannich型反応の開発:

 キラルなβ-アミノアルコール類は、種々の天然物や医薬品、不斉配位子等を構築する重要なビルディングユニットであるが、これらの化合物を非修飾型ヒドロキシケトンとイミンとによる直接的触媒的不斉Mannich型反応で高収率・高選択的に合成できれば、非常に有益であると考えられる。これまで、非修飾型ヒドロキシケトンを用いる直接的触媒的不斉Mannich型反応を用いたβ-アミノアルコール類の合成例は、Listら、Barbasら、Trostらなどによる数例しかなく、いずれもsyn-アミノアルコールを高い不斉収率で与えるというものであったが、保護基の除去の困難さという点から問題点を残していた。そこで、吉田貴昌は除去の容易な保護基を有するイミンを使用したsyn-選択的直接的触媒的不斉Mannich型反応の開発に着手した。

 すでに開発に成功していたEt2Zn/linked-BINOL触媒系を用いたanti-選択的直接的触媒的不斉Mannich型反応のメカニズム解析より、エノラートのイミンへの面選択性の制御がsyn-選択性発現に対して重要であることが予想された。吉田貴昌はイミン上の置換基を変化させることでエノラートのイミンへの面選択性を変化させることを考案し検討を行った。窒素原子上の保護基について検討を行ったところ、Boc基の場合にsyn-選択性を示し、高い不斉収率でMannich体が得られた。Table 1に示すように高い基質一般性が確認された。さらに、触媒量の低減について検討したところ、syn-選択的Mannich型反応では、触媒量0.05 mol %で、収率88%、不斉収率98% eeという結果でMannich体を得ることができ、TON(触媒回転数)は1760を示した。また、Diphenylphosphinoyl-イミンを用いたanti-選択的反応についても検討を行い、触媒量0.02 mol %で、収率97%、不斉収率97% ee、TONは4920という値を示した。また、anti-選択的およびsyn-選択的Mannich型反応の速度論解析を行うことで、anti-選択的反応では触媒活性種から生成物とケトンとが置換される過程を、syn-選択的反応では亜鉛エノラートがイミンを攻撃する過程を律速段階とする触媒サイクルが明らかとなった。

2. アキラルフェノール骨格を有したC2-非対称な新規linked-BINOL型配位子の開発

 前項で示したMannich反応に代表されるように、linked-BINOL 1は独特な不斉環境を構築することが可能な有力な不斉配位子であるが、二つのキラルBINOL骨格を必要とする点や、リガンドチューニングがリンカーのヘテロ原子部分や6,6',6'',6'''-位の修飾に限られるという欠点も有している。これらの点から、更なる不斉反応への適用、触媒量の低減、高選択性の追求などを考慮すると、1ではリガンドチューニングが限られる。そこで吉田貴昌はチューニング容易な構造を有する新規配位子の開発に着手した。linked-BINOL 1と2当量のEt2Znから調製されるZn312thf3からなる亜鉛多核錯体の構造において、配位子自体はC2-対称性を有しているのにもかかわらず、錯体内の配位子ユニットはC2-対称性を有していない。さらに、配位子のフェノール性水酸基の1つが、亜鉛と結合していないことが亜鉛多核錯体のX線結晶構造解析によって明らかとなっていた。これを基盤として(1)C2-対称性を有さない、(2)最低でも3つのフェノール性水酸基を有する、(3)1つのBINOLとアキラルでチューニング容易な骨格をリンカーで結合させる、という概念のもとに新規配位子の設計を行った。

 Figure 1に示した新規不斉配位子2a-2mを合成し、その能力をanti-選択的直接的触媒的不斉Mannich型反応にて評価した。新規配位子の能力を詳細に評価するため、低濃度の条件下で、触媒量を1 mol %として反応の経時変化をそれぞれ測定したところ、2d、2e、2fを除いたすべての配位子でlinked-BINOL 1よりも活性が高くなった。特にFigure 2に示すように2m、2l、2cが優れた活性を示した。低濃度の条件下で高活性を示すということは、触媒量を低減させた際にも活性が十分に期待できる。2cを用いて検討を行ったところ、触媒量0.01 mol %でも反応は進行し、98% eeでMannich体を与えた。なお、この際のTONは8600という高い値を示した。さらに触媒前駆体の構造解析も行った。

 以上の結果は、医薬品合成研究に対して重要な貢献をすると考え、博士(薬学)に十分相当する研究成果と判断した。

Table 1. syn-Selective Direct Catalytic Asymmetric Mannich-type Reaction.

Figure 1. Structures of non-C2-symmetric (S)-linked-BINOL derivatives 2a-2m consisted with one achiral unit and one chiral binaphthol unit.

Figure 2. Reaction profiles with chiral ligands 1, 2c, 2m, 2l and BINOL.

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