学位論文要旨



No 216553
著者(漢字) 長田,直子
著者(英字)
著者(カナ) ナガタ,ナオコ
標題(和) アレルギー疾患成因機構におけるT細胞発現遺伝子MALと単球発現遺伝子の役割
標題(洋)
報告番号 216553
報告番号 乙16553
学位授与日 2006.06.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16553号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 助教授 青木,淳賢
 東京大学 助教授 東,伸昭
 東京大学 講師 山田,麻紀
内容要旨 要旨を表示する

 アトピー性皮膚炎、アレルギー性喘息、花粉症は年々罹患率が上昇して大きな問題となっている。また、体質保因者も増加しており、さらなる増加が予想される。その一方で、効果的な対処法は確立されていない。アレルギー性疾患には環境や遺伝など、多様の因子が関与し、遺伝的要素においては複数の遺伝子が複雑な免疫システムを構築しており、またすべての患者で共通の遺伝子が関与しているとも限らず、これらの要因が病態の解明を困難にしていると考えられる。アレルギー患者では、健常人では認められない抗原に対する過敏な炎症反応が惹起され、抗原に対する免疫応答には血中の細胞が重要な役割を担っている。従って、末梢血単核球(PBMC)に発現する遺伝子につき、健常人、患者における発現レベルを比較することにより、病態に関連する遺伝子・遺伝子群を見出すことができる可能性がある。そこで、それらアレルギー性疾患の発症や病態に関連して特異的な発現を示す遺伝子を定量的PCR法、オリゴヌクレオチドアレイ法のトランスクリプトーム解析技術を駆使して探索した。

 GeneChipによる遺伝子解析の結果、無刺激条件下の単球において健常人と患者の発現量に差が認められる遺伝子がいくつか存在した。そこで、それらの遺伝子につき、複数の検体での比較を行う目的で、健常人10名、患者30名のCD14陽性細胞(単球)からtotal RNAを抽出し、定量的PCR(ABI7700, Applied Biosystems)を行いmRNA発現量の比較を行ったところ、CD36、ERCC4、Legumainが有意に患者群で発現が亢進しており(p<0.05)、また、Proteasome activator 28-beta (PA28β)の発現が患者群において高い傾向が認められた。さらに、これらの遺伝子と機能的に関連していると考えられる既知遺伝子およびアレルギーとの関連に興味が持たれる遺伝子について、同様にmRNA発現定量を行った。その結果、MHC class I抗原提示に関与する遺伝子β2-microglobulinやinnate immunityに関与するToll-like receptor遺伝子等が患者群において有意に発現が亢進しており、またMHC class IIの抗原結合部位を塞ぐInvariant chainの発現は中等症・重症の患者で有意に発現が低下していた(図1)。これらの統計解析結果より、アレルギー疾患患者の単球では抗原処理能が活性化している可能性が示された。さらに、検討した遺伝子につき、クラスタリングや相関性によって解析した結果、発現プロファイルは高い相関性を示しており、遺伝子発現のネットワークが存在することが示唆された。

 一方、GeneChipによる遺伝子解析の結果、ダニ抗原刺激後に患者T細胞で健常者よりも発現が上昇する遺伝子T-lymphocyte maturation-associated protein (MAL)を見出した。さらに健常者18名、アレルギー疾患患者19名の末梢血PBMCを用いてダニ抗原刺激を行い、total RNAを抽出して定量的PCR法によって発現量を検討したところ、MALの発現はダニ抗原刺激時に健常者及び患者の抗ダニ特異的IgE陽性試料において特異的に発現が上昇することが判明した(p<0.01)。この時、ダニ特異的IgE陽性者では培養上清中にIL-4量が多く検出された。また、IL-4 receptor αの発現プロファイルはMALの発現と酷似し、非常に強い正の相関(r=0.95)が認められた。さらに、MALはT細胞で特異的に高い発現が認められ、末梢血培養T細胞ブラストをIL-4で刺激するとMALのmRNAが誘導されることが見出された。

 次に、ダニ抗原刺激によるMAL発現亢進がIL-4依存的かどうかを確認するため、健常人および患者由来のPBMCに対し抗IL-4抗体存在下でダニ抗原刺激を行った。その結果、患者PBMCにおけるダニ抗原刺激によるMALの発現誘導は抗IL-4抗体により抑制された(図2)。以上の結果より、抗原提示細胞から提示された抗原に対してダニ抗原特異的なT細胞が反応しIL-4が産生され、そのIL-4がT細胞においてMAL遺伝子のmRNA発現を誘導することが示唆された。

 MAL蛋白はT細胞からクローニングされた疎水性が非常に高い4回膜貫通型の膜蛋白質であり、ヒトT細胞膜のGlycolipid-enriched membrane (GEM) microdomainsいわゆるラフトに存在することが報告されている。ラフトは細胞膜上の界面活性剤不溶性の複合体であり、シグナル伝達や免疫シナプスの形成において非常に重要な役割を担う。ヒト末梢血T細胞ブラストをIL-4刺激して抗MAL抗体でMALの蛋白を検出したところ、IL-4刺激した場合にラフト画分にMAL蛋白の強い発現が認められた。従って、ダニ抗原刺激を受けた場合にも、T細胞のラフト上にMAL蛋白が誘導されていると考えられた。次に、レトロウイルスベクターを用いてヒト末梢血T細胞へMALを強制発現させ、MALのラフト分子への影響をウエスタンブロッティングにより検討した。その結果、MAL導入細胞のラフトにはコントロールと比較して強いCD3ζ蛋白バンドが認められた。CD3ζはT細胞受容体のシグナル伝達に必須の分子であり、刺激によりリン酸化されたCD3ζはラフトに多く存在することが報告されている。これらの結果より、抗原刺激によりIL-4が放出されると、MALの発現が上昇し、CD3ζをラフトへ集積させて、TCRシグナルのCD3ζを介した細胞内への情報伝達を促進している可能性が考えられた。

 本研究で見出された遺伝子にはいずれもアレルギー疾患患者で認められる過剰な免疫応答反応との関連が考えられた。アレルギー疾患は多因子疾患であることに加え、遺伝子発現量は個人差が大きいが、遺伝子を群としてとらえることにより、発現傾向の特徴を見出すことが出来、本結果より、患者の単球はアレルギー疾患に伴うなんらかの刺激を受けて、抗原提示細胞へとプライミングされている可能性が示唆された。つまり、患者の単球は、常に抗原に関して応答する準備段階にあり、抗原刺激を受けた際には複数の遺伝子変異が相互作用し合い、炎症反応が増幅されることで特有の異常な過敏反応が引き起こされていると考えられた。こうしたアレルギー疾患に関連した遺伝子機能から予測される免疫応答システムの解明は疾患の解明に貢献するものである。

 また、抗原刺激時の発現傾向についての解析は、特に免疫応答の際に健常人と患者との間で生じる差についての情報を得ることが出来る。これにより、本検討ではT細胞のシグナル伝達を活性化している可能性のある遺伝子MALを見出した。抗原刺激時にIL-4の放出量が多い患者T細胞では、MALが発現亢進してCD3ζをラフトに集積させ、そのためにT細胞のシグナル伝達が促進され、T細胞の細胞分化やサイトカイン放出を誘導し、過剰の免疫応答を引き起こしていると考えられた。また、アレルギー性疾患の成立に深く関与しているIL-4によって誘導されるMALはIL-4と同様にアレルギー性疾患の成立に深く関与し、Th2サイトカインの産生やTh2への分化を促す作用を持つ可能性があると考えられた。

 これらの遺伝子は、診断マーカーとしての応用が期待され、重篤度の判断、Th2分化、IL-4の作用等の判断に役立てることが可能である。さらに、末梢血採取は容易であり、患者負担も少なく小児患者にも適用できるという利点があり、アトピー性および薬剤応答性の診断に加え、成長により症状が寛解するかを予測できる可能性があり、診断ならびに治療指針に貢献できると考えられる。今後、診断応用のためにゲノムワイドな発現研究が進められる際、見出された遺伝子も含めた発現解析が、臨床上有用な情報を得るために役立つと考えられる。

図1 健常人群と患者群との発現量に差の認められた遺伝子。

H:健常人、L:軽症、M:中等症、S:重症(各n=10)。

図2 IL-4刺激によるMAL発現誘導に与える抗IL-4抗体の影響

PBMCを各種刺激剤存在下で培養後、Total RNAを抽出し、MALの発現量を測定した。

審査要旨 要旨を表示する

 アトピー性皮膚炎、アレルギー性喘息、花粉症は年々罹患率が上昇して大きな問題となっている。また、体質保因者も増加しており、さらなる増加が予想される。その一方で、効果的な対処法は確立されていない。アレルギー性疾患には環境や遺伝など、多様の因子が関与し、遺伝的要素においては複数の遺伝子が複雑な免疫システムを構築しており、またすべての患者で共通の遺伝子が関与しているとも限らず、これらの要因が病態の解明を困難にしていると考えられる。アレルギー患者では、健常人では認められない抗原に対する過敏な炎症反応が惹起され、抗原に対する免疫応答には血中の細胞が重要な役割を担っている。従って、末梢血単核球(PBMC)に発現する遺伝子につき、健常人、患者における発現レベルを比較することにより、病態に関連する遺伝子・遺伝子群を見出すことができる可能性がある。そこで、それらアレルギー性疾患の発症や病態に関連して特異的な発現を示す遺伝子を定量的PCR法、オリゴヌクレオチドアレイ法のトランスクリプトーム解析技術を駆使して探索した。

 GeneChipによる遺伝子解析の結果、無刺激条件下の単球において健常人と患者の発現量に差が認められる遺伝子がいくつか存在した。そこで、それらの遺伝子につき、複数の検体での比較を行う目的で、健常人10名、患者30名のCD14陽性細胞(単球)からtotal RNAを抽出し、定量的PCR(ABI7700, Applied Biosystems)を行いmRNA発現量の比較を行ったところ、CD36、ERCC4、Legumainが有意に患者群で発現が亢進しており、また、Proteasome activator 28-beta (PA28β)の発現が患者群において高い傾向が認められた。このうちCD36, Legumain, PA28βはいずれも抗原処理に関与した機能を有する遺伝子であった。そこで、これらの遺伝子と機能的に関連していると考えられる、抗原処理・提示に関連した機能を有する既知遺伝子およびアレルギーとの関連に興味が持たれる遺伝子について、同様にmRNA発現定量を行った。その結果、MHC class I抗原提示に関与する遺伝子β2-microglobulinやinnate immunityに関与するToll-like receptor遺伝子等が患者群において有意に発現が亢進しており、またMHC class IIの抗原結合部位を塞ぐInvariant chainの発現は中等症・重症の患者で有意に発現が低下していた。これらの統計解析結果より、アレルギー疾患患者の単球では抗原処理能が活性化している可能性が示された。さらに、これら遺伝子をクラスタリングや相関性によって解析した結果、発現プロファイルは高い相関性を示しており、遺伝子発現のネットワークが存在することが示唆された。

 本検討では、無刺激条件において、アレルギー患者由来末梢血単球でmRNA発現が亢進している多数の遺伝子を見出した。発現に差の認められた遺伝子は、抗原の処理および提示に関連する遺伝子が多いことが特徴的であった。本結果より、患者の単球はアレルギー疾患に伴うなんらかの刺激を受けて、抗原提示細胞へとプライミングされている可能性が示唆された。つまり、患者の単球は、常に抗原に関して応答する準備段階にあり、抗原刺激を受けた際には複数の遺伝子変異が相互作用し合い、炎症反応が増幅されることで特有の異常な過敏反応が引き起こされていると考えられた。

 一方、GeneChipによる遺伝子解析の結果、ダニ抗原刺激後に患者T細胞で健常者よりも発現が上昇する遺伝子T-lymohocyte maturation-associated protein (MAL)を見出した。さらに健常者18名、アレルギー疾患患者19名の末梢血PBMCを用いてダニ抗原刺激を行い、total RNAを抽出して定量的PCR法によって発現量を検討したところ、MALの発現はダニ抗原で刺激時に健常者及び患者の抗ダニ特異的IgE陽性試料において特異的に発現が上昇することが判明した。この時、ダニ特異的IgE陽性者では培養上清中にIL-4量が多く検出された。また、IL-4 receptor αの発現プロファイルはMALの発現と酷似し、非常に強い正の相関が認められた。MALは末梢血細胞の中ではT細胞で特異的に高い発現が認められ、末梢血培養T細胞ブラストをIL-4で刺激するとMALのmRNAが誘導され、この誘導作用はIFN-γ、IFN-α、IL-12では認められなかった。従って、MALの発現はIL-4によって誘導されることが明らかとなった。次に、ダニ抗原刺激によるMAL発現亢進がIL-4依存的かどうかを確認するため、健常人および患者由来のPBMCに対し抗IL-4抗体存在下でダニ抗原刺激を行った。その結果、患者におけるダニ抗原刺激によるMALの発現誘導は抗IL-4抗体により抑制された。以上の結果より、抗原提示細胞から提示された抗原に対してダニ抗原特異的なT細胞が反応しIL-4が産生され、そのIL-4がT細胞においてMAL遺伝子のmRNA発現を誘導することが示唆された。

 MAL蛋白はT細胞からクローニングされた疎水性が非常に高い4回膜貫通型の膜蛋白質であり、ヒトT細胞膜のGlycolipid-enriched membrane (GEM) microdomainsいわゆるラフトに存在することが報告されている。ラフトは細胞膜上の界面活性剤不溶性の複合体であり、シグナル伝達や免疫シナプスの形成において非常に重要な役割を担う。MALはCD59、Lymphocyte-specific protein tyrosine kinase (Lck)、その他T細胞膜蛋白とラフト上で共存し、シグナル伝達に何らかの役割を果たしていることが推測されている。そこで、ヒト末梢血T細胞ブラストをIL-4刺激して抗MAL抗体でMALの蛋白を検出したところ、IL-4刺激した場合にラフト画分にMAL蛋白の強い発現が認められた。従って、ダニ抗原刺激を受けた場合にも、T細胞のラフト上にMAL蛋白が誘導されていると考えられた。次に、レトロウイルスベクターを用いてヒト末梢血T細胞へMALを強制発現させ、MALのラフト分子への影響をウエスタンブロッティングにより検討した。その結果、MAL導入細胞のラフトにはコントロールと比較して強いCD3ζ蛋白バンドが認められた。CD3ζはT細胞受容体のシグナル伝達に必須の分子であり、刺激によりリン酸化されたCD3ζはラフトに多く存在することが報告されている。これらの結果より、抗原刺激によりIL-4が放出されると、MALの発現が上昇し、CD3ζをラフトへ集積させて、TCRシグナルのCD3ζを介した細胞内への情報伝達を促進している可能性が考えられた。つまり、抗原刺激時にIL-4の放出量が多い患者T細胞では、MALが発現亢進してCD3ζをラフトに集積させ、そのためにT細胞のシグナル伝達が過剰となり、T細胞の細胞分化やサイトカイン放出を誘導し、過剰の免疫応答を引き起こしていると考えられた。また、アレルギー性疾患の成立に深く関与しているIL-4によって誘導されるMALはIL-4と同様にアレルギー性疾患の成立に深く関与し、Th2サイトカインの産生やTh2への分化を促す作用を持つ可能性があると考えられた。

 本研究で見出された遺伝子にはいずれもアレルギー疾患患者で認められる過剰な免疫応答反応との関連が考えられた。アレルギー疾患は多因子疾患であることに加え、遺伝子発現量は個人差が大きいが、遺伝子を群としてとらえることにより、発現傾向の特徴を見出すことが出来、本検討では患者単球が抗原提示細胞にプライミングされている可能性が示された。こうしたアレルギー疾患に関連した遺伝子機能から予測される免疫応答システムの解明は疾患の解明に貢献するものである。また、抗原刺激時の発現傾向についての解析は、特に免疫応答の際に健常人と患者との間で生じる差についての情報を得ることが出来る。これにより、本検討ではT細胞のシグナル伝達を活性化している可能性のある遺伝子MALを見出した。これらの遺伝子は、診断マーカーとしての応用が期待され、重篤度の判断、Th2分化、IL-4の作用等の判断に役立てることが可能である。さらに、末梢血採取は容易であり、患者負担も少なく小児患者にも適用できるという利点があり、アトピー性および薬剤応答性の診断に加え、成長により症状が寛解するかを予測できる可能性があり、診断ならびに治療指針に貢献できると考えられる。今後、診断応用のためにゲノムワイドな発現研究が進められる際、見出された遺伝子も含めた発現解析が、臨床上有用な情報を得るために役立つと考えられる。

 以上のように、本研究は多因子疾患であるアレルギー疾患解明を目指して、アレルギー疾患患者でアレルギー疾患と本当に関連する遺伝子を群として解明しようとした数少ない研究の一つであり、T細胞のシグナル伝達を活性化している可能性のある遺伝子MALを見出した。優れた診断マーカーを見出しただけでなく、治療戦略にも貢献できることを示唆した研究であり、博士(薬学)の学位授与に値すると判断した。

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