学位論文要旨



No 216554
著者(漢字) 割田,博
著者(英字)
著者(カナ) ワリタ,ヒロシ
標題(和) 出発直前における提供を考慮した旅行時間予測
標題(洋)
報告番号 216554
報告番号 乙16554
学位授与日 2006.06.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16554号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 桑原,雅夫
 東京大学 教授 柴崎,亮介
 東京大学 講師 大森,宣暁
 千葉工業大学 教授 赤羽,弘和
 首都大学東京 准教授 小根山,裕之
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

 交通渋滞軽減のためには、利用者に最適な経路や出発時間の選択を促し、交通需要の時間的・空間的分散を図るための道路交通情報を提供することは重要である。しかし、現在提供されている情報はアクセス時点の情報や過去の平均的な情報である。このため、走行した時点では渋滞状況が変化している可能性が高い。従って、出発直前の情報は、変動状況を予測して情報提供をする必要があることは明白である。

 本研究では、出発直前における道路交通状況の予測手法として、蓄積された交通データと当日の交通データとをマッチング処理する手法を提案し、十分な検証を行う。また、交通需要の時間的・空間的分散に有効となる提供方法を提案する。

2.利用者ニーズの分析

 既存の旅行時間に関する研究においては、旅行時間情報の精度向上に主眼をおいたものが多く、精度の目標値や利用者の旅行時間情報に対する考え方について整理・報告された事例は少ない。そこで旅行時間情報予測手法の研究の基礎資料とすべく、webアンケートを実施した。

 旅行時間情報については、多くの利用者が提供を希望しており、その必要性が確認された。

 また、提供された旅行時間情報により、出発時刻や経路を変更する可能性がある利用者は多く、交通量の時間的平準化・空間的平準化に寄与する可能性が示された。

 更に、旅行時間を「30分」と「60分」と提供された時に、実際に走行したところ情報より早く、若しくは遅れて到着した場合に許容可能な両者の誤差については、「60分」の場合において多少の寛大さが見受けられたが、許容可能な比率の変化を考慮すると両者とも±10分以内が許容誤差と思われる。一方で、旅行時間の比率と誤差の比率が比例していないことから、利用者が許容誤差の大きさを提供値に対する比率ではなく、絶対値で判断する可能性も示された。

3.旅行時間予測に関する既往の研究

 走行中の車両を対象とした研究では、様々な手法が提案されている。しかし、検証量が少ないこともあり、現状では直前の瞬時値を旅行時間として提供されているものが殆どである。また、旅行計画時については、首都高速道路公団等のホームページで統計的に処理した旅行時間情報が提供されている。この値は平均値という位置付けであり、当日の交通状況が加味されていない。

 これらの既存研究の課題を整理すると以下の通りである。

(1)出発直前情報を対象としているため、2時間先に首都高速道路に乗る利用者を考慮しており、これまでの手法よりも予測時間が長いこと。(既往の予測手法は旅行時間に等しい時間程度を予測)

(2)異常事象(事故・工事等)が多い首都高速道路を対象としていること。(このためベスト10パターンを参照する等の工夫を行っている)

(3)過去数年にわたる長期の蓄積データを利用していること。

(4)他の研究が1ルートであるのに対し、本研究では数ルートでの検証を行っている。

(5)首都高速道路を対象とした出発直前における旅行時間提供の可能性を、実務的に検討している。

 ここに示すように旅行計画時や走行中の車両をターゲットとした研究や情報の提供については実績があるものの、利用者ニーズの最も高い出発直前の情報提供、即ち現在から1時間後や2時間後迄の出発をターゲットとした研究は、これまで行われていない。

4.旅行時間予測手法の提案

 本研究では、比較的簡易、高精度なデータが多く蓄積されている、恒常的渋滞により類似するパターンが多数ある等から類似パターンを検索する方法を選定し、出発直前の1〜2時間前に利用可能な予測手法について研究した。この手法は、過去の蓄積データと当日のデータをマッチングさせて類似する日を抽出し、予測旅行時間を算出する手法である。予測手法を具体化するために、予測旅行時間を算出する手法である。予測手法を具体化するためには、「類似パターン検索のためのデータ種類」、「マッチングの時間範囲」、「マッチングの空間範囲」、「基礎データの検索期間」、「プレ・クラシフィケーション」のマッチング処理に関するものと、「中央値算出に用いる順位」、「提供値の補正」のマッチング結果処理に関するものの検討を行い、その結果を反映した予測手順を以下に示す。

(1)蓄積データと当日データの同時刻同時間の区間旅行時間から最小二乗誤差を算出

SP(ijk):区間i、時刻j、日付kにおける蓄積データの区間存在台数

ST(ij):区間i、時刻jの当日データの区間存在台数

n:マッチングする区間の総数

m:時刻数(24)(5分ピッチの2時間)

k:蓄積期間(730)(2年間)

(2)最小二乗誤差(Sk)を日別に小さい順にソート

(3)上位10日間の予測に利用する時間帯(2時間)の区間旅行時間(Sijk)を抽出

(4)区間旅行時間(Sijk)について区間毎、時間毎(5分)で中央値を算出し、予測区間旅行時間(YSijk)を算出

(5)予測区間旅行時間(YSijk)を用いて、5分間毎に予測対象の起点と終点について時間経過に合わせてスライドさせて累加する(タイムスライス値)ことで、2時間先までの旅行時間の予測値を算出

(6)予測時刻直前(5分前)の実測の区間旅行時間による瞬時値と、予測区間旅行時間による瞬時値を比較し、その差分を(5)で算出した旅行時間の予測値に加算し、旅行時間の補正を行った。

 更に、特異事象発生時等に精度を向上させるための手法として、マッチング範囲の拡大(上流、並行ルートの取り込み)を行ったところ、精度の向上が確認された。

5.旅行時間予測手法の検証

 主要路線の検証として、3号渋谷線上り用賀〜谷町、4号新宿線上り高井戸〜三宅坂を対象として検証を行った結果、異常事象を含む場合でも、±10分以内に75%となっている。また、異常事象を含まない場合は、±10分以内に85%〜90%の精度となっている。

 次に、予測手法の適用性を評価するため、首都高速道路の9ルートについて検証した結果、事故や工事を含めても全体平均で±10分以内に80%以上の精度を確保している。精度が60%程度と若干悪い一部のルートについては、中央環状王子線の供用後5ヶ月のみのデータマッチングとなっており、類似日が少なくなっているためと考えられる。

 既に情報提供されている手法との精度比較において、本研究で提案する手法の優位性も確認されたことから、提供レベルに達していると思われる。

6.提供方法の検討

 下図はインターネット等における旅行時間の提供イメージを示したものである。提供時点までの実績値と予測情報を時系列に表とグラフで連続的に示すこととした。これにより、利用頻度が少なくグラフ等を見慣れない利用者でも空いている時刻がわかり、出発時刻を選択できるようになる。また、旅行時間情報は過去の統計データから得られる平均的な範囲(40〜60%タイル値)も同時に提供し、グラフ化することで、当日の旅行時間が長めの日なのか等を一目で把握できるようになり、利用頻度の高い利用者にも便利な情報となる。出発直前情報は2時間先までとしているが、統計値は2時間以降も表示することにした。コメントを設けて、事故発生状況等を提供することで、事故発生時等で精度が保証できないような状況に対応するようにした。さらに、利用者に時間とルートの両方の選択に寄与するため、複数ルートの場合の提供方法も提案した。

7.おわりに

 本研究の対象とする出発直前の旅行時間予測は、利用者ニーズが最も高いが、現在情報提供されておらず、且つ既往研究が殆どないところを対象としており、意義あるものと思われる。

 本研究で提案する手法・検証の特長として以下が挙げられる。

(1)2時間先に首都高速道路に乗る利用者を考慮しており、出発直前情報を対象とした時間の変更に資する情報提供を行っていること

(2)過去数年にわたる長期の蓄積データを活用可能であること

(3)交通量と速度の両者を考慮した「存在台数」を用いていること

(4)異常事象(事故や工事等)を含めても精度が良いこと

(5)特定ルートのみでなく、数ルートでの検証を行い、それぞれ予測精度が良いこと

(6)既存の提供値よりも高い精度があること

(7)ネットワーク変化後の精度も確認していること

(8)首都高速道路における旅行時間提供の可能性を実務的に検討し、具体的な提供方法まで提案していること

 本手法は十分実用レベルまで達しており、実際に提供することが今後の課題と言える。また、実提供時に、事故時等大きな誤差が予想される場合の提供方法、具体的なシステム化方法、任意ODや代替ルートの提供の際にも耐えうる計算速度の検証が挙げられる。

図 提供イメージ

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は,旅行者が起点を出発する直前の段階で得ることができる予測旅行時間について、予測手法の提案と検証、および首都高速道路利用者への具体的な旅行時間提供方法についてまとめたものである。出発前の旅行時間については、それを提供することで経路選択だけでなく、出発時刻選択、モード選択の可能性も利用者に与えることができる。そのため、需要を空間的・時間的に、また異なる交通機関間にも分散をはかることができ、渋滞軽減に貢献するものとして期待されている。しかしながら、従来研究されていた運転中の情報提供に比べて、将来に亘って長い時間を予測しなければならないという困難さが残されていた。本研究では、このように長い予測時間にも有効な予測手法を提案するとともに、首都高速道路全線における総合的な検証を行ったものである。また、アンケート調査による利用者ニーズの把握を行い、それに基づいた実用化への検討も行っている。

 利用者ニーズの分析についてはwebアンケートを実施し、利用者が受容できる旅行時間の許容誤差や旅行時間情報に対する考え方について整理している。その結果、旅行時間情報については、多くの利用者が強く提供を希望していることを確認するとともに、許容誤差としては概ね±10分以内であることを把握した。

 旅行時間予測の手法については、首都高速道路利用者の出発直前の提供を考えているため、現在から2時間先までの予測を行うこととしている。本研究では、過去の旅行時間の蓄積データから、当日の旅行時間の時間変化に類似するものを10パターン抽出し、それらのパターンから当日の予測旅行時間を算出する手法を提案している。過去の類似パターンに基づく予測手法自体は、既にいくつか提案されている方法であるが、本研究では長い予測時間に適用できるように、過去データの分類、マッチングの時間・空間範囲、過去データの検索期間、提供値の補正などについて、各種の工夫を行っている。

 提案した旅行時間予測手法は、主要路線として首都高速道路3号渋谷線上り用賀〜谷町、4号新宿線上り高井戸〜三宅坂を対象として検証を行った結果、異常事象を含む場合でも、±10分以内に約75%が入る精度を確認している。また、異常事象を含まない場合は、±10分以内に85%〜90%の精度となっている。さらに、首都高速道路全体をカバーする9ルートについても、総合的な検証を行い、事故や工事のあった時間帯を含めても、±10分以内に80%以上の精度を確保できることがわかった。さらに既往の統計的な手法と比べても、本手法の優位性を定量的に確認できている。このようにネットワークの一部だけでなく、全体を対象とした予測モデルの検証はきわめて希であり、本研究の実用上の有用性を十分評価できる内容となっている。

 最後に、予測された旅行時間を実際に利用者に提供する場合の課題整理と、提供方法の提案を、論文申請者の実務経験を生かしながら検討している。具体的には、提供時点までの旅行時間の実績値と予測値を時系列的に表とグラフで連続的に示すこと、予測情報については平均値だけではなく期待される範囲(40〜60%タイル値)も提供すること、2時間先までの予測値に加えて2時間以降も過去の旅行時間統計による平均的な旅行時間変化を示すことの重要性などについて考察を加えている。

 以上のように、本研究は渋滞軽減に資する出発時間直前の旅行時間予測に関して、手法の提案という学術的な貢献だけでなく、それを実務に適用するための十分な検証と提供方法に関する考察を加えており、実務的にも大きな有用性が認められる。

 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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