学位論文要旨



No 216556
著者(漢字) 岡田,哲男
著者(英字)
著者(カナ) オカダ,テツオ
標題(和) 船体構造の設計と現図における最適化手法の適用に関する研究
標題(洋)
報告番号 216556
報告番号 乙16556
学位授与日 2006.06.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16556号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大和,裕幸
 東京大学 教授 湯原,哲夫
 東京大学 教授 都井,裕
 東京大学 助教授 青山,和浩
 東京大学 助教授 鈴木,克幸
内容要旨 要旨を表示する

 自然環境や安全に対する社会的要求の高度化、コンテナ船の大型化、造船所の人員構成の変化等、船体構造を取り巻く社会的・経済的環境は年々変化してきており、造船所は様々な激しい変化に的確に対応し、順応していくことが求められている。

 著者は、造船所において構造基本計画、詳細設計、生産設計及び最終的に生産工程に送るデータまで作成する工程である現図を歴任してきたが、上記の課題に対応するために、それらの業務を「最適化」という共通の視点で捉え、最適化手法の適用に関する研究を続けてきた。有限要素解析におけるメッシュ最適化や、現図工程のネスティング作業における歩留り最適化はもとより、商船基本計画の最適化や構造解析と融合した構造最適化等を通して、最適化技術によって社会的・経済的環境の変化に対する素早く的確に対応し、安全性・経済性に資することが明らかとなったので、ここに論文としてまとめる。

1.最適設計を支える船体構造解析と最適メッシュ分割

(1) 自動要素分割法の満足すべき条件と現状を整理するとともに、船体構造解析に適した自動要素分割法として、TRIQUAMESH法およびBOUNDARY-FIT法を取り上げて、実際の様々な問題に適用した。TRIQUAMESH法はほとんど幾何情報のみからメッシュ分割ができるという極端な自動化能力を持っており、また生成される要素も比較的正方形に近い四辺形で、全体的な誤差評価値も小さく好ましいものである。著者は、TRIQUAMESH法の持つ上記利点を生かしつつ、円弧状の辺では放射状、平行部では格子状のメッシュを生成しやすくする工夫を独自に加えた。BOUNDARY-FIT法は滑らかで領域の凹部が密となるメッシュが自然に生成できるところに特徴があり、他の手法と比べると自然に高応力部で良い精度が得られる利点があるが、領域を四辺形に写像できるサブ領域に分割する必要があり、ユーザにとって煩雑な面もある。

(2) メッシュ分割を自動化した上で、満足のゆく精度を得るためには、有限要素解の誤差を評価し、それに応じてアダプティブメッシュリファインメントを行うことが必要になってくる。メッシュ分割の最適化である。本論文では、隣接要素間の応力の不連続に基づく簡単な誤差評価値に基づいて、BOUNDARY-FIT法のメッシュの粗密を制御するr-method及び誤差の大きい要素を十文字に分割するh-methodについて述べた。BOUNDARY-FIT法については、重調和方程式を支配方程式として全領域の粗密の制御を二つのパラメータのみで行う手法を新たに開発し、メッシュの最適化により高応力部の精度を効率よく向上させることができることを示した。この方法は総自由度数が一定であるから、最適化しても所期の精度が得られるという保証はない。それに対して、h-methodでは、初期メッシュにかかわらず、再分割することによっていずれ欲しい精度を得ることができる。ここでは、様々な初期メッシュに対してh-methodを適用し、その効果を調べた。解析モデル作成の全体的な自動化と精度の確保の両立という側面から見た場合、自動要素分割法としては自動化率の高いTRIQUAMESH法が非常に有力であること、これに著者らが独自に加えた工夫により、応力集中部のメッシュサイズを適切に与えれば再分割の必要がない程度に良いメッシュが得られること、これに必要に応じh-methodによるアダプティブメッシュリファインメントを組み合わせた方法が有力であることなどが示された。

(3) 一般に船体構造解析は大規模解析となるため、誤差評価値によりメッシュを動かしたり、メッシュを細分割したりする過程での計算量や、最終的に得られるメッシュでの再計算に要する時間が問題となる。そこで、メッシュ再分割過程での誤差評価値の計算においては、もとのメッシュによる解析結果のみを用いて精度良く誤差評価することができることを示した。また、最終的に得られるメッシュでの再計算についても、もとのメッシュによる解析結果から補間により求めた変位を初期値として、ICCG法を適用することにより、再解析に要する時間を大幅に短縮することができた。

2. 船体構造最適設計

(1) 安全で信頼性が高く、なおかつコストの安い経済的な船体構造を設計するためには、最適化技術が重要となる。船体構造設計の視点から見ると、最適化技術を効果的に適用できるステージが二つ考えられる。ひとつは、船体の初期計画段階における最適化であり、もう一つは、横強度部材や局部強度部材の形状・寸法の最適化である。本論文では、これらの最適化に遺伝的アルゴリズムを適用した。

(2) 遺伝的アルゴリズムは最適構造設計に適した手法であり、特に多種多様で多数の離散的独立変数を持つ複雑で大規模な最適化問題に対して、効率良く最適に近い解を与えることができる。ハッチカバーの最小重量化問題を題材として、遺伝的アルゴリズムの手法や遺伝的パラメータの調整を行った。その結果、特に周辺探索を重視した手法を新たに開発し、様々な構造最適化問題に適用した。これにより、ダブルハルタンカーやコンテナ船の初期計画における最適化では、人手による設計やSUMTによる最適解と比べて、短時間に良い解を得ることができた。

(3) 船体の初期計画における最適化では、本手法の採用により、一般配置、主要寸法や推進性能にかかわる船型パラメータなども構造配置、骨間隔、部材の材質などとともに同時に最適化できるようになった。これにより、従来の他部門にわたるデザインスパイラルでは不可能であった、高速で精度の高い効果的な初期計画シミュレーションが可能となった。また、規則の変化や、鋼材価格・労賃などの経済的環境の変化を、最適な設計に素早く的確に反映させることができることが明らかとなった。

(4) 横強度部材・局部強度部材の形状・寸法最適化では、ここに述べた遺伝的アルゴリズムによる最適化技術に、CADを用いたパラメトリックな形状表現や柔軟かつ頑健な TRIQUAMESH法による自動要素分割などの有限要素解析技術を融合することにより、効果的な構造最適化システムを構築することができた。これにより、コンテナ船のハッチコーナー形状を長手方向楕円から正円に変えるなど、より安全で経済的な構造に設計変更することができた。このように、有限要素解析はただ強度を評価するためのツールではなく、設計を最適化していくツールとなった。

3. 新しい手法によるネスティングの最適化

(1) 大量のデータを扱う生産設計・現図は、人手と時間の掛かる工程であり、ヴェテラン層の減少に対する対策という面からも、作業の合理化という面からも、高度な自動化の推進が望まれる。特にネスティングに関しては、近年の鋼材価格の高騰からも歩留りが重要となっており、単に自動化するだけでなく、歩留りや切断加工性に関して最適なネスティングが求められる。

(2) そのような背景から、部材の重なりから反発力を演算することと、乱雑さの指標(温度)の導入により確率論的に部材を移動・回転させ最適配置を探索することの2点を柱とする、全く新しい手法に基づく自動ネスティングシステムFINESTを開発した。歩留り最大化を目指して部材を確率論的に移動・回転させるシミュレーションに加えて、部材配置に関して、歩留り最大化と板枚数最小化の組み合わせを目的関数とする、遺伝的アルゴリズムによる最適化手法を導入した。

(3) 詳細ネスティング、取材用ネスティングにFINESTを適用した結果、完全自動のネスティングシステムでありながら、従来困難とされてきた非常に高い歩留り率を実現することができた。これにより、手作業でのネスティングを簡略化・合理化できることはもとより、最適ネスティングによる高い歩留り率を達成でき、従来多大の労力を要していたネスティング作業を革命的に変えることができた。

おわりに

 船の建造におけるあらゆる活動は、始めから終わりまで最適化の繰り返しである。大きなループの最適化から小さなループの最適化まで、様々なレベルで最適化すべき問題がある。

 本論文では、船体構造の設計と現図での様々なステージにおける最適化手法の適用に関する研究について述べた。即ち、有限要素解析におけるメッシュ最適化やネスティングにおける歩留り最適化はもとより、全体的な商船基本計画の最適化、構造解析と融合した構造最適化に関する研究などである。結論として、最適化技術の適用によって、スピードを持って、莫大なケースの設計案をシミュレートすることができることが、とりもなおさず設計のループを早く回し、船体構造を取り巻く社会的・経済的環境の変化に素早く的確に対応し、安全性・経済性のメリットにつながることが示された。

 本論文で述べたあらゆる例題で、目的関数、設計変数、制約条件をどう設定するかが大変重要であった。船体構造の設計と現図に関わる様々なステージで最適化手法の適用について研究を進めた結果、物事を目的関数、設計変数、制約条件に置き換えて単純化して考えることと、定量化が難しい項目もあえて定量化しプログラムに置き換えることが出来さえすれば、解決が非常に難しいと思っている込み入った問題もコンピュータで解けることがわかってきた。

 世の中の社会的・経済的環境はこれからもどんどん変化していく。本論文の成果は、これらの変化にスピードをもって柔軟に対応できるための基礎となる。

審査要旨 要旨を表示する

論文は、緒論から結論まで5章からなっている。

緒言では、本研究の動機や造船設計生産作業における位置づけが述べられている。その指摘するところは、まず船体構造設計の急激な変化である。1989年のアラスカでの原油流出事故から、環境に対する配慮を構造設計にも適用することになり、二重船殻化などの要求が出てきた。また最近では、タンカーとバルクキャリアーに対してIMOのCommon Structure Ruleが制定されたが、これは詳細な構造解析を要求し、かつその基準が北大西洋の厳しい気象条件下での25年間の疲労寿命などときわめて厳しく、これまでとは異なる構造設計を行わなくては、重量にかなりの増加をきたすことになる。また、コンテナ船の大型化に際しても、ねじりに対する検討など詳細な全船解析による検討が必要であるが現状ではこれを効率的に行うことは困難である。また、人員の面からもこれまでよりも最適化計算を効率的に進める必要を述べている。これからさらに、造船設計プロセスの詳細に論及し、有限要素解析、とくにメッシュ生成の効率化、構造重量の最適化のためのアルゴリズム、現場の効率化にはネスティングの自動化を取り上げることを述べている。

2の最適設計をささえる船体構造解析と最適メッシュ分割、ではTRIQUAMESH法を用いて造船部材に対して適切なメッシュ分割法をおこなう手法を考案し、さらにこれを用いて有限要素法の誤差解析に基づく最適化を行っている。ここではBOUNDARY-FIT法を用いて簡単なパラメターで高精度の解の得られることを示した。この二つの方法でメッシュの自動化と解の高精度化とが同時に実現できることを示している。とくに、筆者の工夫によって再分割のほとんど必要ないメッシュ分割の方法を示している。これにより再計算回数の削減を実現している。筆者の所論は少しく以前の結果に基づくものであるので、最近の同分野の技術動向にもふれ、本手法の有効性についての議論もおこなっている。またメッシュ再分割後の再計算の効率化についても、直前の解析結果による補間値を用いることで高精度な解に早く到達でき、計算時間を短縮している。

3の船体構造最適設計においては、初期計画段階での効率的な最適化手法の検討を行っている。ここでは遺伝的アルゴリズムを用いて船体構造の最適化を行っている。まず船体中央断面をパラメターで表示して、遺伝的アルゴリズムにより最適設計を行うシステムを検討している。これは船殻重量や船倉部建造コストなどを評価関数に含め最適化を行っている。初期設計の段階ではトランスのスペースなどの配置設計が中心であり、これにより船舶の概要がきまってしまう。これを精度よく行うことができることを示している。コンテナ船の最適設計も同様に行い、オフセットデータバンクや排水量と載貨重量の関係など多くの経験式を用いて一般配置図まで作り出している。造船基本設計の基礎知識を整理してパラメータ化して船体を表し、遺伝的アルゴリズムによりこれまでにない解を得ていることは注目に値する。さらに、前章の自動メッシュ作成システムや有限要素解析システムと連携して遺伝的アルゴリズムを用いて局部構造の最適設計を行っている。これについても複雑なシステムを計算時間の短縮なども考慮して巧みに構成し、有意義な成果を得ている。

4新しい手法によるネスティングの最適化においては、現図作業の効率化目指してFinestという名前のシステムを構築している。ネスティングは、部品を板上に展開して、スクラップの最も少ない板とり設計を行うことである。そのために、筆者は板の重複を反発力で表し、一方、部品配置の乱雑さを温度として表現する評価関数を考案し、システムに実装し高い歩留まり率の向上を実証している。さらに現場での実利用に必要なユーザインターフェースの検討を行っている。学術的新規さ正確さを持ち、現場での使用に耐えるシステムを構築したことは高く評価できる。

5結論では、前章までの成果をとりまとめている。筆者の造船現場での経験を通して、船体構造解析法、船体構造設計とネスティングの最適化手法を整理し、システム化し、実証してきた。船体構造解析では効率的なメッシュ生成法を提案し、船体初期設計ならびに局部強度部材の設計ではパラメトリック設計に遺伝的アルゴリズムを適用し最適設計手法を開発した。ネスティングについても、独創的な手法で歩留まり率の飛躍的な向上を実現したとしている。

本論文は、筆者の20年にわたる造船現場における実地作業の中で工夫され、理論的な解析検討を精細に行い、実用システムまで構築している。これにより造船設計生産現場の効率化が達成され、本研究は、学術的にも実務的にもその意義は大きいと評価できる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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