学位論文要旨



No 216558
著者(漢字) 石川,裕記
著者(英字)
著者(カナ) イシカワ,ヒロキ
標題(和) 新しい部分共振回路方式を適用した制御の簡単な高効率ソフトスイッチングインバータに関する研究
標題(洋)
報告番号 216558
報告番号 乙16558
学位授与日 2006.06.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16558号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀,洋一
 東京大学 教授 仁田,旦三
 東京大学 教授 横山,明彦
 東京大学 教授 大崎,博之
 東京大学 助教授 古関,隆章
 東京大学 助教授 馬場,旬平
 岐阜大学 教授 内藤,治夫
内容要旨 要旨を表示する

 電力変換回路の技術的な課題として,高効率化,小型軽量化,変換電力の高品質化,電磁ノイズの抑制などが挙げられる。

 これらの課題を解決する手段のひとつとしてソフトスイッチング化が有望視されている。ソフトスイッチング(以下,SS)は,主として,リアクトルとコンデンサの共振現象を利用してパワー半導体デバイス(以下,SW素子)の状態量,つまり電流または電圧,あるいは両方をゼロにし,その時点でオンまたはオフする技術である。この技術を適用した電力変換回路は,

(1) スイッチング時には,原理的にSW素子の電流と電圧の少なくとも一方がゼロであるため,スイッチング損失の低減,冷却装置の小型化が可能である。

(2) スイッチング周波数を高くしてもスイッチング損失が増加しないため,効率が低下することなく,高周波スイッチングによる変換電力の高品質化が可能である。

(3) スイッチング時のSW素子の電圧もしくは電流あるいはその両方の波形成形は,リアクトルとコンデンサの共振現象を利用するため,SW素子の状態量にMHzオーダーの高い周波数成分を含まないように設計でき,電磁ノイズの抑制が可能である。

という特長を持ち,世界的に多くの研究がなされている。

 上記の特長がある反面,従来の多くのSS回路は,以下の問題点がある。

(1) SW素子の状態量がゼロとなる時点を検出してSSを実現するため,電流センサや電圧センサなどの検出回路が必要である。

(2) 共振動作をスイッチングのタイミングに合わせるための予備動作が必要である。この動作が回路構成によっては,出力の状態量に依存していたり,その制御信号がスイッチングパターンに対し独立であったりするため,制御が複雑になる。

(3) 共振回路での損失により,かえって効率が低下する場合がある。

 本論文では上記(1)〜(3)の問題点を解決する,新しいソフトスイッチングインバータ(以下,SS-INV)を提案する。本論文のSS-INVはSW素子の状態量検出を必要としない。出力のPWMパターンに同期させた制御信号により共振回路の制御を行う方式を考案・適用し,制御の簡潔化を実現できた。

 本論文において,電圧形・電流形のそれぞれのインバータに対し,上記特長を有する新しい部分共振回路を用いたSS-INVを提案し,SS動作を含めた回路動作を理論解析により明らかにした。理論解析に基づいて,出力制御方式,回路素子定数の設計法を確立した。実験によりその動作を検証し,理論設計の有効性を明らかにした。効率についても,本論文で提案するいずれのSS-INVも,それぞれ対応するハードスイッチングインバータ(以下,HS-INV)より高効率であることを実験により確認した。

 本論文は以下の全6章で構成した。

 第1章では,従来のSS電力変換器の問題点を明らかにし,本研究の位置付けを行った。

 SS-INVの最も古い方式は,コンデンサとリアクトルによる共振パルスをそのまま出力し,その密度を変調するPDMインバータである。この方式は,回路構成が簡単であるが,PWMインバータに比べ,同じスイッチング周波数では出力波形歪みが大きい,電圧形インバータではSW素子の電流ストレス,電流形インバータでは電圧ストレスが大きい,などの問題があった。

 このため,現在ではスイッチング時のみ共振現象を利用してSSを実現し,PWM制御が可能な部分共振形が主流である。部分共振形インバータは出力波形の波形成形制御性能がPWMインバータと同等で,PDMインバータに比べ,SW素子の電流・電圧ストレスが抑制されたが,依然として(1)〜(3)の問題が残っている。

 本研究は,上記従来技術に鑑み,電圧センサ・電流センサなどの検出回路が不要,制御が簡潔,かつ効率の高いSS-INVを提案することを目標とする。

 第2章では,本論文で提案するSS-INVに共通する基本共振回路構成について論じる。本論文で取り上げるSS-INVでは,SW素子に対して直列にリアクトルを接続し,ゼロ電流でターンオンする。リアクトル電流を断続的にすることでターンオン時の電流センサレス化を実現した。

 ソフトスイッチング電圧形インバータ(以下,SS-VSI)では,共振コンデンサ電圧を直流リンク部の3つの分圧コンデンサのうちの一つの電圧と等しくすることにより,SW素子の電圧をゼロにし,ターンオフさせる。共振回路は自動的にSW素子の電圧をゼロにする構成としたため,電圧センサレス化を実現した。

 ソフトスイッチング電流形インバータ(以下,SS-CSI)では,主SW素子に流れる電流に対して共振電流を逆向きに流し,主SW素子の電流をゼロにして,ターンオフする。SW素子の逆阻止特性を利用して,電流センサレス化を実現した。

 SW素子の電圧ストレス抑制のため,高周波トランスによる過充電防止回路も提案している。

 第3章では,第2章で述べた構成要素回路のうち,ゼロ電流ターンオン回路,ゼロ電圧ターンオフ回路,過充電防止回路を適用したSS-VSIを提案する。

 SS-VSIは共振回路を全て受動素子のみで構成し,SW素子の電流・電圧センサレス化を実現した。出力制御のためのPWM信号のみでSSを達成し,制御の簡潔化を実現した。さらに,デッドタイム期間においても直流リンク部に接続した分圧コンデンサ・負荷間の電流経路を確保することで,デッドタイム直前の電圧とほぼ等しい電圧を出力できるようにし,自動的にデッドタイム補償(以下,DT補償)の機能を持たせることができた。これにより,スイッチングパターンにDT補償のための付加的変更を施すことなく,特に低周波数出力での電流歪み抑制を可能にした。

 本章では,回路動作モードの理論解析を行い,動作モードに基づいて回路定数の設計指針,自動DT補償の基本原理を明らかにした。実験により,SS動作の実現,出力基本性能がHS-INVと同等であることを示した。自動DT補償について実機による検証を行い,低周波数出力での大幅な電流歪み抑制効果を確認した。HS-INVとの効率を比較した結果,SS-VSIの方が重負荷側で0.7ポイント,軽負荷側で9.2ポイントの向上を達成した。

 第4章では,第2章で示した構成要素回路のうち,ゼロ電流ターンオン回路,ゼロ電流ターンオフ回路,過充電防止回路を適用したSS-CSIを提案する。

 主SW素子にはIGBTを適用し,ダイオードを直列に接続して逆阻止特性を持たせた。コンデンサおよびリアクトルを付加し,これらによる共振電流を,主SW素子の電流に対し,逆向きに流してゼロ電流ターンオフを達成する。これにより,ターンオン,ターンオフともに電流センサ無しでSSを実現した。

 直流リアクトル(以下,DCL)での銅損低減,装置の小型軽量化,出力大容量化も目的として,DCLの小型化を目指した。通常のPWMパターンのままで小型化すると,DCLの電流に脈動が重畳し,出力波形が歪む。これを抑制するため,脈動が小さくなるように,PWMパターンを改良した。

 共振回路の改良によっても効率向上を実現した。検討した共振回路は,ブリッジ構成のSW素子に共振コンデンサを接続する回路構成で,2個の共振リアクトルのうち,1個を除去した。SW素子数は増加するが,共振回路全体でのSW素子の導通損を減少でき,除去した共振リアクトルの銅損および鉄損の寄与がなくなるため,さらに効率を向上できる。

 本章でも回路構成および動作原理の理論解析を行い,回路定数の設計指針を明らかにした。実験により,SS-CSIのSS動作の実現,出力基本性能がHS-INVと同等であることを示した。改良した共振回路についても回路動作を確認した。本章で提案する2つのSS-CSIでは,実験により,HS-INVに対し,改良前では2.28ポイント,改良後では5.3ポイントの効率の向上を達成した。特に,改良した共振回路を適用したインバータの方が効率向上の効果が大きいことを実証した。出力容量は,HS-INVに対し,約2割の増加を実現した。

 第5章では,第2章で論じた構成要素回路のうち,ゼロ電流ターンオン回路およびゼロ電流ターンオフ回路を適用し,さらに,ゼロ電流ターンオフ回路には過充電防止回路の構成を応用したSS-CSIを提案する。

 本章で提案するSS-CSIの共振コンデンサ電圧は共振回路のSW素子の制御パターンで制御できるため,負荷の状態量によってSS動作可能領域を調整できる。DCLの電流制御により,電流形インバータの特長の一つである昇圧機能を積極的に利用できる。

 本章では,回路構成および動作原理を理論的に明らかにし,回路定数の設計指針を示した。実験により,SS動作の実現,SS-CSIの基本的な性能を示した。HS-INVとの効率比較を行い,4.65ポイントの向上を実現した。

 第6章は,本論文のまとめである。本論文で取り上げたいずれのSS-INVにおいても,SSのためだけのセンサ類は不要で,複雑な制御を施すことなくSSを実現した。出力制御性能もHS-INVと同等のものが得られ,効率も向上したことが本論文における成果であると結論付けた。

 今後の展望として,「ワイドギャップ半導体」を適用した次世代SS電力変換回路の特長,課題についての見通しを述べた。「ワイドギャップ半導体」の特長は高速スイッチング,高温動作可能,低オン損失であり,「高パワー密度化」を目指す次世代電力変換回路への適用が期待されている。SS-INVに「ワイドギャップ半導体」を適用するには,分布定数の顕在化,共振回路を含む回路素子の温度特性の向上,共振リアクトルにおける鉄心の高周波特性の改善,制御回路の高速化といった課題を克服する必要があることを指摘した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「新しい部分共振回路方式を適用した制御の簡単な高効率ソフトスイッチングインバータに関する研究」と題し,ソフトスイッチングの実現の目的のみに取り付けられる電流や電圧センサなどの検出回路を除去し,制御の簡潔化,高効率化を目的とした,新しい部分共振回路を用いたソフトスイッチングインバータを提案し,ソフトスイッチング動作を含めた回路動作を理論解析により明らかにするとともに,理論解析に基づいた出力制御方式,回路素子定数の設計法を示し,実機実験によりその有効性を明らかにしたもので,全6章より構成される。

 第1章(緒言)では,従来の研究の問題点を明らかにし,本研究の位置付けを行っている。従来のソフトスイッチングインバータは,スイッチング素子のオン・オフ切り替えタイミングを検出するために電流センサもしくは電圧センサなどの検出回路が必要で,制御が複雑になること,スイッチング損失が低減しても,共振回路での損失により,かえって効率が低下することを問題点として指摘している。

 第2章(リアクトルとコンデンサによる部分共振を利用したソフトスイッチングの原理と基本回路構成)では,本論文で提案するソフトスイッチングインバータに共通する提案である,スイッチング切り替えタイミング検出のセンサレス化を実現する基本共振回路の構成とソフトスイッチング動作の概要について述べている。さらに,スイッチング素子の電圧ストレスを抑制するため,高周波トランスを用いた共振コンデンサの過充電防止回路を提案し,その回路動作についても論じている。

 第3章(電圧形インバータのソフトスイッチング化)では,共振回路を全て受動素子のみで構成したソフトスイッチング電圧形インバータを提案している。共振回路を全て受動素子のみで構成することで,スイッチング切り替えタイミング検出センサレス化を実現するだけでなく,共振回路の制御信号を不要としている。これにより,出力制御のためのPWM信号のみでソフトスイッチングを達成している。さらに,自動的にデッドタイム補償の機能を持たせうるので,スイッチングパターンにデッドタイム補償のための付加的変更を施す必要がなく,特に低周波数出力での電流歪み抑制を実現している。本章では,回路動作モードの理論的解析を行い,動作モードに基づいて回路定数の設計指針,デッドタイム自動補償機能の基本原理を明らかにするとともに,実験によりこれらの有効性を明らかにしている。

 第4章(電流形インバータのソフトスイッチング化(大容量化・高効率化))では,直流リアクトル(DCL)の小型化によって大容量化を実現できる,ソフトスイッチング電流形インバータを提案している。DCLの小型化は,銅損および鉄損の低減,装置の小型軽量化だけでなく,直流リンク電流を大きくしてもDCL鉄心の磁気飽和が起こりにくいため,出力の大容量化を実現できる。さらに,共振回路の改良により損失を低減し,効率向上を実現している。本章でも,回路構成および動作原理の理論解析を行い,回路定数の設計指針を明らかにするとともに,実験によりこれらの有効性を明らかにしている。

 第5章(電流形インバータのソフトスイッチング化(高出力電圧化))では,直流リンク電流制御による高出力電圧化を実現するソフトスイッチング電流形インバータを提案している。直流リアクトル電流を増大させることにより,電流形インバータの特長の一つである昇圧機能を積極的に利用することができ,高出力電圧化を実現している。本章において,回路構成および動作原理を理論的に明らかにし,回路定数の設計指針を示すとともに,実験によりこれらの有効性を明らかにしている。

 第6章(結言)では,本論文のまとめとして,いずれのソフトスイッチングインバータも,ソフトスイッチングのためだけのセンサ類を不要とし,複雑な制御を施すことなくソフトスイッチング動作を実現し,その結果として効率の向上を達成したことが本論文における成果であると結論付けている。さらに,今後の展望として,「ワイドギャップ半導体」を適用した次世代ソフトスイッチング電力変換回路の特長や課題について述べている。

 以上これを要するに,本論文は,ソフトスイッチングインバータにおいて,スイッチング切り替えタイミング検出のためのセンサレス化,制御の簡潔化,高効率化を同時に実現する新しい部分共振回路を適用した,極めて斬新な回路方式を提案し,回路動作,出力および共振回路の制御手法,回路定数設計法を理論的に導くとともに,実機実験によって有効性を検証し,ソフトスイッチングインバータの回路設計に新しい知見のみならず将来の方向性をも与えたものであって,電気工学上貢献するところが少なくない。よって,本論文は,博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/38153