学位論文要旨



No 216559
著者(漢字) 畑,良輔
著者(英字)
著者(カナ) ハタ,リョウスケ
標題(和) ポリプロピレンラミネート紙の絶縁特性向上と大容量電力ケーブルへの適用
標題(洋)
報告番号 216559
報告番号 乙16559
学位授与日 2006.06.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16559号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 日高,邦彦
 東京大学 教授 仁田,旦三
 東京大学 教授 石井,勝
 東京大学 教授 小田,哲治
 東京大学 教授 横山,明彦
 東京大学 助教授 熊田,亜紀子
内容要旨 要旨を表示する

 20世紀初頭に発明されたOF電力ケーブルは、今日に至っても地中大容量電力送電の主流技術を担っている。その絶縁は天然繊維からなるクラフト紙と絶縁油の複合のまま1970年代を迎えた。大容量化のために高電圧化するには、インパルス強度を上げる必要性があったが、そのためには絶縁紙の気密度を上げることと薄様化する必要がある。しかしながらそれらは限界値に達していたので、クラフト紙に替えて人工フィルムの活用が考えられた。その結果生まれたのが、写真1に示す、気密度無限大のPP(Polypropylene)フィルムと薄様クラフト紙をラミネートしたPPLP(Polypropylene Laminated Paper)である。

 PPLP単独の真性インパルス破壊は、単独では機械的強度不足のために使用出来ない薄様クラフト紙を、PPと貼り合わせることによって使用可能化したことによるクラフト紙の薄紙化効果で向上するが、通常のケーブルと同様の絶縁テープ積層によって生じるオイルギャップが存在すると、クラフト紙とは異なってPPLPはオイルより破壊強度が高いので、オイルの破壊とその時にオイルギャップと対向するPPLPの複合薄様クラフト紙の耐力で破壊強度が決まることが分かった。一方、繰り返し波のACに対しては、クラフト紙もPPLPもオイルギャップの微少放電が対向するクラフト紙を損傷させることによって生ずるから、クラフト紙とPPLPの誘電率(ε)比に応じたオイルギャップのACストレス緩和分だけPPLPの方が高いAC破壊強度を示す。

 DCでは、クラフト紙の場合、インパルスと同じ破壊メカニズムによってクラフト紙そのものの破壊特性が支配的であるために、破壊ストレスも両者でほぼ同程度である。しかしながら、PPLPでは、DCストレス分布が絶縁材料の抵抗率比で決まる事になり、殆ど全てのストレスが抵抗率の圧倒的に高いPP層に印可されることになる。一方、気密度無限大のPP層は非常に高いDC(及びインパルス)破壊強度を示すので、結局PPLPのDC破壊強度はインパルス破壊強度より圧倒的に高くなる。以上述べた破壊のメカニズム及び破壊ストレスをクラフト紙とPPLPで比較して示すと表1の通りとなる。

 同表のACでは、オイルギャップの耐圧に対して「油圧効果」があるので、超々高圧(UHV)電力ケーブルでは高油圧適用のコンセプトが重要となる。一方、インパルスでは、オイルギャップ中のストリーマの対向テープへの衝撃が破壊に影響するので、そもそも「+」インプルスに弱い「インパルスの極性効果」を生ずるから、この対策として導体直上に高εのクラフト紙層を配置する複合絶縁層のコンセプトが生まれた。この考えを積極的に活用するといわゆる「ε-grading」が可能であり、絶縁厚を規定する導体直上の最大交流性ストレスを緩和する事が可能になる。

 DC OFケーブルでは、PPLPの優れたインパルス及びDC耐電圧特性に加えて、PPLP主絶縁の両サイドにクラフト紙薄層絶縁を組み合わせることによって、前記「ε-grading」と「ρ-grading」効果を同時に引き出す事が可能になり、導体直上及び金属シース直下に生ずるインパルス及びDC両方の最大ストレスを緩和した理想的なDC OFケーブルが可能となる。

 一方、非給油型の超長尺Solid DC海底ケーブルでは、ケーブルに交流性の波形が入らない様に線路構成することによって、PPLPのDC特性を極限まで向上させる事が、DC耐圧向上の観点からのみならず、在来のクラフト紙Solid DCケーブルでは最大の欠点になる絶縁油の移動や負荷遮断時の枯渇に対しても放電劣化しない「新しいSolid DC ケーブル」を実現する観点からもキーになる技術であることが分かった。そこで、Solid DCケーブル専用のPP比率が70%超のPPLP-Sを試作してこれらの特長を一つ一つ実証すると共に、従来のクラフト紙Solid DCケーブルでは最大500kV未満及び最高許容温度略50℃の設計限界が存在するのに対して、PPLP Solid DCケーブルではこれらをBreakthroughして600〜1,000kV級でかつ略80℃が可能な革新的大容量ケーブルが実現出来ることを実験し提唱した。この「新しい絶縁材料を適用した革新的なケーブルコンセプト」を最大限に生かすには、現在適用されている、在来のクラフト紙絶縁ケーブルのみをベースにして定められたDCケーブルの標準の効力を有する「CIGRE推奨案」を改訂することが、喫緊の重要性を持つことも主張している。

 以上、新たにクラフト紙絶縁材料に加えて新種のPPLPを用いることが可能になった事によって、OF及びOFと類似のSolid DCケーブルの絶縁機能と破壊メカニズムの全容が解明できるとともに、逆にそれらの利点を組み合わせた先進的電力ケーブルの設計手法が、AC/DC両ケーブルに亘って俯瞰可能となった。この考え方に基づき将来のUHV級までの電力ケーブルの設計を系統的に纏めたのが表2である。

 本論文では、PPLPを用いて新しいコンセプトの下に実ケーブルを試作・試験してその性能を検証すると共に、これら最新鋭電力ケーブルを世界初の商用線路へ適用して運用した実例についてもとりまとめている。又、これら新鋭電力ケーブルを採用することによる在来ケーブルからの経済性の評価方法についても確立した。

 21世紀は「エネルギー・資源・環境」の世紀と云われているが、このキーワーズに適合する技術として超伝導技術がとり上げられる。本論文では、高温超伝導(HTS)ケーブルに対してもOFケーブルと同様に、冷媒と絶縁を兼ねた液体窒素と複合される積層絶縁体としてはPPLPが最適であること、又基礎データによれば、PPLPはOFケーブルと同様に取り扱い得る電気特性を示すことが分かった。但し、HTSが文字通りその威力を発揮するPPLP絶縁HTS DC ケーブルでは、更に革新的な絶縁設計が可能であることと、究極の無損失低電圧大容量送電コンパクトケーブルシステムが実現する可能性があることをとりまとめた。

写真1 PPLP

表1 OFケーブルの破壊メカニズムと破壊ストレス

表2 OF式電力ケーブルの絶縁設計手順

審査要旨 要旨を表示する

 20世紀初頭に発明された油浸絶縁電力ケーブルは、21世紀に至っても地中および海底大容量電力送電の主流技術を担っている。本論文は、絶縁油や液体窒素などの液体を含浸させた電力ケーブルで用いられるポリプロピレンラミネート紙について、その電気的、機械的基本特性の把握に始まり、最適な特性を得るための製造法を考案し、それを電力ケーブルへの適用し、世界初となるいくつかの大容量電力ケーブルとしてその有効性を実証する過程を詳細に述べたもので、「ポリプロピレンラミネート紙の絶縁特性向上と大容量電力ケーブルへの適用」と題し、14章から構成されている。

 第1章「緒論」では、電力ケーブルの現状、ポリプロピレンラミネート紙(PPLP)が考案された背景、PPLP電力ケーブルに期待される特性について述べている。

 第2章「ポリプロピレンラミネート紙(PPLP)の基礎特性」では、クラフト紙と組み合わせる高分子フィルム材料の中で、最終的にポリプロピレン(PP)が選択された理由、および、PPLPの厚さの中で、PPの占める割合の最適値が存在し、275kV級交流OFケーブル用としてはk≒43%が最適であることを述べている。また、こうした最適値の裏付けとなる、油層とPPLPからなる複合誘電体のインパルスおよび交流絶縁破壊のメカニズムを明らかにしている。更に、PPLPをケーブル化する場合に必要となる「機械特性」、「溶解特性」、「膨潤特性」、「接着強度」などついても、定量的な評価法を提案し、その結果に基づくケーブル化に際しての許容値を明らかにしている。以上のことから、PPLPの製造からケーブル化への基礎的な手法を確立している。

 第3章「PPLP絶縁AC 275kV OFケーブル基礎特性の把握」では、PPLPを用いた275kV級OFケーブルの試作と、4年間の長期試験結果について述べている。試作ケーブルは、予想される基礎特性を十分有していることを実験的に示している。一方で、実用化に向けてPPの溶解、接着強度などで一層の改善が好ましいことを明らかにしている。

 第4章「AC 275kV OFケーブル実用化に向けてのPPLPの特性改善と標準化」では、前章を受けて、PPおよびクラフト紙の双方を改良し、溶解および接着強度の十分なPPLPが開発できることを述べている。また、これらの技術革新を基に、PPLPの標準化の道筋が示されている。

 第5章「PPLP絶縁AC 275kV OFケーブルの実用化」では、PPLP OFケーブルの設計から鉛工対策までを述べ、更に、長期信頼性を保証する実証試験法の提案や、低tanδ特性を精度よく求めるための"熱流計法"の提案を行っている。最終的に、世界初の南大阪泉北線の建設に貢献をしている。

 第6章「PPLPの高油圧化によるACおよびインパルス破壊特性の向上」では、PPLPの高油圧化によるAC及びインパルス特性改善効果を詳細に検討し、それを定量的に評価できる実験式を見出すことにより、電力ケーブルの更なる性能向上手法を明らかにしている。

 第7章「500kV級及びUHV級PPLP絶縁AC OFケーブルの開発」では、500kV級以上のEHVからUHV級OFケーブルに必要な誘電特性を示し、それに適したPPLPを設計し、PP比率k≒60%のPPLPが開発されたことが述べられている。それがカナダの800kV OFケーブルに応用され、その優れた性能が長期性能実証試験を通じて明らかにされている。なお、このケーブルにおいては、前章で確立された"PPLPの高油圧化"手法が有効に適用されている。

 第8章「長距離500kV連系線用PPLP絶縁AC 500kV OFケーブルの開発と実用化」では、世界初となる長距離・大容量PPLP 500kV OFケーブル線路、"瀬戸大橋橋梁添架線"の設計から長期試験、線路建設までについて述べられており、それらを通して、PPLPの有用性が実証されている。

 第9章「PPLPの直流OFケーブルへの適用」では、PPLPの直流特性と直流破壊のメカニズムを明らかにし、PPLPが直流において特に優れた耐圧特性を明らかにしている。その上で、長距離直流海底ケーブルへのPPLP適用のメリットを明らかにしている。

 第10章「光複合直流海底OFケーブルの開発」では、海底ケーブルの高機能化のために"光ファイバ複合技術"を開発し、性能を検証し、第2北海道〜本州海底ケーブルに実用化されたことが述べられている。また、単芯海底OFケーブルと光ファイバを複合する際の最適構造が示されている。

 第11章「PPLP絶縁直流500kV海底ケーブルの開発と実用化」では、第9章、第10章で得られた知見を基に開発がなされた、世界最大のPPLP 直流 ±500kV, 2.8GW送電海底ケーブル"紀伊水道直流連系線(橘湾海底ケーブル)"ついて述べられている。

 第12章「PPLP Solid DC超長距離深海敷設大容量海底ケーブルの開発」では、非給油型の超長距離大容量直流海底ケーブルにおいては、高PP比率(高k)のPPLPと中粘度絶縁油との組合せを行う、PPLP Solid DCケーブルが有効であることを明らかにしている。

 第13章「PPLP絶縁高温超電導(HTS)ケーブルの開発」では、高温超電導ケーブルに必要となる液体窒素中でのPPLP絶縁の基本特性を明らかにし、交流66kV高温超電導ケーブルに適用され、長期実証試験によってその有効性が示されたことが、述べられている。また、PPLP絶縁高温超電導ケーブルとしては、交流使用より直流使用にあることが、提案されている。

 第14章「結論」では、以上の成果をまとめ、内容を総括している。

 以上これを要するに、液体含浸絶縁の重要構成要素であるポリプロピレンラミネート紙(PPLP)について、誘電絶縁特性、機械特性、膨潤特性など基本特性の詳細な実験的検討を通じて、最適な特性および構成を明らかにし、また、PPLP絶縁ケーブルの設計手法を確立し、それらを500kV交流および直流電力ケーブルを始めとした大容量実送電線路へ応用することにより有用性を実証した点で、電気工学、特に高電圧、電力工学に貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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