学位論文要旨



No 216560
著者(漢字) 近藤,稔
著者(英字)
著者(カナ) コンドウ,ミノル
標題(和) 鉄道車両駆動用埋込磁石同期電動機の設計と性能評価
標題(洋)
報告番号 216560
報告番号 乙16560
学位授与日 2006.06.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16560号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀,洋一
 東京大学 教授 仁田,旦三
 東京大学 教授 須田,義大
 東京大学 教授 大崎,博之
 東京大学 助教授 古関,隆章
 東京大学 助教授 馬場,旬平
内容要旨 要旨を表示する

 埋込磁石同期電動機は,近年のパワーエレクトロニクス技術の進歩,希土類永久磁石による磁石性能の向上に伴い,比較的大出力の用途にも適用可能となった。埋込磁石同期電動機は高効率な電動機であり,そこから派生して,省エネルギー,低騒音,省保守などの利点が期待でき,これからの鉄道車両駆動用電動機として有望な電動機方式である。本論文では,この埋込磁石同期電動機の鉄道車両駆動への適用を推進するために,その設計法と性能評価法に関して研究を行った。

 まず,第2章から第4章では鉄道車両駆動用埋込磁石同期電動機の設計について研究した。

 第2章では埋込磁石同期電動機の特性を表現する機器定数を用いて,鉄道車両駆動用に適した埋込磁石同期電動機の設計はどのようなものであるかについて解析的研究を行った。設計について考えるに当たっては,まず,どのような点について最適化する必要があるかを明確にするため,鉄道車両駆動用電動機に求められる電動機の基本的特性と,インバータ容量低減の必要性,埋込磁石同期電動機に特有の無負荷誘起電圧の問題について述べた。次に,電動機特性を表現する機器定数を用いて電動機設計とインバータ容量と力率の関係を解析により明らかにした。その結果,埋込磁石同期電動機の設計手順として以下の手順に従うのが良いという結論を得た。

(1)寸法制約と定格出力から固定子鉄心寸法を決定する。

(2)突極性を最大化するように回転子鉄心形状を決定する。

(3)磁石量を回転子鉄心形状から定まる最大値に決定する。

(4)固定子巻線巻回数を無負荷誘起電圧が最高回転速度で制限値以下で最大となる値に定める。

 第3章では,この結果を受け,突極性を最大化する実用的な回転子の設計について研究した。まず,突極性を最大化する理想的形状について明らかにするためマルチフラックスバリア形のリラクタンス同期電動機を想定し,解析的研究を行い,突極性を最大化する回転子形状を明らかにした。次に,実用的な回転子構造を得るため,その回転子形状を基に簡素で堅牢な埋込磁石同期電動機の回転子構造を検討し提案した。さらに,具体的な設計問題を例として設定し,パレート最適解の考え方を用いた電磁界解析による多目的最適化手法により,具体的な回転子設計を行った。その結果から,リラクタンストルクを最大化する回転子鉄心形状は形状を定義するための関数に関して均等分割の考え方により磁気障壁層を配置した構造となっており,最適な磁気障壁層割合は約1/3(鉄心層と磁気障壁層の比が2:1)であることが分かった。ここで得られた成果により,突極性が大きい実用的な埋込磁石同期電動機の回転子設計が容易に実施できるようになった。

 次に,第4章では,固定子の設計に関して解析的研究を行った。

 鉄道車両駆動用電動機では電動機の外寸法に対して厳しい制約が課せられ,小形軽量化が強く求められる。そこで,電動機固定子鉄心の外寸法あたり出力を最大化することを目的として固定子設計の最適化を目指し,解析的研究を行った。

 まず,実際の電動機の設計において,固定子巻線の温度上昇と鉄心の磁気飽和が小形軽量化の主な制約となっていることから,固定子巻線の銅損による発熱密度と鉄心内磁束密度を制約条件と考え,鉄心外寸法あたりの出力を最大化する固定子鉄心断面形状を解析的に導出した。次に,求めた断面形状に基づき,固定子鉄心の外寸法を基準とする新しい出力方程式を示した。そして,得られた結果が,主として統計的手法により調べられた微増加比例法等の過去の研究結果と整合性がとれていることを示した。

 これにより,固定子鉄心寸法については,電気装荷と磁気装荷のバランスから最適断面形状を決定できることが示された。また,新しい出力方程式が得られたので,これを用いて必要な出力に対応した鉄心外径と鉄心長を定めることができ,最適断面形状を用いることにより,具体的に固定子鉄心寸法を決定することが可能となった。

 そして,第2章から第4章までの成果を総合し,鉄道車両駆動用埋込磁石同期電動機の設計法を示した。

 次に,第5章と第6章では埋込磁石同期電動機の性能評価法について研究した。

 まず,第5章で等価回路とそれを構成する機器定数の測定法について研究し,第6章でその方法をさらに発展させて実際の電車運転時に埋込磁石同期電動機が消費する電力量を計算する手法を提案した。

 第5章では,これまで埋込磁石同期電動機に対してはほとんど用いられて来なかった誘導電動機のT形等価回路に相当する1相あたりの等価回路を取り上げ,その回路に基づく電動機特性の測定法を提案した。埋込磁石同期電動機に対して広く用いられているd-q軸法等価回路に対する1相あたりの等価回路の特長は,等価回路として自然な表現になっている点と,特性測定試験で測定される相電流の値をd軸,q軸成分に分ける事無くそのまま計算に使用できる点に有る。これにより性能試験時の回転子の回転位置測定が不要となり,実用上の利点が大きい。よって,本論文では1相あたりの等価回路を用いて特性試験結果からの機器定数の算出法を提案した。提案した手法では一次巻線抵抗の測定,発電機無負荷試験,発電機短絡試験,電動機負荷試験,電動機無負荷試験により埋込磁石同期電動機の機器定数を測定結果から算出する。提案した手法については,実機による測定結果と機器定数の算出結果を示して,それが実施可能であることと算出法の前提とした仮定が妥当なものであることを確認した。そこで示した一連の試験は現在製造業者が所有している既存の誘導電動機の試験設備で実施可能なものである。今後,埋込磁石同期電動機が普及していく際には,ここで示した一連の試験を,現在誘導電動機に対して実施されている形式試験等に対応する試験として用いることが可能である。

 第6章では惰行時損失の測定法を示すとともに第5章の成果を発展させ,実際の電車運転時を想定して永久磁石電動機の消費電力を計算により評価する方法を提案し,従来の自己通風誘導電動機との消費電力量の比較を行った。

 まず,惰行時の無負荷損失について複数の測定法によりその発生損失量と内訳を明らかにし,さらに,定格回転速度における電動機無負荷試験結果を用いて任意の回転速度と負荷状態における鉄損と機械損を計算できるモデルを提案した。さらに,磁気飽和により変化するインダクタンスを指数関数により表現するモデルを提案した。これらのモデルと第5章で説明した等価回路を用いることにより,定格点における簡単な定置試験の結果を用いて任意の回転速度と負荷状態における埋込磁石同期電動機の電動機損失を容易に計算できるようになった。

 次に,標準的な通勤電車の車両,駅間距離,運転時分を想定して,所定の回転速度-トルク特性に従い電動機を最高効率点で運転した場合の消費電力量を計算した。その結果,埋込磁石同期電動機の全損失量が同じ性能を持つ誘導電動機の約6割となることを示し,これにより最終的な消費電力量も削減されることを示した。さらに,走行時発生損失の内訳を示し,電動機の違いがどのように発生損失の違いにつながるかが明らかとなった。

 埋込磁石同期電動機は誘導電動機で本質的に発生する回転子銅損が無く,そのため高効率になることが知られているが,その一方で,惰行時にも磁束が発生しており,これにより惰行時にも鉄損が発生する。そのため,鉄道車両のように惰行時間が長い用途では,埋込磁石同期電動機の使用が必ずしも消費電力削減にはならない可能性が指摘されていた。しかし,今回行った計算の結果では,高効率に起因して全閉形を採用できる埋込磁石同期電動機ではファン等による機械的損失が小さいため,惰行時も従来の自己通風式誘導電動機より損失が小さい結果となった。また,惰行時鉄損が有ることによる損失増大効果は回転子銅損が無いことによる損失削減効果よりも小さく,仮に自己通風式の埋込磁石同期電動機を想定した場合でも,やはり,埋込磁石同期電動機の方がトータルの発生損失が少なくなると言える。このように,本方法を用いることにより,電動機の実使用時の消費電力を定量的に分析することが可能となり,実際的な省エネルギー性能を評価することが可能となる。

 第7章では,本論文の成果を要約し,まとめとしている。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「鉄道車両駆動用埋込磁石同期電動機の設計と性能評価」と題し,まず,駆動システムの小形軽量化を目指した埋込磁石同期電動機の設計法を,主として解析的手法を中心に提案してその有効性を示し,次に,実機を用いた簡易な実験によって埋込磁石同期電動機の特性を測定する方法と,測定された特性を用いて走行時の消費電力量をシミュレーションによって評価する手法を提案し,きわめて実用に近い応用例を用いてその有効性を明らかにした一連の研究をまとめたものである。

 第1章(緒言)では,本研究の背景と目的を述べ,本研究の位置付けを行っている。まず,現在用いられている誘導電動機に代えて埋込磁石同期電動機の使用が検討されるようになった経緯について述べ,その設計最適化と性能評価手法が課題となっていることについて述べている。

 第2章(鉄道車両駆動用埋込磁石同期電動機の設計指針)では鉄道車両駆動用電動機に求められる電動機の基本的特性と,インバータ容量低減の必要性,埋込磁石同期電動機に特有の無負荷誘起電圧の問題について述べ,インバータ容量低減と無負荷誘起電圧の低減を同時に達成するためには突極性を向上することが必要不可欠であることを解析的に明らかにしている。

 第3章(突極性を最大化する回転子の設計法)では,第2章の結果を受け,突極性を最大化する実用的な回転子の設計について研究している。まず,均一な材質で構成される回転子中の磁力線に沿った形状の磁気障壁層が突極性を最大化することを解析的研究により明らかにし,さらにそれを直線近似した実用的な形状と簡易な寸法決定法(均等分割)を提案している。そして,提案形状を具体的な設計問題に適用して電磁界解析による設計最適化計算を行い,突極性を最大化する最適設計の具体例を示し,その一方で,その結果が提案した寸法決定法の結果と一致することを示して,提案した寸法決定法の有効性を示している。

 第4章(鉄道車両駆動用電動機の固定子設計に関する解析)では,固定子の設計に関して解析的研究を行い,小形軽量化を目的として固定子鉄心の設計最適化を行うと共に,寸法制約が厳しい鉄道車両用電動機において有用な外形寸法を基準とした新しい出力方程式を提案している。そして,これらの結果について,従来の電動機設計に関する諸研究との比較を行い,それらと整合性がとれていることを述べている。さらに,第2章から第4章までの成果を総合し,鉄道車両駆動用埋込磁石同期電動機の設計法を提案している。

 第5章(埋込磁石同期電動機の等価回路と特性測定法)では,回転角の測定が不要な簡易な試験の組み合わせによる電動機特性の測定法を提案している。一相あたりの等価回路を用いて特性測定のための各試験方法について解析を行い,測定方法について説明するとともに,実機を用いた試験結果を示し,提案手法の妥当性を示している。埋込磁石同期電動機の解析に通常用いられるd-q軸法に代えて一相あたりの等価回路を用いて解析を行うことにより,試験法の解析と理解を容易にしているのが提案手法の特長であることを強調している。

 第6章(鉄道車両駆動用埋込磁石同期電動機の消費電力評価法)では,まず,車両惰行時の電動機損失を把握するために,電動機を惰性で回転させたときの回転速度の減速度から無負荷時の鉄損および機械損を測定する方法を提案し,実機を用いた測定によりその有効性を検証している。さらに,第5章で提案した方法によって得られる埋込磁石同期電動機の特性を用いて,実際の電車運転時を想定した埋込磁石同期電動機の消費電力を,計算によって評価する方法を提案している。最後に,提案手法を実機に適用し,通勤電車を想定して従来の誘導電動機との消費電力量の比較を行い,その有効性を示している。

 第7章(結言)では,本論文の成果を要約し,まとめとしている。

 以上,これを要するに,本論文は,駆動システムの小形軽量化を主目的とした埋込磁石同期電動機の回転子と固定子の最適設計法を提案してその妥当性を検証するとともに,後半では埋込磁石同期電動機の特性測定法と,得られた特性を用いた消費電力量の評価法を提案し,実例によって有効性を示したもので,電気工学,とくに電気機器設計学に貢献するところが少なくない。よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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