学位論文要旨



No 216562
著者(漢字) 二木,啓
著者(英字)
著者(カナ) フタツギ,アキラ
標題(和) 2型および3型イノシトール三リン酸受容体は外分泌機能に必須の役割を担う
標題(洋) Inositol 1,4,5-trisphosphate Receptor Types 2 and 3 (IP3R2 and IP3R3) are Essential for Exocrine Secretion
報告番号 216562
報告番号 乙16562
学位授与日 2006.06.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16562号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 竹縄,忠臣
 東京大学 助教授 尾藤,晴彦
内容要旨 要旨を表示する

 細胞内Ca(2+)濃度は通常、細胞外の約1万分の1程度に保たれているが、細胞外からの種々の刺激に応じてCa(2+)が増加し、それが標的分子に働きかけることにより多岐にわたる生理的応答(神経の興奮、筋収縮、分泌、受精、免疫応答、細胞の運動、細胞死など)が引き起こされる。細胞内Ca(2+)濃度は、細胞外からの流入や細胞内貯蔵部位(主に小胞体)からの放出により増加するが、それにより引き起こされる応答の多様性は、細胞の種類のみならずCa(2+)の量や流入経路にもよると考えられる。IP3受容体は、刺激によって産生されたIP3の結合によって小胞体からCa(2+)を放出させるチャネルで、哺乳類においては異なる遺伝子に由来する3種類の型(1型、2型および3型)が存在している。また、IP3受容体は、唾液腺や膵臓などの外分泌細胞において、刺激から分泌に至る情報伝達の中心的役割を担う分子であることが示唆されていた。しかし、IP3受容体のどの型がそれを担うのか、また動物個体にとっての機能や重要性については不明であった。

 本研究では2型および3型IP3受容体の生理機能を明らかにするため、これら受容体各々、ならびに両方の型を欠損したマウス(二重欠損マウス)を作製した。片方の遺伝子を欠損したマウスはいずれも正常に発育し、少なくとも生後数カ月にわたって外見上目立った異常はなかった。一方、それらを交配することにより作製した二重欠損マウスは、正常に生まれてくるものの生後の体重増加が鈍く、離乳期(生後3週)を過ぎると急激に衰弱し、通常の飼育条件下では生後4週までに全例が死亡した。離乳後に二重欠損マウスが通常の固形餌を食べていないことを観察したので、これらのマウスに練り餌(粉状の餌を水で練った流動食)を与えたところ、死亡が回避できた。二重欠損マウスが固形餌を食べることができない理由として唾液分泌の有無が関与しているのでないかと考え実験を行ったところ、二重欠損マウスでのみ唾液がほとんど産生されないことが判明した。練り餌で二重欠損マウスの生存が可能になったのは、練り餌中に含まれる水が唾液分泌不全を相補したためと考えられる。

 練り餌によって死亡が回避できたものの、二重欠損マウスの体重は依然として低かった。そこで、練り餌の摂取量を二重欠損マウス以外のマウスと比較したところ差がなく、食欲不振のために発育が悪い可能性は否定された。一方、二重欠損マウスでは糞の量が大きく増加しており、その中の脂肪や蛋白質などの量も同じく増加していた。二重欠損マウスでは血糖値も低く、消化器系の機能不全の可能性が考えられた。そこで各臓器を詳しく観察したところ、膵臓外分泌細胞において、消化管中に分泌される前の消化酵素が含まれる「酵素顆粒」と呼ばれる構造体が、二重欠損マウスで細胞内に異常に充満していた。この結果は正常な分泌が行われていないことを示唆するものであり、実際に膵臓からの消化酵素の分泌能を調べたところ、二重欠損マウスにおいてのみ、刺激による消化酵素の分泌が起きていないことが示された。二重欠損マウスでは、唾液中に含まれる消化酵素の量も大幅に減少しており、これらの外分泌機能の不全により食物の消化が障害され、それによって栄養の吸収が十分行われずに成長の阻害が起きたものと考えられる。

 唾液や消化酵素の分泌は、分泌細胞である腺房細胞の細胞内Ca(2+)濃度の上昇により引き起こされることが知られていたので、唾液腺や膵臓から単離した細胞を用いたCa(2+)イメージングを行ったところ、二重欠損マウスでのみ、刺激に応じた十分な細胞内Ca(2+)濃度の上昇が見られなかった。これらの結果から、正常マウスの唾液腺や膵臓では、2型および3型IP3受容体によるCa(2+)放出機能が刺激から外分泌に至る信号の中心的役割を果たしていること、またそれにより動物の正常な発育が担われていることが明確に示された。本成果は、2型および3型IP3受容体の生理機能を発見および証明したもので、これら受容体の細胞レベルのみならず個体レベルでの重要性を示すことで、その役割の全体像解明に大きく貢献した。

 また、2型および3型IP3受容体二重欠損マウスは、その表現形から、口腔乾燥症や、消化不良による栄養失調の病態の研究に有用であると考えられる。さらに、外分泌機能や細胞内Ca(2+)濃度を調節することによる応用という観点からは、2型および3型IP3受容体を標的とした薬剤の開発は、食物の消化調節による肥満の制御、トリプシノーゲン活性化抑制による急性膵炎の治療など、様々な医学的利用が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、高等動物において様々な生理応答を引き起こす細胞内Ca(2+)濃度の増加を担う分子のうち、その具体的機能や重要性が不明であった2型および3型IP3受容体について、これら受容体を欠損したマウスを作製して、その生理機能を解析したものであり、下記の結果を得ている。

1.2型か3型のIP3受容体のいずれか一方の遺伝子を欠損したマウスはいずれも正常に発育し、少なくとも生後数カ月にわたって外見上目立った異常はなかったが、両方の型を欠損した二重欠損マウスは、生後の体重増加が鈍く、離乳期(生後3週)を過ぎると急激に衰弱し、固形餌を食べることができず生後4週までに全例が死亡した。一方、これらのマウスに練り餌(粉状の餌を水で練った流動食)を与えたところ、死亡が回避できた。固形餌の摂取に重要と考えられる唾液について、その分泌実験を行ったところ、二重欠損マウスでのみ唾液がほとんど産生されないことが判明した。練り餌で二重欠損マウスの生存が可能になったのは、練り餌中に含まれる水が唾液分泌不全を相補したためと考えられる。

2.練り餌によって死亡を回避した二重欠損マウスの体重は、依然として低かった。練り餌の摂取量は正常で、食欲不振のために発育が悪い可能性は否定された。一方、二重欠損マウスでは糞の量が大きく増加しており、その中の脂肪や蛋白質などの量も同じく増加していた。二重欠損マウスでは血糖値も低く、消化器系の機能不全による発育不良の可能性が考えられた。

3.各臓器の観察の結果、膵臓外分泌細胞において、消化管中に分泌される前の消化酵素が含まれる「酵素顆粒」と呼ばれる構造体が、二重欠損マウスで細胞内に異常に充満しており、正常な分泌が行われていないことが示唆された。実際に膵臓からの消化酵素の分泌能を調べたところ、二重欠損マウスにおいてのみ、刺激による消化酵素の分泌が起きていないことが示された。二重欠損マウスでは、唾液中に含まれる消化酵素の量も大幅に減少しており、これらの外分泌機能の不全により食物の消化が障害され、それによって栄養の吸収が十分行われずに成長の阻害が起きたものと考えられる。

4.唾液や消化酵素の分泌は、分泌細胞である腺房細胞の細胞内Ca(2+)濃度の上昇により引き起こされることが知られていたので、唾液腺や膵臓から単離した細胞を用いたCa(2+)イメージングを行ったところ、二重欠損マウスでのみ、刺激に応じた十分な細胞内Ca(2+)濃度の上昇が見られなかった。

 以上、本論文は、マウスの唾液腺や膵臓において、2型および3型IP3受容体が刺激から外分泌に至る信号の中心的役割を果たしていること、またそれにより動物の正常な発育が担われていることを明確に示した。本成果は、小胞体からのCa(2+)放出を担う2型および3型IP3受容体の役割を、細胞レベルならびに個体レベルで発見および証明したもので、その生理機能の解明に重要な貢献をしたものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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