学位論文要旨



No 216564
著者(漢字) 秋元,清治
著者(英字)
著者(カナ) アキモト,セイジ
標題(和) ミトコンドリアDNA分析によるキンメダイの集団遺伝構造および卵仔魚の分布様式の解析
標題(洋)
報告番号 216564
報告番号 乙16564
学位授与日 2006.07.03
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16564号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡部,終五
 東京大学 教授 阿部,宏喜
 東京大学 教授 青木,一郎
 東京大学 教授 西田,睦
 東京大学 教授 松永,茂樹
内容要旨 要旨を表示する

 日本周辺漁場におけるキンメダイ資源は,主に千葉県,東京都,神奈川県,静岡県,高知県の一都四県の立縄釣り,樽流し釣りおよび底立延縄漁業者により漁獲されている。その漁獲量は,1984年から1990年初頭までは8,600-10,000トンの高水準で続いていたが,1991年の11,041トンをピークに減少傾向にあり,2003年には6,116トンと最盛期の約6割にまで減少した。キンメダイは日本周辺海域において重要水産資源であり,早急に資源回復するための方策を講ずることが望まれている。伊豆諸島周辺海域におけるキンメダイ資源については,これまで成熟,成長,分布,移動等に関する研究が行われてきたが,資源管理の根幹となる集団構造および卵,仔稚魚の分布,移送様式,稚魚の着底時期などの初期生態に関してはほとんど知見が得られていない。さらに,キンメダイ属のフウセンキンメはキンメダイに形態的に酷似し,また,ナンヨウキンメを含めたキンメダイ属3種の卵仔稚魚期における判別は困難で,キンメダイの適正な資源管理を推進する上で大きな障害となっている。

 本研究は以上の背景の下,ミトコンドリアDNA分析によりキンメダイ属3種の種判別法を確立し,日本周辺海域におけるキンメダイの集団構造の解析を試みるとともに,卵仔魚の分布様式を明らかにすることを目的として行われたもので,結果の概要は以下の通りである。

1.キンメダイ属3種の分子生物学的同定と近縁性

 魚類資源を適正に評価するためには,対象となる魚類を正確に同定することが必須である。そこでまず,分子系統学的研究において種間あるいは属間の系統類縁関係を検討するためによく使われる16S rRNA遺伝子の3'端側一部領域577bpをPCR増幅し,500 bp程度の塩基配列を決定して,その種間変異からキンメダイ属3種を判別する方法を検討した。すなわち,伊豆諸島および小笠原諸島周辺海域で採集し,中坊(2000)の方法に従い形態的特徴から同定したキンメダイ(n=6),フウセンキンメ(n=4),ナンヨウキンメ(n=6)成魚筋肉(エタノール溶液中4℃保存,以下同様)から全DNAを調製し,上記の遺伝子領域をPCRで増幅した。その結果,3種間で11座位に塩基置換がみられ,この中,種内変異はキンメダイの1座位だけで,10座位は種間変異であった。すなわち,キンメダイとフウセンキンメでは3座位,キンメダイとナンヨウキンメでは9座位,ナンヨウキンメとフウセンキンメでは8座位の種間変異がみられ,これら種間変異を利用することで3種の判別は可能であった。以上のように,本結果は供試尾数は少ないものの,中坊(2000)の形態的特徴を用いた同定法の有効性を明白に支持した。また,近隣結合法により作成された分子系統樹上で,フウセンキンメはナンヨウキンメに比べてキンメダイにより近縁であることが示された。さらに,オーストラリア産の標本でGenBankにキンメダイとして登録されている塩基配列データ(AF221886)は本研究のフウセンキンメのデータと一致した。このような相違は,日本以外ではフウセンキンメの認知度が低いか,あるいは有効種として取り扱われていないことに起因することが考えられた。

2.キンメダイの集団遺伝構造

 新たに房総半島沖,鳥島西方沖,伊豆諸島海域で採集した40試料と前節の5試料を合わせた日本産キンメダイ計45試料,フウセンキンメについては鳥島西方沖の新たな3試料と前節の4試料を合わせた計7試料の成魚筋肉から全DNAを調製し,シトクロムb遺伝子の5'端側一部領域307bpの塩基配列を決定したところ,キンメダイおよびフウセンキンメで,それぞれ11および3ハプロタイプが得られた。これら日本産の試料の塩基配列データをGenBankに登録されているニューカレドニア産キンメダイAおよびW種のデータと比較したところ,A種は日本産キンメダイのハプロタイプと,一方,W種は日本産フウセンキンメのハプロタイプとほぼ一致し,ニューカレドニア産キンメダイA種およびW種はそれぞれ,キンメダイおよびフウセンキンメと同定された。なお,日本産およびニューカレドニア産試料集団間における遺伝的分化程度の指標の固定指数(Fst)は,キンメダイおよびフウセンキンメでそれぞれ0.003および-0.044と著しく小さかった。また,両種とも最も頻度の高いハプロタイプが日本産とニューカレドニア産の試料集団で一致し,太平洋の南北両半球にわたる広範囲な海域における遺伝子流動の可能性を示した。

 次に,日本周辺の房総半島沖,トカラ列島沖,鳥島西方沖の漁場で採集したキンメダイ31試料の成魚筋肉から全DNAを調製し,制御領域全長の約90%の中央領域823 bpの塩基配列を決定した。欠失の変異1箇所を加えた計824bp中,塩基置換は54箇所 (塩基置換率6.6%) にみられ,31試料間で同一のハプロタイプは認められなかった。また,平均塩基置換率は漁場内,漁場間でほとんど差が見られなかった。さらに,純塩基置換係数は異なる漁場試料間で-0.02〜0.07%と低かった。Fstは房総半島沖と鳥島西方沖の漁場間で0.0583とやや高かったが,房総半島沖とトカラ列島沖の漁場間およびトカラ列島沖と鳥島西方沖の漁場間は-0.0166〜0.0213ときわめて低く,明白な遺伝的分化は認められなかった。分子系統樹でも,外群としたナンヨウキンメおよびフウセンキンメからの遺伝的距離に比べてキンメダイ種内間のそれは著しく小さく,キンメダイ試料のハプロタイプは漁場別にクラスタ−を形成することはなかった。

3.キンメダイ卵仔魚の同定と伊豆諸島周辺海域における分布様式

 キンメダイの卵仔魚の分布様式を明らかにすることを目的に,現場海域で採集したキンメダイ属の形態的特徴をもつ試料につき16S rRNA遺伝子分析から種同定を試みた。まず,2000年8月に伊豆諸島海域で採集しキンメダイ属の形態的特徴をもつ浮遊卵30個を現場で5%ホルマリン溶液中に固定し,神奈川県水産技術センターに持ち帰った後,1ヶ月以内に99.5%エタノール溶液に置換した。その中,20個を前述の16S rRNA遺伝子一部領域を対象とするPCRに供したが増幅DNA断片は得られなかった。そこで対象領域を短くして再度PCRしたところ,残りの10個中6個で増幅DNA断片が得られ,決定した塩基配列はすべて前述のキンメダイのそれと一致した。

 次に,2002年8月に八丈島北方の黒瀬海穴付近の9地点においてノルパックネットの表層曳きおよび鉛直曳き(水深0-200m)によりキンメダイ属の形態的特徴をもつ卵3,394個,仔魚17尾を採集し,現場でエタノール溶液中 (採集直後50%,2週間以内に99.5%に置換)に保存した。まず,前述のキンメダイ属3種の成魚筋肉を用いて16S rRNA遺伝子の一部領域577 bp (プライマー領域を加えて619bp)をPCR増幅し,制限酵素HinfIで消化したところ,キンメダイは276,203および140bpからなる3断片,ナンヨウキンメは276,226および117bpの3断片,フウセンキンメは343および276bpの2断片を生成した。次に,採集試料から無作為に抽出した卵55個,仔魚16尾を同様の分析に供したところ,DNAの調製ができなかった試料を除き,卵45個,仔魚10尾で対照のキンメダイ遺伝子と同じパターンを示した。さらに,塩基配列分析に供した卵8個,仔魚1尾もすべてキンメダイ16SrRNA遺伝子のそれに一致した。

 以上の分析から採集試料が全てキンメダイの卵と推定されたので,採集された卵仔魚の分布様式を検討した。濾水量100m3当たりの平均採卵数は,表層水平曳きで223.1個,鉛直曳きで9.0個と,表層水平曳きは鉛直曳きに比べて約25倍の分布密度を示した。また,卵は採集地点により分布密度が大きく異なり,パッチ状に存在するものと考えられた。一方,表層水平曳きで採集されたキンメダイ卵は鉛直曳きで採集されたものに比べて,発生段階が進んでいるものが多かった。調査海域では湧昇流の影響も考えられなかったことから,キンメダイ卵は海底付近で産卵された後,発生が進むにつれて表層付近まで上昇するものと考えられた。前述のように採集仔魚数は17尾と少なかったが,濾水量100m3当たりの平均採集数は表層水平曳きで0.9尾,鉛直曳きで1.0尾とほとんど差はなかった。

 以上,本研究は,ミトコンドリア16S rRNA遺伝子一部領域の塩基配列の種間変異からキンメダイ属3種の種判別を行った。また,シトクロムb遺伝子の解析からキンメダイおよびフウセンキンメが太平洋の南北両半球にまたがる広範囲の海域で遺伝子流動をもたらしていることを示唆し,一方,制御領域の解析から日本周辺のキンメダイは漁場間で遺伝的差異はほとんどないことが示された。さらに,これら分子生物学的成果を応用して,キンメダイ卵は発生が進むにつれて表層付近まで上昇し,表層付近にパッチ状に分布することを明らかにしたもので,魚類の生態的特徴に基礎的知見を与えるのみならず,キンメダイ資源の適正な資源管理を推進する上で貢献するところが大きいと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 キンメダイは日本周辺海域において重要水産資源であるが、近年、漁獲高が急激に減少しつつあり、早急に資源回復するための方策を講ずることが望まれている。しかしながらキンメダイ資源については、資源管理の根幹となる集団構造および卵、仔稚魚の分布、移送様式、稚魚の着底時期などの初期生態に関してはほとんど知見が得られていない。さらに、キンメダイ、フウセンキンメ、ナンヨウキンメのキンメダイ属3種の卵仔稚魚期における判別は困難で、キンメダイの適正な資源管理を推進する上で大きな障害となっている。そこで本研究は、ミトコンドリアDNA分析によりキンメダイ属3種の種判別法を確立し、日本周辺海域におけるキンメダイの集団構造の解析を試みるとともに、卵仔魚の分布様式を明らかにすることを目的とした。

 第1章では、伊豆諸島および小笠原諸島周辺海域で採集し、中坊(2000)の方法に従い形態的特徴から同定したキンメダイ、フウセンキンメ、ナンヨウキンメ成魚筋肉から全DNAを調製し、16S rRNA遺伝子領域をPCRで増幅した。その結果、3種間で11座位に塩基置換がみられ、これら種間変異を利用することで3種の判別は可能であった。また、近隣結合法により作成された分子系統樹上で、フウセンキンメはナンヨウキンメに比べてキンメダイにより近縁であることが示された。さらに、オーストラリア産の標本でGenBankにキンメダイとして登録されている塩基配列データ(AF221886)は本研究のフウセンキンメのデータと一致した。

 第2章では、シトクロムb遺伝子の5'端側一部領域307bpの塩基配列を決定したところ、キンメダイおよびフウセンキンメで、それぞれ11および3ハプロタイプが得られた。これら日本産の試料の塩基配列データをGenBankに登録されているニューカレドニア産キンメダイAおよびW種のデータと比較したところ、A種は日本産キンメダイのハプロタイプと、一方、W種は日本産フウセンキンメのハプロタイプとほぼ一致し、ニューカレドニア産キンメダイA種およびW種はそれぞれ、キンメダイおよびフウセンキンメと同定された。両種とも最も頻度の高いハプロタイプが日本産とニューカレドニア産の試料集団で一致し、太平洋の南北両半球にわたる広範囲な海域における遺伝子流動の可能性を示した。次に、日本周辺の漁場で採集したキンメダイの成魚筋肉から全DNAを調製し、制御領域全長の中央領域の塩基配列を決定した。824bp中、塩基置換は54箇所にみられ、試料間で同一のハプロタイプは認められなかった。また、平均塩基置換率は漁場内、漁場間でほとんど差が見られなかった。さらに、純塩基置換係数は異なる漁場試料間で低く、明白な遺伝的分化は認められなかった。

 第3章では、伊豆諸島海域で採集しキンメダイ属の形態的特徴をもつ浮遊卵を現場で5%ホルマリン溶液中に固定し、1ヶ月以内に99.5%エタノール溶液に置換した。16S rRNA遺伝子一部領域を対象とするPCRに供したところ、6割で増幅DNA断片が得られ、決定した塩基配列は全てキンメダイのそれと一致した。次に、八丈島北方の黒瀬海穴付近でノルパックネットの表層曳きおよび鉛直曳きによりキンメダイ属の形態的特徴をもつ卵および仔魚を採集し、現場でエタノール溶液中に保存した。採集試料から無作為に抽出した卵および仔魚を分析に供したところ、キンメダイ遺伝子と同じPFLPパターンおよび塩基配列を示した。以上の分析から採集試料が全てキンメダイの卵と推定されたので、採集された卵仔魚の分布様式を検討した。その結果、卵は採集地点により分布密度が大きく異なり、パッチ状に存在するものと考えられた。一方、表層水平曳きで採集されたキンメダイ卵は鉛直曳きで採集されたものに比べて、発生段階が進んでいるものが多かったことから、海底付近で産卵された後、発生が進むにつれて表層付近まで上昇するものと考えられた。

 以上、本研究は、ミトコンドリア16S rRNA遺伝子の種間変異からキンメダイ属3種の種判別を行った。また、シトクロムb遺伝子の解析からキンメダイおよびフウセンキンメが太平洋の南北両半球にまたがる広範囲の海域で遺伝子流動をもたらしていることを示唆し、一方、制御領域の解析から日本周辺のキンメダイは漁場間で遺伝的差異はほとんどないことが示された。さらに、これら分子生物学的成果を応用して、キンメダイ卵は発生が進むにつれて表層付近まで上昇し、表層付近にパッチ状に分布することを明らかにしたもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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