学位論文要旨



No 216565
著者(漢字) 杉本,訓祥
著者(英字)
著者(カナ) スギモト,クニヨシ
標題(和) 等価線形化解法による鉄筋コンクリート造柱梁部材の復元力特性の評価
標題(洋)
報告番号 216565
報告番号 乙16565
学位授与日 2006.07.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16565号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 塩原,等
 東京大学 教授 久保,哲夫
 東京大学 教授 壁谷澤,寿海
 東京大学 教授 高田,毅士
 東京大学 教授 中埜,良昭
内容要旨 要旨を表示する

 本論文の研究目的は,鉄筋コンクリート造柱・梁部材を対象とし,非線形復元力特性評価法およびひびわれ幅を指標とした損傷度評価法を,簡略的かつ理論的に導くことである.

 性能評価型設計法を確立し,新築建物だけでなく,既存建物に対しても耐震性能評価を可能とするためには,鉄筋コンクリート造部材の場合,損傷指標のひとつとして,ひびわれ幅を評価する手法が必要不可欠となる.そこで,本論文では,RC造柱・梁部材の損傷度評価のひとつの手法として,非線形復元力特性およびひびわれ幅を統一的に評価する手法を考案・検討することを目的とする.一方で,評価手法の検証および損傷度(すなわちひびわれ幅)に関する実験データ蓄積と,評価手法の検証データを得ることを目的として,静的実験を行った.さらに,考案した手法を鉄筋コンクリート造架構の骨組解析に適用する例を提示し,実用的に活用可能であることを示した.

 第一章は,序論であり,本研究の背景を整理し,研究目的を述べた.

 第二章では,鉄筋コンクリート造部材の損傷評価に関する既往研究を概観した.特に,損傷評価(ひびわれ幅の評価手法),トラス剛性(部材軸,部材軸と直交方向,および対角方向の歪度とせん断歪度の関係),柱梁部材のせん断強度と変形の評価の3項目に着目して,既往研究を概観した.

 第三章では,鉄筋コンクリート造平板を対象に,復元力特性を簡略的かつ理論的に導く手法を検討した.特にここでは,せん断変形とせん断変形角の関係を導くことに主眼を置き,復元力特性上ひびわれ後の指向点の割線剛性を求める手法を簡略的に導いた.また,柱部材への拡張を目的としていることから,軸力の影響についても言及した.

 まず,ひびわれ後の指向点の割線剛性の算出法を導き,既往の平板実験結果との適合性を検討した.割線剛性の算出は,部材の2方向の鉄筋と,斜め方向のコンクリート,それぞれの剛性を用いて行った.この算出方法は,鉄筋量の違いや軸力の影響による剛性変化を表現できるとともに,ひびわれ角度の変化を考慮することが可能な手法であった.特に,軸力導入方向の鉄筋に生じる歪度を仮定することで,軸力により剛性が上がる現象を再現可能であることを示し,実験結果と対応することを確認した.

 次に,柱梁部材の復元力特性評価および損傷評価の検証用データを得ることを目的とし,複数シリーズの静的部材実験を行い,第四章から第六章までで述べた.第四章では,特に詳細にデータを得ることを目的として行った鉄筋コンクリート造柱部材を対象とした静的実験について述べた.実験の結果,復元力特性評価手法を詳細に検討するデータ,および,損傷に関するデータを取得した.試験体は,破壊モードとして,曲げ降伏先行型およびせん断破壊型を計画した.また,幅方向に厚みを持つ柱梁部材で特徴的な,中子筋の有無の影響を実験変数とし,曲げ降伏先行型,せん断破壊型に対し,中子筋の有無がどう影響するか確認した.第五章および第六章では,第四章と同様に,部材実験について述べた.ここでは,一般的な梁部材を対象とする(第五章)一方で,近年開発が進められている,超高強度コンクリートを用いた柱部材を対象とした(第六章).各章で,それぞれ行った実験結果について述べた.

 部材実験の結果,せん断変形成分の全体変形に占める割合は,曲げ降伏先行型部材でも20%から40%程度まで増加すること,せん断破壊型部材では,40%から60%程度まで増加することがわかった.特に,破壊モードにかかわらず,中子筋がない場合に,せん断変形成分の割合が大きくなることが確認された.また,せん断変形成分の変形モードは,曲げ降伏先行型部材の場合,部材端部領域の変形が大きく,中央領域の変形が小さい傾向があり,せん断破壊型の場合,部材全域にわたり同程度の変形が生じていることが確認された.また,Fc120Nを超える超高強度コンクリートを用いたRC造柱部材の場合,かぶり部分の激しい損傷にともなって,曲げ耐力が劣る特性が確認された.

 せん断ひびわれ幅の計測結果は,破壊モードにかかわらず,せん断変形量に相関してせん断ひびわれ幅が増加する傾向が確認され,大変形時のひびわれ幅は,曲げ降伏先行型で1.5mm程度,せん断破壊型では,4mm程度まで開くことが確認された.除荷後の残留ひびわれ幅は,載荷ピーク時のひびわれ幅に対し,1/2程度となるが,コンクリート強度が高いほど,その割合は大きくなる傾向があった.

 第七章では,第三章で導いた復元力特性評価法を,柱・梁部材に適用する手法を検討した.さらに,第四章から第六章までに行った部材実験結果と比較することで,提案手法の評価の妥当性を確認した.第三章で導いた復元力特性を拡張するにあたり,線材であること,幅方向に厚みを持つマッシブな断面と配筋状況をパラメータとして取り入れ,柱・梁部材の特性を評価することとした.

 割線剛性評価法を適用するにあたり,線材部材である柱・梁部材を,5つの領域に分割した.各領域の復元力特性は,主筋の降伏の影響を受ける端部領域とせん断補強筋の降伏の影響を受ける部材スパン中央領域のほか,接合部の拘束を受ける端部のごく一部の領域の3種により表すこととした.割線剛性は,次のケースを定義した.すなわち,ひびわれ後の指向点として,曲げ降伏時またはせん断終局耐力時とした.また,曲げ降伏後は,主筋の降伏によりせん断剛性が低下する現象を表現するため,曲げ降伏後の指向点として曲げ終局点を定義した.一方,せん断破壊型の場合,せん断終局耐力後の限界変形点を定義し,せん断耐力後の指向点を定義した.5つに分割した各領域では,主筋またはせん断補強筋の降伏の有無が異なるため,それぞれの領域毎に剛性を評価することとした.すなわち,端部領域は,主筋の降伏,せん断補強筋の降伏が生じるが,部材中央領域では,せん断補強筋のみが降伏するとした.また,端部のごく一部の領域では,せん断補強筋は降伏しないと仮定した.さらに,ひびわれ発生の条件が異なり,端部では曲げせん断ひびわれにより,部材中央では主応力度式で表されるせん断ひびわれにより,ひびわれ点を定義した.剛性評価にあたり,平板のモデルに対して検討した軸力を考慮する手法を取り入れる一方で,柱・梁断面に特有の断面幅方向の特性を新たに考慮することとした.すなわち,せん断補強筋の中子筋の影響を,断面の剛性に考慮することとした.同一補強筋量で,中子筋がない場合のせん断剛性は,ある場合の剛性より小さくなる傾向があり,特に,曲げ降伏先行型の場合の曲げ降伏後の特性に影響することが示された.提案手法では,補強筋の効果として,中子筋の影響を考慮する手法を用いており,実験結果を評価可能であることがわかった.

 第八章では,第四章に述べた実験により得られた詳細データを対象とし,評価手法の詳細検討を行った.特に,実験データのみではなく,有限要素法による詳細解析を行い,実験および詳細解析の両面に対する提案手法の精度検証を行い,簡略的提案手法の妥当性を検討した.

 提案した手法による計算結果は,実験結果とよく対応しており,特に,剛性導出の過程で導かれる,部材軸方向および部材軸と直交する方向の歪度の進展状況も,測定結果とよく対応した.また,部材の分割により,領域ごとに異なる特性を評価する手法の妥当性も確認された.主圧縮方向の角度も,実験により確認されたひびわれの角度と,FEM解析により得られた主圧縮方向角度と,それぞれ対応した.

 第九章では,第七章において提案した復元力特性評価法に基づき,ひびわれ幅を評価する手法を検討した.さらに,第四章から第六章までに行った部材実験結果と比較することで,提案手法の評価精度の検証を行った.

 せん断ひびわれ幅は,割線剛性評価の過程から導かれる主引張方向歪度を用い,ひびわれ間隔との積として求めることができると仮定した.せん断ひびわれ幅の計算結果は,ばらつきはやや大きいものの,実験結果と概ね対応しており,本論文で実施した実験シリーズに対し,曲げ降伏先行またはせん断破壊型の破壊モードによらず,平均値1.05,変動係数31%程度であった.

 第十章では,部材の復元力特性評価法ならびにひびわれ幅評価法を,骨組解析に適用する手法を検討し,評価事例について述べた.

 提案した評価手法を既往の非線形骨組解析プログラムに適用した.柱部材の場合は,ステップごとの軸力変動に応じて割線剛性を算出し,復元力特性およびひびわれ幅を求める手法をとった.一方,梁部材の場合は,軸力変動がないことから,事前に復元力特性およびせん断変形とひびわれ幅の関係を求めておき,解析プログラムに入力する手法をとった.さらに,解析ツールへの適用にあたり,部材軸方向の領域分割については,簡略化することとした.簡略化については,部材実験結果と比較した結果,概ね妥当に評価できていることを確認した.

 建築学会指針に示されたRC造12階建て試設計建物を対象とし,増分解析を行い,部材の損傷状況に応じた架構の限界状態を評価した.その結果,対象とした架構の場合には,せん断ひびわれ幅がクリティカルとなるケースは少なかったものの,損傷度に応じた限界状態の評価が可能であることが確認でき,性能評価型設計のひとつの手法として適用可能であることが示された.

 最後に,第十一章では,本研究で得られた成果と今後の研究課題について述べた.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、鉄筋コンクリート造骨組の耐震設計上重要な構造要素である柱・梁などの線状部材の弾性時から破壊時に至る非線形復元力特性の実用的な評価法とひびわれ幅を指標とした損傷度評価法に関するものであり、次の全十一章により構成されている。

 第一章「序論」では、研究の目的と研究の背景が示されている。合理的な鉄筋コンクリート造建物の耐震設計や耐震性能評価のためには、建物の構成要素である部材の非線形性を考慮した精確な構造解析が必要であり、柱や梁などの線状部材であって曲げ降伏するように設計されていたとしても、鉄筋量や材料強度の組み合わせによってはせん断変形成分が大きくなる部材が存在するので、せん断変形成分を無視することは必ずしも適切な仮定ではなく、これらを反映した解析手法が必要であるという背景について述べ、本論文では、特に鉄筋コンクリート造の柱・梁部材のせん断変形成分に関する復元力特性とひび割れ幅の評価に着目して、理論的で簡略かつ実用的な構造解析モデルを提案することを目的とするものとしている。

 第二章「既往の研究」では、鉄筋コンクリート造部材の非線形せん断復元力特性の評価に関する各種の解析モデルに関する既往の研究について概観している。

 第三章「鉄筋コンクリート平板のせん断剛性に関する等価線形化解法」では、鉄筋コンクリート造平板の面内せん断力に対する非線形復元力特性に関する構成方程式の数値解を、近似的に得るための実用的な手法として、復元力特性上の割線剛性を求める手法、すなわち、等価線形化解法による復元力特性評価法の基本原理を導き、既往の平板実験結果との適合性を検討し実験結果と対応することを確認している。

 第四章「鉄筋コンクリート造柱部材の静的実験」、第五章「鉄筋コンクリート造梁部材の静的実験、および第六章「超高強度コンクリートを用いた鉄筋コンクリート柱部材の静的実験」では、著者が実施した線部材の静的載荷実験の概要と実験結果について詳しく述べている。

 第七章「鉄筋コンクリート造柱梁部材のせん断力-せん断変形関係における等価線形化解法」では、第三章の等価線形化解法を線材である柱・梁部材に適用する手法を提案している。線材においてはは、部材の割線剛性評価にあたり、部材を材軸方向に5つの領域に分割し適用することとしている。また、それぞれの領域において、(a)曲げ降伏時、(b)せん断終局耐力時、(c)曲げ降伏後の曲げ終局点のせん断剛性、(d)せん断終局耐力後の限界変形点などのそれぞれの特性点について、その時のせん断変形と復元力を推定することとし、その際に仮定する、主筋の降伏・非降伏、せん断補強筋の降伏・非降伏、断面の幅方向の影響を考慮するためのルールを仮定として定義している。これらの仮定に基づいて等価線形化解法を適用した場合の推定精度について、第四章から第六章までに述べた部材実験結果と詳細に比較して本評価法の妥当性を確認している。

 第八章「評価手法の精度検証」では、第四章に述べた実験により得られた詳細データを対象とし、これに加えて評価手法の詳細検討のために有限要素法による詳細解析を行い、提案した手法による計算結果は、実験結果とよく対応しているのみならず、剛性導出の過程で導かれる部材軸方向および部材軸と直交する方向の歪度の進展状況に関する仮定が測定結果とよく対応していることを示している。また、部材を分割して領域ごとに特性を評価する手法の妥当性も確認している。

 第九章「せん断ひび割れ幅評価への拡張」では、第七章において提案した部材の等価線形化解法に基づき、割線剛性評価の過程から導かれる主引張方向歪度を用いて、せん断ひびわれ幅を推定する手法を提案し、第四章から第六章に示した部材実験の結果と比較して、提案手法の評価精度の検証を行っている。

 第十章「提案手法の耐震性能評価への適用」では、部材の復元力特性評価法ならびにひびわれ幅評価法を非線形骨組解析プログラムに組み込んで地震力を受ける鉄筋コンクリート造建物を構成する部材の損傷度を推定する例を示して、建物の損傷度度分布や損傷の総量などの諸量の評価が、本論文の手法により実用的な計算で可能となることを示した。

 第十一章「結論」では、本研究で提案した成果を総括するとともに今後の課題に関して取り纏めている。

 このように、本研究は、新しく、線部材のせん断変形を含む非線形復元力特性の理論的でかつ実用的なモデル化手法を提示しており、鉄筋コンクリート造建物の耐震設計の高度化に役立つ新たな手法を提案できたことは明白である。また、この手法が、実験結果と比較して十分な精度を有していることが確かめられ、かつ、設計への適用が十分実用的な範囲で可能なことを実証しており、建築物の耐震安全性能の確保が重要な我が国にとって極めて有用な研究であり、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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