学位論文要旨



No 216569
著者(漢字) アチャンタ ヴェニュゴパル
著者(英字) Achanta Venu Gopal
著者(カナ) アチャンタ ヴェニュゴパル
標題(和) 全光スイッチングのためのSb系量子井戸におけるサブバンド間遷移
標題(洋) INTERSUBBAND TRANSITIONS IN Sb-BASED QUANTUM WELLS FOR All-OPTIC SWITCHING
報告番号 216569
報告番号 乙16569
学位授与日 2006.07.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16569号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中野,義昭
 東京大学 教授 榊,裕之
 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 教授 荒川,泰彦
 東京大学 教授 平川,一彦
 神戸大学 教授 和田,修
内容要旨 要旨を表示する

導入および本研究の動機

波長多重(WDM)に基づく光通信ネットワークの容量は、究極的にはチャンネル数の限界(200〜300程度)で制限されると予測される。このため、データ通信量と需要の増大への現実的な対処法として、WDMと光時分割多重(OTDM)の混合システムが現れた。かくして現在のOTDM技術の関心は、200〜300Gb/s以上の実用的なネットワークの実現にある。信号多重分離、パルス整形、タイミング再生、再生増幅(3R)、論理動作等の種々の重要な機能を果たす全光スイッチは、光通信ネットワークの実現に必須である。WDMにおいて実証されている光学的および機械的な光スイッチング技術は応答速度が遅いため、超高速OTDMには、高効率でサブピコ秒のスイッチ動作機構が必要となる。

これまで、半導体光増幅器(SOA)に基づく様々な光スイッチング素子において、超高速応答が実証されているが、それらは真の全光デバイスではなく、キャリア緩和時間も最終的にはバンド間遷移の動特性に制限される。よって、OTDM用の超高速かつ高効率な真の全光スイッチのため、種々の動作機構が研究されている。そのひとつは、量子井戸におけるサブバンド間遷移(ISBT)の吸収飽和であり、強い制御光パルスによりISBT吸収が飽和し、弱い信号パルスが透過することを利用する。スイッチの主要なデバイス変数は応答時間と動作エネルギーである。応答時間は高次準位の励起電子の緩和時間として、動作エネルギーは吸収を飽和させる光パルスのエネルギーとして定義される。ISBT緩和時間はサブピコ秒からピコ秒領域にあると期待されるが、動作エネルギーに関する有用な情報はあまり無い。ISBT光スイッチを実現する際の課題は、1)1.55μmのISBTの達成、2)サブピコ秒の応答時間の達成、3)低エネルギー動作のためのISBT量子井戸構造の最適化、である。

波長1.55μmのISBTの達成のため、大きなバンド不連続量が期待されるいくつかの材料系が提案され、InGaAs/AlAsSb、InGaAs/AlAs、窒化物およびII-VI族化合物の量子井戸において2μm以下のISBTが報告されている。中でもInGaAs/AlAsSb系は、InP基板に格子整合し、バンド不連続量も1.6eVと大きく1.55μmのISBTに十分であり、エネルギー緩和時間は単一量子井戸(SQW)で2〜3ピコ秒となり、超高速OTDMのためのスイッチング素子を実現するのに、最も有望な材料系のひとつである。

次は、ISBT波長、キャリア緩和時間および吸収飽和エネルギーの評価である。ISBT波長は、フーリエ変換赤外分光(FTIR)により測定した吸収スペクトルから求める。キャリア緩和時間も、時間分解ポンプ・プローブ法によりISBTを励起した後のバンド間の吸収変化の減衰時間から見積られる。しかし、ISの測定に関する報告例は僅かしかない。吸収飽和の直接測定は、光通信波長の高出力CWレーザが無いため複雑になる。ISの理論計算も、ISBTの動特性を支配する多体相互作用の完全な知識が無く、利用できる計算技術にも限界があるため困難である。よって、ISBT材料のISの評価手法の開発が、最初の重要なステップとなる。かくして、この学位論文の最初の部分は、ISの評価手法の開発に焦点を当てた。

InGaAs/AlAsSb量子井戸は有望な特質を持つが、実測されたISBT吸収スペクトルは不均一性で広がり、波長はバンド不連続量と井戸幅からの予測値よりずっと長波長である。その上、波長2μm以下のSQWで測定されたキャリア緩和時間は約2psecである。これらの問題を克服し、サブピコ秒の緩和時間を有する1.55μmのISBTを達成するため、結合2重量子井戸構造(CDQW)が提案された。InP基板に格子整合するCDQWにおいて、波長1.55μmでサブピコ秒(約680fsec)の応答時間が報告され、最初の1Tb/s全光信号分離、パルス整形およびタイミング再生(2R)動作も報告されている。しかし、動作エネルギーは約27pJと高く、実用化には低減する必要がある。この新しい量子井戸材料の不均一性の起源の理解は、ISBTを短波長化し、非線形性を最適化するためにも必須である。したがって、この論文の第2部ではISの低減のための原理と方法に関する問題を論ずる。

もうひとつの興味ある問題は、サブピコ秒の応答時間と大きな非線形性を有する、実用可能な1.55μmのISBTを実現するためのCQW構造の設計指針である。さらには、CQW構造における位相緩和時間等の材料パラメータを見積ることも、ISの実験および理論値の妥当性の確認に必要である。位相緩和時間の間接的な評価はいくつか報告があるが、室温でISBTについて直接測定したものは無い。この論文の第3部では、これらの問題を検討した。

要約するに、この学位論文は、ISBT光スイッチの動作エネルギー(IS)に関する問題に取り組み、ISを見積り、その低減法を見出し、観測されたISの妥当性について様々な因子への依存性を調べて検討し、光通信波長で超高速かつ高効率なISBTを示す量子井戸構造の設計に至るまでの、研究内容を報告するものである。これらの結果は、不均一性の低減された材料の実現と確立に貢献し、光通信波長域での報告例の中で最も低いISの観測に繋がった。以下では、この論文の各部分を手短かに説明する。

第1部 IS の評価手法

この研究の第1部はISBT材料のIS評価のために開発された手法を論じる。3つの技術をIS評価に用いた。第1の方法は2準位系の利得飽和と同様のモデルに基づく解析方法であり、平衡状態で均一広がりを持つ系に有効である。IS評価に必須である様々な変数(キャリア緩和時間以外)をCW光の吸収スペクトルから見積る。この手法では定常状態でのISが得られる。第2のモデルはパルス励起による吸収飽和の測定データの曲線回帰に基づく。これら2つの方法は作製した試料のIS評価に用いられるが、第3の方法は既知の材料パラメータからISを見積るために開発した。この方法は、密度行列計算に基づいて、既知のスポット径のガウス型パルス形状、双極子モーメント、位相緩和時間、キャリア緩和時間等を考慮して、パルス励起の実験をシミュレートするものである。このモデルは既知の材料パラメータと測定したISから位相緩和時間を見積もる際にも適用できる。また、既知のT2からISを見積って、ISが最適か否かを調べることも出来る。このモデルにより、ISのパルス幅依存を調べ、測定結果から正しいISを求める方法を得た。これら3つの手法を用いて、CWおよびパルス励起におけるISを評価し、その値がその構造での最適値か否かを検証することができる。

第2部 ISBT材料におけるIS の低減の検討

この論文の第2部において、ISを低減する量子井戸構造ついて検討した。量子井戸の不均一性の起源は重要な検討課題であり、格子整合系の試料のISBT波長が予想より長いのはなぜかを理解するのに重要となろう。ISの様々な因子への依存性も検討した。InP基板に格子整合するSQW構造で、波長1.72μmにおいて最も低いIS (90fJ/μm2)も報告した。これらの結果から、(χ(3)/ατ)∝IS(-1)(χ(3):3次の非線形感受率、α:線形吸収係数、τ:キャリア緩和時間)がISのよい指標であることが立証された。また、基板のTPAを測定して、SQW試料の1.72μmでのTPAはほとんど基板のものである確証を得た。InGaAs/AlAsSb量子井戸の不均一性は、主にSbの井戸層への拡散と、III族とV族の原子の相互拡散による界面の荒れに因ると考えられるが、井戸と障壁の界面での拡散防止AlAs層の効用を検討し、格子整合系の量子井戸で最短波長(1.35μm)のISBTを報告した。これは、量子井戸面内での部分的な拡散の抑制により、バンド不連続量が部分的に回復するためと考えられる。また、全ての試料の吸収ピーク波長の測定値を統一的に説明するバンド構造を提案した。これらの研究から、相互拡散の十分な抑制には、両界面に3原子層以上のAlAs層が必要と予測された。短波長ISBTスペクトルのドーピング濃度依存も調べた。さらに、AlAs中間層と高In組成井戸層を有するSQW構造によるISの低減の起源を明確にするため、検討を行った。AlAs層の無い試料の種々の材料パラメータを比較検討し、測定されたISの改善が材料パラメータと物理的に整合するか否かを検証した。これらの検討から改善の要因は、井戸層のキャリア密度の増大、長い位相緩和時間および、約1/3に減少した不均一線幅であることが示された。これにより、AlAs層の無い試料に比べてISは約1/40に減少することが導かれた。これらの結果は、新しいInGaAs/AlAs/AlAsSb量子井戸が、実用デバイスに必要な超低エネルギーISの達成に理想的であることを立証している。さらに、位相緩和時間のドーピング濃度依存について、クーロン遮蔽とイオン化不純物散乱を含む、電子-電子、電子-フォノン散乱による散乱レートの計算により検討し、より長い位相緩和時間と大きな非線形感受率χ(3)を得るために高濃度ドープが有利になり得ることが示された。

第3部 結合量子井戸構造

この論文の最後は、結合量子井戸について検討した。CDQW構造がサブピコ秒の緩和時間を持つ1.55μm帯のISBTに有利であることは、既に提案され、実証されている。ここでは、双極子モーメントとキャリア緩和時間を高効率なスイッチのために最適化した構造を提示する。SQW構造に適した2準位系用に開発した密度行列モデルを、CDQW構造に対する4準位系に拡張する。このモデルにより、CDQW構造で観測された低いIS(約34fJ/μm2)が物理的に妥当であり、キャリア緩和時間は約0.6psec、位相緩和時間は約250fsecであることが導かれた。実際、ポンプ・プローブ法で測定されたキャリア緩和時間は約0.7psecであった。位相緩和時間のドーピング濃度依存を調べるため、濃度の異なる複数のCDQW構造について、室温での4光波混合実験を行った。これらの結果から、高濃度ドープの試料は低濃度のものに比べて、確かに位相緩和時間が長くなり得ることが示された。測定された位相緩和時間は約300±50fsecであり、既に報告されている見積り値や、ドーピング濃度2x1019cm-3 の試料に対する密度行列計算で用いた値とも良く一致している。

本学位論文の概要

第1章は導入として、超高速全光スイッチの必要性を他の技術と対比して述べる。ここでISBT吸収飽和機構の利点と、この研究以前の状況についても論ずる。この論文の残りの部分は3つに分かれる。第1部では、IS評価のために開発した手法を論ずる。第2章ではIS評価の解析的方法、第3章で吸収飽和の直接測定、第4章でSQW構造に適した2準位系の密度行列モデルについて述べる。第2部はISの低減について検討する。第5章ではISを支配する他のパラメータを列挙し、ISの低減の可能性を議論する。第6章では格子整合系のSQW構造での1.72μmにおける低いISの結果を示す。第7章では井戸と障壁の界面の薄いAlAs中間層の効用と、格子整合系SQWで最短のISBT波長について論ずる。第8章は、より厚いAlAs中間層と高In組成井戸層を有する試料によるISの低減を理解するための検討に当てる。初めの2つの部分はSQW構造を扱うが、第3部ではCQW構造を提示する。第9章では、結合量子井戸の設計指針の詳細を示し、第10章ではISの理論検討と直接測定および、室温でのCQW構造の位相緩和時間の測定について述べる。最後に、第11章でデバイス応用の観点から、この論文で得られた結果の意義を手短に述べ、全体を要約する。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,"Intersubband transitions in Sb-based quantum wells for all-optic switching (全光スイッチングのためのSb系量子井戸におけるサブバンド間遷移)"と題し,アンチモン系の量子井戸を対象に,超高速サブバンド間遷移(ISBT)全光スイッチの動作エネルギー低減に関する問題に取り組み,飽和強度測定評価法の開発,光通信波長域で超高速かつ高効率なISBTを示す新たな量子井戸構造の提案,解析設計,試作評価について英文で纏めたもので,3部11章より構成されている.

 第1章は序論であって,研究の背景,動機,目的と,論文の構成が述べられている.時分割多重(OTDM)/分離,パルス整形,再生増幅,論理動作等の種々の重要な機能を果たす全光スイッチは,次世代光ネットワーキングに必須である.OTDM用の超高速かつ高効率な全光スイッチに向けて種々の動作機構が研究されている中で,量子井戸サブバンド間遷移(intersubband transition; ISBT)における吸収飽和は有望なもののひとつである.スイッチの主要な性能指数は応答時間と動作エネルギーであるが,ISBT緩和時間はサブピコ秒からピコ秒領域にあると期待されるものの,動作エネルギーに関しては従来あまり知られていなかった.ISBT全光スイッチを実現する際の課題は,1.55μm帯におけるISBTの達成,サブピコ秒の応答時間の達成,低エネルギー動作のためのISBT量子井戸構造の最適化,と言える.本論文は,波長1.55μmのISBTが可能なInP基板上のInGaAs/ AlAsSb系量子井戸に焦点を絞り,低エネルギー動作とサブピコ秒応答の実現に向けた研究を行ったものである.第一部(2,3,4章)では,飽和強度の評価ツールについて,第二部(5,6,7,8章)では飽和強度の低減化手法について,第三部(9,10章)では高効率なISBTを示す結合量子井戸について,それぞれ論じている.

 第2章は"Analytical method to estimate saturation intensity"と題し,飽和強度の解析的評価方法を論じている.本論文では主に3つの技術を飽和強度評価に用いるが,本章ではその第1の方法,即ち2準位系の利得飽和と同様のモデルに基づく解析方法について述べている.これは,平衡状態で均一広がりを持つ系に有効である.

 第3章は"Direct saturation measurement"と題し,吸収飽和の直接測定について論じている.ここでは,吸収飽和評価に必須であるキャリア緩和時間以外の様々な材料パラメータを,連続光の吸収スペクトルから見積っている.この手法により定常状態での飽和強度が得られる.さらに,本論文における飽和強度評価の第2のツール,即ちパルス光励起下の吸収飽和測定データの曲線回帰手法について記述している.

 第4章は"Density matrix model to estimate saturation intensity"と題し,単一量子井戸構造に適した2準位系の密度行列モデルについて述べている.前述の2つの評価ツールは,作製した試料の飽和強度評価に用いられるが,第3のツールは,既知の材料パラメータから飽和強度を見積るために開発されたものである.この方法は,既知スポット径のガウス型パルス形状,双極子モーメント,位相緩和時間,キャリア緩和時間等を考慮して,密度行列計算に基づきパルス光励起の実験結果を模擬計算するものである.このモデルは,既知の材料パラメータと測定した飽和強度から位相緩和時間を見積もる際にも利用できる.また既知の位相緩和時間から飽和強度を見積り,飽和強度の妥当性を調べることもできる.このモデルに基づいて,飽和強度のパルス幅依存性測定結果から飽和強度を正確に定める手法を確立している.

 第5章は"Factors governing saturation intensity"と題し,飽和強度を支配する他のパラメータを列挙して,飽和強度低減の可能性を議論している.また,格子整合系試料のISBT波長が予想より長いのはなぜかを理解するために重要な,量子井戸不均一性の起源についても論じている.

 第6章は"Low saturation intensity at 1.72 μm"と題し,InP基板上の格子整合系単一量子井戸構造で,波長1.72μmにおいて非常に低い飽和強度(90fJ/m2)を観測したことについて述べられている.様々な因子の飽和強度への影響も検討している.また基板の二光子吸収を測定し,単一量子井戸試料に見られた1.72μmでの二光子吸収は,ほとんど基板のそれであることを示した.

 第7章は"Advantages of AlAs stopping layer"と題し,井戸と障壁の界面の薄いAlAs中間層の効用と,格子整合系単一量子井戸構造で最短のISBT波長を得たことについて論じている.InGaAs/AlAsSb量子井戸の不均一性は,主にSbの井戸層への拡散と,III族とV族原子の相互拡散による界面の乱れによると考えられる.これに対し,井戸/障壁界面に拡散防止用AlAs層を挿入することを提案し,格子整合系の量子井戸で最短波長となる1.35μmのISBTを得ることに成功した.また,全ての試料の吸収ピーク波長の測定値を統一的に理解するバンド構造を導出し,これらの議論から,相互拡散の抑制には両界面に3原子層以上のAlAs層を挿入すればよいことを明らかにした.

 第8章は"Understanding the origin of low saturation intensity"と題し,より厚いAlAs中間層と高In組成井戸層を有する試料において飽和強度の更なる低減が観測されたことと,その起源について論じている.AlAs層の無い試料の種々の材料パラメータを比較検討し,測定された飽和強度の改善と材料パラメータとの相関を調べた.その結果,改善の要因は,井戸層のキャリア密度の増大,位相緩和時間の増大,および不均一線幅の減少にあることが示され,AlAs層の無い試料に比べて飽和強度は約1/40に低減するという結論が導かれた.これより,新しいInGaAs/AlAs/AlAsSb量子井戸が,実用化に必須の小さな飽和強度達成に理想的であることが示された.さらに,位相緩和時間のドーピング濃度依存性を,クーロン遮蔽とイオン化不純物散乱を含む電子−電子,電子−フォノン散乱のレート計算により検討し,より長い位相緩和時間と大きな非線形感受率を得るためには,高濃度ドープが有利であることを明らかにしている.

 第9章は"Design criteria for coupled quantum wells"と題し,波長1.55μm帯のISBTに有利なサブピコ秒の緩和時間を有する結合二重量子井戸の設計の詳細を述べ,高効率なスイッチのために,双極子モーメントとキャリア緩和時間を最適化した構造を提示している.

 第10章は"Density matrix model for coupled quantum wells"と題し,結合二重量子井戸構造における飽和強度の理論検討と直接測定,および室温での位相緩和時間の測定について述べている.単一量子井戸構造に適した2準位系密度行列モデルを,結合二重量子井戸構造に対する4準位系モデルに拡張している.このモデルにより,結合二重量子井戸構造で観測された低い飽和強度(約34fJ/m2)が物理的に妥当であり,キャリア緩和時間は約0.6psec,位相緩和時間は約250fsecであることが導かれた.実際,ポンプ・プローブ法で測定したキャリア緩和時間は約0.7psecであった.さらに,位相緩和時間のドーピング濃度依存を調べるため,濃度の異なる複数の結合二重量子井戸構造について室温での4光波混合実験を行い,高濃度ドープの試料は低濃度のものに比べて位相緩和時間が長くなることを実証している.測定された位相緩和時間は約300fsで,既に報告されている値や密度行列計算で得られた値とも良く一致した.

 第11章は結論であって,本研究で得られた成果を総括している.

 以上のように本論文は,超高速サブバンド間遷移全光スイッチの動作エネルギー低減に向けて,特にInP基板上のアンチモン系量子井戸を対象に,飽和強度測定評価技術の開発,光通信波長で超高速かつ高効率なサブバンド間遷移を示すAlAs中間層挿入単一量子井戸構造の提案と試作実証,および結合二重量子井戸構造の設計と解析評価を行って,高均一なサブバンド間遷移量子井戸の実現に寄与すると共に光通信波長域でこれまでで最も低い飽和光強度を得たもので,電子工学分野に貢献するところが少なくない.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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