学位論文要旨



No 216570
著者(漢字) 中田,俊彦
著者(英字)
著者(カナ) ナカタ,トシヒコ
標題(和) 並列光熱変位顕微鏡の基礎理論と表面・内部構造同時実時間イメージングへの応用に関する研究
標題(洋) BASIC THEORY OF PARALLEL PHOTODISPLACEMENT MICROSCOPY AND ITS APPLICATION TO SIMULTANEOUS REAL-TIME IMAGING OF SURFACE AND SUBSURFACE STRUCTURES
報告番号 216570
報告番号 乙16570
学位授与日 2006.07.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16570号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北森,武彦
 東京大学 教授 尾嶋,正治
 東京大学 助教授 金,幸夫
 東京大学 講師 火原,彰秀
 東京農工大学 教授 澤田,嗣郎
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は、並列光熱変位法の提案とそれに基づく超高速光熱変位顕微鏡の開発結果をまとめたものである。エレクトロニクス分野では、半導体デバイスや電子回路基板の高集積化と多層化に伴い、従来の回路パターン欠陥や異物の付着といった外観不良だけでなく、デバイス内部に生じた結晶欠陥や、配線層内部の剥離、空洞など表面下に隠れた欠陥を検査・計測するニーズが高まっている。また、材料分野でも各種セラミックスや金属薄膜などの高機能複合材料の内部物性評価技術が、さらに医療診断や生化学分野においても、局所的な内部キャラクタリゼーション技術の確立が急務とされる。表面下の情報は光学顕微鏡や電子顕微鏡では測定不可能であり、通常試料を破壊して観察する。近年、X線撮像装置や超音波顕微鏡による観察が試みられているが、前者は特定断面を高解像度に抽出する方式に課題が残され、後者は試料への探触子接触による損傷、カップリング剤である水の付着による試料の汚染の問題がある。試料表面下の構造・物性情報が熱弾性波の変化として非接触・非破壊で得られる光熱変位顕微鏡は、これらのニーズに応える可能性を有するが、点走査法と併せ信号抽出用ロックインアンプの時定数が大きいため測定時間が長く、実用化に至っていない。

 本研究では、従来不可能と思われていた光熱変位像の高速検出を実現する新規な励起・検出・信号処理法を提案し、それに基づいて試料の表面・内部情報の同時実時間イメージングを可能とする超高速光熱変位顕微鏡を開発することを目的とする。本論文は全8章で構成される。第1章では、工業応用・基礎研究分野における内部欠陥・内部物性計測の必要性と各種内部イメージング技術の比較、および光熱変位顕微鏡の発展過程をまとめた。実用化における課題として高速検出と高感度検出の両立を挙げ、研究の意義を明確にし、本研究の目的を明らかにした。第2章では、光熱変位顕微鏡の広い概念である光音響顕微鏡に関して、その高い検出感度をシリコンウェハ内部クラック検出を通して実験的および理論的に検証すると共に、従来技術における測定時間と検出感度の限界を定量化した。第3章では、直線状ビームと1次元CCDセンサを用いることにより飛躍的な高速イメージングを実現する、「並列励起・並列ヘテロダイン干渉法」を提案した。同時に、CCDセンサによりアンダ・サンプリングされ、かつ時間的・空間的に融合された干渉信号から光熱変位情報のみを分離抽出する新規な信号処理法、「位相シフト積分・直交検波法」を提案した。数値解析及び基礎実験により両手法の有効性を検証し、さらに従来の点走査法に比べ1万倍の高速検出が可能であることを実験的に示した。第4章では、両手法を「表面・内部情報同時・分離抽出」へと発展させ、その基礎理論を導いた。まず、位相シフト積分・直交検波法を拡張し、アンダ・サンプリングの一般解と光熱変位イメージングにおける最適解を与えた。次に、フーリエ解析に基づく信号抽出法を導き、試料の表面反射率分布が直流成分として、また凹凸分布と光熱変位分布が直交関数として、一つの空間・周波数多重化インタフェログラムに取り込まれ、独立に分離・再生できることを示した。さらに、分離度を最大にするセンサ制御信号、励起・干渉信号の最適周波数条件を導き、この処理を実時間で実行する回路手法を提案した。第5章では、本理論に基づいて超高速光熱変位顕微鏡を開発した。並列励起・並列ヘテロダイン光学系と実時間信号処理系を中心に、基本構成とその仕様を示した。第6章では、本顕微鏡が理論通りに機能することを実験的に検証し、最小光熱変位感度0.8pm/Hz(1/2)を確認した。シリコンウェハ表面下に局所形成した結晶欠陥領域を光熱変位振幅像および光熱変位位相像として、また欠陥領域境界部に生じたnmオーダの段差を表面凹凸像として、0.26s/(256×256画素)で同時に実時間イメージングできることを初めて示した。第7章では、本顕微鏡の次世代半導体デバイス表面・内部欠陥検査への応用と、2次元CCDセンサによる瞬時光熱変位イメージング及び光熱変換トモグラフィの可能性を検討した。第8章では、全体の総括について述べた。飛躍的な高速イメージングを実現する並列光熱変位法の基礎理論を確立し、それに基づく超高速光熱変位顕微鏡を開発して、半導体内部欠陥計測に適用できることを示した。

 従来不可能と思われていた光熱変位像の実時間検出を初めて実現した意義は大きい。本研究の成果は、エレクトロニクス産業などの工業応用分野だけでなく、材料開発や医療診断、生化学などの基礎研究分野においても、試料表面・内部界面の光学的・熱弾性的性質などの基礎物性の評価と解析に大きく貢献するものと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、並列光熱変位法の提案とそれに基づく超高速光熱変位顕微鏡の開発結果をまとめたものである。エレクトロニクス分野では、半導体デバイスや電子回路基板の高集積化と多層化に伴い、従来の回路パターン欠陥や異物の付着といった外観不良だけでなく、デバイス内部に生じた結晶欠陥や、配線層内部の剥離、空洞など表面下に隠れた欠陥を検査・計測するニーズが高まっている。また、材料分野でも各種セラミックスや金属薄膜などの高機能複合材料の内部物性評価技術が、さらに医療診断や生化学分野においても、局所的な内部キャラクタリゼーション技術の確立が急務とされる。表面下の情報は光学顕微鏡や電子顕微鏡では測定不可能であり、通常試料を破壊して観察する。近年、X線撮像装置や超音波顕微鏡による観察が試みられているが、前者は特定断面を高解像度に抽出する方式に課題が残され、後者は試料への探触子接触による損傷、カップリング剤である水の付着による試料の汚染の問題がある。試料表面下の構造・物性情報が熱弾性波の変化として非接触・非破壊で得られる光熱変位顕微鏡は、これらのニーズに応える可能性を有するが、点走査法と併せ信号抽出用ロックインアンプの時定数が大きいため測定時間が長く、実用化に至っていない。本研究では、はじめに高速光熱変位検出を実現する新規な励起・検出・信号処理法を提案し、次にこの手法を表面・内部情報実時間イメージングへと拡張し、さらにそれを実現する超高速光熱変位顕微鏡を開発した。

 第1章では、工業応用・基礎研究分野における内部欠陥・内部物性計測の必要性と各種内部イメージング技術の比較、および光熱変位顕微鏡の発展過程をまとめた。実用化における課題として高速検出と高感度検出の両立を挙げ、研究の意義を明確にし、本研究の目的を明らかにした。

 第2章では、光熱変位顕微鏡の広い概念である光音響顕微鏡に関して、その高い検出感度をシリコンウェハ内部クラック検出を通して実験的および理論的に検証すると共に、従来技術における測定時間と検出感度の限界を定量化した。

 第3章では、直線状ビームと1次元CCDセンサを用いることにより飛躍的な高速イメージングを実現する、「並列励起・並列ヘテロダイン干渉法」を提案した。同時に、CCDセンサによりアンダ・サンプリングされ、かつ時間的・空間的に融合された干渉信号から光熱変位情報のみを分離抽出する新規な信号処理法、「位相シフト積分・直交検波法」を提案した。数値解析及び基礎実験により両手法の有効性を検証し、さらに従来の点走査法に比べ1万倍の高速検出が可能であることを実験的に示した。

 第4章では、両手法を「表面・内部情報同時・分離抽出」へと発展させ、その基礎理論を導いた。まず、位相シフト積分・直交検波法を拡張し、アンダ・サンプリングの一般解と光熱変位イメージングにおける最適解を与えた。次に、フーリエ解析に基づく信号抽出法を導き、試料の表面反射率分布が直流成分として、また凹凸分布と光熱変位分布が直交関数として、一つの空間・周波数多重化インタフェログラムに取り込まれ、独立に分離・再生できることを示した。さらに、分離度を最大にするセンサ制御信号、励起・干渉信号の最適周波数条件を導き、この処理を実時間で実行する回路手法を提案した。

 第5章では、本理論に基づいて超高速光熱変位顕微鏡を開発した。並列励起・並列ヘテロダイン光学系と実時間信号処理系を中心に、基本構成とその仕様を示した。

 第6章では、本顕微鏡が理論通りに機能することを実験的に検証し、最小光熱変位感度0.8pm/Hz(1/2)を確認した。シリコンウェハ表面下に局所形成した結晶欠陥領域を光熱変位振幅像および光熱変位位相像として、また欠陥領域境界部に生じたnmオーダの段差を表面凹凸像として、0.26s/(256×256画素)で同時に実時間イメージングできることを初めて示した。

 第7章では、本顕微鏡の次世代半導体デバイス表面・内部欠陥検査への応用と、2次元CCDセンサによる瞬時光熱変位イメージング及び光熱変換トモグラフィの可能性を検討した。

 以上要約したように、本研究では飛躍的な高速イメージングを実現する並列光熱変位法の基礎理論を確立し、それに基づく超高速光熱変位顕微鏡を開発して、半導体内部欠陥計測に適用できることを示した。従来不可能と思われていた光熱変位像の実時間検出を初めて実現した意義は大きい。本研究の成果は、エレクトロニクス産業などの工業応用分野だけでなく、材料開発や医療診断、生化学などの基礎研究分野においても、試料表面・内部界面の光学的・熱弾性的性質などの基礎物性の評価と解析に大きく貢献するものと期待される。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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