学位論文要旨



No 216571
著者(漢字) 美代,賢吾
著者(英字)
著者(カナ) ミヨ,ケンゴ
標題(和) 病棟への物品供給を患者単位でおこなう処置オーダシステムの開発と運用に関する研究
標題(洋)
報告番号 216571
報告番号 乙16571
学位授与日 2006.07.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16571号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 菅田,勝也
 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 教授 北村,聖
 東京大学 助教授 石川,昌
 東京大学 特任助教授 小野木,雄三
内容要旨 要旨を表示する

I.緒言

 日本の医療制度を取り巻く状況は年々厳しさを増し、各医療機関には、経営環境を改善するための業務の効率化と合理化が求められている。その中でも医療材料管理業務の適正化は、医療の質を担保しつつ経費節減可能な戦略として注目され、様々な手法が試みられてきた。しかし、現実には、物品管理体制の整備に留まらない十分な運用面での検討や情報システムの整備が必要とされている。また、近年、患者別原価計算の観点からも、医療材料の消費管理が可能なシステムの重要性が指摘されている。しかし、現状の病院経営管理支援システムの多くは、医療材料について按分方式を採用するなど、機能として十分とは言えない。

 そもそも、病棟で医療材料が消費されるのは処置行為による場合がほとんどである。計画的な医療が求められる現在、処置を事前に計画し、そこで使用する物品を関連付けてオーダすることは自然な流れと考える。このような観点から、本研究では、従来の物品事後入力システムとは異なる、処置を基点とした事前オーダによる新しい発想のシステムの開発をおこなった。本論文では、システム設計段階における分析から設計・構築、そして運用後の評価まで、システム開発研究に関わる一連の過程について論じる。

II.目的

 本研究の目的は、1)処置に関連する情報および物品の流れと各部門との関係を分析し、システムを設計すること、2)設計したシステムを実際の病院業務の中で運用すること、3)運用経験に基づき、システムの有用性、限界と今後の可能性を明らかにすること、の三点である。

III.処置に関連する業務の分析と要求要件の定義

 本研究により開発するシステムは、処置の指示行為の単なる電子化ではなく、その指示を起点として連鎖的に発生する処置関連業務全般を対象とする。そのための分析として、まず、オブジェクト指向モデリング手法を利用して、現状の業務の一連の流れを示す分析業務フロー(図1)を作成した。次に、ここから業務に内在する問題点として、1)物品管理業務負担、2)病棟の過剰在庫、3)医事業務負担、4)医事請求漏れ、5)患者別消費把握の困難を得た。以上より、開発システムの要求要件として、開発対象を分析業務フローの業務範囲とし、問題点に対処するために業務フローを再構築し、それに対応する機能を実装すること、と定義した。

IV システムの構築と実装

 本研究で開発するシステムは、処置と使用する物品を結び付け、医療スタッフの処置オーダにより、処置使用物品を患者単位で病棟に事前供給する個別材料供給処置オーダシステムである。まず、業務に内在する問題点に対処するために運用業務フロー(図2)を構築した。このフローでは、物品準備および未使用物品の回収を物品物流管理部門でおこなうように変更することで前述の1)と2)の問題に対処した。実施入力を電子化し医事会計システムと連携することで、3)と4)の問題に対処した。病院経営管理のための指標作成では、患者ごとの物品供給データと返品データを用いて患者別消費物品の把握を可能とし、5)の問題に対処した。

 次に、運用業務フローのなかでシステムと密接に関連するフローから実装すべき機能を選定した。図3に、これらの機能のうち処置付帯情報入力と処置使用物品入力機能を実装した操作画面を示す。医療スタッフが、事前にこの画面で処置の指示と使用物品を入力することで、関連する部署に指示情報が伝達されると共に、処置使用物品が物品物流管理部門から病棟に供給される。なお、設計したシステムは、東京大学医学部附属病院の病院情報システムの一部として実装した。実装にあたっては、ソフトウェアの機能および仕様設計は筆者がおこない、実際のプログラム作成は富士通株式会社がおこなった。

V 個別材料供給処置オーダシステムの運用状況

 個別材料供給処置オーダシステムの2004年11月1日からの1か月間を対象としてその運用実績について述べる。当該期間に、処置オーダ機能を利用した医療スタッフの数は、医師303名、研修医148名、看護職598名、その他4名で、最も利用率が高かった職種は研修医の89.2%であった。一方、実施入力機能を用いた医療スタッフの数は、医師99名、研修医59名、看護職565名、その他2名で、最も利用率が高かった職種は看護職の65.6%であった。

 他部門との連携の観点からは、当該期間の全有効オーダ410,660件のうち、物品請求を伴うオーダは33,237件で、246,988個の物品が病棟に払い出され、未使用物品141,407個が病棟から回収された。また、当該期間の全実施入力93,838件のうち、診療報酬請求を伴う処置の実施入力は30,401件、保険請求可能な物品に対しては12,791件であった。

 病院運用面での状況については、システム稼動前の病棟部門の物品在庫金額は、187,904,025円であったが、システム稼動後は34,370,600円となった。また、システム導入前の旧病棟の一般的な病棟の物品保管スペースは、15.07m3であったが、システム導入後の新病棟は、5.69m3となった。蓄積データの活用面では、開発したシステムは、実施した処置について、患者、医療スタッフ、使用物品の関係ついて、すべてのデータを記録しており、ある患者の1入院期間中のすべての消費物品の把握(表1)や処置物品の消費量と診療報酬請求額の患者別分布の表示(図4)などが可能になった。

VI 考察

 情報システムの構築および導入の目的は、従来の業務のそのままの電子化ではなく、情報システムの活用により業務プロセスを見直し、プロセスそのものをより効果的かつ効率的に転換していくことにある。本研究では、分析業務フローを運用業務フローへと再構築することで、病棟における業務フローを12から8へと減少させるとともに、業務全体を通しても15から13へと減少させ、処置関連業務全般の簡略化を実現した。

 システム運用面では、処置のオーダ機能は、研修医のほとんど(89.2%)が利用しており、実施入力機能では、利用率、利用者数とも看護職が最も多く、システム全体としては職種横断的に活用されていた。業務効率化に関しては、1ヶ月間で246,988物品が患者別にセットされて病棟に供給され、また、処置と物品あわせて43,192件の会計自動送信がおこなわれ、物流管理や医事会計に関わる業務の省力化や効率化に貢献したといえる。

 また、病院管理運営面では、システムの導入による物品の一元管理によって、病棟在庫金額が約5分の1に、保管場所の容積も約3分の1にまで縮小した。これにより、死蔵品や滅菌切れ物品の減少が期待でき、また、新たに生まれた空間を診療のために活用するなどの効果も生まれた。さらに、システムに蓄積されたデータを活用し、どの患者にどれだけの処置物品を使用したかという患者単位での消費把握が可能になり、患者別の原価計算、医師別の収益計算など、より詳細な分析による病院経営管理での活用が期待できる。

VII システムの限界と今後の展望

 病棟への供給物品のうち約半数が返品されるという状況が生じており、事前オーダ方式によるシステム上の限界でもあるが、さらなる工夫が必要と考える。今後の展望としては、客観的に比較可能な繁忙度や、実際の必要度把握による人的・物的資源の配分など、システムに蓄積された実施データを用いた客観的指標にもとづく病院運営支援の可能性が挙げられる。

VIII 結論

 病棟における処置業務の現状の分析により、分析業務フローを作成し業務上の問題点を記述した。現状の問題点に対処するための運用業務フローを構築し、それにもとづく個別材料供給処置オーダシステムを設計した。設計したシステムを東京大学医学部附属病院の病院情報システム上に実装し運用をおこなった。開発したシステムは、職種横断的に活用され、物品請求、診療報酬請求の自動化による医療スタッフの負担軽減、診療報酬請求業務の簡素化、病棟在庫の削減、また蓄積したデータを用いた患者別の物品消費把握を実現した。一方、供給物品の返品率の問題が課題として明らかになった。また、将来の展望として、蓄積されたデータの活用による病院運営の支援の可能性について述べた。

図1 分析業務フロー

図2 運用業務フロー

図3 処置指示情報の入力画面

表1 ある患者の1入院期間における消費物品

図4 A科における物品消費と診療報酬の患者別分布

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、処置および処置に使用する物品管理に関連する業務を対象として、病棟処置業務の効率化、病棟物品在庫の圧縮、病院経営管理支援をおこなうことを目的とした個別材料供給処置オーダシステムという新しいアプローチのシステムを研究開発するものである。対象となる病院業務の分析をおこない、システムの具体的実装方法を示すとともに、研究開発したシステムを実際に病棟で運用することでその有用性の評価を実施した。

 主要な結果は下記の通りである。

1.病棟でおこなわれている処置業務を一般化・抽象化し分析することにより、処置に関連する病棟業務の業務フローをUnified Modeling Languageのアクティビティ図を用いて作成し可視化した。作成した業務フローの検討により、処置に関連する業務上の問題点および、処置業務の持つ性質の中から情報システム構築にあたり必要な着眼事項が明らかにされた。

2.処置に関連する業務上の問題点に対応するために、医療スタッフが処置を事前にオーダし患者別に処置使用物品を中央倉庫から供給するという新たな業務フローを再構築し、その業務フローに必要なシステム機能およびシステム構築に必要な着眼事項にもとづいて、新規に個別材料供給処置オーダシステムの設計開発をおこなった。

3.開発したシステムは、東京大学医学部附属病院の病院情報システム上に実装され、実際の診療で病棟の医療スタッフに職種横断的に活用された。実業務での運用により、物品請求業務の自動化、処置と物品に関わる診療報酬請求業務の自動化による省力化を示す結果が得られ、医療スタッフの処置および物品管理に関連する業務の負担の軽減が実現された。

4.処置で使用する物品の病院での一元管理が実現し、病棟の在庫金額が約5分の1、在庫場所の容積が約3分の1に圧縮されるなどの物品管理の効率化が図られるともに、中央倉庫の物品在庫金額も減少傾向がみられるなど、病院経営管理に有用な結果が得られた。

5.システムに実際に蓄積されたデータを用いて、患者別、医師別、病棟別、診療科別の処置使用物品の実際の消費分析の結果が示され、従来おこなわれてきた按分方式による物品消費把握では難しい多様な分析が可能なことが実証された。

 以上、本論文は、処置に関連する業務のシステム化に関して、個別物品供給処置オーダシステムという従来に無いシステムの開発をおこない、実際のシステム運用状況からは、医療スタッフおよび病院経営管理に対する有用性も示され、さらに得られた分析結果および評価結果は、医療情報学分野で取り組まれている電子カルテシステムの開発研究においても重要な貢献をなしたと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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