学位論文要旨



No 216572
著者(漢字) 阿久根,徹
著者(英字)
著者(カナ) アクネ,トオル
標題(和) 脊椎後縦靱帯骨化症およびインスリン情報伝達分子の骨化制御機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 216572
報告番号 乙16572
学位授与日 2006.07.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16572号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 助教授 岡崎,具樹
 東京大学 助教授 川原,信隆
 東京大学 講師 引地,尚子
 東京大学 講師 田中,栄
内容要旨 要旨を表示する

緒言

 整形外科領域で骨化異常をきたす難治性疾患の一つに後縦靱帯骨化症(Ossification of the posterior longitudinal ligament:OPLL)がある。OPLLは脊椎後縦靱帯に異所性骨化をおこす疾患で、OPLLが骨化進展すると脊髄が圧迫され重篤な麻痺をきたす。OPLLは、その発生原因も骨化進展メカニズムも明らかでなく、発生や進行を防ぐ方法はない。このような難治性疾患の解決にはOPLLの骨化進展のリスクファクターを明らかにし、そのメカニズムを細胞・分子レベルで解明することが極めて重要な課題である。以前よりOPLL患者には、耐糖能異常者が多いことが指摘されてきたが、糖代謝関連因子の何がOPLLと関連するかについての詳細な研究はなかった。そこで本研究第1章では、OPLL骨化傾向(OPLLの骨化の程度)と糖代謝関連因子との関連について検討し、インスリン分泌の亢進がOPLL骨化傾向を促進する可能性があることを明らかにした。

 インスリンは糖代謝調節ホルモンとしての役割以外に骨同化作用を持つ骨形成因子としても知られている。また、インスリンはインスリン受容体に結合して細胞内にシグナルを伝える以外に、インスリン様成長因子-I(IGF-I)受容体にも親和性があり、IGF-Iシグナルも細胞内に伝達することが知られている。骨代謝調節に関わる多くの因子の中で、インスリンとIGF-Iは骨に対する重要な同化作用があることが知られている。インスリン欠乏型糖尿病患者では骨量減少が見られ、ストレプトゾトシンによる膵β細胞破壊ラットでは急速に骨量減少をきたし、インスリン補充により回復する。またIGF-I欠乏のLaron症候群でも骨量減少がみられる。しかしながら、インスリン/IGF-Iによる骨化制御機構の詳細なメカニズムは明らかでない。そこで本研究第2章では、インスリン/IGF-I細胞内情報伝達分子として重要なインスリン受容体基質(IRS)に着目し、IRS-2シグナルの骨代謝調節メカニズムに関する検討をおこなった。以下は、各研究内容の要約である。

第1章 脊椎後縦靱帯骨化におけるインスリンシグナルの関与

 対象は、1994年から1999年に東京大学医学部附属病院整形外科にて、OPLLによる脊髄麻痺のために手術を施行した52名の患者(男性47名、女性5名、32-78歳、平均57.4歳)である。

 方法。OPLL骨化傾向(OPLLの骨化の程度)の指標は、術前1週以内に撮影した頚椎、胸椎、腰椎側面単純レントゲン像におけるOPLL罹患椎体数とした。糖代謝関連因子として、空腹時血糖値、空腹時インスリン値、ヘモグロビンA1c値を測定し、更に75g経口糖負荷試験(OGTT)をおこない、負荷後30分の時点における血糖値およびインスリン値を測定し、インスリン反応性インデックスを算出した。また、耐糖能分類はWHOの基準に従い、正常型(normal glucose tolerance)、境界型(impaired glucose regulation)、糖尿病型(diabetes mellitus)の3群に分類した。OPLL骨化傾向と年齢、肥満度および糖代謝の各指標との関連性を、相関分析および重回帰分析により検討した。

 結果。52例におけるOPLL骨化傾向は、年齢とは負の相関性があり、肥満度とは正の相関性があった。糖代謝の指標の中では、空腹時血糖値とヘモグロビンA1c値はOPLL骨化傾向と相関性はなかったが、空腹時インスリン値とインスリン反応性インデックスは、OPLL骨化傾向と有意な相関性があった。更に、OPLL骨化傾向を目的変数、その他の因子を独立変数とする重回帰分析をおこなったところ、インスリン反応性インデックスが、他の因子の影響を排してもOPLL骨化傾向と有意な関連を持つことが明らかとなった。一方、耐糖能とOPLL骨化傾向との関係を検討したところ、52例の80%以上は正常群ないしは境界群に属し、糖尿病型に属する者は20%未満であったが、糖尿病型ではOPLL骨化傾向は、正常型、境界型におけるそれらよりも低値で、耐糖能が著明に悪化するとOPLL骨化傾向は低くなることが明らかとなった。また、正常型、境界型の中でOPLL骨化傾向が高い者は、ほぼ全例インスリン反応性インデックスが平均値以上の者で占められていた。以上の結果より、OPLL骨化傾向は糖代謝の指標の中で、インスリン反応性インデックスで示されるインスリン分泌反応性と強く関連し、軽度耐糖能障害がありインスリン抵抗性を代償すべく高濃度のインスリン分泌がおこなわれている者ほどOPLL骨化傾向が高いことが明らかとなった。

 考察。OPLLは脊椎後縦靱帯内に存在する未分化間葉系細胞が軟骨細胞へ分化し、軟骨内骨化を経てOPLLが生じるものとされている。糖代謝の主要標的臓器におけるインスリン抵抗性を代償するため膵臓からのインスリン分泌が亢進した結果、高濃度の血中インスリンが後縦靱帯組織内に存在するosteoprogenitorに作用し、骨化を促進する可能性が示唆された。

第2章 細胞内情報伝達分子インスリン受容体基質-2による骨代謝調節機構

 細胞膜に存在するインスリン受容体とIGF-I受容体はチロシンキナーゼ型受容体で、インスリン受容体基質(insulin receptor substrate: IRS)は、インスリン/IGF-I受容体の両者に対する共通の基質として重要な細胞内情報伝達作用を担っている。IRS familyには少なくとも4つのサブタイプが存在し、骨においてはIRS-1とIRS-2が発現している。IRS-1欠損マウスの骨組織では、骨形成と骨吸収がともに低下して低骨代謝回転型の骨粗鬆症がみられ、IRS-1シグナルは骨代謝回転の維持に必須であることが知られている。その一方IRS-2に関しては、骨代謝調節作用におけるその役割は明らかにされていない。そこでIRS-2欠損マウスを用いて、in vivoおよび in vitroにおける詳細な解析をおこないIRS-2シグナルの骨代謝調節機構に関して検討した。

 方法および結果。IRS-2ヘテロマウスの交配により生まれた同腹野生型(WT)およびIRS-2欠損(IRS-2-/-)雄マウスを使用した。骨形態学的検討:8週齢のWTおよびIRS-2-/-マウス長管骨のX線撮影、μ-CT解析、骨密度測定では、WTに比べIRS-2-/-マウス骨組織で10-15%の骨密度低下を伴う骨粗鬆化が見られた。組織学的検討:脛骨非脱灰標本を作製しTRAP染色をおこなったところ、IRS-2-/-骨組織で破骨細胞数の増加が見られ、また骨組織形態計測の結果、IRS-2-/-では骨吸収の指標の増加と骨形成の指標の低下を伴う骨量減少を示した。in vitroにおける骨形成能の検討:WTおよびIRS-2-/-培養骨芽細胞の検討では、細胞増殖能には差がなく、分化能および基質合成能がIRS-2-/-骨芽細胞で低下し、IRS-2欠損による骨芽細胞の分化能、基質合成能低下が示された。in vitroにおける骨吸収能の検討:WTおよびIRS-2-/-由来の骨芽細胞および骨髄細胞の2×2通りの組み合わせによる共存培養では、破骨細胞分化能と骨吸収活性のどちらも、破骨細胞支持細胞であるところの骨芽細胞の由来がIRS-2-/-であるときに限り亢進し、破骨細胞のprogenitorである骨髄細胞の由来とは関係なかった。従って骨吸収能の増加は破骨細胞支持機能をになう骨芽細胞におけるIRS-2欠損により生じることが明らかとなった。一方、M-BMMφ培養系を用いて、支持細胞非存在下での単独破骨細胞分化能および生存能を検討したところ、WTとIRS-2-/-間で差がなく、破骨細胞系細胞の内在性IRS-2シグナルは重要でないことが示された。次に、骨芽細胞におけるRANKLの発現をノーザンブロット法により検討したところ、WTに比べIRS-2-/-骨芽細胞ではRANKL発現の亢進が見られた。以上の結果より、IRS-2-/-マウスにおける骨吸収の増加は、IRS-2-/-骨芽細胞におけるRANKL発現レベルの増加を伴う破骨細胞支持機能の亢進により生じることが明らかとなった。

 考察および結論。IRS-2-/-マウスは骨芽細胞の分化能、基質合成能低下を伴う骨形成の低下と、骨芽細胞でのRANKL発現亢進による破骨細胞支持機能促進による骨吸収の増加を伴う骨量減少を示し、骨芽細胞におけるIRS-2シグナルは、骨形成の促進と、破骨細胞支持機能抑制による骨吸収の抑制に作用している。IRS-1が骨代謝回転維持に重要な役割を果たすのに対し、IRS-2は骨芽細胞における骨吸収に対する骨形成の優位性を維持するのに必要であり、これら2つのシグナルの統合によりインスリン/IGF-Iによる強力な骨同化作用が生じているものと考えられる。

結語

 本研究では、異常骨化をきたす難治性疾患OPLLの骨化傾向の促進にインスリンシグナルが関与することを明らかにし、次に、その細胞内情報伝達分子IRS-2を介するシグナルが、骨芽細胞における骨形成促進と骨吸収抑制作用により、骨芽細胞における骨同化作用の優位性を維持していることを解明した。今後、インスリン/IGF-I情報伝達系を含めた細胞内分子メカニズムの解明が進み、OPLLや他の代謝性骨疾患の骨化制御が可能となるような新たな治療法や予防法開発の可能性に向けた研究が発展することを期待し、本研究がその一助となれば幸いである。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究では、まず第1章において、脊椎後縦靱帯骨化症(OPLL)と糖代謝関連因子との関係を明らかにすることを目的に、OPLL患者の臨床データを用いて相関分析、重回帰分析、分散分析をおこなったものであり、続いて第2章では、インスリン/IGF-I情報伝達分子の一つインスリン受容体基質-2を介するシグナルによる骨代謝調節作用メカニズムを解明する目的で、インスリン受容体基質-2遺伝子欠損マウスを用いて、in vivoおよびin vitroにおける解析をおこなったもので、下記の結果を得ている。

1. OPLL患者におけるOPLL罹患椎体数(OPLL骨化傾向)は、年齢および肥満度と関連があった。

2. 糖代謝の各指標とOPLL骨化傾向との関係についての検討では、OPLL骨化傾向は、糖尿病の程度をあらわす空腹時血糖値やヘモグロビンA1c値とは関係がなく、その一方、インスリン分泌の指標であるところのインスリン反応性インデックスと有意な正の関連を有していた。

3. 75gOGTTによる耐糖能分類とOPLL骨化傾向およびインスリン反応性インデックスとの関係では、OPLL骨化傾向は糖尿病型に属する者よりも正常型や境界型に属する者において高値であり、また、正常型、境界型に属する者の中でOPLL骨化傾向が高い者は、ほぼ全例インスリン反応性インデックスが平均値以上であった。

4. 以上の結果より、OPLL骨化傾向は糖代謝の指標の中で、インスリン反応性インデックスで示されるインスリン分泌反応性と強く関連し、軽度耐糖能障害がありインスリン抵抗性を代償すべく高濃度のインスリン分泌がおこなわれている者ほどOPLL骨化傾向が高いことが明らかとなった。インスリンは糖代謝調節ホルモンとしての役割以外に骨形成因子として骨同化作用を有しており、インスリン分泌が亢進した結果、高濃度の血中インスリンが後縦靱帯組織内に存在するosteoprogenitorに作用し、脊椎後縦靱帯骨化を促進する可能性が示された。

5. 続いて本研究第2章でおこなったインスリン受容体基質-2(IRS-2)を介するシグナルの骨代謝調節作用メカニズムに関する検討において、IRS-2遺伝子欠損マウス(IRS-2-/-マウス)の骨組織の解析から、in vivoにおいて、IRS-2-/-マウスは野生型(WT)に比べて10-15%の骨密度低下を伴う骨量減少を示すことが明らかとなった。組織学的検討よりIRS-2-/-マウス骨組織では破骨細胞数増加による骨吸収の増加が見られる一方で、骨芽細胞による石灰化速度の低下と骨形成速度の低下による骨形成の低下が見られることが明らかとなった。

6. in vitroにおける骨形成能の検討をWTおよびIRS-2-/-培養骨芽細胞を用いて行ったところ、細胞増殖能には両者で差がなかったが、分化能および基質合成能がIRS-2-/-骨芽細胞で低下し、IRS-2欠損により骨芽細胞の分化能、基質合成能が低下することが示された。

7. in vitroにおける骨吸収能の検討をWTおよびIRS-2-/-由来の骨芽細胞と骨髄細胞の共存培養系で行ったところ、破骨細胞分化能と骨吸収活性のどちらも、破骨細胞支持細胞であるところの骨芽細胞の由来がIRS-2-/-であるときに限り亢進し、破骨細胞のprogenitorである骨髄細胞の由来とは関係なかった。従って骨吸収能の増加は破骨細胞支持機能をになう骨芽細胞におけるIRS-2欠損により生じることが明らかとなった。

8. 骨芽細胞におけるRANKLの発現をノーザンブロット法により検討したところ、WTに比べIRS-2-/-骨芽細胞ではRANKL発現の亢進が見られた。このRANKL発現の亢進および骨芽細胞による破骨細胞形成支持能の亢進はアデノウィルスベクターを用いたIRS-2遺伝子導入により正常化することが示された。従ってIRS-2-/-マウスにおける骨吸収の増加はIRS-2-/-骨芽細胞におけるRANKL発現レベルの増加を伴う破骨細胞支持機能の亢進により生じることが示された。

9. 以上より、IRS-2シグナルは骨芽細胞において、骨形成の促進と破骨細胞支持機能抑制による骨吸収の抑制に作用していることが示され、骨代謝調節機構において、IRS-2は骨芽細胞における骨吸収に対する骨形成の優位性を維持する役割を果たしていることが明らかとなった。

 本研究では、これまで未知であった脊椎後縦靱帯骨化症の骨化傾向と糖代謝関連因子の検討より、脊椎後縦靱帯骨化の促進にインスリンシグナルが関与することを明らかにしたもので、その発生や増大のメカニズムがこれまで未知で抑止手段がない難治性疾患、脊椎後縦靱帯骨化症の病態メカニズムの解明に重要な貢献をなすものと考えられる。また、インスリン情報伝達分子IRS-2を介するシグナルの骨代謝調節作用メカニズムの検討では、IRS-2を介するシグナルが骨芽細胞における骨形成促進と骨吸収抑制作用により、骨芽細胞における骨同化作用の優位性を維持していることを解明し、これまで未知に等しかったインスリン/IGF-I情報伝達系の細胞内における骨代謝調節メカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、本研究は学位の授与に値するものと考えられる。

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