学位論文要旨



No 216584
著者(漢字) 篠永,充良
著者(英字)
著者(カナ) シノナガ,ミツヨシ
標題(和) SN比が最大となるゼロ拘束条件付き相関フィルタの理論的導出とパルス圧縮レーダにおけるその応用
標題(洋)
報告番号 216584
報告番号 乙16584
学位授与日 2006.09.06
学位種別 論文博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 第16584号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 原島,博
 東京大学 教授 小林,郁太郎
 東京大学 教授 広瀬,啓吉
 東京大学 教授 相澤,清晴
 東京大学 助教授 森川,博之
 東京大学 助教授 苗村,健
内容要旨 要旨を表示する

 レーダにおけるパルス圧縮方式は、長パルス内を変調した信号で送信し、受信後に送信パルス内変調信号に適合するパルス圧縮フィルタを介してSN比(以下、「S/N」と記載する)が改善された短パルス信号を得るものであり、パルス内送信エネルギーの増加による探知距離の延伸、高い距離分解能の実現、干渉・妨害波抑圧に有効などの利点から多くのレーダに適用されている。送信パルス内変調は、線形/非線形周波数変調信号、量子化位相符号変調信号などに大別され、これに対するパルス圧縮処理とは各種変調信号に対するマッチドフィルタ(Matched filter)受信、即ち、相関フィルタ処理となっており、レンジサイドローブの発生が不可避である。

 従来からレンジサイドローブ低減のために相関フィルタに対して窓関数が適用されているが、窓関数を用いると信号損失としてS/Nロスが発生する。ところが、クラッタ等の強大なエコーに近接する小目標信号検出のためにレンジサイドローブ低減が不可欠であり、同時に受信機雑音と競合する微弱信号を検出するためにレーダの受信感度を維持するという点からS/Nロスは最小限に保持することが強く求められており、パルス圧縮フィルタでのサイドローブ低減とS/Nロス最小化の両立は重要性の高い課題であった。

 また従来の代表的手法の中にも、何らかの評価関数を用いて最急降下法などにより最適フィルタ係数を求める手法もあるが、系列長が長くなると繰り返し演算量が増えて求める最適解への収束が容易ではなかった。特に、本研究で取り扱うようなチャープ信号や多値複素位相系列などの多様な複素送信信号のパルス圧縮において、サイドローブに関する拘束条件のもとでS/Nロスを最小化する複素重み窓関数(振幅と位相からなる複素数系列)を収束演算法で求める場合には、実数だけを扱う2値位相符号系列の場合と異なり、

(1)グローバル最適解かローカル最適解かの判定が難しいこと

(2)自由度の多い長系列信号や長位相符号系列を用いて低サイドローブを得るには、精細な複素フィルタ係数を求める必要があり、このための複素収束演算用の適正な初期値ベクトルや演算ステップを定めることが容易でないこと

などの理由から、収束演算の実行は実際上困難である。

 本研究は、サイドローブについてゼロ出力という拘束条件とS/Nロス最小という条件を同時に満足するゼロ拘束条件付き最適フィルタ係数を直接導出する手法を示すものであり、長系列の複素信号に対しても収束演算を用いないでグローバル最適解を直接求める手法を示すものである。本論文は、以下の10章で構成されている。

 第1章「序論」は、本報告の導入部として研究の背景と目的について述べている。

 第2章「本研究の位置づけと概要」には、従来技術の概要とその問題点について概説するとともに、本研究の位置づけと概要を示している。

 第3章「サイドローブフリー・パルス圧縮フィルタの導出」は、本研究の出発点となるサイドローブフリー・パルス圧縮フィルタの導出過程を示すとともに、代表的な結果例を示している。ここで導出されるパルス圧縮フィルタは、レンジサイドローブ抑圧の手段としてサイドローブ領域における出力波形サンプル点をゼロ出力(サイドローブフリー)に拘束するとともに、出力信号ピークにおけるS/Nロスが最小という条件を満たすもので、行列演算によりフィルタ係数が直接算出可能であることが示される。

 第4章「サイドローブフリー・パルス圧縮フィルタの分析」には、第3章で導出されたフィルタが従来の窓関数による重み付けでは実現できず、窓関数を2次元に拡張した重み行列として表現できること、さらにこの重み行列によって重み付けされた一連のフィルタ群の総和としてパルス圧縮処理が表現できることを示している。また、この設計手法ではサイドローブにおけるゼロ拘束点の数を変化させることによって、拘束条件の無い窓関数なしのフィルタ係数から、サイドローブ・ゼロの逆フィルタとなる係数までが、S/Nロス最小化という同一の条件において導かれることを示している。

 第5章「チャープレーダにおける特性評価」は、代表的なレーダ送信信号であるチャープ信号に対して本設計手法を適用して従来の窓関数との比較評価を行っている。特性評価としては、窓関数の評価指標であるS/Nロス、ピークサイドローブ特性、圧縮パルス幅等について実施している。その結果、チャープ帯域に対して4倍程度のオーバサンプリングによるフィルタ設計により、ハミング窓関数やテイラー窓関数よりも小さいS/Nロスと狭い圧縮パルス幅を得ることができ、ピークサイドローブ特性も良好であり、導出されたパルス圧縮フィルタの実用性が高いことを述べている。

 第6章「位相符号変調レーダにおける特性評価」には、この設計手法を位相符号変調波形に適用した結果を示している。本研究の手法は送信波形形状に依存しないため、評価対象には、2相符号についてはBarker符号、多相符号としてP4コードの2種を代表的な符号として取り上げて、シミュレーションにより評価している。その結果、符号の自己相関関数では実現できなかったサイドローブフリーという特性が実現可能であること、このパルス圧縮処理により少ないS/Nロスで符号チップ幅と同等の圧縮パルス幅が実現できることなどから、この設計手法は実用性が高く有効であることを述べている。

 第7章「ゼロ出力を拘束条件とするS/N最大フィルタの数学的導出」は、本研究の最適化手法を統一的な設計手法として数学的に再定義するとともに、この拘束条件付き最適フィルタの成立条件を明確にしている。分析した結果、入力データ行列に相当する入力信号状態マトリクスを正則行列として定義すれば、サイドローブ出力をゼロ拘束する拘束条件付き最適フィルタ係数を直接算出する一般式が導かれるとともに、その最適解である拘束条件付き最適フィルタが必ず存在することを示している。

 第8章「アンテナパターン設計への適用」では、7章に示した統一的な手法をアレイアンテナの開口面ウェイト設計へ適用した結果について示している。まずアンテナ設計における最適化手法について理論的な導出を行い、期待される性能について従来の重み付け手法と比較・評価を行っている。その結果、本設計手法は要求されるビーム幅が広い領域でのサイドローブ低減に有効であり、実現できる性能の柔軟性が高く、アンテナ利得も従来の重み付け手法以上であることを示している。

 第9章「レーダにおける方位相関処理への適用」には、最適フィルタの適用例としてレーダの方位相関処理に適用した場合についても評価を行って、本手法の有効性を述べている。これは、バースト信号検出など一般的な相関フィルタにもこの手法が適用できることを示すものである。

 第10章「結論」は、本研究で導出した最適化手法の意義およびその期待される効果を示すとともに、パルス圧縮レーダに対する本研究成果の適用方法と今後の技術展望についてまとめている。

 本論文は、以上に示したように収束演算によらない行列演算でゼロ拘束条件付き最適フィルタを導出し、数値的に安定なグローバル最適解が直接算出できる手法を示している。さらに多数の適用事例での性能評価結果を示しており、当該分野に限らず広く応用可能な最適フィルタ設計手法が確立できたことを示すものである。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「SN比が最大となるゼロ拘束条件付き相関フィルタの理論的導出とパルス圧縮レーダにおけるその応用」と題し、従来の非巡回畳み込みフィルタの欠点を解消する新しい相関フィルタとして、巡回畳み込み演算への入力データ変換を活用したゼロ拘束条件付き最適フィルタを構成する方法について理論的・体系的に論じて、その結果をパルス圧縮レーダ他に応用したものであって、全体で10章からなる。

 第1章は「序論」であり、電波の有効利用という観点からレーダシステムのパルス圧縮化が強く求められているという背景を述べた上で、従来手法の限界、即ち、相関処理であるパルス圧縮処理のレンジサイドローブ低減を統一的な手法で効果的に行うことが困難である問題を指摘している。また、本研究の対象領域を明確化することにより本論文の背景と目的を明らかにしている。

 第2章は「本研究の位置づけと概要」と題し、パルス圧縮処理における従来手法である送信波形設計及び相関フィルタ設計のそれぞれにおいて、拘束条件下における性能最適化が困難であることを指摘するとともに、最適化手法として関連する適応フィルタ理論と本研究手法の関係について論じている。

 第3章は「サイドローブフリー・パルス圧縮フィルタの導出」と題し、ゼロ拘束条件付き最適相関フィルタを生成する手法、即ち、サイドローブ抑圧手段としてゼロ拘束を課した上で理論的に出力S/Nが最大となる相関フィルタ設計法を導出している。具体的には、入力データ行列の一部要素についてゼロ置換を実施した上で相関出力ベクトルを定義し、Schwartzの不等式の等号条件を適用することにより理論的にS/N最大となる相関フィルタ係数が行列演算により直接算出可能であることを述べている。

 第4章は「サイドローブフリー・パルス圧縮フィルタの分析」と題し、第3章で導出した相関フィルタは、入力データを巡回系列として扱った場合の巡回畳み込みフィルタに相当するものであり、従来の窓関数では実現できない特性であることを述べている。さらに、窓関数と対比可能な2次元の重み行列を新たに定義して、拘束条件によって発生する振幅重み付けの変化を表現し、その物理的な意味について論じている。

 第5章は「チャープレーダにおける特性評価」と題し、提案手法をチャープ信号に適用して、設計条件として与えたゼロ拘束波形が実現されることをシミュレーションにより明らかにしている。また、サイドローブ低減効果とそれに伴うS/N低下について従来手法と比較を行い、高い出力S/Nであると同時に低サイドローブの波形が実現できることを示すとともに、実適用における劣化要因に関する考察も加えて手法の有効性を示している。

 第6章は「位相符号変調レーダにおける特性価」と題し、位相符号変調波形においても提案手法は有効であり送信波形形状に依存しない手法であることを明らかにしている。さらに第5章と同様に、シミュレーションによる従来手法との性能比較とともに実適用における劣化要因に関する検討結果により、本手法の有効性について示している。

 第7章は「ゼロ出力を拘束条件とするS/N最大フィルタの数学的導出」と題し、従来一般的であった非巡回畳み込み演算に対して、入力データ系列を繰り返し系列に変換した上で巡回畳み込み演算上で相関処理を再定義することによって、本論文で提案したゼロ拘束条件付き最適フィルタが数学的に表現できることを述べている。この再定義によって任意の出力波形が実現可能となり、ゼロ拘束条件付きフィルタ係数を直接算出する一般式を擬似逆行列を使って導くとともに、その理論最適解である拘束条件付き最適フィルタが相関行列のエルミート性から数値的に安定に算出可能であることを明らかにしている。

 第8章は「アンテナパターン設計への適用」と題し、第7章で数学的に定義された手法を空間フィルタであるアンテナパターン合成に適用する手法について述べるとともに、アレイアンテナとして実現可能な性能について従来手法と対比させて論じている。このアンテナ設計手法は、各種の応用場面に柔軟に適用可能であり従来手法以上の性能が期待されることを明らかにしている。

 第9章は「レーダにおける方位相関処理への適用」と題し、第7章で定義された手法は、バースト信号検出などに用いる相関フィルタ設計にも一般的に適用でき、かつ有効であることを述べている。本章においては、一例としてレーダの方位相関処理に適用した場合について検証し、パルス圧縮処理と共通する特性について述べている。

 第10章は「結論」であって、本論文で提案した最適化手法の意義を述べるとともに、電波の有効利用という観点から今後必須となる送信波形設計への研究成果の展開と今後の技術展望について論じている。

 以上を要するに、本論文は、レーダシステムのパルス圧縮等に用いられる相関処理において、有限長の入力データに対して巡回畳み込み処理を活用することでゼロ拘束条件付き最適フィルタが直接算出できる理論的導出法を提案し、数学的分析と各種適用事例での評価によってその有効性と実現性を論じたものであって、今後の電子情報学の進展に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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