学位論文要旨



No 216587
著者(漢字) 堀内,良浩
著者(英字)
著者(カナ) ホリウチ,ヨシヒロ
標題(和) 希土類錯体を用いる触媒的不斉合成 : 1,3-ポリオール類合成への展開および新規ランタン錯体
標題(洋)
報告番号 216587
報告番号 乙16587
学位授与日 2006.09.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16587号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 助教授 金井,求
内容要旨 要旨を表示する

 不斉点を持つ複雑な立体構造を有する化合物の合成には、キラル中心を高選択的に制御できる合成法が必要である。また、このような合成法の開発には、用いる不斉触媒の挙動の十分な解析を行い、より良い触媒系を創出することが重要である。これらの観点から、著者は、希土類錯体触媒を用いる、1,3-ポリオールの高立体選択的合成法の開発および直接的触媒的不斉aldol-Tishchenko反応における触媒活性種の検討を行った。

(1) 連続した水酸基から構成される1,3-ポリオール構造は、amphotericin Bなどのポリエンマクロライド抗生物質ような種々の生物活性物質に見られることから、その立体選択的合成は有機合成化学の最も重要な課題の一つである。

 そのため、これまでに数多くの有用な立体選択的な水酸基導入法が開発されている。一方、キラルな触媒を用いて、基質そのものに高選択的に不斉点を連続して導入する1,3-ポリオール合成はアトムエコノミーの観点からも重要な合成戦略である。同時に、特定の1,3-ポリオールの立体構造だけでなく、可能な全ての1,3-ポリオールの立体異性体を効率的に合成できる方法論の構築が求められる。

 そこで、触媒制御により基質に対して連続的に水酸基を立体選択的に導入し、一連の1,3-ポリオール立体異性体を合成できる方法の開発が必要と考えた。筆者は、Sm(O-rPr)3から調製されるSm-BINOL-Ph3As=O(1:1:1)錯体を用いたα,β-不飽和モルホリンアミドの高エナンチオ選択的な触媒的不斉エポキシ化反応と高ジアステレオ選択的なケトン還元に基づく、1,3-ポリオール構造の新規立体選択的合成法を考案し、その開発に成功した。この方法論に基づき、可能な全ての1,3,5,7-テトラオール異性体の高立体選択的合成を達成することができた(Table 1)。また、本方法論におけるα,β-不飽和モルホリンアミドの触媒的エポキシ化反応は、基質β位近傍の水酸基の立体化学および保護基による影響を受けず、触媒に用いるBINOLのキラリティーにより高エナンチオ選択的かつ高ジアステレオ選択的に制御できることが分かった。

 この立体選択的テトラオール合成法を応用し、(E)-2-ブテニルモルホリンアミドを出発原料とした一連の反応により(1S,5R,7S,2'S,4'S)-cryptocaryolone diacetateの合成に成功した。

(2) これまで直接的触媒的不斉アルドール反応の報告例のほとんどは、メチルケトン、エノール化しやすい脂肪族アルデヒドなどの限られたドナーのみが基質として用いられていた。一方、エチルケトンを出発原料とした不斉アルドール反応は、立体選択的2-メチル-1,3-ジオール構造の合成に有用であり、開発が望まれていた。最近、柴崎研究室においてLa(OTf)3/BINOL/BuLi比1:3:5.6から調製した触媒を用い、エチルケトンをドナーとした、直接的触媒的不斉aldol-Tishchenko反応により、高エナンチオ選択的に1,3-ジオールを合成することが可能となったことから、本反応における触媒系に強い関心が持たれた。そこで、反応に用いる触媒溶液を数ヶ月室温で保存したところ、新規構造であるランタン2核錯体La2Li4pentakis(binaphthoxide)Aの結晶を得ることができ、そのX線結晶構造解析に成功した。さらに結晶化法を変更することで、室温12時間で再現性良くAを約40%収率で得ることに成功した。

 続いて直接的触媒的不斉aldol-Tishchenko反応における、Aの触媒としての効果を検討した(Table2)。その結果、結晶Aは高いエナンチオ選択性を与えなかったが(entry4)、結晶AにLiOTfを添加したところ、80%eeまで向上することを見つけた(entry5)。一方結晶Aに対して、1当量のBINOLモノリチウム塩を加えると、LLB(La-Li-binol(1:3:3))と同組成となり、LLBを用いたとき(entry1)と同程度のエナンチオ選択性を与えた(entry6)。また、(R)-LLB+LiOTf(1:3)と同組成になるentry7と8では、結晶Aと(R)-BINOLに対して、n-BuLiとLiOTfの加える順が前後してもジオール体の収率、エナンチオ選択性はentry6と同程度であった。この結果は、生成するランタン触媒に速い平衡が存在し、同様の触媒溶液になることを示唆している。

 一方、(13)CNMRの測定では、LLBにLiOTfを添加すると、新しいピークが観測された。ESI-MSでは、結晶Aに1当量のbinol-Li2を加えると、LLBとほぼ同一のESI-MSスペクトルが得られた。LLBまたは結晶Aに対して、LiOTfを添加すると、LLB+LiOTf[1175]、LLB+binol-HLi+LiOTf[1467]等のピーク群が新しく現れた。La(OTf)3+BINOL+BuLi(1:3:5.6)のESI-MSはLLB+LiOTfのスペクトルとほぼ同一であった。

 これら(13)CNMRおよびESI-MSの結果とTable2の結果から、binol-Li2の添加により結晶AからLLBとなり、さらにLiOTfの添加により本不斉反応における触媒活性種へと動的に変化することが示唆された。

 また、本不斉反応における触媒活性種については、反応濃度により1,3-ジオールの収率およびエナンチオ選択性が劇的に変化する濃度効果が確認されたこと(1.0Mで96%収率、95%ee、0.2Mで22%収率、77%ee)から、活性触媒種は、単一の活性種でなく(LLB)l・(A)m・(binol)n・(LiOTf)xで表されるオリゴメリックな触媒種であることが強く支持された(Scheme2)。

 以上のように、著者はSm錯体による高エナンチオ選択的触媒的エポキシ化反応に基づく高立体選択的テトラオール合成法の開発に成功した。また直接的触媒的不斉aldol-Tishchenko反応の触媒系の検討におけて新規ランタン2核錯体を見出し、その触媒活性種への動的変化の解析に成功した。

Table 1.Syntheses of All Possidle Stereoisomers of 3,5,7,9-Tetrahydroxy Esters

Scheme 1.Synthesis of(1S,5R,7S,2'S,4'S)-cryptocaryolone diacetate

Figure 1.Crystal structure of La2Li4pentakis(R-binol)・8THF A-a (top left) and La2Li4pentakis(R-binol)・9THF A-b(top right)

Crystal unit is composed of A-b(1:1).Hydrogen atoms are omitted for clarity.

Table 2.Direct Catalytic Asymmetric Aldol-Tishchenko Reaction Using Several Lanthanum Complexes

cmol % of the crystal A(10mol % on La)was used.dLiOTf was added after the addition of BuLi to (R)-116 and BINOL in THF.eLiOTf was added before the addition of n-BuLi.

Sheme 2.Proposed Dynamic Self-assembling of the Lanthanum Complexes and Active Species

審査要旨 要旨を表示する

 複数の不斉点を持つ化合物の合成には、キラル中心を高度に制御できる合成法が必要である。また、その触媒的不斉合成法の開発には不斉触媒の挙動を解析し、より良い触媒系に繋げることが重要である。これらの観点から、堀内良浩は、希土類錯体触媒を用いる1,3-ポリオールの高立体選択的合成法の開発と直接的触媒的不斉aldol-Tishchenko反応におけるリチウムトリフラートによる自己集合ランタン錯体の動的構造変化に関する研究を行った。

1.触媒的不斉エポキシ化反応に基づく1,3-ポリオール構造の新規立体選択的合成法の開発とその応用:1,3-ポリオール構造は、ポリエンマクロライド等の生物活性物質に見られ、その立体選択的合成は重要な課題である。これまでにも有用な立体選択的水酸基導入法が開発されているが、キラル触媒制御により、基質に対して高選択的に不斉点を連続的に導入する1,3-ポリオール合成は、特定の立体構造だけでなく、可能なすべての立体異性体を合成できることから、より効率的な合成戦略であると考えられるが、これまでそのような方法は開発されていなかった。

 そこで、Sm(O-i-Pr)3、BINOLおよびPh3As=Oから調製される不斉触媒を用いたα,β-不飽和モルホリンアミドの高エナンチオ選択的触媒的不斉エポキシ化反応と高ジアステレオ選択的ケトン還元に基づく、1,3-ポリオールの立体選択的合成法を考案した(Scheme1)。1から2への変換は、触媒量5mol%、基質5グラム以上のスケールで定量的かつ98%eeと高収率かつ高選択的に進行した。また、7の触媒的不斉エポキシ化反応は、反応点のβ位近傍の保護水酸基(-OP)の立体化学および保護基の種類(acetonide基、methoxymethyl基、triethylsilyl基)の影響を受けず、高ジアステレオ選択的(〜>99.5:1)に制御できることが明らかとなった。そして、この方法論を用いることで1,3,5,7-テトラオール8の可能なすべての異性体8種類を高立体選択的に合成することに成功した。さらに(E)-2-ブテニルモルホリンアミド9を用いることで(1S,5R,7S,2S,4S)-cryptocaryolone diacetate11の不斉全合成を達成した(Scheme2)。

2.リチウムトリフラートによる自己集合ランタン錯体の動的構造変化:エチルケトンの触媒的不斉aldol-Tishchenko反応は、立体選択的2-メチル-1,3-ジオール構造合成に有用である。La(OTf)3/BINOL/BuLi(1:3:5.6比)から調製した触媒によるaldol-Tishchenko反応が高エナンチオ選択的に進行することが明らかとなり、本反応の触媒種に強い関心が持たれた。

 触媒溶液を数ヶ月室温で保存した結果、新規ランタン二核錯体La2Li4pentakis(binaphthoxide)Aの結晶を得ることができ、その構造をX線結晶構造解析で決定した(Figure1)。さらに結晶化法を変更し、室温12時間で再現性良くAを約40%収率で得ることに成功した。

 次にAの触媒としての効果を検討したが、結晶Aは高いエナンチオ選択性を与えなかった(Table1,entry4)。しかしながら、結晶AにBINOLモノリチウム塩(1当量)を加えると、LLB(La-Li-binol(1:3:3))と同程度のエナンチオ選択性を与え(entry6)、さらにLiOTfを加え、LLB+LiOTf(1:3)と同組成にすると、entry2とほぼ同様の結果を与えた。この際、n-BuLiとLiOTfを加える順が前後してもジオール体の収率、エナンチオ選択性は、同程度であった。この結果は、生成するランタン触媒活性種に速い平衡が存在し、同様の触媒溶液になることを支持している。この動的変化は13CNMR、ESI-MSおよびCSI-MSによっても観測された。すなわち結晶Aはbinol-Li2の添加によりLLBとなり、さらにLiOTfの添加により本不斉反応における触媒活性種へと変化することが分かった。また、1,3-ジオール成績体の収率とエナンチオ選択性が反応濃度1.0Mで96%収率、95%ee、0.2Mで22%収率、77%eeと劇的な濃度効果が確認されたことから、本不斉反応における触媒活性種は、単一活性種でなくオリゴメリックな触媒種(LLB)1・(A)m・(binol)n・(LiOTf)xであることが強く示唆された(Scheme2)。

以上の業績は、博士(薬学)の授与にふさわしいものと考えられる。

96%収率、95% ee、0.2Mで22%収率、77% ee と劇的な濃度効果が確認されたことから、本不斉反応における触媒活性種は、単一活性種でなく オリゴメリックな触媒種(LLB)l・(A)m・(binol)n・(LiOTf)xであることが強く示唆された(Scheme 2)。

Table 1.Syntheses of All Possible Stereoisomers of 3,5,7,9-Tetrahydroxy Esters

Scheme 1.Synthesis of(1S,5R,7S,2S,4S)-cryptocaryolone diacetate

Figure 1.Crystal structure of La2Li〓pentakis(R-binol)・8THF A-a(top left)and La2Li〓pentakis(R-binol)・9THF A-b(top right)

Table 2.Direct Catalytic Asymmetric Aldol-Tishchenko Reaction Using Several Lanthanum Complexes

n5 mol % of the crystal A(10mol % on La)was used.bLiOTf was added after the addition of BuLi to (R)-A and BINOL in THF.〓LiOTF was added before the addition of n-BuLi.

Scheme 2.Proposed Dynamic Self-assembling of the Lanthanum Complexes and Active Species

Scheme 2.Proposed Dynamic Self-assembling of the Lanthanum Complexes and Active Species

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