学位論文要旨



No 216588
著者(漢字) 細井,健史
著者(英字)
著者(カナ) ホソイ,タケシ
標題(和) 5-oxo-ETE受容体の発見とその機能解析
標題(洋) Identification and characterization of a novel human 5-oxo-eicosatetraenoic acid receptor
報告番号 216588
報告番号 乙16588
学位授与日 2006.09.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16588号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 助教授 青木,淳賢
 東京大学 助教授 東,伸昭
内容要旨 要旨を表示する

 Gタンパク質共役型受容体(GPCR)は、三量体Gタンパク質と共役する7回膜貫通型の受容体であり、ペプチド、ホルモン、核酸、脂質、光、臭気物質などのリガンド刺激を細胞内に伝達し、様々な生理作用の発現に重要な分子である。ヒトゲノム解析により、約720種類のGPCRが存在することが明らかとなっている。そのうち約半分は臭覚や視覚などの感覚受容体である。残り360個のGPCRのうち210個についてリガンドが同定されているが、リガンドが未知である受容体、オーファンGPCR(oGPCR)がまだ150個残されている。

 ヒトゲノム解析の進行と遺伝子工学技術の発展から、逆薬理学(Reverse Pharmacology)の手法に基づいたリガンド探索が可能となり、oGPCRのリガンド同定に関する研究が加速されている。すなわち、ゲノム配列に対する相同検索による新規GPCR遺伝子の同定、PCR法によるクローニング、遺伝子導入によるその受容体発現細胞の取得、発現細胞に対して応答を惹起する化合物の探索、という手順でリガンド探索が行われている。

TG1019のクローニングとリガンド発見

【背景】GPCRは生体機能における重要な分子であることが知られており、上に示したようなオーファンGPCRのリガンド探索およびその機能解析は、新たな情報伝達系や未知の生命現象の解明に大きく寄与すると思われる。また、現在上市されている薬剤のうちGPCRを標的とした薬剤が約半数を占めていることから、これらoGPCRは新たな創薬ターゲットとなる可能性が考えられる。そのため、我々は逆薬理学的手法を用いたoGPCRのリガンド探索研究を行った。

【方法】米国立バイオテクノロジー情報センター(NCBI)で公開しているヒトゲノム配列に対する既知GPCRとの相同性検索によってGPCRと推測される配列を見出し、PCR法によって新規GPCR遺伝子(TG1019)のcDNAをクローニングした。TG1019のcDNAを鋳型として32Pラベルしたプローブを用い、ドットブロットおよびノザンブロット法によって、TG1019のヒト組織における発現を網羅的に解析した。リガンド探索におけるシグナル活性測定法は、TG1019のC末端に各Gタンパク質(Gαi,Gαq,Gαs)を結合した融合タンパク質を発現させた昆虫細胞の膜画分を用い、種々のリガンド刺激に対するGTPγS結合活性を測定した。また、融合タンパク質の発現の確認は、各Gタンパク質に対する抗体を用いたウェスタンブロット法によって行った。哺乳細胞を用いたTG1019の機能解析は、TG1019cDNAを発現ベクターpcDNA3.1に組み込んだプラスミド(pcDNA3-TG1019)をCHO細胞に導入し、TG1019を一過性に発現させた細胞を用い、細胞内cAMP濃度を測定することによって行った。

【結果および考察】上に示したような逆薬理学的手法によって、我々はいくつかのオーファンGPCRのリガンド同定に成功し、その1つがTG1019である。TG1019は、1272bp、423アミノ酸残基からなり、ファミリー1に属する7回膜貫通型のGPCRである。第2細胞内ループにファミリー1に属するGPCRに特異的なモチーフであるDRYモチーフが存在し、また第7膜貫通領域にGPCR内在化シグナルであるN/DPxxYモチーフが存在する。アミノ酸一次配列において、HM74A(ニコチン酸受容体)、GPR81(オーファンGPCR)と約40%の相同性を有していた。

 TG1019のmRNAのヒト組織における網羅的な発現分布解析の結果、脳以外の広範な組織において発現が認められ、特に肝臓、肺、脾臓、末梢白血球において高発現していることが示された。肝臓、肺、脾臓、末梢白血球は免疫担当細胞が集積する部位であることから、TG1019がそれらの生体機能に関わるGPCRである可能性が示唆された。

 リガンド探索に用いるライブラリーとして、74種類の核酸、56種類のアミン・ペプチド、199種類の脂質および21種類のウシまたはブタの組織抽出物を用いた。その結果、エイコサノイドである5-oxo-ETE(5-oxo-eicosatetraenoic acid)あるいは5(S)-HPETE(5(S)-hydroperoxy-eicosatetraenoic acid)を添加した時に、TG1019-Gαiを発現させた膜画分において強いGTPγS結合活性を示し、そのEC50値はそれぞれ5.7、および69nMであった。また、プロスタグランジンやロイコトリエンB4(LTB4)などの脂質メディエーターは反応しなかった。一方、TG1019-Gαs、TG1019-Gαqを発現させた膜画分では反応しなかった。この結果から、TG1019は5-oxo-ETEなどの脂肪酸を特異的にリガンドとして認識し、Gαiと共役する新規GPCRであることが示唆された。5-oxo-ETEによるTG1019活性化は、DHA(docosahexaenoic acid)やEPA(eicosapentaenoic acid)などのn3不飽和脂肪酸によって阻害され、生体内においてこれらの脂肪酸によって活性が調節されていると考えられる。

 次に、TG1019が細胞においても5-oxo-ETEをリガンドとして認識するかを調べるため、TG1019遺伝子を導入したCHO細胞を用いた機能性試験を行った。TG1019を一過性に発現させたCHO細胞においてリガンド刺激によるcAMP産生抑制を調べた。その結果、アデニル酸シクラーゼを活性化するforskolin刺激による細胞内cAMP濃度上昇は、5-oxo-ETE刺激によって抑制された(IC50値=33nM)。また、MOCKトランスフェクタントでは、これらの反応は見られなかった。このことから、TG1019が5-oxo-ETEをリガンドとしGαiと共役するGPCRであることが、細胞系においても示された。

 5-oxo-ETEはアラキドン酸の5-リポキシゲナーゼ(5-LO)による代謝物として知られ、好酸球、好中球、樹状細胞などの免疫担当細胞によって産生され、好酸球や好中球の遊走因子であることが報告されている。また、5-oxo-ETEはGαiと共役するGPCRを介してこれらのシグナルを伝達していることが示唆されていたが、その受容体については不明であった。本研究において5-oxo-ETE受容体TG1019を見出し、本GPCRがこれまで報告されている5-oxo-ETEの生物活性に関与している可能性が推察された。

 TG1019を介した5-oxo-ETEによる細胞遊走およびシグナル伝達解析

【背景】5-oxo-ETEは好酸球や好中球の遊走因子として知られているエイコサノイドであり、特に好酸球に対しては、Eotaxinに次ぐ強力な遊走因子であることから、アレルギー疾患におけるメディエーターとして注目されている。5-oxo-ETEは好酸球や好中球において、細胞内Ca2+濃度上昇、p42/p44MAPK(ERK)、phosphatidil inositol 3 kinase(Pl3K)活性化、および単球から好酸球等の生存因子であるGM-CSFの発現誘導が報告されており、炎症性疾患におけるこれらの細胞の組織浸潤、生存延長に関与している可能性が示唆されている。また、5-oxo-ETE暴露によってラット肺およびヒト皮膚への好酸球浸潤が誘導され、5-oxo-ETEはin vivoにおいても炎症性疾患への関与が示唆されている。TG1019のmRNAは好酸球において高発現しており、好中球やマクロファージにも発現していることが報告されている。しかしながら、その細胞遊走に対する機能に関しての報告はまだ無い。我々は5-oxo-ETE刺激による細胞遊走に対するTG1019の機能を解析し、その遊走に関与するシグナル伝達経路を明らかにすることによって、5-oxo-ETEおよびTG1019の詳細な機能を明らかにできるのではないかと考えて、TG1019安定発現株を作製してそれらの解析を行った。

【方法】哺乳細胞発現ベクターpcDNA3.1にTG1019の全長cDNAを組み込んだプラスミド(pcDNA3-TG1019)をCHO細胞に導入し、ハイグロマイシン耐性株をクローン化することによって、TG1019安定発現細胞株(CHO/TG1019)を作製した。細胞内カルシウム濃度測定は、カルシウム指示薬Fura2-AMを用い、FDSS6000を用いた蛍光測定法により測定した。細胞内シグナル伝達解析としてERKおよびAktのリン酸化誘導は、それぞれのリン酸化タンパク質を認識する抗体を用いたウェスタンブロット法によって行った。細胞遊走試験はmicrochemotaxis chamberを用い、フィルター下面に遊走した細胞数を、Diff Quik染色後600nmの吸光度を測定することにより定量した。

【結果および考察】TG1019安定発現細胞株(CHO/TG1019)において、種々の5-LO代謝産物に対する細胞内Ca2+濃度上昇反応を調べた。その結果、5-oxo-ETE、5(S)-HPETEが強い反応を示し、EC50値はそれぞれ、5.1nMおよび98nMであった。また、好中球の遊走因子として知られるLTB4はTG1019に対して全く反応しなかった。これらの結果から、LTB4および5-oxo-ETEはそれぞれ異なる受容体を介していることが示唆された。また、5-oxo-ETEのグルタチオン付加化合物であるFOG9が、5-HETEと同程度のアゴニスト活性を示すことを明らかにした。エイコサノイドには、グルタチオン付加されることによって、新たな生物活性を持つものがあり、LTC4およびFOG7の例が知られている。FOG9についての生物活性については未報告であるが、本研究の結果から5-HETEと同程度のアゴニスト活性を持つFOG9の生合成および生物活性に興味がもたれる。また、5-oxo-ETEによる細胞内Ca2+濃度上昇反応は、百日咳毒素(PTX)処理およびPLC阻害剤(U73122)前処理により完全に抑制された。これらの結果から、TG1019を介した細胞内Ca2+濃度上昇反応は、Gαiから解離したGβγを介してPLCを活性化することが明らかとなった。

 CHO/TG1019細胞における5-oxo-ETE刺激に対するERKおよびAktの活性化を調べた。その結果、5-oxo-ETE刺激後、5分以内に、濃度依存的にERKおよびAktの活性化が誘導され、これらの活性化はMAPKKであるMEK阻害剤PD98059、およびAKTの上流で働くPl3Kの阻害剤LY294002によってそれぞれ抑制された。これらのことから、TG1019は5-oxo-ETE刺激によるMEK-ERK、およびPl3K-AKTのシグナル伝達経路の活性化を担う受容体であることが示された。

 CHO/TG1019細胞の5-oxo-ETEに対するケモタキシス反応を調べた。その結果、CHO/TG1019細胞は5-oxo-ETEに対し100〜1000nMで最大の遊走反応を示した。また、5(S)-HPETEに対してもケモタキシス反応を示し、その強さは細胞内Ca2+濃度上昇反応を指標としたアゴニスト活性と相関していた。CHO/TG1019細胞で観察された各リガンドのケモタキシス誘導活性の強さは、ヒト好酸球の報告とほぼ一致しており、TG1019が5-oxo-ETEによるケモタキシス反応に関与していることが示された。この5-oxo-ETEに対するケモタキシス反応は、PTX、PLC阻害剤、Pl3K阻害剤前処理によって顕著に抑制された。一方、MEK阻害剤ではその抑制は弱かった。また、ケモタキシスに関わる因子として知られるRhoキナーゼ阻害剤Y27632では、細胞遊走は抑制されなかった。これらの結果から、5-oxo-ETE刺激による細胞遊走反応にはGαiから解離したGβγによるPLCの活性化とPl3K活性化が5-oxo-ETE刺激によるケモタキシスに重要であることが示唆された。また、TG1019を介したケモタキシスは、MEK阻害剤およびRhoキナーゼ阻害剤で抑制されなかったことから、好酸球の遊走因子として知られるEotaxinとは異なるシグナル伝達経路でケモタキシスを誘導することが示唆された。

【結論】我々は、好酸球に対して強い遊走反応を示すアラキドン酸代謝産物である5-oxo-ETEの受容体がTG1019であることを見出し、その安定発現株が遊走反応を示すこと、およびそのシグナル伝達経路を明らかにした。これらの結果は、好中球や好酸球に対して報告されている5-oxo-ETEの作用と一致しており、TG1019が生体内において5-oxo-ETEの受容体として機能していることを示唆しているとともに、CHO/TG1019細胞は5-oxo-ETEの機能解析を行うために有用なモデルとなると考えている。また、TG1019は5-HPETEから5-oxo-ETEに至る代謝産物を特異的に認識することから、これら5-LO代謝産物とTG1019を介した新たなリガンドー受容体システムが生体内に存在することが示唆される。好酸球は喘息等のアレルギー疾患の増悪に関与することが知られており、好酸球を強力に遊走する5-oxo-ETEはそれらの疾患との関連が示唆されている。本研究における発見は、病態における好酸球遊走シグナルや未知の部分が多い5-oxo-ETEの生物活性の解明、および5-oxo-ETEが関与するアレルギー反応を制御する薬剤開発において大きく貢献できるものと考えている。

審査要旨 要旨を表示する

 「Identification of a novel human 5-oxo-eicosatetraenoic acid receptor:5-oxo-ETE受容体の発見とその機能解析」と題する本研究では、これまで全く知られていなかったまたそのリガンドが明らかにされていなかった、即ちオーファン受容体であるGタンパク質共役型受容体(GPCR)の一つを、ヒトゲノムから探索し、その遺伝子クローニングを行うとともにリガンドを同定し、その生理機能を解明した成果が述べられている。全体はGeneral Introduction、Chapter1、Chapter、2及びGeneral Conclusionから成り立っている。

 General Introductionでは本研究の背景と経緯が詳しくのべられている。すなわち、GPCRとはなにか、ヒトゲノム解析により、約720種類のGPCRが存在することが明らかとなった点、約半分が嗅覚や視覚などの感覚受容体であこと、残り360個のGPCRのうち210個についてリガンドが同定されているが、リガンドが未知であるオーファンGPCR(oGPCR)がまだ150個残されていることが述べられている。さらに、ヒトゲノム解析の進行と遺伝子工学技術の発展から、逆薬理学(Reverse Pharmacology)の手法に基づいたリガンド探索が可能となり、oGPCRのリガンド同定に関する研究が加速されていると言う背景が述べられている。

 Chapter1では、新たに注目したoGPCRであるTG1019のクローニングとリガンド発見に至る経緯が述べられている。すなわち、ヒトゲノム配列に対する既知GPCRとの相同性検索によってGPCRと推測される配列を見出し、PCR法によって新規GPCR遺伝子(TG1019)のcDNAがクローニングされた。TG1019は、1272bp、423アミノ酸残基からなり、ファミリー1に属する7回膜貫通型のGPCRであった。第2細胞内ループにファミリー1に属するGPCRに特異的なモチーフであるDRYモチーフが存在し、また第7膜貫通領域にGPCR内在化シグナルであるN/DPxxYモチーフが存在したことから、実際に機能を持つGPCRである可能性が高くなり、更なる解析を進めることになった。

 C末端に各種Gタンパク質を結合した融合タンパク質を発現させた昆虫細胞の膜画分を用い、種々のリガンド刺激に対するGTPγS結合活性を測定した。また、融合タンパク質の発現の確認は、各Gタンパク質に対する抗体を用いたウェスタンブロット法によって行った。哺乳細胞を用いたTG1019の機能解析は、TG1019 cDNAを発現ベクターpcDNA3.1に組み込んだプラスミド(pcDNA3-TG1019)をCHO細胞に導入し、TG1019を一過性に発現させた細胞を用い、細胞内cAMP濃度を測定することによって行った。リガンド探索に用いるライブラリーとして、74種類の核酸、56種類のアミン・ペプチド、199種類の脂質などが用いられた。その結果、TG1019はエイコサノイドである5-oxo-ETE(5-oxo-eicosatetraenoic acid)あるいは5(S)-HPETE(5(S)-hydroperoxy-eicosatetraenoic acid)などの脂肪酸を特異的にリガンドとして認識し、Gαiと共役する新規GPCRであることが強く示唆された。5-oxo-ETEによるTG1019活性化は、DHA(docosahexaenoic acid)やEPA(eicosapentaenoic acid)などのn-3不飽和脂肪酸によって阻害され、生体内においてもこれらの脂肪酸によって活性が調節されていると考えられた。

 次に、TG1019が細胞においても5-oxo-ETEをリガンドとして認識するかを調べるため、TG1019遺伝子を導入したCHO細胞を用いた機能性試験を行った。TG1019を一過性に発現させたCHO細胞においてリガンド刺激によるcAMP産生抑制を調べた。その結果、アデニル酸シクラーゼを活性化するforskolin刺激による細胞内cAMP濃度上昇は、5-oxo-ETE刺激によって抑制された(IC50値=33nM)。また、MOCKトランスフェクタントでは、これらの反応は見られなかった。このことから、TG1019が5-oxo-ETEをリガンドとしGαiと共役するGPCRであることが、細胞系においても示された。

 この遺伝子のヒト組織における発現を網羅的に解析したところ、肝臓、肺、脾臓、末梢白血球において高発現していることが示された。これらの臓器は免疫担当細胞が集積する部位であることから、TG1019が免疫系の機能に関わるGPCRである可能性が示唆された。リガンドとして同定された5-oxo-ETEはアラキドン酸の5-リポキシゲナーゼ(5-LO)による代謝物として知られ、好酸球、好中球、樹状細胞などの免疫担当細胞によって産生され、好酸球や好中球の遊走因子であることが既に報告されていることも、免疫系における役割を示唆した。5-oxo-ETEはGαiと共役するGPCRを介してこれらのシグナルを伝達していることも示唆されていたが、その受容体については不明であった。すなわちChapter1には、5-oxo-ETE受容体であるTG1019が見出されたこと、これまで報告されている5-oxo-ETEの生物活性に関与している可能性が推察されたという、重要な発見が記載されている。

 Chapter2では、TG1019を介した5-oxo-ETEによる細胞遊走およびシグナル伝達機構を解析した結果が述べられている。5-oxo-ETEは好酸球や好中球において、細胞内Ca2+濃度上昇、p42/p44MAPK(ERK)、phosphatidyl inositol 3 kinase(PI3K)活性化を引き起こすことが知られている。また、好酸球等の生存因子であるGM-CSFの発現が単球で見られることが報告されており、炎症性応答を亢進することが明らかであった。しかし、炎症誘導において鍵となる細胞遊走に対するTG1019の役割は不明であった。そこで、5-oxo-ETE刺激による細胞遊走におけるTG1019の重要性を検証することを目的とする研究を行った。

 TG1019安定発現細胞株(CHO/TG1019)を作製し、細胞内カルシウム濃度測定をカルシウム指示薬Fura2-AMを用い、FDSS6000を用いた蛍光測定法により測定した。TG1019安定発現細胞株(CHO/TG1019)において、5-oxo-ETE、5(S)-HPETEが強い反応を示した。また、好中球の遊走因子として知られるLTB4はTG1019に対して全く反応しなかった。これらの結果から、LTB4および5-oxo-ETEはそれぞれ異なる受容体を介していることが示唆された。また、5-oxo-ETEのグルタチオン付加化合物であるFOG9が、5-HETEと同程度のアゴニスト活性を示すことを明らかにした。5-oxo-ETEによる細胞内Ca2+濃度上昇反応は、百日咳毒素(PTX)処理およびPLC阻害剤(U73122)前処理により完全に抑制されたことから、TG1019を介した細胞内Ca2-濃度上昇反応は、Gαiから解離したGβγを介してPLCを活性化することが明らかとなった。さらに、CHO/TG1019細胞における5-oxo-ETE刺激に対するERKおよびAktの活性化を調べた結果、TG1019は5-oxo-ETE刺激によるMEK-ERK、およびPI3K-AKTのシグナル伝達経路の活性化を担う受容体であることが示された。

 CHO/TG1019細胞の5-oxo-ETEに対するケモタキシス反応を調べた結果、TG1019が5-oxo-ETEによるケモタキシス反応に関与していることが示された。この5-oxo-ETEに対するケモタキシス反応は、PTX、PLC阻害剤、PI3K阻害剤前処理によって顕著に抑制されたことから、5-oxo-ETE刺激による細胞遊走反応にはGαiから解離したGβγによるPLCの活性化とPI3K活性化が重要であることが示唆された。

 Chapter1とChapter2を通して、アラキドン酸代謝産物である5-oxo-ETEの受容体がTG1019であることが見出され、その安定発現株が5-oxo-ETE依存的な遊走反応を示すことが明らかにされた。5-HPETEから5-oxo-ETEに至る代謝産物を特異的に認識するTG1019を介した新たなリガンドと受容体のシステムが生体内に存在することを示した本研究の成果は、この領域における重要な業績と見なされる。本研究における発見は、喘息等の病態における好酸球遊走シグナルの解明、5-oxo-ETEの生物活性の解明、および5-oxo-ETEが関与するアレルギー反応を制御する医薬品の開発に新たな方向を切り開くものである。よって、本研究を行なった細井健史は博士(薬学)の学位を受けるにふさわしいと判断した。

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