No | 216591 | |
著者(漢字) | 大脇,崇史 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オオワキ,タカシ | |
標題(和) | 両眼視差に基づく奥行き知覚の脳磁図を用いた研究 | |
標題(洋) | Magnetoencephalographic Studies on Depth Perception from Binocular Disparity | |
報告番号 | 216591 | |
報告番号 | 乙16591 | |
学位授与日 | 2006.09.13 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(科学) | |
学位記番号 | 第16591号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 奥行き知覚は,ヒトの重要な視覚機能のひとつであるが,奥行き知覚に関わる脳活動の全体像はいまだに明らかになっていない.本論文の目的は,両眼視差刺激時の脳活動を脳磁図(Magnetoencephalography, MEG)により計測し,奥行き知覚過程におけるヒトの脳活動の性質を解明することである.本論文の構成は以下の通りである.まず第一章で,本論文の背景を説明した後先行研究の問題点を述べ,本論文で扱う3つの研究目的を導いた.続く第二章・第三章・第四章でこの3つの研究について述べた.第五章では,第二章・第三章・第四章で得られた結果に基づき,両眼視差に基づく奥行き知覚過程の脳内メカニズムについて考察した.最後に第六章で結論を述べた.以下,各章について詳しく説明する. 第一章では,両眼視差に基づく奥行き知覚に関するこれまでの生理学的研究及び数理モデル研究を概観し,両眼視差に基づく奥行き知覚を調べることが知覚の脳内メカニズム解明に向けた有望な研究テーマであることを説明した後,非侵襲脳機能計測による先行研究の問題点を述べ,本論文で(1)両眼視差に基づく奥行き知覚時の反応時間と脳活動に関する研究,(2)Multifocal VEF 計測を用いた両眼視差に誘発される低次脳活動に関する研究,(3)奥行き手がかり統合に関わる脳活動に関する研究,の3つの研究を取り扱うことを述べた. 第二章では,両眼視差に基づく奥行き知覚時の反応時間(Reaction Time, RT)と脳活動に関する研究について述べた.両眼視差に基づく奥行き知覚に関して,奥行き知覚に関連したRTと奥行き知覚過程の脳活動を同時に計測した研究はほとんどない.本研究では,ヒトの奥行き知覚が成立するのに必要な時間と奥行き知覚過程における脳活動との関係を調べることを目的として,Random-dot Stereogram (RDS) 刺激に対するボタン押し課題を被験者に課し,脳磁場応答と同時にRTを計測した.RDS刺激は右半視野における長方形領域の視差が変化するもので,ゼロ視差から交差視差へと変化する刺激Stim-Cと,ゼロ視差から非交差視差へと変化する刺激Stim-Uの2種類を用いた.ボタン押し課題はRDS刺激の奥行き判別が必要な条件(Stim-Cに対してのみボタンを押すタスクB-C,またはStim-Uに対してのみボタンを押すタスクB-U)と必要でない条件(タスクB-CU)とから構成した.実験の結果,MEGは視差出現後100〜180 msに第1ピークを持ち,この潜時帯の活動源推定部位は主に左半球の後頭葉であった.MEG強度・活動源推定潜時・RTの時間的な関係を図1に示した.また,奥行き判別が必要な条件ではStim-Cに対するRTの中央値はStim-Uに対するRTの中央値よりも有意に早かったが,MEGの第1ピーク潜時には2種類のRDS刺激間で有意差はなかった.これらの結果は,MEGの第1ピークが,2種類のRDS刺激間で潜時が変化しない,比較的低次の視覚情報処理に関わる脳活動に由来することを示唆する.また,半数の被験者から,右半球頭頂葉における活動源(楔前部,頭頂間溝)を計測した.これらの部位は脳損傷の研究やfMRIを用いた研究で奥行き知覚自体に相関が高いと報告されている部位と一致する.しかしながら,これらの部位が推定された潜時とRTの関係は,これらの部位の活動が奥行き判断自体に直接的には関わっていないことを示唆する. 第三章では,Multifocal VEF 計測を用いた両眼視差に誘発される低次脳活動に関する研究について述べた.両眼視差に基づく奥行き知覚過程において両眼視差の大きさは最も基本的なパラメータであるが,両眼視差の大きさとヒトの脳活動の詳細な関係を調べた研究は少ない.Multifocal (多局所)VEF(Visual Evoked Field,視覚誘発磁場)計測は,視野中の局所的な部位ごとの視覚刺激に対するSN比の高い脳磁場応答を短時間で計測できる方法であり,本研究ではMultifocal VEF 計測を用いて両眼視差に誘発される低次脳活動について両眼視差の大きさと脳活動の詳細な関係を調べた.視覚刺激は,固視点の周囲4ヶ所に正方形の視差変化領域を設定し,これらの視差変化領域をM系列(0と1からなる疑似乱数列)に従って交差または非交差視差(ゼロ視差も含む)と両眼無相関の2状態間で変化させた.非交差視差1°から交差視差1°までの7種類の視差(-1.0, -0.67, -0.33, 0, 0.33, 0.67, 1.0°)についてそれぞれ計測した.明瞭な応答が計測できた被験者について,両眼視差の大きさと脳磁場応答強度・潜時との関係を図2に示した.脳磁場応答強度はゼロ視差で最も大きく,視差が大きくなるにつれて小さくなっている.また,脳磁場応答潜時については刺激の位置によって異なった結果が得られた.本研究で得られた両眼視差の大きさと脳磁場応答強度の関係は,マカクザルのV1視差選択性ニューロンに関する知見と符合している. 第四章では,奥行き手がかり統合に関わる脳活動に関する研究について述べた.奥行き知覚過程の全体像を明らかにする上で,複数の奥行き手がかりの統合に関わる脳活動を調べることは重要な課題であるが,奥行き手がかりの統合に関わるヒトの脳活動を調べた研究は少ない.本研究では,両眼視差と運動視差の統合に関わる脳活動のMEG計測を行った.被験者に呈示した視覚刺激は,スクリーン中央の固視目標とその右側の回転ランダムドットシリンダーである.回転ランダムドットシリンダーは,長方形領域内にランダムに配置したドットを水平方向に正弦波状に運動させると共にそれらのドットに正弦波の位相に応じた両眼視差を与えることにより構成した.ドットの運動方向と両眼視差の組み合わせにより,3種類の刺激条件LEFT・RIGHT・INCOHERENTを設定した.LEFT条件では,左方向に運動するドットには交差視差を,右方向に運動するドットには非交差視差を与えた.RIGHT条件では,LEFT条件とは逆に右方向に運動するドットに交差視差を,左方向に運動するドットに非交差視差を与えた.INCOHERENT条件では,左右どちらの方向に運動するドットについてもそのうちの50%に交差視差を,残りの50%に非交差視差を与えた.シリンダーの回転(1秒間)と静止(2〜4秒間)が1試行であり,被験者には1試行毎にシリンダーの回転方向をボタン押しにより回答させた.被験者9名全員から,3種類の刺激条件共に潜時 180 ms 付近に脳磁場応答のRMS(Root Mean Square)値のピーク(以下M1)が観察された.次に,M1のRMS値と潜時について,3つの刺激条件のうちの2つの刺激条件間で有意な差があるかをpaired-t検定により調べた.その結果,LEFT・INCOHERENT条件間で,INCOHERENT条件のRMS値が有意に小さい(p=0.012)ことがわかった(図3).本研究で用いた3種類の刺激条件における視覚刺激は,運動視差だけ,あるいは両眼視差だけを見れば違いは全くなく,違いはその対応関係だけである.よって,これらの条件間での脳磁場応答の差は,2つの奥行き手がかりの統合に関わる脳活動それ自体の違いか,あるいは統合された結果生じた脳活動における違いを反映していると考えられる.LEFT・INCOHERENT条件間で応答のRMS値に有意な差があったことは,アカゲザルのMTニューロンに関する知見と部分的に符合している. 第五章では,第二章・第三章・第四章で得られた結果に基づき,両眼視差に基づく奥行き知覚過程の脳内メカニズムについて考察した.まず第二章では,両眼立体視時のRTと脳活動の関係を調べ,RTに先行する初期の応答がV1近傍の活動源を持つこと,潜時 200 ms 以降の応答に奥行き知覚自体と関連が深いとされる頭頂間溝や楔前部の活動が見られることがわかった.次に第三章では,Multifocal VEF計測により両眼視差に誘発される低次脳活動について両眼視差の大きさと脳活動の詳細な関係を調べ,電気生理学的研究から得られたV1視差選択性ニューロンに関する知見と符合する結果が得られた.最後に第四章では,両眼視差と運動視差という2つの奥行き手がかりの組み合わせに依存した脳活動が潜時 180 ms 前後にMT野などで見られることを示した.これらの結果を図4に模式的に示した.これらの結果から,両眼視差による奥行き知覚過程を時間を追って説明すれば,以下のようになる.まず,網膜からの視覚情報がV1に到達し,潜時 100 ms 前後でV1,V2を活動源とするような脳活動が起こる.この脳活動は視差選択性を持つことから,左右両眼の網膜像間の対応を決めるなどといった両眼立体視に関連した情報処理に関連すると予想される.続いて,MEG で直接的には確認できていないものの,判別が必要なタスクでは RT 以前に判別に関連した脳活動が発生した後被験者がボタンを押す.また,潜時 200 ms 以降に頭頂間溝や楔前部が活動することで被験者が奥行きを知覚する.両眼視差以外に運動視差も奥行き手がかりになっている場合は,その統合に関わる活動が潜時 180 ms 前後に MT 野などで起こる. 第六章では,第一章から第五章までの内容をまとめ,心理物理実験とMEG計測を組み合わせることによりヒトの知覚・認知機能を解明するという試みの今後の展望を述べた. 図1 MEG強度・活動源推定潜時・反応時間(RT)の時間的な関係.太線:主要なMEG応答が観察された範囲,細線:RTの最小値と最大値を結ぶ線,太線上の黒い正方形:MEG応答の第1ピーク潜時,細線上の黒丸:タスクB-CUにおけるRTの中央値,細線上の白丸:タスクB-CまたはタスクB-UにおけるRTの中央値,白い正方形:後頭葉の活動源を推定した潜時,網かけの正方形:後頭葉の活動源を推定した潜時. 図2 上図:両眼視差の大きさと脳磁場応答強度の関係.下図:両眼視差の大きさと脳磁場応答潜時の関係.実線が右下の刺激に誘発された応答に関する結果を,破線が左下の刺激に誘発された応答に関する結果を示す. 図3 LEFT, RIGHT, INCOHERENT条件における脳磁場応答の第1ピーク(M1)のRMS値. 図4 両眼視差刺激が網膜に入力されてからの脳活動と反応時間を,本論文の2,3,4章の結果に基づいて模式的に示した図.脳活動との対応が推測される脳機能については括弧の中に示した. | |
審査要旨 | 本論文は6章からなり,人間の奥行知覚について、MEG(脳磁計)計測に基づいてその神経機構を検討している. 第1章では,両眼視差に基づく奥行き知覚に関するこれまでの生理学的研究及び数理モデル研究を概観し,両眼視差に基づく奥行き知覚を調べることの意義,非侵襲脳機能計測による先行研究の問題点を述べ,本論文の目的を明らかにしている. 第2章では,Randomdot Stereogram (RDS) 刺激に対するボタン押し課題を被験者に課し,脳磁場応答と同時に反応時間(RT)を計測している.実験の結果,MEG は視差出現後100〜180 ms に第1 ピークを持ち,この潜時帯の活動源推定部位は主に左半球の後頭葉であること,MEG の第1 ピークは,2 種類のRDS 刺激間で潜時が変化しない,比較的低次の視覚情報処理に関わる脳活動に由来することを示唆すると考察された.また,半数の被験者から,右半球頭頂葉における活動源(楔前部,頭頂間溝)を推定したが、これらの部位は奥行き知覚自体に相関が高いと、脳損傷の研究やfMRI を用いた研究で報告されている部位と一致する.しかしながら,これらの部位が推定された潜時とRT の関係は,これらの部位の活動が奥行き判断自体に直接的には関わっていないことを示唆するものと推定している. 第3章では,Multifocal (多局所)VEF (Visual Evoked Field ,視覚誘発磁場)計測について述べている.これは,視野中の局所的な部位ごとの視覚刺激に対するSN 比の高い脳磁場応答を短時間で計測できる方法であり,両眼視差に誘発される低次脳活動について両眼視差の大きさと脳活動の詳細な関係を調べた.脳磁場応答強度はゼロ視差で最も大きく,視差が大きくなるにつれて小さくなっていることと,脳磁場応答潜時については刺激の位置によって異なった結果が得られた.この両眼視差の大きさと脳磁場応答強度の関係は,マカクザルのV1 視差選択性ニューロンに関する知見と符合していた. 第4章では,両眼視差と運動視差の統合に関わる脳活動のMEG 計測を述べている。被験者9 名全員から,3 種類の刺激条件共に潜時180 ms 付近に脳磁場応答のRMS(Root Mean Square )値のピーク(以下M1)が観察された.次に,M1 のRMS 値と潜時について,3 つの刺激条件のうちの2 つの刺激条件間で有意な差があるかをpaired-t 検定により調べた.その結果,LEFT・INCOHERENT 条件間で,INCOHERENT 条件のRMS 値が有意に小さい(p =0.012)ことがわかった.3 種類の刺激条件における視覚刺激を用いたが、それらは,運動視差だけ,あるいは両眼視差だけを見れば違いは全くなく,違いはその対応関係だけである.よって,これらの条件間での脳磁場応答の差は,2 つの奥行き手がかりの統合に関わる脳活動それ自体の違いか,あるいは統合された結果生じた脳活動における違いを反映していると考えられた. 第5章では,2〜4章で得られた結果に基づき,両眼視差刺激が網膜に入力されてからの脳活動と反応時間を以下のように解釈している.まず,網膜からの視覚情報がV1 に到達し,潜時100 ms 前後でV1,V2 を活動源とするような脳活動が起こす.この脳活動は視差選択性を持つことから,左右両眼の網膜像間の対応を決めるなどといった両眼立体視に関連した情報処理に関連すると推定した.続いて,MEG で直接的には確認できていないものの,判別が必要なタスクではRT 以前に判別に関連した脳活動が発生した後被験者がボタンを押す.また,潜時200 ms 以降に頭頂間溝や楔前部が活動することで被験者が奥行きを知覚ていることが示されている.両眼視差以外に運動視差も奥行き手がかりになっている場合は,その統合に関わる活動が潜時180 ms 前後にMT 野などで起こる. 第6章では,第1章から第5章までの内容をまとめ,心理物理実験とMEG 計測を組み合わせたヒトの知覚・認知機能の解明という研究の今後の展望を述べている. なお、本論文第2章は、中坊嘉宏 並木明夫 石井抱 石川正俊との共同研究、第3,4章は武田常広との共同研究であるが、論文提出者が主体となって計測及び解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士( 科学 )の学位を授与できると認める。 | |
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