学位論文要旨



No 216594
著者(漢字) 三阪,和弘
著者(英字)
著者(カナ) ミサカ,カズヒロ
標題(和) 人々と河川との関係の再構築に向けた心理プロセスと評価構造に関する研究
標題(洋)
報告番号 216594
報告番号 乙16594
学位授与日 2006.09.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16594号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小池,俊雄
 東京大学 教授 磯部,雅彦
 東京大学 教授 佐藤,愼司
 東京大学 助教授 清水,哲夫
 東京大学 助教授 堀田,昌英
内容要旨 要旨を表示する

 本論文の目的は,次の2つである.

 第1は,人々と河川とのかかわりに着目し,日本人の河川観の変遷やその背景にあると考えられる河川法の変遷をふまえた上で,人々と河川との関係の再構築を目指す基礎的研究の位置づけとして,現状において,(1)人々がどのような要因によって,河川に対して興味・関心をもち,河川と関わっているのかという「心理プロセス」,(2)人々がどのような要因によって,河川を好ましいと評価しているのかという「評価構造」,(3)「評価構造」から「心理プロセス」への影響関係,を明らかにすることにある.

 第2は,近年求められている住民参加の意義や課題,住民参加が明記された法律の住民参加規定を整理することを通じて,住民参加の論点を整理するととともに,ケーススタディとして,各地の水系で実施されている流域委員会の活動を考察することにある.

 以下,本論文の概要,オリジナリティ,成果の順に説明する.

 まず,第1章では,本論文の第1の目的である人々と河川との関係を再構築する意義を,治水,利水,環境の観点から整理した.また,本論文の第2の目的である,住民参加を研究する背景を簡単に説明した.

 第2章では,人々と河川とが密接に関わっていた時代の様子を,文化,治水,利水,舟運との関連で考察した上で,それらが失われていく様子を,社会経済的側面と河川法の変遷に焦点を当てることによって考察した.

 第3章では,河川法の改正によって,住民意見の聴取が明記されたことから,住民参加の意義と課題を考察した.また,河川法以外の住民参加規定のある法律を,住民参加の「対象範囲」と「プロセス」という2つの軸によって整理した.

 第4章では,本論文の研究対象である関川流域及び関川流域委員会について説明した.

 第5章では,関川流域委員会の住民意識調査の1つである「心理プロセス調査」の基礎になった心理プロセスモデルを,社会心理学と認知心理学の知見を援用することによって演繹的に構築した.

 第6章では,第5章で構築した心理プロセスモデルを,第4章で紹介した関川流域委員会での住民意識調査を用いることによって,水害対策行動と環境行動に至る心理プロセスについて分析した.

 第7章では,防災教育や環境教育への示唆を得るために,ある団体が水俣において実施した環境教育を通じての意識変化を考察した.

 第8章では,関川流域委員会において「心理プロセス調査」とともに実施された「評価構造調査」をもとに,人が河川をイメージしてから,好ましいと考えるまでの河川の評価プロセスについて分析した.

 第9章では,心理プロセスモデルと評価構造モデルの統合モデルを演繹的に構築した上で,そのモデルを関川流域委員会で実施された住民意識調査のデータをもとに,水害対策と環境ごとに分析した.

 第10章では,各章の結果を整理した上で,人々を河川へと導くための方策を試論的に検討した.

 本論文のオリジナリティは,次のとおりである.

 第1は,水害対策行動や環境行動に至る心理プロセスを,社会心理学や認知心理学の知見をもとに演繹的に構築した上で,実証研究を試みた点である.これまでも両行動に関する実証研究は数多く行われてきたが,いずれも仮説的なモデルの実証が中心であり,理論的な考察に欠けている傾向があった.本論文では,環境問題を対象に演繹的に構築されたモデルを援用することによってその点を解消した.

 第2は,水害対策や環境行動に至る心理プロセスと,河川を評価するプロセスを統合したモデルを構築し,実証を試みた点である.従来の研究では,主に社会心理学を背景にもつ心理プロセス研究と,主に景観や建築の分野で研究されてきた,環境心理学を背景にもつ評価構造研究とは,別々に論じられる傾向があった.しかし,本来,人々が河川に対して興味や関心をもち河川での親水行動を行ったり,洪水の危険性を感じ水害対策行動を行ったりする心理プロセスと,河川に親しみを感じたり安全性を評価したりする評価構造とは互いに独立しているとは限らない.そこで本論文では,両研究分野の成果をふまえ,それらを統合したモデルを演繹的に構築し,そのモデルの実証を行った.このような試みは本論文が最初である.

 第3は,1990年以後に住民参加に関する規定が制定または改正された社会資本整備に関する法律(都市計画法,環境影響評価法,海岸法,土地収用法,社会資本整備重点計画法,景観法)を,「対象範囲」と「プロセス」という2つの軸で捉え,各法律の住民参加を比較する際の一つの基準を提示した点である.これによって,各法律における住民参加規定の比較を画一的な観点から行うことが可能になったと考える.

 本論文の分析の結果,得られた主な成果は,次のとおりである.

(1)水害対策行動と環境行動に至る心理プロセス

 第5章において演繹的に構築した心理プロセスモデルを,第6章において関川流域委員会の住民意識調査を用いて実証した結果,水害対策行動と環境行動の両者とも,行動に至るまでには,『知識』『関心』『動機』『行動意図』という心理段階を経ることが示された.この結果より,人々を行動へと導くためには,心理プロセスモデルで仮定したとおりに,『知識』から順に高めていくことが有効であると解釈した.

 次に,両行動の差異に焦点を当てると,水害対策行動の場合,『危機感』が『関心』に大きな影響を与えていたことから,『危機感』を高めていくことが人々を水害対策行動へと促す要因になることが示された.一方,環境行動の場合,水害対策行動における『危機感』のような明確な促進要因はなかったことから,上述のように,『知識』から順に高めていくことが有効であることが示された.

 また,第6章では,関川流域において,合意形成の課題となり得る住民間の問題意識の不一致を明示した上で,何が不一致を生み出す要因になっているのかも追究した.その結果,関川流域では住民間の問題意識の不一致として,環境よりも水害対策に対する方が大きいことが示された.また,水害対策に対する不一致を生み出す要因としては,水害被災経験の差異があげられた.すなわち,自治会内に被災経験者が多いほど(被災率が高いほど),自治会が被災した回数が多いほど,水害対策に対する意識および行動が高いことが示された.また,水害対策が環境と比較して,地域差が明確であったのは,水害対策の場合,水害常襲地帯がある一方で水害被害のない地域があるというように,水害の影響が偏在し,かつ,日常生活に及ぼす影響が甚大であるという"不公平"が存在するためであると解釈した.

(2)河川を好ましいと評価するまでの評価構造

 第8章の評価構造調査より,人が身近な河川をイメージしてから,好ましいと評価するまでの評価プロセスを検討したところ,主要なプロセスとして,上下流等の違いによらず,川の広場や水辺のイベント等を通じて川と触合えると判断し,そのことによって川に親しみがあると考え,川を好ましいと評価していることが示された.この結果より,河川に対する評価を高めていくための1つの方策として,親水性を考慮に入れた河川整備を進めていくことが重要であると解釈した.

 また,評価構造の各階層間の地域差を調査したところ,物理的な影響の大きい『外的環境を一時的に感じ取る部分』と『判断』の階層間では地域差が多く,主観的な影響が大きい『判断』以上の階層間では地域差が少ないことが示された.この結果と,合意形成を考える際には共通点の強調が好ましいことから,主観的な河川に対するイメージを起点として,河川整備に関する議論を進めることが有効であると解釈した.

(3)心理プロセスと評価構造の統合

 従来の研究では,心理プロセスと評価構造が関連づけられて論じられることはなかったが,第9章での分析の結果,水害対策や環境などの対象にかかわらず,両者は互いに独立しているわけではなく,主要な影響関係として,評価構造の『判断』階層が心理プロセスの『危機感』,『責任感』,『有効感』など規定因に影響を及ぼすという形で関連していることが示された.

 この結果は,「水量が多い−少ない」といった川に対する個別のイメージや,「川の様子は好ましい−好ましくない」といった包括的な『評価』が心理プロセスに及ぼす影響は小さく,「水害対策は十分だ−不十分だ」といった具体的な対象に対して解釈を行う『判断』が心理プロセスに影響を及ぼすことを示唆した.

 この結果をふまえ,今後の河川整備を通じて,人々を水害対策行動や親水行動へと促していくためには,上述の心理プロセスモデルが示唆した『知識』から『行動』へのアプローチとともに,統合モデルが示した『外的環境を一時的に感じ取る部分』から『判断』『規定因』を通じたアプローチも有効であると解釈した.

 本論文で検討した現状における,人々が河川とかかわるまでの「心理プロセス」や,人々が河川を好ましいと考えるまでの「評価構造」,並びに「評価構造」から「心理プロセス」に及ぼす影響を考察したことによって,今後の人々と河川との関係を考える視座や,今後の河川整備の方向性を示す1つの基礎は提供できたと考える.

審査要旨 要旨を表示する

 河川法が改正され,河川の整備に流域住民の意見を積極的に取り入れる姿勢が示された.ただし,多様な流域住民のニーズを,意見の対立を解消しつつ,合理的に河川整備に反映することは困難である.本研究は,流域住民の心理プロセスや空間評価構造に着目して,その理論的検討,モデルの構築,ケーススタディを通した妥当性の検討を行い,住民間の合意形成を図る可能性を見出すことを目的とするものである.

 本研究ではまず,水害対策行動と環境行動に至る心理プロセスの演繹的な検討をもとに,心理プロセスモデルを構築し,流域住民へのアンケート調査を通じて,そのモデルの妥当性を検証した.その結果,水害対策行動と環境行動の両者とも,行動に至るまでには,『知識』『関心』『動機』『行動意図』という心理段階を経ることが示された.また,水害対策行動の場合,『危機感』が『関心』に大きな影響を与えていたことから,『危機感』を高めていくことが人々を水害対策行動へと促す要因になり,一方,環境行動の場合は『知識』から順に高めていくことが有効であることが示された.

 空間の評価構造については,既存のモデルを用いて対象領域を調査した結果,上下流等の違いによらず,川の広場や水辺のイベント等を通じて川と触合えると判断し,そのことによって川に親しみがあると考え,川を好ましいと評価していることが明らかにされた.この結果より,河川に対する評価を高めていくための1つの方策として,当該流域では,親水性を考慮に入れた河川整備を進めていくことが重要であることが示された.また,評価構造の各階層間の地域差を調査したところ,物理的な影響の大きい『外的環境を一時的に感じ取る部分』と『判断』の階層間では地域差が多く,主観的な影響が大きい『判断』以上の階層間では地域差が少く,合意形成を考える際には主観的な共通点の強調が好ましいことが提示された.

 これらの検討をもとに,本研究では心理プロセスモデルと評価構造モデルの統合を試み,評価構造モデルにおける『判断』階層が心理プロセスの『危機感』,『責任感』,『有効感』など規定因を関連付けた統合モデルを提案し,河川整備において,『外的環境を一時的に感じ取る部分』から『判断』『規定因』を通じて『行動』に結び付ける重要性を指摘している.

 以上のように,本研究は水害対策行動や環境行動に至る心理プロセスを社会心理学や認知心理学の知見をもとに演繹的に構築した上で,空間の評価構造モデルと統合させとともに,それぞれのモデルを実流域に適用して住民間の合意を形成する可能性を見出しており,河川整備はもとより,社会基盤整備全般において有用性に富む独創的な研究成果と評価できる.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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