学位論文要旨



No 216596
著者(漢字) 田中,泰司
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,ヤスシ
標題(和) 人工的な不連続面を設けたRC部材のせん断耐荷挙動に関する研究
標題(洋)
報告番号 216596
報告番号 乙16596
学位授与日 2006.09.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16596号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 岸,利治
 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 堀,宗朗
 東京大学 教授 中埜,良昭
内容要旨 要旨を表示する

 コンクリート構造物には様々な要因でひび割れが生じるが,ひび割れの発生状況によっては,構造耐荷力や使用性の低下が生じることがある.このため,ひび割れが当座の構造性能に与える影響度を判定する手法の提案や,耐荷機構に及ぼす影響度を整理することは,補修対策等に有益な情報を与えると思われる.

 本研究では,先行亀裂がRC部材の耐荷性能に与える影響を整理することを目的として,Pimanmasらが提案した模擬亀裂を部材に埋め込む手法(ACD手法)によって,ひび割れ特性を明確にしながら部材試験を行い,先行亀裂が部材耐荷挙動に与える影響度とその機構について検討を行った.

 単純支持されたRC梁部材の試験結果の検討によって,水平方向に模擬亀裂が配置された場合には,斜めひび割れ経路が迂回し,タイドアーチ的な効果が増進することが明らかとなった.ただし,通常の部材と比較した場合には,その効果はせん断スパン比によって異なることが実験的に示された.

 このような残存アーチ機構による部材耐力を評価するために,本研究ではひび割れ進展経路に着目したトラスアーチ的なモデルによる評価法を提案した.提案手法では,亀裂位置の影響は,ひび割れ進展経路を変化させることで表現される.この手法は,一般RC部材,アンボンド部材,ACD部材の耐力を統一的に評価できることが既往の試験結果との検証によって明示された.

 ACD部材では,スレンダーな部材であっても,亀裂の存在によって,引張力が伝達されなくなるために,部材耐荷機構は圧縮場が卓越する.ディープビームやACD部材のように圧縮場が卓越し,破壊に至る部材を対象として,非線形有限要素法により評価を行う場合には,ひび割れたコンクリートの圧縮強度低下則が解析結果に大きな影響を与えることが示された.この際,RC要素と無筋要素に別個のモデルを適用することで,タイドアーチ的な耐荷挙動が概ね評価可能となることが明らかとなった.

 また,模擬亀裂を有する部材の耐荷挙動を予測する際には,亀裂面のせん断伝達特性が反映された接合要素により模擬亀裂面を表現することで,部材耐荷挙動が概ね評価できることが示された.提案する手法によって解析的な評価を行えば,せん断補強筋と模擬亀裂面が相互作用を及ぼすような場合においても,部材の最大強度と変形状態を適切に評価できることが示された.タイドアーチ的な効果はひび割れの進展経路の影響を大きく受けるために,極めて離散的な現象であるものの,無筋コンクリート要素に対して,要素寸法に応じた圧縮強度低下則を適用することによって,平均ひび割れモデルによる解析においても要素寸法に依らず,耐荷挙動が予測可能となることが明らかとなった.

審査要旨 要旨を表示する

 主要な建設材料である鉄筋コンクリート構造(RC構造)にとって、せん断破壊先行型の破壊モードは構造の危機的な崩壊を避けるために極力回避しなければならないものであるが、既往の研究によって、部材内に先行亀裂が予め存在していると、せん断破壊の生じ易さ・生じ難さが変化することによって部材の耐荷力と構造特性が大きく影響されることが明らかになっている。したがって、ひび割れの発生状況によっては、構造耐荷力や使用性の低下が生じることがある。このため、ひび割れが当座の構造性能に与える影響度を判定する手法の提案や、耐荷機構に及ぼす影響度を整理することは、補修対策等に有益な情報を与えるものである。一方、先行亀裂の存在が部材の耐荷挙動に影響を及ぼすことを逆手にとって、亀裂を模擬した人工平面を部材に埋め込むことによって部材の構造挙動を制御することも試みられ、そのような機構が実現すれば、設計の合理化や新たな構造形式の実現に繋がる可能性もある。

 本論文は、このような背景の下、先行亀裂がRC部材の耐荷性能に与える影響を整理することを目的として、既往の研究によって提案された亀裂を模擬した人工平面を部材に埋め込む手法(ACD手法)によって、ひび割れ特性を明確にしながら部材試験を行い、先行亀裂が部材耐荷挙動に与える影響度とその機構について検討を行った。そして、断面内に人工的に不連続面を埋め込んだ部材(ACD部材)において、不連続面の存在が部材耐荷挙動に与える影響度とその機構について明らかにし、ACD部材を中心として、類似の水平方向先行ひび割れを有する部材や主鉄筋の付着を切ったアンボンド部材にも適用可能な一般性の高い部材耐力算定方法を提案すると共に、非線形有限要素解析において、RC要素用モデルとは別個の無筋コンクリート要素用の要素寸法に応じた圧縮強度低下則を構築し、タイドアーチ的な耐荷挙動が卓越するRC部材の構造挙動の数値解析による評価を可能としたものである。

 本論文の第1章では、研究の背景と目的を述べた上で、既往の研究についての整理を行っている。第2章では、単純支持されたRC梁部材の実験を系統立てて実施し、その結果を詳細に検討することで、断面内に人工的に不連続面を埋め込んだ部材のせん断耐力増進機構を明らかにしている。すなわち、水平方向に模擬亀裂が配置された場合には、斜めひび割れ経路が迂回し、タイドアーチ的な効果が増進することを明らかとした。ただし、その効果はせん断スパン比によって異なることを実験的に示している。第3章では、このような残存アーチ機構による部材耐力を評価するために、ひび割れ進展経路に着目したトラスアーチ的なモデルによる部材耐力評価法を提案した。本提案手法では、亀裂位置の影響は、ひび割れ進展経路を変化させることで表現している。この手法は、一般RC部材、アンボンド部材、ACD部材の耐力を統一的に評価できることを既往の試験結果を用いた検証によって確認しており、提案手法の高い一般性が示されている。第4章では、このようなタイドアーチ的な耐荷機構が卓越した場合の構造挙動を非線形有限要素法によって精緻に評価することを可能としている。ACD部材では、スレンダーな部材であっても、亀裂の存在によって、引張力が伝達されなくなるために、部材耐荷機構は圧縮場が卓越する。ディープビームやACD部材のように圧縮場が卓越し、破壊に至る部材を対象として、非線形有限要素法により評価を行う場合には、ひび割れたコンクリートの圧縮強度低下則が解析結果に大きな影響を与えることを明らかにした。そして、従来使用されてきたRC要素用とは別個の無筋要素用圧縮モデルを新たに考案し、これをアーチクラウン部に相当する圧縮部に適用することで、部材耐力を含む構造挙動の評価を可能とした。タイドアーチ的な効果はひび割れの進展経路の影響を大きく受けるために、極めて離散的な現象であるが、無筋コンクリート要素に対して、要素寸法に応じた圧縮強度低下則を適用することによって、平均ひび割れモデルによる解析においても要素寸法に依らず、耐荷挙動が予測可能となること示している。また、人工亀裂面として波形状を有する板を取り上げ、この面でのせん断伝達特性を表現するのに必要な接触密度関数の定式化を行った上でこれを数値解析に適用し、せん断補強筋と模擬亀裂面が相互作用を及ぼすような場合においても、亀裂面のせん断伝達特性を反映した接合要素により模擬亀裂面を表現することで部材の最大強度と変形状態を適切に評価できることを示している。第5章は、以上の検討内容をまとめ、本研究の結論が示されている。

 以上、本研究は、人工的な不連続面に留まらず、一般のひび割れをも包含し得る一般性の高い機構モデルとその評価手法を確立した意義が極めて大きく、かつ実務における工学的な展開の道を大きく開き得る有用性に富む独創的な研究成果と評価できる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/38184