No | 216600 | |
著者(漢字) | 原,寛道 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ハラ,ヒロミチ | |
標題(和) | 散策観光のための歩行者用案内標識のあり方に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 216600 | |
報告番号 | 乙16600 | |
学位授与日 | 2006.09.14 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 第16600号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 建築学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 序章 近年、人々はゆとりある時間の中で、複合文化施設や複合商業施設、地域観光地などで、空間そのものの豊かさを享受する傾向が高まってきている。 しかし、人間が歩行によって空間を移動する際に欠かせない案内標識は、このような新しい空間の楽しみ方に対してうまく適応できていないように思われる。従来の案内標識の考え方では、主に目的地への効率的な誘導が重視されていた。このような考え方は、自動車道路、交通関連施設、病院などでは必須である。しかし、車を使わない散策による観光や、空間そのものを魅力とする施設を利用する場合、人々は自分の興味に応じて、その場の状況との関わりの中で行動する。よって、この様な場合に対し、従来の誘導的な案内標識とは異なるあり方が、求められると考えられる。 地域観光地では、自動車社会の発達により、滞在型観光から日帰り観光へと傾向が変わってしまったため、このような散策による観光が滞在型観光を実現する手法として期待されている。しかしながら、多くの遊歩道では、従来の道路交通標識と同様の考えに基づく案内標識が設置され、期待された効果は得られていない。散策観光をより広く可能にするための、歩行者用案内標識のあり方を明らかにすることは、地域観光にとって急務になっている。 本研究に関連する既往研究は、案内標識の利用に関する研究、歩行行動のあり方に関する研究、経路探索に関する研究があげられる。しかし、どの研究においても、歩行主体がその場の状況によって歩行の計画を立て散策を進める行動のあり方や、その空間から得られる情報との関係を扱った研究は少ない。 そこで、本研究では、社会的な要請が最も強いと考えられる地域観光地において、その場の様々な魅力を、散策すること体験し、さらに散策を拡大するための、歩行者用案内標識の基本的なあり方を示すことを目的とする。 第1章 散策歩行における規定目的の影響 第1章から第2章にかけては、空間的な魅力は豊富にある大規模な総合公園において、主要な施設への誘導が主となっている誘導型案内標識の有効性を検証する。 調査方法は、歩行目的がある被験者(4名)と、そうでない被験者(4名)に分け、目的歩行と散策歩行の2つの歩行の状態を実験的に再現し、VTRで記録した利用状況を分析する。そして、誘導型案内標識に加え、同じ場所に周辺地図を表した案内標識を設置し、同様の追跡調査(4名)を行い、有効性の検証をする。 第1章では、歩行目的を既定された場合、その既定目的が対象空間の認知度合いと歩行範囲の広がりに対して、影響がどれ程あるかを調査する。方法は、上記の実験の中で得られた、被験者のスケッチマップの分析、被験者によって撮影された写真の着目要素と意図の分析、歩行動線の分析によって行った。 その結果、既定目的がある場合は、経路選択の可能性は少なく、散策の範囲は面的な広がりに欠けることが明らかになった。そして、散策対象空間に対する関わりは客観的で、正確な空間把握がされやすい事が分かった。既定目的がない場合は、主体的に現場の空間情報を得ることで散策は広がるが、空間情報が得られないと狭まる。そして、空間に対する関わり方は主観的となるが、正確な空間把握はされにくい傾向がある事が明らかになった。 第2章散策歩行における誘導案内標識の有効性 第1章で行った実験について、それぞれの被験者に対して、経路選択の理由と案内標識の利用目的を、経路選択が行われた分岐ごとにアンケート方式による調査を行い、経路選択における歩行の目的と案内標識の働きを分析する。 その結果、公園内における歩行とは、目的確定型経路選択と目的不確定型経路選択の2つの経路選択によって構成され、散策歩行は、目的不確定型経路選択が行われる傾向が高い歩行のあり方であることが分かった。そして、歩行における案内標識の働きを整理し、誘導案内標識と周辺地図標識の散策歩行に対する働きを図式によって理解した。 これらのことから、誘導案内標識は散策歩行の中で、行われる傾向の少ない目的確定型経路選択に対して有効に働く機能であるため、散策歩行を拡大するための機能を十分に持たないことが明らかになった。 第3章地域観光地における散策歩行の実態 実際の観光地を対象とし、散策歩行の実態の把握を行う事を目的とする。 方法は、南房総地域で行われた、滞在型観光実現のための交通社会実験の期間を生かし、観光地での散策を促す案内標識を仮に設置し、実際に使用されている状況で、現地配布によるアンケート調査とヒアリング調査及び観察調査である。 その結果、観光客は、散策観光に対しての期待は高いが、イベントのように企画がされないと、主体的な散策は実行されてにくいことが明らかになった。また、様々な情報媒体が統一されずに提供されることで、情報量は十分であっても、混乱して行動が促進されていないことが分かった。 第4章地域観光地における散策歩行の行動特性 第3章で調査した中で、本研究が対象としている自由な散策が行われる可能性が高い「千倉町里山遊歩道」地域に対象を絞り、地域観光地で行われる散策行動の特性を見いだす事を目的に、被験者(6名)に2時間の散策歩行を課題とし、実験的な歩行追跡調査を行った。 VTRで記録した散策行動と地図にプロットした歩行動線の分析によって、地域観光地における散策歩行の特性が、現場で得られた情報をもとに構想される歩行プランにおける目的のあり方によって、強い目的のあるオリエンテーリング型(O型)、目的が弱いワンダー型(W型)、柔軟に目的を変更して散策を広げるエクスプローラー型(E型)と3つに類型されることを見いだした。 地域観光においては、E型に類型される散策のあり型が、好ましい散策のあり方であるため、次のようにE型へ展開するための条件を整理した。つまり、W型からE型へは、離れた大きなプランがあり、小さな目的がエリアを離れてつながること。そして、O型からE型へは、目的が曖昧になることであり、目的が複数あることである。 第5章地域観光地における散策歩行のための案内標識の働き 第4章で得られた散策歩行分析をさらに詳細に行い、E型へと展開するための、散策を構成するプランと現場情報との関係を図式に整理し、プラン展開を促進する情報の中でも、視覚的な情報が大きな役割を果たしていることを明らかにした。つまり、歩行主体が現場情報を得て歩行プランを構想したときに描かれている期待イメージに対し、歩行を実行する際に得られる具体的視覚情報が合致することで散策は展開する事が分かった。そして、その視覚イメージを適切に計画することが、地域観光地における散策歩行者のための案内標識の役割であることを示した。 終章 地域観光で散策が展開するための案内標識の基本的なあり方を整理する。 W型のプランは、O型プランがすでにある状況では構想されにくいため、一つの散策目的が終了した時点など、目的が不在な状況において、誘目性の高い情報が提示されることが有効だと考えられる。また、W型の歩行プランの特徴は、構想すると即座に実行され、実行できない場合は、すぐに中止される。よって、着目した視覚情報に対して、容易に行動することができるように情報を伝えることも必要である。 次に、O型の散策は、大きな歩行目的を事前に強く持つことで、移動した空間から得られる直接的情報を歩行のプランに反映せず、歩行を完了する散策のあり方が特徴であるので、現場から得られる情報がプラン構想時に期待したイメージに整合し、誤ったイメージがなされないような情報提示が望ましいと考えられる。そして、誘導的な案内標識は、この様な場面で特に有効に機能すると云える。 しかし、W型・O型が行われたのみでは、地域観光では散策は展開したとは云えない。よって、W型からE型へまた、O型からE型へと発展するための案内標識のあり方を整理する。W型プランの特徴は、身近な視覚情報をもとに即座に行われる短期性にある。よって、身近なエリアから離れたエリアに向かってプランを構想するための情報提示が必要である。そのためには、誘目性の高い視覚情報が身近にありながら、連続して展開するような情報提示が有効である。また、次の観光エリアの魅力を紹介するといった方法も有効だと考えられる。 O型のプランは、強い目的指向性から、散策歩行者の認知地図に明確な構造が形成される。よって、1カ所のみで完結する単純な認知地図とならないように、数カ所の散策の可能性を示し、それらが面として構成されるような情報の提示が求められる。また、プラン実行における情報提示と関連して、大きな目的を持って歩行を開始した際に、その目的の完遂だけにこだわることがないように、そのプランによって期待されているイメージに関連した視覚情報が得られることで小さなプラン構想を可能にし、目的を曖昧化することも重要である。また、周囲の環境情報に対し意識を向け、実行されることがE型へ転換するための条件となる。しかし、強い目的があることに対して、些細な環境情報は意識されにくい。そのためには、O型プランで期待されているイメージに関連した情報を、歩行の段階にあわせて展開していくことが有効である。些細な環境情報の提示の内容も、単に視覚情報のみではなく、体験を伴うものとすると意識されやすいため、体験化しやすい内容の情報提示も効果的である。 そして、上記のことをふまえ、南房総白浜町にて、計画への適応を実践し、デザイン提案が実現した。今後は、設置されたエリアの利用状況を調査し、効果の検証をするとともに、より具体的なデザインの方法に関して「散策歩行者の視覚イメージの連続性を与えるテーマ設定と案内標識による効果的な表現の仕方」や「散策歩行者の歩行対象地の認知地図の効果的な形成のための周辺地図の情報内容と案内標識による効果的な表現方法」などを究明していくことが課題である。 ワンダー型(W型) オリエンテーリング型(O型) エクスプローラー型(E型) 地域観光地における散策展開の図式 | |
審査要旨 | 本論文は、地域観光地において様々な魅力を散策することによって得られる歩行者用案内標識の基本的なあり方を示すことを研究目的としている。 近年、人々は、ゆとりある時間の中で、複合施設や地域観光地などで、空間そのものの豊かさを享受する傾向が高まってきている。従来の案内標識は、主に目的地への効率的な誘導が重視されているが、歩いて散策する観光や、空間そのものを魅力とする施設などを利用する場面では、人々は自分の興味に応じ、その場の状況との関わりの中で行動するため、従来の誘導的な案内標識とは異なるあり方が求められることが背景となっている。 第1章、第2章では、大規模な総合公園において案内標識の有効性の検証を行った。既定目的がある場合は、経路選択の可能性は少なく、散策の範囲は面的な広がりに欠けることが明らかになった。そして、散策対象空間に対する関わりは客観的で、正確な空間把握がされやすい事が分かった。既定目的がない場合は、主体的に現場の空間情報を得ることで散策は広がるが、空間情報が得られないと狭まる。そして、空間に対する関わり方は主観的となるが、正確な空間把握はされにくい傾向がある事が明らかになった。 公園内における散策歩行は、散策的経路選択と目的的経路選択の2つの経路選択によって構成され、散策歩行における案内標識の働きを整理し、誘導案内標識と周辺地図標識が散策歩行に対する働きを図式化して理解した。 これらのことから、誘導案内標識は散策歩行の中で、頻度が少ない目的的経路選択に対して有効に働く機能であるため、散策歩行に対する要求を、十分に満たすことができないことが明らかになった。 第3章では、実際の観光地を対象とし、散策歩行の実態の把握を行った。観光客は、散策観光に対しての期待は高いが、イベントのように企画がされないと、主体的な散策は実行されにくいことが明らかになった。また、様々な情報媒体が統一されずに提供されることで、情報量は十分であっても、混乱して行動が促進されていないことが分かった。 第4章では、「千倉町里山遊歩道」地域を対象として、地域観光地で行われる散策行動の特性を見いだす事を目的に、被験者(6名)に2時間の散策歩行を課題とし、実験的な歩行追跡調査を行った。VTRで記録した散策行動と地図にプロットした歩行動線の分析によって、地域観光地における散策歩行の特性が、現場で得られた情報をもとに構想される歩行プランにおける目的のあり方によって、強い目的のあるオリエンテーリング型(O型)、目的が弱いワンダー型(W型)、柔軟に目的を変更して散策を広げるエクスプローラー型(E型)と3つに類型されることを見いだした。 地域観光においては、E型に類型される散策のあり方が求められるので、E型へ展開するための条件を整理した。つまり、W型からE型へは、離れた大きなプランがあり、小さな目的がエリアを離れてつながること。そして、O型からE型へは、目的が曖昧になることであり、目的が複数あることである。 第5章では、散策歩行分析をさらに詳細に行い、E型へと展開するための、散策を構成するプランと現場情報との関係を図式に整理し、プラン展開を促進する情報の中でも、視覚的な情報が大きな役割を果たしていることを明らかにした。つまり、歩行主体が現場情報を得て歩行プランを構想したときに描かれている期待イメージに対し、歩行を実行する際に得られる具体的視覚情報が合致することで散策は展開する事が分かった。そして、その視覚イメージを適切に計画することが、地域観光地における散策歩行者のための案内標識の役割であることを示した。 終章では、地域観光で散策が展開するための案内標識の基本的なあり方を整理した。 W型のプランは、目的が不在な状況において、誘目性の高い情報が提示されることが有効で、着目した視覚情報に対して容易に行動することができるように情報を伝えることも必要である。O型の散策は、現場から得られる情報がプラン構想時に期待したイメージに整合し、誤ったイメージがなされないような情報提示が望ましいと考えられ、誘導的な案内標識はこの様な場面で特に有効に機能する。 W型からE型へまた、O型からE型へと発展するための案内標識のあり方を整理すると、W型からE型へは、誘目性の高い視覚情報が身近にありながら連続して展開するような情報提示が有効であり、O型からE型へは、1カ所のみで完結する単純な認知地図とならないように数カ所の散策の可能性を示し、それらが面として構成されるような情報の提示が求められる。 そして、上記のことをふまえ、南房総白浜町にて、計画への適応を試みた。 本論文は、実験により散策歩行行動の特性、特に歩行プランのたて方と、案内標識の役割を明らかにし、散策歩行行動が展開するための案内標識のあり方を提示した。 以上のように本論文は、人間特性としての散策歩行行動の実態を明らかにし、案内標識など環境情報のあり方の一つの方向を提示し、建築計画学の発展に大いなる寄与を行うものである。 よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/42882 |