学位論文要旨



No 216604
著者(漢字) 三島,望
著者(英字)
著者(カナ) ミシマ,ノゾム
標題(和) 構造構成要素の変形を考慮した工作機械の概念設計支援に関する研究
標題(洋)
報告番号 216604
報告番号 乙16604
学位授与日 2006.09.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16604号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 光石,衛
 東京大学 教授 中尾,政之
 東京大学 教授 柳本,潤
 東京大学 助教授 割澤,伸一
 大阪大学 教授 竹内,芳美
内容要旨 要旨を表示する

 工作機械は成熟産業としばしば言われるが,工作機械設計にはまだ様々な研究課題がある.工作機械の設計については,これまでに様々な経験の蓄積や体系化の努力が有り,設計マニュアルとして発刊されるまでに至っている.一方,近年,製品設計の分野ではコンカレント化が進んでおり,設計段階から製品の3次元形状データを保持し,それに基づいて生産工程,ロジスティックスなどのシミュレーションを計算機上で行えるようになってきている.製品設計のコンカレント化は当然ながらその製品化までの時間の短縮につながるが,あらゆる新設計の製品が既存の生産設備で製造可能であるとは限らず,生産設備側でも改造,新規設計等の期間短縮が求められる.また,生産のグローバル化に伴い,製品設計が先行し,それを生産するための工場建屋を含む生産設備を新規導入することも有り得る.この方向性に沿って,加工対象に対応した工作機械を既存設計例無しに設計するためには,設計時に試作によらないおおまかな設計評価を必要とする.試作,精度試験,トライアルアンドエラーによる修正などは工作機械の製作に重要な作業ではあるが,より効率的な工作機械設計を実現するためには,設計の初期段階である概念設計段階をより重視しなくてはならない.本研究では,工作機械の概念設計の高度化に資する手法の確立と提供を目的としている.そのうえで,具体的な目標として,本論文では以下の2つを定めた.

 (1) 工作機械の概念設計段階に適用できる設計評価手法の提案

 (2) 各種工作機械の設計指針の提示と検証

 工作機械の加工動作は工具と工作物との相対的位置関係で決定されるが,その位置関係を解析的に記述する方法として形状創成理論が良く知られている.一般的には形状創成理論においては,熱変形,静荷重による変形などの内部変形については定量化が難しいことから扱わない,としている.しかし,軸構成,軸積層順,要素特性など,相対移動要素を剛体として取り扱うことによって得られる諸特性以外にも,構造構成要素の内部変形は,工作機械の特性に大きく影響することが経験的に知られている.設計評価においては,これら内部変形と,既存の形状創成理論で評価可能な機械要素の誤差をあわせて,戦略的に重要度を比較検討することが求められる.本論文では,通常の形状創成理論を拡張し,簡単な近似による内部変形の推定を導入している.先ず各工作機械要素に付与した局所座標系間の変換を,工作物から工具まで順次行うことによって,形状創成理論に基づき,工作機械の加工動作を表す形状創成関数を導出する一般的手順について記述している.形状創成関数は,各々の座標変換に対応する同時変換行列の積によって表現されるが,工作機械の誤差を表す同時変換行列を要素間変換に際して付加することにより,工作機械に内在する熱変形,静的変形などの誤差要因を考慮した形状創成関数を計算できることも示される.これら誤差を含む形状創成関数と含まない形状創成関数の差が形状創成誤差関数と呼ばれるベクトルであり,工作機械の目標位置からの理論的位置決め誤差を表す.本論文では,この理論的位置決め誤差を工作機械の性能を現す指標として用いることとし,得られた形状創成誤差関数に対して,ロバスト設計手法として一般的なタグチメソッドを適用して感度解析を行うことにより,工作機械の位置決め誤差に及ぼす工作機械の設計パラメータ,局所的誤差,構造などの影響を同定する方法を提案している.また,提案した手法を実際の工作機械設計に適用するため,旋盤,フライス盤の2つの工作機械モデルにおいて,各部の幾何学的局所誤差が物理的誤差要因とどのように関係付けられるかを決定している.その上で,形状創成誤差関数に含まれる多くの誤差要因がどのように仮定でき,どのような寸法効果を持つかを,先行の研究などを通じて整理している.

 次の段階として,提案した評価手法および仮定した誤差量を一般的な工作機械構造である旋盤およびフライス盤に適用し,工作機械構造,設計パラメータ,局所誤差および局所誤差にマッピングされる物理的誤差要因などが全体性能に与える影響を示している.その結果,工作機械の構造としては,旋盤形式の場合は,もっとも一般的に見られる主軸固定式,フライス盤形式の場合はXYテーブルを有する方式の理論的性能が最も良いことが示される。また,誤差要因については姿勢度誤差などの角度誤差の影響,特にフライス盤形式の工作機械では主軸の軸方向熱変位の影響が大きいことなどが明らかにされる.ここまでで,工作機械の概念設計支援手法の基礎およびその手法を既存の工作機械形式に適用して設計指針を得る方法を示したが,さらに,この方法を新しい工作機械構造に適用し,工作機械の設計コンセプトが異なる際の性能比較を試みる.比較の結果,ほぼ同等の加工領域を有するフライス形式の工作機械の場合,計算される位置決め誤差量は,片持ち式,門型,ハイブリッド型ないしパラレルリンク型となり,新しく提案されている工作機械形式が理論的位置決め誤差の面で既存の形式に比べて有利であることが確認される.

 さらに,本概念設計手法の適用対象として,いわゆるマイクロ工作機械が有望かつ必要性が高いと考えられることから,フライス盤形式を対象に小型化設計指針の導出を試みている.計算の結果,数mm程度までの加工を行うフライス盤の最適サイズは,おおむね現行の工作機械の1/10程度の小型化が有利であることも明らかにしている.構造に関しては,マイクロ工作機械の場合も,普通工作機械の場合と特に目立った差異は無く,フライス盤形式では12036形が理論的には最も良い.また,最も影響の大きい設計パラメータについても普通工作機械と同様に主軸中心の高さであった.一方,重要な誤差要因に関しては普通サイズの工作機械と違いが見られ,普通工作機械では直動機構の角度誤差の影響が大きいのに対し,マイクロ工作機械では直動機構の真直度誤差の影響が比較的大きい.ただし損失熱に起因する主軸ユニットの軸方向伸びの影響はどちらの工作機械でも重要であった.これらの計算結果を,マイクロファクトリと呼ばれる超小型生産システムの研究において開発したマイクロ工作機械の実機と比較している.試作機は構造,寸法などが概ね得られた設計指針に沿って設計,製作されている.試作機の位置決め性能の実測結果と計算結果を比較した結果,実際の位置決め誤差量はほぼ予測の範囲内にあった.これらの検討の結果,本論文の方法による設計評価が,特にマイクロ工作機械を対象とした場合,簡便かつ有効な概念設計支援手法であることを確認した.

 最後に論文全体のまとめとして,研究によって得られた工作機械の設計指針に関する知見を整理して再度記述するとともに,本研究の結果,工作機械の概念設計支援に関わる上記の2つの具体的目標は充分に達成されたことを述べている.具体的には,各種の工作機械について得られた設計指針は熟練設計者からの聞き取り調査により得られた概念設計に関する知見と一致し,本設計評価手法が既存設計知識と矛盾しないことが定性的に確認された.また,特にマイクロ工作機械については,設計指針に基づいて設計した試作機の実測結果は,計算結果と良い一致をみた.設計が既存の工作機械の小改造である場合,戦略的概念設計支援を目的とする本方法の有効性は限定されたものであるが,マイクロ工作機械,新しい構造の工作機械など,既存の設計知識の蓄積が期待できない場合には,最初から詳細な計算モデルを構築する場合に比べて,本手法に基づく解析を経ることにより,設計の手間を削減できることを主張している.今後,手法の実用性を高め,製品オリエンテッドな設計手法として確立して行くためにはいくつかの問題点を解決する必要がある.しかし,昨今の工作機械産業を取り巻く状況においては,設計の概念段階において設計評価(デザインレビュー)を行って概念設計の効率化を行う必要性があり,そのためには本研究で提案した,設計のラフスケッチを描くこととの同質性,同時性を特徴とした概念設計支援手法が適していることは充分に主張できたと考える.

審査要旨 要旨を表示する

 工作機械設計は工作機械メーカー等において様々な知見が蓄積され,高度で精緻な設計が実現されている.しかし,設計の最初期段階であるいわゆる概念設計に関しては,これまで充分に検討されてきたとは言えない.一般に,設計においてはコンセプトの創出である概念設計が,その成否を左右する重要な段階であるといわれる.近年増加している有限要素法などを用いた設計手法は,設計の小変更には適しているが,設計コンセプトの本質的な変更には対応しにくい.なぜならば,いくつかの設計候補から最適なものを選択するような場合には,解析モデルの製作に多大な時間を要するからである.特に近年では,製品製造のフロントローディング化,様々な新構造の工作機械の発案,省エネルギー,低環境負荷に対する社会的要請,生産拠点の海外移転など,工作機械産業を取り巻く状況は大きく変化しており,より早く,より効率的な工作機械設計の実現が重要な課題となっている.

 本研究は,これまで経験則に依ることの多かった工作機械の概念設計において,定量的評価に基づく視点を導入するものであり,研究成果は,新構造の工作機械設計,海外生産拠点における部品の受け入れ,精度クラス別の設計などに展開することが可能である.研究では,工作機械の加工動作を数学的に記述する方法である形状創成理論を,構造構成要素の内部変形を取り扱えるように拡張,改良した上で,ロバスト設計手法に基づく感度解析を適用し,工作機械の構造,設計パラメータ,局所的誤差が,理論的位置決め誤差量で表される全体性能へどのように影響するかを体系的に導出する方法を示すものである.また,提案した設計評価手法を各種の工作機械構造に適用し,本研究の設計手法の有効性を検証している.その結果から,本研究の手法が既存設計知識の蓄積の少ないマイクロ工作機械や,新しい構造の工作機械の設計指針を得るのに適していることを示すとともに,部品性能と全体性能の関係を明確化することにより,概念設計段階での戦略的設計が可能なことが考察されている.

第1章では,序論として本研究の背景,目的,従来の研究などについて述べている.

第2章では,工作機械の加工動作を数学的に記述する方法のひとつである形状創成理論の基礎について述べている.既存の形状創成理論では構成要素を剛体と考え,両剛体要素に付与した局所座標系間の角度変換,平行移動のみを考慮するのに対し,本研究で提案する方法では要素内部の変形を考慮する点を特徴とする.得られた形状創成誤差関数に対して,ロバスト設計の手法としてよく知られているタグチメソッドを適用し,未知のパラメータを含む状態で,各パラメータの感度解析を行って設計情報を得る方法を提案している.

第3章では,工作機械の各種の誤差要因の分類を試み,その中から工作機械の概念設計において重要と考えられる特性を抽出し,前章の計算中に導入するために分析を行っている.分析においては,既存の研究から明らかになっている誤差要因の特性に応じて,代表寸法との線形関係を仮定し近似するもの,一定値とするもの,数表などの値を用いるものなどに分けて論じている.

第4章では,実際の設計支援,設計指針の導出の対象として,旋盤とフライス盤を取り上げ,新規に工作機械を設計することを想定し,第2章で提案した設計評価手法を適用して設計評価を試みている.また,設計評価手法の検証として,設計評価結果と,既存の設計知見との比較を行うことにより,本研究の設計評価手法の有効性を検証する.具体的には,既存工作機械設計に対する熟練設計者の知見をアンケート形式で調査し,本研究の設計評価結果と比較することで検証を試みている.

第5章では,比較的新しい構造の工作機械を対象に,設計評価を行うことによって,本研究の方法により異なる設計コンセプト間の性能比較を行い,設計支援を行うことが可能かどうかを検討している.解析対象としては門形機,パラレルリンク形工作機械,ハイブリッド形工作機械であるが,いずれもフライス形式の工作機械を取り上げている.その結果,同体積の加工領域を仮定することにより,異なる設計コンセプト間の性能比較を行うことが可能なこと,また,パラレルリンク形,ハイブリッド形の新構造の工作機械の性能が比較的優れていること示している.

第6章では,得られた研究成果,設計指針のうち特に工作機械のダウンサイジング効果について,本手法による解析と,実際のマイクロ工作機械の試作結果から論じている.また,工作機械の誤差の中でも補正が難しいことから問題となる工具軸と工作物との角度誤差について取り上げて解析している.ダウンサイジンング効果については,本研究の手法を適用して,微細加工用の工作機械の最適寸法が通常の工作機械の約1/10であることを導出している.設計評価手法により計算したマイクロ工作機械の性能は,試作したマイクロ工作機械の測定結果とほぼ一致することを示し,手法の有効性の実証を行っている.また,角度誤差については,主軸とコラム間の距離が大きく性能に影響することを示している.

第7章では, 本研究で得られた成果を総括して結論とするとともに,本研究の工作機械設計分野への今後の展開について述べている.

 以上を要するに,本研究では,工作機械の諸元や部品性能と全体性能の関係を明確化することによって設計指針を提示する新たな設計支援手法を提案するとともに,熟練設計者の知見や,マイクロ工作機械の試作結果と比較することによって導出された設計指針の妥当性を検証している.その結果,本研究は,効率的な工作機械の概念設計支援手法を確立するために大いに資する.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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