学位論文要旨



No 216605
著者(漢字) 井上,俊司
著者(英字)
著者(カナ) イノウエ,シュンジ
標題(和) 櫛型メガフロートの実現化に関する研究 : 羽田空港再拡張メガフロートの浮体計画
標題(洋)
報告番号 216605
報告番号 乙16605
学位授与日 2006.09.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16605号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,英之
 東京大学 教授 湯原,哲夫
 東京大学 教授 木下,健
 東京大学 教授 影本,浩
 東京大学 助教授 林,昌奎
内容要旨 要旨を表示する

 大型湾内や防波堤で護られた静穏海域に設置されるポンツーン型超大型浮体については、世界の研究をリードする形でメガフロート技術研究組合において研究開発が行われた。その結果現在はメガフロートはこの形式の浮体を表す一般名詞として世界的に定着している。

 本研究は、メガフロート技術研究組合の成果をベースにしつつ、当時想定した要求を越える要求に対応するための新たな浮体の開発を行い、メガフロートの実現可能性に新たな展開を図ったものである。

 当研究の契機となった羽田空港再拡張事業においては、現地の水深は約20m、東京湾奥部で波浪は比較的少ない、海底土質は軟弱という条件で、メガフロート技術研究組合で開発されたコンセプトが最適と目されていた。但し、現地の特殊条件としては多摩川の影響があった。すなわち、滑走路島の約1/3の部分は多摩川の河口部にあたり、流線上に位置することから、該当部分については河川法上の通水性の要求が課せられた。浮体は必ず海中部で通水性を持つが、河川法上の橋脚の規定が準用されることにより、水線面付近での通水性により形状要求が定められた。すなわち、多摩川河口部以外の区域に対してはメガフロート技術研究組合が開発した製作容易な「箱型」の浮体とし、多摩川河口部に対しては新たに河川域用に開発した「櫛型」の浮体として、2種の異なる形式の浮体の結合形状を考案した。

 河川が多い我が国において、沿岸域に数km級の長さの浮体を設置しようとすれば、その一部が河口部にかかる可能性は一般的に言っても十分に有り、そのような場合に対応できる「櫛型」浮体をメニューに持っておくことは、浮体の立地選択肢を広げ、浮体の実現性を高めるものである。

 ここで開発した櫛型浮体は、箱型とセミサブ型の中間的な性格を持つ異方性浮体と考えることが出来、また没水部では平面的に大きなフーティングを持つのが特徴である。従って、

 1) 従前の研究成果からは、水理特性の見通しが立てられない。

 2) 設計実務上の十分な精度と実用性を兼ね備えた設計手法(含、解析法)を新たに確立する必要がある。

といった課題がある。また、大型空港のような大規模な浮体施設の場合には、箱型が適用可能な箇所は製作容易な箱型を極力採用する等、一つの施設内であっても場所によって箱型と櫛型を使い分けて複合浮体とする場合もあり、その場合には複合浮体としての現象の複雑さも課題となる。

 これらの課題は、浮体の変形および応力、周辺波浪場、および係留に関する問題に及ぶものである。

 また、箱型浮体には無い浮体の変形・応力に係わる設計上の課題として、本研究で見出した波浪中での上下定常力の問題もある。

 以上のような背景のもとで、本研究は、以下のことを目的としている。

 1) 櫛型浮体の水理特性の概念構築

 2) 箱型浮体の設計法を櫛型に拡張するために必要な設計検討の確立

 3) 羽田での実海象に基づいて、箱型と櫛型の複合浮体のコンセプトを定量的に検討することにより、我が国の沿岸域における櫛型浮体の実用性を実証

 本研究では、まず、浮体形状および係留方式の選定の考え方についてまとめている。浮体形状については、設置場所が河口域にかかり河川法の準用を受けた場合の、従来のメガフロート(箱型またはセミサブ方式)とは異なる「櫛型箱型複合浮体」を提案し、建造も含めた諸条件を勘案した最適形状の考え方をまとめている。

 次に、安全性および機能性の検証方法について整理している。ここでは弾性応答に関連した項目として、構造強度、施設機能、および洋上接合の各側面から必要なチェック項目を整理している。

 続いて、弾性応答に関する検討を行っている。系統的な弾性応答検討にはメガフロート技術研究組合が開発した「詳細3次元弾性応答解析プログラム」を使用するが、当プログラムの櫛型浮体への適用性は明らかではなかったため、櫛型浮体の水理特性を順序だてて明らかにしつつ当プログラムの適用性を検証している。また、当プログラムによって、今回の計画浮体の安全性を確認すると共に弾性応答特性を考察している。

 さらに、波浪中上下定常力について検討している。箱型浮体において波浪中で考慮すべき外力は、上下方向の弾性応答を誘起させる力と水平方向の波漂流力であるが、櫛型浮体の場合には、加えて、上下方向の定常力が有意な大きさで発生する事を見出し、この現象について実験的および解析的に検討し、設計法への組み込みを行っている。

 加えて、消波に関する検討を行っている。沿岸域に設置される構造物に対しては、周辺海岸および周辺航行船舶に対する影響低減のために、反射波を低減することを求められる場合が想定し得るが、羽田再拡張の事例では反射率0.5以下という高いハードルが設けられた。これに対して、性能・小型化・メンテナンス性に考慮した新しい消波機構を開発し、水理実験で性能を検証している。

 また、係留に関する検討を行っている。メガフロート技術研究組合の研究で確立した係留方式および検討手法を拡張して今回の浮体形状に適用するために、必要な基礎データの収集を実験によって行い、それに基づく係留安全性の評価を行っている。

 最後に、当研究の成果としての、メガフロート設計法の新たな展開について述べている。すなわち、我が国沿岸におけるメガフロートの設計要求、設計要求から計画設計への展開、および我が国のメガフロート設計の在り方について論じている。

 「櫛型」については基礎的なデータが皆無である状態から、本研究では全て新たに実験を行って諸特性を明らかにしている。また、社会受容面での認知も「櫛型」については皆無であり、公共事業における実機の計画設計法として認められ得る体系性と説明責任のもとに実験が遂行されている。

 結果として、国土交通省により開催された羽田空港再拡張事業工法評価選定会議において各方面の有識者を巻き込んでの突っ込んだ議論の後、本研究の成果である箱型と櫛型の複合浮体のコンセプトが実現可能な工法として認定されている。

 以上のように、本研究は、櫛型浮体という新たな形式の超大型浮体の実現に関する総合的かつ体系的な研究であり、成果は、我が国におけるメガフロートの可能性と実現性を大いに高めるものである。

審査要旨 要旨を表示する

 国土が狭く、平地の少ない島国である我が国にとって、海洋の空間を有効に利用することは重要である。大型湾内や防波堤で護られた静穏海域に設置されるポンツーン型超大型浮体については、世界の研究をリードする形でメガフロート技術研究組合において研究開発が行われた。その結果現在ではメガフロートはこの形式の浮体を表す一般名詞として世界的に定着するまでに至っている。

 一方、河川が多い我が国において、沿岸域に数km級の長さの浮体を設置しようとすれば、その一部が河口部にかかる可能性は高く、河川法上の通水性の要求を満たすことが必要になる。本研究は、メガフロートを河川域に設置する際に要求される性能を明らかにした上で、メガフロート研究の成果を発展させて「櫛型」浮体を開発し、実験と解析を行い、計画・設計の観点から総合的かつ体系的に実現性を示したものである。

 当研究の契機となった羽田空港再拡張事業においては、現地は東京湾奥部で水深は約20m、波浪は比較的少なく、海底土質は軟弱という条件であった。メガフロート技術研究組合で開発されたコンセプトが最適と目されていた。しかしながら、現地の特殊条件としては多摩川の影響があることが明らかになった。想定された滑走路島の約1/3の部分は多摩川の河口部にあたり、流線上に位置することから、該当部分については河川法上の通水性の要求が課せられた。一般的に、浮体は必ず海中部で通水性を持つものの、河川法上の橋脚の規定が準用されることにより、水線面付近においても通水性を有する形状が要求された。多摩川河口部以外の区域に対してはメガフロート技術研究組合が開発した製作容易な「箱型」浮体が適用可能であるものの、河口部に対しては新たに河川域用に開発した「櫛型」の浮体として、2種の異なる形式の浮体の結合形状を考案した。

 本研究で提案した「櫛型箱型複合浮体」は、箱型とセミサブ型の中間的な性格を持つ異方性浮体と考えることが出来、また没水部では平面的に大きなフーティングを持つのが特徴である。このため、従前の研究成果からは、水理特性の見通しが立てられなかった。また、浮体の変形および応力、周辺波浪場、および係留など多岐にわたる新たな検討課題を提起した。このため、本研究で取り組んだ主要な課題は、1)櫛型浮体の水理特性の概念構築、2)箱型浮体の設計法を櫛型に拡張するために必要な設計検討の体系化、3)羽田の実海象に基づいた箱型櫛型複合浮体のコンセプトの定量的評価、4)以上より我が国の沿岸域における櫛型浮体の実用性の提示である。特に、箱型と櫛型という特性の異なる浮体を組み合わせた複合浮体の波浪中における挙動は複雑になるため、設計実務上の十分な精度と実用性を兼ね備えた、解析法を含む設計手法を新たに提案した。

 本研究では、まず、浮体形状および係留方式の選定の考え方についてまとめている。浮体形状について河川法の準用を考慮した櫛型箱型複合浮体を提案し、建造も含めた諸条件を勘案した最適形状の考え方をまとめている。

 次に、安全性および機能性の検証方法について整理している。ここでは弾性応答に関連した項目として、構造強度、施設機能、および洋上接合の各側面から必要なチェック項目を整理している。

 続いて、弾性応答に関する検討を行っている。系統的な弾性応答検討にはメガフロート技術研究組合が開発した「詳細3次元弾性応答解析プログラム」を使用するが、当プログラムの櫛型浮体への適用性は明らかではなかったため、櫛型浮体の水理特性を順序だてて明らかにしつつ当プログラムの適用性を検証している。また、当プログラムによって、今回の計画浮体の安全性を確認すると共に弾性応答特性を考察している。

 さらに、波浪中上下定常力について検討している。箱型浮体において波浪中で考慮すべき外力は、上下方向の弾性応答を誘起させる力と水平方向の波漂流力であるが、櫛型浮体の場合には、加えて、上下方向の定常力が有意な大きさで発生する事を見出し、この現象について実験的および解析的に検討し、設計法への組み込みを行っている。

 加えて、消波に関する検討を行っている。沿岸域に設置される構造物に対しては、周辺海岸および周辺航行船舶に対する影響低減のために、反射波を低減することを求められる場合が想定し得るが、羽田再拡張の事例では反射率0.5以下という高いハードルが設けられた。これに対して、性能・小型化・メンテナンス性に考慮した新しい消波機構を開発し、水理実験で性能を検証している。

 最後に、係留に関する検討を行っている。メガフロート技術研究組合の研究で確立した係留方式および検討手法を拡張して今回の浮体形状に適用するために、必要な基礎データの収集を実験によって行い、それに基づく係留安全性の評価を行っている。

 本研究では櫛型部分に関する基礎的なデータが皆無である状態から、新たに実験を行って諸特性を明らかにした。社会受容面でも、国土交通省により開催された羽田空港再拡張事業工法評価選定会議において、箱型櫛型複合浮体のコンセプトが実現可能な工法として認定されるまでに至っている。本研究は、メガフロート技術研究組合の成果に基づきつつ、新たな形式の超大型浮体の実現に向けて、要求性能に答えるための技術課題に計画・設計の観点から総合的かつ体系的に取り組んだ研究であり、成果は、我が国におけるメガフロートの立地の選択肢を広げ、可能性と実現性に新たな展開をもたらしたものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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