学位論文要旨



No 216608
著者(漢字) 武田,実
著者(英字)
著者(カナ) タケダ,ミノル
標題(和) 超微細ビーム露光技術を応用した光ディスク原盤マスタリングの研究
標題(洋)
報告番号 216608
報告番号 乙16608
学位授与日 2006.09.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16608号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 黒田,和男
 東京大学 教授 岡野,達雄
 東京大学 教授 志村,努
 東京大学 教授 渡部,俊太郎
 東京大学 助教授 三尾,典克
内容要旨 要旨を表示する

 1982年に発売されたCD(Compact Disc)から始まる光ディスクシステム(ディジタル信号記録方式)は、1996年に録容量4.7GBのDVD(Digital Versatile Disc)が規格化され、現在ディジタルAV機器の市場において最大の活況期を迎えている。DVDはSD(Standard Definition)品質の動画像と音声を2時間以上記録出来るディジタルAV用パッケージメディアだが、2003年には記録容量25GBでディジタル・ハイビジョン(HDTV)放送を2時間以上記録出来る、Blu-ray Disc規格が日欧韓の9社で纏められ、ソニーから初のハイビジョン用ディスクレコーダーが発売された。Blu-ray Discは、画期的発明である波長405nmのBlue-LD(Laser Diode)と、NA(開口数)を実用限界である0.85まで高めた対物レンズから成るピックアップ技術をはじめとする、光ディスク高密度化の要素技術が結実して実現されたシステムである。

 光ディスクの高密度化は、光学ピックアップのレーザー短波長化、高NA化による光スポット径の縮小化、フォーカス、トラッキング等の高精度サーボ技術、記録再生信号を高効率で誤り無くディジタル化する信号処理技術などのドライブ(プレイヤー)サイドとともに、光ディスク基板上に微細なピット、グルーブを形成する技術、記録書換用の相変化膜等を成膜する技術などのメディアサイドが、車の両輪となって推進されてきた。このメディアサイドの主幹技術としてのマスタリング技術は、ディジタル情報のキャリヤであるピット、またはトラッキング用ガイドグルーブなどの微細構造が形成された、プラスチック製光ディスクを大量複製するためのマスタースタンパー(金型)を作製するプロセス技術である。

 マスタースタンパーの基となるマスター原盤は、レーザービーム・レコーダー(LBR;Laser Beam Recorder)、またはカッティング装置と呼ばれるレーザー集光ビームを用いたレジスト露光(描画)装置を適用し、半導体製造と同様の感光性レジストを用いたリソグラフィープロセスにより作製される。従来のCD、DVD用のマスタリングにおいては、記録用レーザー光源に主にガス(イオン)レーザーが適用され、高NA(0.8〜0.9)の対物レンズで集光し、レジストが塗布されたマスター原盤上に、スパイラル状に配列された微細なピットパターンを形成していた。この情報ピットの解像限界は、記録用レーザーの波長が短い程高くなるが、青色から近紫外域に発振線を持つAr、Krのガスレーザーでは、実用的パワーが得られる最短波長は351nmに留まり、また対物レンズのNAも0.95程度が最大であり、CDサイズでは15GB容量に対応する0.25μm程度のピットサイズの記録が限界とみられていた。

 この限界を突破するため、DeepUV(遠紫外線)波長で発振するレーザーの開発が進められたが、1992年ソニーでNd:YAGレーザー(波長1064nm)の第4高調波である266nm波長において、100mWとカッティング装置として実用的なレーザー出力の達成に成功した。この方式のDeepUVレーザーは従来のアーク放電型ガス(イオン)レーザーのように大量の冷却水が不要で、全固体で構成することが可能であり、超精密な機構制御系を駆動するカッティング装置への適用において、冷却水による振動を完全に抑制出来ることが大きなメリットとなる。

 筆者は1993年からこの266nmレーザーのアプリケーション開発に関わり、最初に半導体露光装置への応用として、DeepUVステッパー光源への適用を試みた。400mW出力の266nmレーザーを用い、レーザー光のスペックルを除去、有効露光エリアで照射密度を均一化する照明光学系、ウェハー上にマスクパターンを縮小投影する対物レンズ、精密XYXステージなどから構成されるステッパー型露光実験機を開発した。このDeepUVステッパー実験機により最小0.26μmのライン&スペースパターンの解像性能を確認し、266nmレーザーのステッパー光源としての適用可能性に目処をつけた。

 次にDVDの次世代を担う高密度光ディスクの開発に携わり、全固体266nmレーザーのカッティング装置への適用検討を行った。Figure 1にカッティング装置の光学系構成を示す。光学系は、266nm波長に対応する光学デバイス、材料を選定評価し構築したが、高NA(0.9)の対物レンズが最大の開発要素であった。266nmレーザーは発振波長幅が狭いためレンズ材の波長分散による色収差を考慮することなく、単一硝材で対物レンズを構成出来る。しかし当初光学メーカーにより試作された0.9NAの合成石英製多群レンズは球面、コマ収差などが大きく、集光ビームを回折限界以下に絞れなかった。その後レンズ評価用のレーザー干渉計が開発されたことなどで、レンズの精確な評価、そのフィードバックによる改良設計、製作が可能になり、並行して検討を進めてきたDeepUV対応マスタリングプロセスと組合せ、0.2μm以下のピットパターンの解像を確認した。そして266nmレーザーを適用したカッティング装置と対応するDeepUVマスタリング技術により、CDサイズで20GB以上容量に対応する高密度記録が可能なことを初めて示した。Figure 2には、CD、DVDと20GB記録密度に対応するROMのピットサイズと、対応する再生用光学ピックアップの集光スポットサイズ同一縮尺で比較した模式図と、実際にディスク上に形成されたピットパターンのSEMイメージを同一倍率で示す。記録密度では、CDからDVDで約5倍、DVDから20GB密度で約4.5倍の向上である。

 本技術は、その後装置及びプロセスの安定性、信頼性向上など実用化検討が進み、先述したBlu-ray規格に準拠した25GB記録容量のRWタイプ(記録再生書換型)ディスク基板の生産に導入され、トラックピッチ0.32μmのトラッキング用ガイドグルーブが形成されたマスタースタンパー製造に適用されている。

 先述したディスク世代間での4〜5倍の高密度トレンドを延長すると、Blu-ray Discの次の世代では記録容量で100〜125GBが待望され、ROMのピットサイズでは100nmを切るナノテクノロジー領域に突入する。このようなナノスケール微細加工は、DeepUVマスタリングでは到底実現困難で、電子ビームを適用したマスタリング技術の導入を考えた。この技術については、1990年代前半からパイオニア社が先駆的研究を行い、真空チャンバー中にレジストマスター原盤、及び原盤を回転移動する機構系を設置し、レジスト露光する方式の電子ビームカッティング装置について学会等で発表を行っていた。

 筆者は2000年に、このような真空チャンバー中でレジスト原盤を露光する方式とは全く異なり、大気中において原盤を回転移動し、電子ビーム露光される近傍のみ局所的に高真空に保持する方式である、局所真空方式電子ビームカッティング装置の開発に着手した。本装置の構成図をFigure 3に示す。

 独自開発された差動排気ヘッドと呼ぶエアー浮上パッドを電子鏡筒(カラム)下端に取付け、原盤上で約10μm程度のギャップを保って浮上させ、一方で電子カラムから出射される集束電子ビームの近傍においては、真空ポンプによりギャップ部分を排気する。ビームが原盤に照射されるパスの部分を10(-3)Pa以下のビーム散乱が無視出来る真空度に保持することで、数10nmの集束電子ビーム露光を大気中で可能にした。スピンドル、スライド等精密機構系を従来のレーザービーム・カッティング装置と同様に大気中に設置出来るため、原盤の高速回転と高精度駆動を両立して実現可能できる。

 また本装置のEBカラムは、TFEタイプで最大加速電圧15KVの電子銃を用い、電子ビーム露光装置としては比較的低い加速電圧と、適切な電子光学系パラメータの設定、原盤の高速、高精度回転、及び高感度の化学増幅系レジストの適用により、パターン解像力を保持しながら、従来方式に比較して、飛躍的に高い生産性の電子線マスタリングを実現した。

 この新方式電子ビームカッティング装置と、適合するマスタリングプロセスの開発を進めた結果、2003年にCDサイズ100GB相当密度のROMピットパターン(トラックピッチ160nm、最短ピット長87nm)を形成、波長405nmでNAを2.05に向上させた近接場光学方式のピックアップにより信号再生を初めて実現した。Figure 4に100GB密度のピットパターンと再生アイパターンを示す。

 当初の検討に用いたディスクは、8インチ・シリコン基板上にエッチングで形成されたピットを有するシリコン製ディスクであり、近接場光学ピックアップにより数10nmのギャップを介してダイレクトに表面再生された。現在は100GB超記録容量光ディスクの実用化を目指し、従来と同様のプラスチック製成形ディスクを電子ビームマスタリングの適用により製作し、近接場光学ピックアップで記録再生する検討が続けられている。

Figure. 1 Schematic figure of 266nm laser recording optics

Figure. 2 Comparison of readout spot size and pit patterns of CD, DVD and 20GB density disc

Figure. 3 Electron beam recorder with localized vacuum method

Figure. 4 100GB density pit pattern and readout signal using a near field optical pickup

審査要旨 要旨を表示する

 光ディスクの特長の一つに,ROMディスクを安価で大量に生産できることがある。ROMディスクは,マスター原盤からスタンピングにより複製する。ところが,型となる原盤の作成装置には,ROMディスクの再生装置よりも高い分解能が要求される。本論文の著者は,この原盤の作成装置の開発を行ってきた。

 原盤の作成には,半導体の微細加工と同じように,フォトレジストの露光によるリソグラフィー技術が用いられる。本論文の著者は,はじめ紫外レーザーを用いCDサイズで記録密度25ギガバイトまでのディスクの作成に成功した。さらに,固体浸対物レンズを導入し40ギガバイトまで高密度化を進めた。

 これ以上の高密度化を実現するためには,光を用いていたのでは分解能が不足し,電子ビーム露光の採用が避けられない。著者は,電子ビーム露光の常識を打ち破り,記録するディスクを空気中におき,露光部分だけを局所的に排気する局所真空方式を導入した。この方式により,全真空方式に比べ記録速度を大幅に改善した。この結果,実用的な速度で,100から150ギガバイト密度のディスクのカッティングに成功した。

 本論文の内容は以下の通りである。

 第1章「序」には,研究の背景と目的,および,本論文の構成がまとめられている。

 第2章「全固体Deep UVレーザーとその応用」では,本研究の前半で用いられる紫外レーザーの概要と,著者が原盤露光装置の開発の前に行っていた半導体露光装置への応用の研究成果が述べられる。本論文で用いられる紫外レーザーは,半導体レーザーを励起光源とする1.064□mの波長で発振するNd:YAGレーザーを基に,非線形光学素子を用い第4高調波を発生させるもので,波長266nmにおいて最大1.5Wの出力が得られている。著者はこのレーザーを用い半導体露光装置の開発を行った。この開発研究は製品化には至らなかったが,フォトレジストの最適化などの研究成果は,原盤露光装置の開発へ活かされた。

 第3章「全固体266nmレーザーを用いた光ディスク原盤露光装置」では,紫外レーザーを光源とする原盤露光装置の詳細が述べられている。電気光学素子を用いたノイズを低減装置,および,音響光学素子を用いた変調器を通過した紫外レーザー光は,露光装置へ導入される。露光装置は,開口数が0.9の対物レンズを用いた主光学系,原盤の回転台,680nmの半導体レーザーを用いたオートフォーカス光学系からなる。また,対物レンズの波面収差の評価のためにフィゾー型干渉計を作成した。

 第4章「Deep UVマスタリングによる高密度光ディスクの開発」では,前章で述べた原盤露光装置を使い実際に原盤を作成し,光ディスクの評価を行っている。とくにフォトレジストの最適化について,詳細に述べられている。

 さまざまな作成プロセスの改良を加えた後,最終的に,CDサイズで15〜30ギガバイトに相当する密度のROMディスクの製作評価を行った。20ギガバイト密度では実用化レベルの信号を得ることが出来た。25ギガバイト密度でも満足出来るクリアな信号再生アイパターンが得られた。

 続いて,Blu-rayディスクフォーマットに基づいた記録再生型ディスク用のグルーブ基板の作成を行った。ここでは,トラックピッチ変動を十分小さな値に抑え0.32□mトラックピッチのグルーブパターンを良好に形成できることを確認した。

 本技術をさらに発展させ,近接場光学系による固体浸型対物レンズをカッティング光学系に適用した。合成石英レンズと非球面モールドレンズから成る2群方式レンズを用いて対物レンズの開口数を1.35まで拡大し、40ギガバイト密度相当のピットパターン形成を実現した。

 第5章「局所真空電子ビーム方式による超高密度ディスク原盤露光装置」では,著者の開発した局所真空方式電子ビーム露光装置について述べられている。この装置では,エアスピンドルやエアスライドなどの精密機構制御系は大気中に配置される。従来の全真空方式ではこれら機構系が真空中で動作するため空気力学を使った制御ができなかった。局所真空方式の採用により,全真空方式の問題点を解決し,高速かつ高精度な駆動を可能にした。

 第6章「電子ビームマスタリングによる100GB密度光ディスクの開発」では,上記装置を用いてSiウェハー上にカッティング形成されたレジストパターンをマスクとして,Si基板をエッチングしディスクを形成した。このディスクを,開口数が1.85〜2.05,レーザー波長が405nmの近接場光学方式ピックアップにより基板表面から直接再生して50〜150ギガバイト密度の再生信号を評価した。

 50ギガバイト密度(トラックピッチ226nm,最短ピット長105nm)においては,開口数1.85の対物レンズを用い,良好な再生信号アイパターンが得られた。150ギガバイト密度(トラックピッチ130nm、最短ピット長71nm)においても、開口数2.36のダイヤモンド製対物レンズにより、再生信号アイパターンが確認された。

 第7章「結び」では,本論文の成果のまとめと,今後の展望が述べられている。

 以上を要するに、本論文は、光ディスクマスター原盤露光装置の研究開発の成果をまとめたものである。その主要な成果は次の2つにまとめられる。第1は波長266nmの紫外レーザー光を用いた露光装置の開発で,Blu-rayディスクに相当する25ギガバイトのディスクの製作を可能にした。第2は,電子ビーム露光装置の開発で,局所真空方式という画期的な方式の導入により高速,高精度化を図り,最大150ギガバイトまでの密度でディスク作成が可能であることを実証した。本研究は、レーザー露光装置と電子ビーム露光装置において多くの新しい成果を挙げ、光記録および微細加工の分野に多大の貢献を成し遂げてた。よって、本論文は物理工学に対し寄与するところ大であり、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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