学位論文要旨



No 216611
著者(漢字) 山元,進
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,ススム
標題(和) La2-x Srx NiO4 の電荷・スピン秩序の数値的研究
標題(洋)
報告番号 216611
報告番号 乙16611
学位授与日 2006.09.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16611号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤原,毅夫
 東京大学 教授 永長,直人
 東京大学 教授 今田,正俊
 東京大学 教授 十倉,好紀
 東京大学 助教授 初貝,安弘
内容要旨 要旨を表示する

 [第1章]強相関の擬2次元系で,電荷・スピンがストライプをなすという,非自明な秩序が発現する例が,幾つか知られている.一つは,BEDT-TTF塩などの有機導体である分子性結晶である.単軌道の1/4占有の系と見なせる場合に,長距離のクーロン相互作用のためにWigner結晶的秩序として電荷ストライプが現れることが知られている.もう一つは層状ペロブスカイト物質である.中でも,La(2-x)SrxNiO4(LSNO)の例は(i)完全に占有されているt(2g)軌道の自由度を考慮する必要がない.(ii)La(2-x)SrxCuO4の様に超伝導相が隣接していない.という意味で,典型的なストライプだと考えられている.これらは2つのeg軌道が関わる系である.このストライプの発現機構については,長距離のクーロン相互作用が重要か,格子歪みとの結合が重要かで見方が分かれている.見方が分かれる原因は,電子構造が充分に理解されていないことである.

 実験事実としては,以下の様なことが分かっている.LSNOの低温相では,スピンと電荷がそれぞれにストライプ構造をとり,ストライプの間隔はホール濃度xに依存して連続的に変化する.そのため一般の濃度xでは,これらの秩序は格子に整合しない.濃度x=1/3では格子に整合し,Neel温度が最も高くなる(TN〓200K).一方,x=1/2では格子に整合しないストライプ秩序となる.また,高温相(TC(CO)〓480K)に,チェッカーボード型の,格子整合した電荷秩序が現れる.この電荷秩序にはスピン秩序は見られない.一般に遷移金属ペロブスカイト系では,スピン・電荷秩序形成には,Jahn-Teller歪みなどの格子変形が伴う.しかし,この系においては,原子位置の違いとして同定できるほどの静的な歪みは観測されていない.

 本研究の目的は,(1)第一原理計算の適用可能な範囲でLSNOの電子構造を明らかにすること,および,その適用限界を知ること.(2)第一原理計算の適用範囲外であることがわかったx=1/2の系に対し,厳密対角化を用いて電子構造を明らかにする.(3)軌道縮退のある系の電荷・スピン秩序について,単軌道の場合との相似・相違点を明らかにする.の3点である.

 [第2章]はじめに,最も一般的な第一原理電子構造計算手法であるLSDAの拡張であるLSDA+U法の概略を説明した.LSDA+Uは,LSDAに対する補正項

(Hubbard補正と呼ばれる)によって,オンサイトクーロン相と作用を取り込む手法である.ここで,EDCは,LSDAで考慮されている交換相関エネルギーを補償する項であり,本論文では

ととる.行列要素V(e-e)は幾つかの仮定の下に,U,Jで書き下すことができる.U,Jの値は,光学的測定を参照して決定した.

 この系の母物質であるLa2NiO4について,U=7.5eV,J=0.88eVの値を用いて計算を行ったところ,バンドギャップの幅(実験値4eV,LSDA+U3.7eV),Niに局在した磁気モーメント(実験値1.7μB,LSDA+U1.6μB),共に,実験値を良く説明する結果を得た.これは,U,Jの値が適切であり,LSDA+U法が電子相関効果を良く記述していることを示す.x=1/3にLSDA+U法を適用した結果では,ホールがNiサイト上に局在してストライプを形成し,絶縁体となった.このスピン構造は以下の様なものである.各ドメインではNi(2+)の反強磁性秩序を持ち,Ni(3+)のストライプがanti-phaseドメイン境界となる(Ni(3+)に隣接する2つのNi(2+)サイトが,互いに逆向きスピンを持つ).

これは実験に適合する.

 一方,x=1/2のLSDA+U法による結果は,実験に反して絶縁体となり,電荷・スピン秩序も実験と反するものとなった.得られた解を精査すると,ホールの局在化が起こっていないことが分かった.このことは,x=1/2に対しては,LSDA+U法を用いても,電荷秩序形成に不可欠な因子を取り込めていないことを示す.対称性に関する簡単な考察などから,電荷秩序形成には格子歪みではなく,長距離クーロン力が必要であると考えられることを述べた.

 また,一般的な第一原理計算が,単一Slater行列式を用いた理論であることと,E(DC)の評価から,LSDA+U法が,反強磁性に対して強磁性のエネルギーを低く見積もりやすいことを説明した.

 [第3章]第一原理計算の結果と,LSDA+U法で用いたオンサイト・クーロン相互作用,および,LSDA+U法では取り込めなかった,長距離クーロン力Vを導入した多体ハミルトニアンを構成し,厳密解法によりx=1/2の系を取り扱った.用いたハミルトニアンを書き下せば次のようになる.

ここで,i,jはサイトインデックス,α,β,γ,δはeg軌道のインデックス,σ,σ'σ'',σ'''はスピンインデックス,t(iαjβ)は飛び移り積分,ε(iα)はオンサイトエネルギーである.Vの値は,第一原理計算の拡張手法である,GW法の,LaMnO3の計算結果(0.34eV)を参考に,0.5eVと定めた.秩序の様子は,電荷密度揺らぎの相関関数,スピン相関関数を計算することによって調べた.比較対象として計算したV=0eVでは電荷秩序が見られないが,V=0.5eVでは,チェッカーボード型の電荷秩序が見られた.これは,計算に用いた境界条件から,格子整合した秩序しか現れ得ないため,電荷のストライプ秩序と近い構造である,チェッカーボード型の秩序が現れたと考えられる.この比較により,電荷秩序形成にはVが重要であることが確認された.スピン秩序はどちらの場合も,ごく短距離の秩序しか見られなかった.スピン秩序が見られない原因は,現実の系ではorthorhombicな対称性の破れがあることを採り入れなかったことだと考えられる.そこで,V=0.5eVの場合について,第2近接サイト間のホッピングにorthorhombicな異方性を採り入れた計算を行なった.その結果,ホッピングの異方性を示すパラメータδの増加と共に,スピンストライプが発現し,エネルギーが下がることを見出した.

 ホッピングの異方性は,orthorhomicな格子歪みと結合する可能性がある.しかし,orthorhomicな歪みは,NiO68面体中のeg電子に対するJahn-Tellerモードではないので,結合したとしても,ペロブスカイト物質で一般な,Jahn-Tellerモードによる軌道秩序形成とは,異なる機構である.

 V=0.5eVの場合については,Green関数の虚部(スペクトル関数)の計算を行ない,電荷ギャップが開いて絶縁体となることを確認した.これは,モデルハミルトニアンの妥当性を示していると考えられる.ピークの性格を分析した結果,ホールはNi(3+)のx2-y2軌道に局在すると考えられる.

 また,Uによってサイト上の電荷の不均化が押えられる拘束条件の下に,ホールサイトが2相分離する状態と,全エネルギーへのVの寄与が最も小さくなる場合(電荷秩序状態)とを比較し,軌道の数によらず,ホール濃度x=1/2のときに,電荷秩序形成によるエネルギーの得が最大になることを示した.

 他に,(i)密度行列の固有ベクトルが,多体ハミルトニアンから決まる自然な1電子波動関数の基底を与えることを説明し,対応する1電子エネルギーと占有率の関係を論じた.(ii)局在スピンモーメントからは,Hund結合が非常に強く働き,Ni(2+)サイトではS=1の多重項が良い記述となることが分かった.(iii)ホッピングによるエネルギーの利得は,正方対称な結晶場(3z2-r2とx2-y2との間の分裂)に大きく依存することを述べた.

 [第4章]全体の総括として次の3点をあげた.

 (1)第一原理電子構造計算の結果によれば,x=1/3のホール・ストライプは,Ni(3+)サイトに局在している.現在の第一原理計算は本質的には,単一Slater行列式の理論であり,反強磁性状態のエネルギーを過大評価しやすい.また,サイト間の(長距離の)クーロン相互作用を採り入れる方法が充分に開発されておらず,電荷秩序のエネルギー的な得が最大化されるLa(3/2)Sr(1/2)NiO4の様な系では電荷秩序を充分に表現できない.

 (2)厳密対角化を用いた計算の結果,x=1/2でも,ホールはNi(3+)を中心として局在すると考えられる.また,orthorhombicなホッピングの異方性を導入することで,スピン・ストライプが出現することが示された.

 (3)ホッピングとサイト間の(長距離の)クーロン相互作用Vとの競争において後者が勝てば電荷秩序が表れるのは,軌道の数によらない結果である.また,ホール・ドープ率がサイト当たり1/2のときに,Vの効果が最大となることも軌道の数によらない.一方,スピン構造にはHund結合や,異軌道間のホッピングなどがからんでいる.実際,単軌道の1/4占有の場合と,2軌道の3/8占有(x=1/2)の場合とは,どちらも反強磁性絶縁体である1/2占有の系に,サイト当たり1/2個のホールをドープした系であるが,出現する磁気秩序が大きく異なる.前者は√2×√2超格子のNeel秩序であり,後者はスピン・ストライプである.

 最後に,LSDA+U法によるx=1の計算では,ホールの性格がx2-y2から3z2-r2に変わっており,実験事実と適合するのに対し,モデルハミルトニアンを固定した厳密対角化の計算では,x=1においてもホールはx2-y2の性格を持つことを指摘した.第3章で述べたように,第一原理計算では不充分な記述が,厳密対角化によって改善されることを考え合わせれば,第一原理計算と厳密対角化は相補的な関係にあり,両方の立場から物理を考えることは,今後も重要であると考える.

審査要旨 要旨を表示する

 電子構造理論の最近の大きな課題は次の二つである。第一は、電子相関の強い系における電子構造理論の展開と第一原理計算手法の確立、第二は大きな系に対する第一原理計算手法を確立し、ナノスケールにおける応用研究を展開すること、である。本論文はこのうち第一の課題に対する重要な寄与をなし、第一原理計算と多体電子論をつなぐ上でのひとつのモデルとなり得る仕事である。

 著者は、遷移金属を含む層状ペロブスカイト化合物La(2-x)SrxNiO4の電子構造、特にスピン・電荷秩序を含む基底状態がどのようなものであるかという課題に対し、第一原理計算の一つLSDA+U法により詳細に検討し、特にx=1/2における手法上の問題点を明らかにし、厳密対角化法によってこの課題に定量的な回答を与えた。この研究の過程で、たとえ基底状態が正しく与えられない場合でも、第一原理計算による計算で与えられる跳び移り積分やクーロン相互作用パラメターを定量的に決めることが本質的に重要であり、それにより得られたモデルハミルトニアンを種々の多体論的手法によって解くことにより、正しい物理描像に至ることを具体的に示した。

 本論文は、4章および付録3部から成り立っている。

 第1章が序章、第2章が第一原理計算、第3章がモデルハミルトニアンの構成と厳密対角化、第4章がまとめである。付録では、Cu系ストライプ構造との比較、「べき等性」とスレーター行列式波動関数、および計算アルゴリズムについて述べている。

 第1章序論ではストライプ秩序について、有機導体と遷移金属酸化物系の異同について述べ、電子相関という共通点から考える意味を強調している。さらに

La(2-x)SrxNiO4のストライプ秩序を中心とした実験と理論の概観を述べた後、このストライプの発現機構については、サイト間クーロン相互作用が重要か、格子歪みとの結合が重要かで見解が分かれていると記し、その原因が電子構造に対する理解が不十分であることを指摘して、これを明らかにすることが本論文の目的であるとしている。

 第2章ではLa(2-x)SrxNiO4の電子構造を、第一原理電子構造計算手法の一つであるLSDA法およびLSDA+U法によって計算している。この系の母物質であるLa2NiO4については、クーロン相互作用及び交換相互作用パラメターをそれぞれU=7.5eV、J=0.88eVとして計算を行い、バンドギャップの幅(実験値4eV、LSDA+U3.7eV)、Niに局在した磁気モーメント(実験値1.7μB、LSDA+U1.6μB)共に、実験値を良く説明する結果を得ている。このことは、U、Jの値が適切であることおよび、LSDA+U法が電子相関効果を良く記述していることを示している。さらにx=1/3の場合にLSDA+U法を適用すると正孔がNiサイト上に局在してストライプを形成し、絶縁体となることを示した。このスピン構造は実験と一致するものであり、各ドメインではNi(2+)の反強磁性秩序を持ち、Ni(3+)のストライプがアンチフェイズ・ドメイン境界となるNi(3+)に隣接する2つのNi(2+)サイトが互いに逆向きスピンを持つ。

 一方、x=1/2のLSDA+U法による結果は正しい結果が得られなかった。基底状態は実験と異なり金属となり、電荷・スピン秩序も実験と反する。正しい解が得られない理由は、LSDA、LSDA+U法が基底状態を単一スレーター行列式で記述するという制限の下に成立しているが、正しい基底状態がその様なものでないこと、また電荷秩序形成には格子歪みではなく長距離クーロン力が必要であることを述べている。

 第3章では、x=1/2の系を中心として、ハミルトニアンの1体部分を第一原理計算の結果から、また他の系の結果を参考にしてオンサイト・クーロン相互作用およびサイト間クーロン力Vを決めるという手続きを経て(U、Vの値を完全に第一原理の枠内で決めることは今後の課題である。)、多体ハミルトニアンを構成し、さらに有限系の厳密解法によりその基底状態を求めている。その結果、V=0eVでは電荷秩序が見られないが、V=0.5eVではチェッカーボード型の電荷秩序が得られた。(境界条件から、ストライプ構造とチェッカーボード構造の区別はない。有限系の計算であるため、この結果から長距離秩序を完全には結論出来ない。)以上により、実験と整合する電荷秩序形成にはVが重要であることを確認した。V=0eV、0.5eVともに、ごく短距離のスピン相関しか見られなかった。スピン秩序が見られない原因を議論し、V=0.5eVの場合について第2近接サイト間のホッピングに正方対称を壊す異方性を採り入れることにより、基底状態にスピン・ストライプが発現し、かつエネルギーが下がることが示された。この異方的ホッピングは、正方対称を壊す格子歪みと結合する可能性があるが、ペロブスカイト物質で一般的に見られるヤーン・テラー歪による軌道秩序形成とは異なる機構となっている。さらに基底状態のエネルギー、相関関数だけでなくスペクトル関数も計算し、電荷ギャップが開いて絶縁体となることを確認しており、正孔はNi(3+)のx2-y2軌道に局在することも示している。

 第4章は全体の総括である。第一原理計算は本質的に単一スレーター行列式の理論であり、反強磁性状態のエネルギーを過大評価しやすい。そのためLa(3/2)Sr(1/2)NiO4に見られる電荷・スピン秩序が充分に表現できていないことを強調している。この系ではサイト間クーロン相互作用および異方的ホッピングにより、スピン・ストライプが出現すると結論されている。またホッピングに対してサイト間クーロン相互作用Vの効果が勝てば、軌道の数によらず電荷秩序が表れること、フント結合や異軌道間のホッピングなどによりスピン秩序構造が現れることなどが詳しく議論されている。

 以上を要するに、著者は第一原理電子構造手法と多体問題の手法を駆使し、

La(2-x)SrxNiO4の電子構造を明らかにし、実験結果の説明に成功するとともに、単一スレーター行列式波動関数でない状態が現れる問題を解決する方法の一つの典型を作り上げることができた。これにより、第一原理電子構造手法と多体問題の手法の融合の一つの新たな道筋を確立したものであり、物理工学への貢献は大きい。

 よって本論文は博士の学位論文として合格であると認める。

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