学位論文要旨



No 216612
著者(漢字) 石渡,祐樹
著者(英字)
著者(カナ) イシワタリ,ユウキ
標題(和) スーパー軽水炉の安全性
標題(洋)
報告番号 216612
報告番号 乙16612
学位授与日 2006.09.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16612号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡,芳明
 東京大学 教授 古田,一雄
 東京大学 教授 長崎,晋也
 東京大学 教授 岡本,孝司
 東京大学 教授 越塚,誠一
 東京大学 助教授 劉,傑
内容要旨 要旨を表示する

 原子力発電の競争力強化のためには、高い経済性(特に投資経済性)を有する原子炉システムの研究開発が求められる。最新鋭火力発電の貫流ボイラと同様に超臨界圧水を冷却材に用いる貫流直接サイクルの革新的原子炉概念がスーパー軽水炉である。原子炉系およびタービン系の簡素化、小型化と高い熱効率により、大幅な経済性向上のポテンシャルを有する。

 スーパー軽水炉は過去に作られたことのない新しい原子炉概念である。再循環系や二次冷却系が無いこと、炉心流量が小さいこと、相変化が無いこと、高温・高圧であること、等の特徴があり、異常時のふるまいが軽水炉と異なることが予想される。最近の炉心設計で採用している大型の下降流水減速棒も炉心挙動に影響を与えると考えられる。このような特徴を持つスーパー軽水炉の安全性を解明することが本概念の開発および最適化に必要である。そのためには、スーパー軽水炉に適した安全設計の考え方を構築し、安全系やプラント制御系を設計する必要がある。更に、本概念をモデル化した解析コードを作成し、運転中の異常な過渡変化(以下:過渡)、事故、過渡時スクラム失敗事象(Anticipated Transients Without Scram: ATWS)の体系的な安全解析を行う必要がある。本研究はこのようなプロセスでスーパー軽水炉の安全上の特徴を示すことを目的とする。

 冷却水の循環系である軽水炉の安全設計は、冷却水インベントリの維持を基本原理としている。これに対して貫流型システムのスーパー軽水炉は循環系ではなく冷却水入口/出口が存在するので、冷却水インベントリは本質的に重要ではない。炉心流量の維持が安全確保の基本であり、そのためには入口からの冷却水供給と出口の維持が必要となる。主冷却流量(冷却水供給に対応)と圧力(出口に対応)を基本信号とする安全系の具体的な作動ロジックを作成した。安全系の容量や構成、作動条件は軽水炉を参考にしつつスーパー軽水炉の特徴を考慮して決めた。

 スーパー軽水炉に想定される異常事象を軽水炉から抽出し、流量や圧力等の異常タイプごとに代表的な事象を安全解析対象として選定した。貫流型システムで最も重要な全流量喪失を伴う事象については、主冷却系の異常によるものを頻度の低い「事故」、復水系又は主蒸気系の異常によるものを比較的頻度の高い「過渡」に分類し、それぞれ異なる解析シナリオを設定した。

 安全解析の判断基準を設定した。過渡基準に求められるのは「炉心の損傷はなく運転に復帰できること」の担保である。スーパー軽水炉の燃料棒設計では、過渡時に燃料被覆管温度が850℃になっても座屈および加圧破損しないように燃料被覆管肉厚が定められている。本研究では安全マージンを考慮して、過渡時の最高被覆管温度が800℃を超えないことを判断基準とした。PCMI(Pellet-Cladding Mechanical Interaction)については、燃料被覆管にかかる応力が材料の0.2%耐力を超えないこと(塑性歪が発生しないこと)を判断基準とした。事故基準に求められるのは「炉心の溶融あるいは著しい損傷の恐れがないこと」の担保である。ステンレス被覆のPWRを参考に、冷却低下型事故については「最高被覆管温度が1260℃を超えないこと」を燃料健全性の判断基準とした。また、反応度事故についは軽水炉を参考に「燃料エンタルピーが230cal/gを超えないこと」を判断基準とした。運転圧力が高いこと、圧力変化の相対値が軽水炉より小さいことを考慮して、圧力バウンダリの健全性基準は軽水炉より厳しいものを適用した。具体的には、過渡時/事故時の最高圧力が通常運転時の最高使用圧力のそれぞれ1.05倍/1.1倍を超えないことである。なお、事故よりも頻度が低い設計基準外事象であるATWSについても事故と同じ判断基準を適用した。

 安全解析を行うためには解析コードが必要である。本研究では下降流水減速棒モデルを含む1次元ノードジャンクション法のプラント動特性解析コードSPRAT-DOWN(超臨界圧用)および減圧解析コードSPRAT-DOWN-dpを作成した。SPRAT-DOWNについては質量保存計算、エネルギー保存計算、反応度フィードバック計算の妥当性を検証した。SPRAT-DOWN-dpについては、先行研究で開発されたSCRELA-blおよび軽水炉用のREFLA-TRACと減圧速度を比較することで検証した。また、炉心再冠水計算には先行研究で開発されたSCRELA-rfを適用する。このコードで稠密体系軽水炉の強制冠水実験条件を計算し、稠密体系への適用性を示した。

 直接サイクルであるスーパー軽水炉は、BWRと同様にプラント制御系の作動を考慮した現実的な安全解析が必要である。よって安全解析に先駆けてプラント制御系の設計を行った。まず外乱に対するプラントの応答をSPRAT-DOWNで解析し、スーパー軽水炉のプラント基本動特性を把握した。特に重要な特性として、大型水減速棒の存在が流量外乱時に密度フィードバックによる出力変化を緩和することが分かった。プラント基本動特性を踏まえて、スーパー軽水炉に適した制御方式を決定した。主蒸気圧力を主蒸気加減弁で(圧力調定率を用いる方式)、主蒸気温度を給水ポンプで(PI制御)、原子炉出力を制御棒で(上限速度を考慮した比例制御)それぞれ制御する方式とし、各制御パラメータを最適化した。BWRを参考に制御系の作動を考慮したプラント安定性解析を行い、外乱時に各制御系が協調して主要パラメータを安定に制御することを示した。

 本研究で行われた安全系設計と具体的な作動ロジック設定、プラント制御系設計、事象選定、判断基準設定に基づいて、超臨界圧状態の過渡および事故、冷却材喪失事故(Loss Of Coolant Accident: LOCA)、更にATWSの体系的な安全解析を行った。それぞれの判断基準が余裕を持って満たされることを示すとともに、スーパー軽水炉の安全上の特徴を考察した。

 貫流型システムの主要な特徴の1つは、炉心減圧の位置付けが軽水炉と大きく異なる点である。減圧で炉内に流れが誘起され燃料棒が冷却される。これは大破断LOCAの緩和に重要な役割を果たす。また、ATWSの代替操作として用いると安全マージンの増加につながる。軽水炉と違って、減圧による冷却水インベントリの一時的な低下は安全上問題とならない。もう1つの特徴は、冷却水出口の閉止で炉内に流量停滞が起こり、燃料棒からの伝熱による温度上昇で冷却材密度上昇が抑えられる点である。これは加圧過渡時にBWRと比べて極めてマイルドな出力挙動をもたらす。

 また、超臨界圧水冷却であることの主要な特徴が明らかになった。1つは、「水」と「蒸気」の密度差が小さいので、圧力変化に対して炉内の平均水密度変化が小さい点である(超臨界圧水に相変化が無いが、擬臨界温度以上/以下をそれぞれ慣用的に「蒸気」/「水」と呼ぶ)。この効果も加圧過渡時のマイルドな出力挙動に寄与している。もう1つの特徴は、運転圧力が高圧で「蒸気」の密度が大きいので圧力変化の相対値が軽水炉より小さい点である。

 燃料集合体内の水体積の7割を占める大型の下降流水減速棒とその上流にある上部ドームの冷却水もスーパー軽水炉の安全性に重要な特徴を与えることが分かった。水減速棒には伝熱によって燃料棒の温度上昇を緩和するヒートシンクの効果があり、更に全流量喪失時には水減速棒内冷却水が膨張し燃料チャンネルに流入することによって炉心流量が一時的に確保される。これは、自然循環が無いという貫流型の弱点を軽減し、動的な流量回復に対する時間的余裕を与える。また、炉心減圧時に上部ドームや水減速棒内の冷却水インベントリが炉心冷却に寄与する。これはPWRの蓄圧注水系に似た効果なので、本研究では"In-vessel accumulator"と呼ぶ。この効果でLOCAのブローダウン中に燃料棒が十分冷却され、再冠水の開始温度および最高温度が低減される。

 その他にも、スーパー軽水炉の安全上重要な特徴が明らかになった。1つは、過渡時に燃料被覆管が高温になる時間が極めて短い点である。このような短い時間スケールを考慮して過渡時の燃料健全性基準を合理化できる可能性がある。一方、制御棒異常引抜きや給水加熱喪失等の時間スケールが比較的長い過渡事象は、プラント制御系が効果的に緩和する。LOCA解析において小破断LOCA時に自動減圧系を作動させないシナリオでは、大破断LOCAより厳しくなる。特に小破断の上限付近の破断割合で炉心流量低下幅が最大になるため被覆管温度が最も厳しくなる。また、炉心再冠水時は炉内で発生した蒸気が自動減圧系配管を通って圧力抑制プールに放出されるが、プール中での放出口の深さ、すなわち水頭損失が再冠水の速度および最高被覆管温度に大きな影響を与えることが分かった。格納容器の設計上注意が必要である。水減速棒による全流量損失緩和やマイルドな加圧過渡といった過渡時の良好な特性と反応度フィードバックによる出力の自己制御性よってスーパー軽水炉のATWSは緩やかであり、代替操作なしでも判断基準を満たす。これは軽水炉やナトリウム冷却炉と比較したスーパー軽水炉の特長である。更にこの特性はガス冷却炉のように出力に制限されない。

 このように、スーパー軽水炉のシステムが持つ安全上の特徴が本研究で示された。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文はスーパー軽水炉の安全性に関する研究をまとめたもので、8章より構成されている。

 第1章は序論で、貫流型・超臨界圧水冷却という設計上の特徴を有するスーパー軽水炉の概念開発には安全特性の解明が必要であるとしている。本研究の目的は体系的な安全設計と解析によるスーパー軽水炉の安全性解明であるとしている。

 第2章は安全解析手法のまとめで、下降流水減速棒モデルを含む超臨界圧時の安全解析コード、減圧時の挙動解析コード、再冠水解析コードについて述べている。超臨界圧時の安全解析コードは質量保存、エネルギー保存、反応度フィードバックについて、減圧挙動解析コードは減圧速度について、再冠水解析コードは稠密燃料棒体系への適用性について、それぞれ検証計算を行い妥当性が示されている。

 第3章はプラント制御系設計について述べている。ステップ状の外乱を与えたときのプラント基本動特性を解析しパラメータの感度を検討するとともに、多数の水減速棒が流量外乱に伴う出力変化を抑制することを示している。スーパー軽水炉に適した制御系として主蒸気圧力を主蒸気加減弁で、主蒸気温度を給水ポンプで、原子炉出力を制御棒でそれぞれ制御する方式が採られ、制御パラメータが決定されている。プラント安定性解析を行い、各制御系が協調して安定に制御することが示されている。

 第4章は安全確保の基本方針と安全系設計について述べている。スーパー軽水炉は水位や冷却水再循環系が無いため、炉心流量の監視と確保を安全確保の基本方針としている。これは冷却水インベントリの監視と確保が基本原理の軽水炉とは異なっている。この基本方針とスーパー軽水炉の特徴を考慮し、安全系の構成や作動条件が決められている。減圧によって炉心が冷却されるという貫流型の特徴、減圧時に上部ドームと水減速棒の水が炉心冷却に寄与するという下降流水減速棒炉心の特徴が示されている。

 第5章は超臨界圧時の安全解析について述べている。スーパー軽水炉に想定される異常事象が軽水炉等の例を参考に抽出され、異常タイプごとに代表的な事象が安全解析対象として選定されている。判断基準は、軽水炉や高速炉の考え方を参考にスーパー軽水炉の特徴を踏まえて定められている。安全解析の結果、下降流水減速棒内の冷却水膨張による流量喪失事象緩和、超臨界圧水の相対的に小さい水密度変化と貫流型の流量停滞による極めて緩やかな加圧過渡、異常過渡時の非常に短い被覆管高温持続時間、およびプラント制御系による異常過渡挙動の緩和という安全上の特徴が明らかにされている。

 第6章は冷却材喪失事故解析について述べている。ブローダウンにより燃料棒が冷却されるため、再冠水時の最高被覆管温度が低減されるとしている。放出蒸気の圧力抑制プール中での水頭損失が再冠水速度および最高被覆管温度に影響を与えるとしている。自動減圧弁の作動条件によっては、小破断の上限付近が大破断より厳しくなるとしている。

 第7章は異常過渡時スクラム失敗解析について述べている。流量変化や反応度投入に対する出力の自己制御性と超臨界圧時の良好な特性により、スクラム失敗の代替操作を行わなくても判断基準が余裕をもって満たされるという、スーパー軽水炉固有の優れた安全特性が示されている。代替操作として炉心減圧を行うと最高被覆管温度が更に低下することが示されている。

 第8章は結論であり、本研究のまとめが述べられている。以上を要するに本研究はスーパー軽水炉の特徴を踏まえて安全設計と安全解析を行いその安全上の特徴を体系的に明らかにしている。この成果はシステム量子工学の進歩に貢献するところが少なくない。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク