学位論文要旨



No 216613
著者(漢字) 宮野前,俊一
著者(英字)
著者(カナ) ミヤノマエ,シュンイチ
標題(和) 押出し性地山におけるトンネルの設計手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 216613
報告番号 乙16613
学位授与日 2006.09.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16613号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大久保,誠介
 東京大学 教授 山冨,二郎
 東京大学 助教授 島田,荘平
 東京大学 助教授 登坂,博行
 東京大学 助教授 福井,勝則
内容要旨 要旨を表示する

 NATM(New Austrian Tunneling Method)とは,1970年代に日本に導入されたトンネルの掘削工法である.NATMによるトンネルの施工では,周辺地山の安定が不可欠である.近年の掘削機械や支保工材料の技術進歩や様々な補助工法の採用により,NATMの適用範囲は,次第に広がりつつある.また,NATMでは,吹付けコンクリート,鋼製支保工,ロックボルトの組み合わせ方法や配置方法を施工条件に応じて柔軟に設計することができる.導入から約30年が経過したNATMは,日本におけるトンネルの標準的な掘削工法とも呼べるようになり,支保工の設計は,いわゆる経験的な手法によって行われるのが主流となっている.その一方で,新第三紀の泥岩や凝灰岩,葉片状や粘土状の蛇紋岩,温泉余土,変質粘土帯などでは,支保工に加わる荷重が最大耐荷能力を超えるほどの地圧を伴い,トンネル断面を大幅に縮小させるような変形が発生し,数度にわたる縫返しを余儀なくされるなど,施工が難渋する場合が数多く見られる.このような押出し性地山では,経験的な手法による支保工の設計は困難であり,試行錯誤を余儀なくされている.さらに,次のような場合には,支保工の修正設計が必要になる.

・切羽の進行が非常に遅いあるいは停止しているにも関わらず,時間に伴い大きな変形が発生する.

・掘削から十分時間が経過しているにも関わらず,長期的に変形が継続し,なかなか収束しない.

・吹付けコンクリートが剥落する,鋼製支保工が座屈する,ロックボルトが破断するなど,時間に伴い支保工に不安定化現象が生ずる.

 これらの挙動は,周辺地山が時間依存性挙動を示すことの証左であると考えられる.そのため,押出し性地山においては,通常のトンネルに比べて大規模な支保工と補助工法が必要になる.さらに,通常のトンネルにも増して施工中の計測管理が重要視され,修正設計の判断材料に用いられている.しかし,周辺地山の時間依存性挙動に配慮した設計手法は,これまで見あたらなかった.これは,原位置で働く技術者が時間に伴う変形を認知していないからではなく,これまでに時間依存性挙動を簡単に取り扱う方法が開発されていなかったためといえる.そのため,予期せぬ工期の遅れやコストの増加を余儀なくされていたと考えられる.

 本研究では,押出し性地山におけるNATMによるトンネルの当初設計や修正設計に数値解析を積極的に適用することで合理的な設計が可能になると信じて研究を始めた.

 本研究の第一の特徴は,地山の時間依存性挙動を考慮した解析手法をFEMで開発したことである.開発にあたっては,押出し性地山におけるトンネルの挙動が支保工の規模とその施工時期,インバートの打設による断面の閉合時期といったトンネルの施工過程に顕著に依存することに着目し,増分型の計算手順を採用した.押出し性地山におけるトンネルの計測値と比較することで適用性を検討した結果,一般に変位と応力が同時に見合う計算値を得ることは容易ではないが,内空変位や支保工応力の計算値は計測値とよく一致し,押出し性地山における支保パターンや変形余裕量を簡単かつ定量的に設計するための有効な手法であることが明らかとなった.

 本研究の第二の特徴は,内空変位の経時変化に特に着目して,押出し性地山におけるトンネルの施工実績を分析し,補助ベンチ付き全断面工法やミニベンチカット工法といった早期閉合工法が,変位抑制に効果的な掘削工法であることを明らかにしたことである.さらに,解析的な検討を通じて,早期閉合工法によりトンネルを安全かつ安定に施工するためには,切羽前方地山の安定が必要不可欠であることが明らかとなった.

 本研究の第三の特徴は,切羽前方地山の安定を確保するための補助工法として長尺鏡ボルト工に着目し,その設計手法を開発したことである.計測値と比較することで適用性を検討した結果,内空変位や地表面沈下量の計算値は計測値とよく一致し,長尺鏡ボルト工の規模を簡単かつ定量的に設計するための有効な手法であることが明らかとなった.

 以下に,各章の内容を要約する.

 第1章「緒論」では,掘削機械や支保工材料の技術進歩,様々な補助工法の採用,地山条件とそれに適切な支保パターンを関連付ける施工実績の蓄積により,NATMがトンネルの標準的な掘削工法とも呼べるようになってきた一方で,押出し性地山においては,設計手法が必ずしも確立されておらず,試行錯誤を伴う施工を余儀なくされているのが現状であることを述べた.本研究では,押出し性地山におけるトンネルの設計を困難にしているものとして,時間に伴う変形が観察・計測されることに着目し,地山の時間依存性挙動を簡単に取り扱う設計手法を開発することに研究の主眼を置いた.

 第2章「地山の時間依存性挙動とトンネルの施工過程を考慮した解析手法の構築」では,地山の時間依存性挙動を考慮した構成方程式をレビューし,地山が高い応力状態にある押出し性地山においては,地山の時間依存性挙動に加え破壊挙動を取り扱うが不可欠であると考え,大久保らにより提案され,これらの挙動を取り扱うことができるコンプライアンス可変型構成方程式を用いた解析手法をFEMで開発した.開発にあたっては,押出し性地山におけるトンネルの挙動が,トンネルの施工過程に依存することに着目し,施工過程を考慮した計算ができるよう,増分型の計算手順を開発した.

 第3章「地山の時間依存性挙動とトンネルの施工過程を考慮した解析手法の検証」では,解析手法の検証を行った.まず,定ひずみ速度,クリープ,応力緩和条件における圧縮試験の計算を行い,解析手法が地山の時間依存性挙動や破壊挙動をうまく表現できることが明らかとなった.続いて,トンネルの掘削と支保工の施工を考慮した計算を行った.その結果,トンネルの施工過程がトンネルの変形量や支保工の発生応力におよぼす影響を定量的に評価でき,押出し性地山におけるトンネルの設計や施工法の検討に役立つことが明らかとなった.

 第4章「押出し性地山における変位抑制のための掘削工法と補助工法の設計手法」では,トンネル技術者が押出し性地山と評価し,公表しているトンネルの施工実績について,内空変位の経時変化と断面の閉合時期の関係に特に着目し分析を行った.その結果,早期閉合工法(補助ベンチ付き全断面工法,ミニベンチカット工法)が押出し性地山における変位抑制のための掘削工法として有効であることが明らかとなった.早期閉合工法は,できるだけベンチ長を短くすることで,インバート部への吹付けやストラットの施工,あるいはインバートコンクリートの打設による早期閉合を可能にする掘削工法である.その一方で,切羽の形状が直壁に近くなるため,切羽前方地山が不安定化する問題点があり,安全かつ安定な施工のためには,切羽前方地山の安定性を確保することが不可欠であることをFEMによる計算を通じて明らかにした.この問題点を解決する方法として,補助工法の一つである鏡ボルト工に着目した.FEMによる計算結果をふまえつつ,鏡ボルトを採用することで切羽前方地山の耐荷能力が増す結果,トンネルの安定性が向上するものと考えた.そのような挙動を軸対称FEMにおいて切羽前方地山を弾性体として表現することにし,これを鏡ボルトの簡単かつ定量的な設計手法として提案するとともに,計算値と計測値を比較してその実用性を明らかにした.

 第5章「押出し性地山における支保工の設計手法」では,2章で構築した解析手法を用いて,地山の時間依存性挙動とトンネルの施工過程を考慮した支保工の設計手法をFEMで開発した.押出し性地山におけるトンネルの計測値と比較することにより,設計手法の適用性について検討した.その結果,一般に変位と応力が同時に見合う計算値を得ることは容易ではないが,内空変位や支保工応力の計算値は計測値とよく一致し,押出し性地山における支保工や変形余裕量を簡単かつ定量的に設計するための有効な手法であることが明らかとなった.続いて,地山条件や支保条件を変化させて計算を行った.その結果,これまで押出し性地山におけるトンネルで観察・計測されてきた挙動をうまく表現できることが明らかになった.続いて,開発した設計手法を,押出し性地山におけるトンネルの支保工の当初設計と修正設計へ適用する方法を提案した.提案した方法は,以下の影響を簡単かつ定量的に評価したうえで,支保工の当初設計や修正設計を行う点に大きな特徴があり,地山条件や支保工の材料単価や施工延長といったトンネルの施工条件に応じて,支保工の設計や施工の合理化を図ることを可能にするものである.

・地山の時間依存性挙動

・トンネルの施工過程

(一掘進長,掘進速度,吹付けコンクリートと鋼製支保工の寸法や材質,断面の閉合時期,多重支保工法における二次支保工の施工時期や施工位置)

 第6章「結論と今後の展望」では,本研究で得られた知見と今後の展望をまとめた.

 押出し性地山においてトンネルを安全かつ安定に施工することは難しく,試行錯誤を伴う施工を余儀なくされてきた.これは,これまで押出し性地山におけるトンネルの設計手法が必ずしも確立されていなかったためといえるが,本研究で開発した設計手法により,押出し性地山における支保工や補助工法を,従来より合理的にかつ経済的に設計することが可能になった.

審査要旨 要旨を表示する

 宮野前俊一氏により提出された論文では,押出し性地山におけるトンネルの設計手法に関する最新の研究成果が述べられている.

 以下に,各章の概要を紹介する.

 第1章「緒論」では,NATMがトンネルの標準的な掘削工法とも呼べるようになってきた一方で,押出し性地山においては,設計手法が必ずしも確立されておらず,試行錯誤を伴う施工を余儀なくされているのが現状であると指摘した.そこで,押出し性地山におけるトンネルの設計を困難にしているものとして,時間に伴う変形が観察・計測されることに着目し,地山の時間依存性挙動を簡単に取り扱う設計手法を開発することに主眼を置いた研究を実施したと述べている.

 第2章「地山の時間依存性挙動とトンネルの施工過程を考慮した解析手法の構築」では,地山の時間依存性挙動を考慮した構成方程式をレビューし,地山が高い応力状態にある押出し性地山においては,地山の時間依存性挙動に加え破壊挙動を取り扱うが不可欠であると考え,大久保らにより提案され,これらの挙動を取り扱うことができるコンプライアンス可変型構成方程式を用いた解析手法をFEMで開発した経緯を述べている.

 第3章「地山の時間依存性挙動とトンネルの施工過程を考慮した解析手法の検証」では,解析手法の検証を行った.まず,定ひずみ速度,クリープ,応力緩和条件における圧縮試験の計算を行い,解析手法が地山の時間依存性挙動や破壊挙動をうまく表現できることを明らかにした.続いて,トンネルの掘削と支保工の施工を考慮した計算を行った.その結果,トンネルの施工過程がトンネルの変形量や支保工の発生応力におよぼす影響を定量的に評価でき,押出し性地山におけるトンネルの設計や施工法の検討に役立つことが明らかとなったと述べている.

 第4章「押出し性地山における変位抑制のための掘削工法と補助工法の設計手法」では,早期閉合工法が押出し性地山における変位抑制のための掘削工法として有効であることを明らかにした.早期閉合工法では,切羽の形状が直壁に近くなるため,切羽前方地山が不安定化する問題点があり,安全かつ安定な施工のためには,切羽前方地山の安定性を確保することが不可欠であることをFEMによる計算を通じて明らかにした.この問題点を解決する方法として,補助工法の一つである鏡ボルト工に着目した.FEMによる計算結果をふまえつつ,鏡ボルトを採用することで切羽前方地山の耐荷能力が増す結果,トンネルの安定性が向上するものと考えた.そのような挙動を軸対称FEMにおいて切羽前方地山を弾性体として表現することにし,これを鏡ボルトの簡単かつ定量的な設計手法として提案した.

 第5章「押出し性地山における支保工の設計手法」では,2章で構築した解析手法を用いて,地山の時間依存性挙動とトンネルの施工過程を考慮した支保工の設計手法をFEMで開発した.押出し性地山におけるトンネルの計測値と比較することにより,設計手法の適用性について検討した.その結果,一般に変位と応力が同時に見合う計算値を得ることは容易ではないが,内空変位や支保工応力の計算値は計測値とよく一致し,押出し性地山における支保工や変形余裕量を簡単かつ定量的に設計するための有効な手法であることを明らかにした.続いて,地山条件や支保条件を変化させて計算を行った.その結果,これまで押出し性地山におけるトンネルで観察・計測されてきた挙動をうまく表現できることを明らかにした.続いて,開発した設計手法を,押出し性地山におけるトンネルの支保工の当初設計と修正設計へ適用する方法を提案した.

 第6章「結論と今後の展望」では,本研究で得られた知見と今後の展望がまとめられている.

 審査の結果,下記の点を明らかにしたことが評価できることがわかった.

1.地山の時間依存性挙動を考慮した解析手法をFEMで開発した.開発にあたっては,押出し性地山におけるトンネルの挙動が支保工の規模とその施工時期,インバートの打設による断面の閉合時期といったトンネルの施工過程に顕著に依存することに着目し,増分型の計算手順を採用した.押出し性地山におけるトンネルの計測値と比較することで適用性を検討した結果,一般に変位と応力が同時に見合う計算値を得ることは容易ではないが,内空変位や支保工応力の計算値は計測値とよく一致し,押出し性地山における支保パターンや変形余裕量を簡単かつ定量的に設計するための有効な手法であることを明らかにした.

2.内空変位の経時変化に特に着目して,押出し性地山におけるトンネルの施工実績を分析し,補助ベンチ付き全断面工法やミニベンチカット工法といった早期閉合工法が,変位抑制に効果的な掘削工法であることを明らかにした.さらに,解析的な検討を通じて,早期閉合工法によりトンネルを安全かつ安定に施工するためには,切羽前方地山の安定が必要不可欠であることが明らかにした.

3.切羽前方地山の安定を確保するための補助工法として長尺鏡ボルト工に着目し,その設計手法を開発したことである.計測値と比較することで適用性を検討した結果,内空変位や地表面沈下量の計算値は計測値とよく一致し,長尺鏡ボルト工の規模を簡単かつ定量的に設計するための有効な手法であることが明らかにした.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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