学位論文要旨



No 216621
著者(漢字) 安武,幹智
著者(英字)
著者(カナ) ヤスタケ,ミキトモ
標題(和) 不織布フィルター技術を応用した臍帯血処理デバイスの開発
標題(洋)
報告番号 216621
報告番号 乙16621
学位授与日 2006.09.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16621号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 東條,有伸
 東京大学 教授 黒川,峰夫
 東京大学 教授 山下,直秀
 東京大学 助教授 千葉,滋
 東京大学 助教授 辻,浩一郎
内容要旨 要旨を表示する

 臍帯血が造血幹細胞の有力な供給源として利用可能であることが明らかにされて以来、臍帯血移植治療が急速に発展し、世界で少なくとも6,000例の移植が行われている。我が国においても日本さい帯血バンクネットワークの設立など基盤整備がなされ、非血縁者間の移植症例数は2006年2月末までの累計で2,866例に達している。臍帯血移植では、臍帯血細胞は一旦凍結保存され、レシピエントに前処置を行った後に、細胞を融解して移植に用いられる。臍帯血バンクにおいて、臍帯血の保存体積削減は液体窒素消費量の大幅な節減を可能にし、移植時に幹細胞とともにレシピエントへ輸注される凍害保護剤や遊離ヘモグロビン量を低減できるなど医療上のメリットもあり必須の技術となっている。しかし、臍帯血の処理過程において有核細胞が失われると、移植細胞数が足りず適応が得られないといった問題が生じ、また造血幹細胞が損なわれた場合には移植成績に重大な影響が出てしまう等のリスクもある。したがって臍帯血に含まれる細胞の品質を高度に維持する細胞プロセッシング技術は臍帯血移植治療において極めて重要な役割を担っていると言うことができる。

 RubinsteinらはHydroxyethyl starch(HES)の作用により臍帯血中の赤血球を凝集・沈殿させ、造血幹細胞を含む白血球成分を遠心濃縮する臍帯血処理システムを確立した。現在この方法は世界的に普及しているが、操作手技が煩雑で長時間を要するという問題点がある。また、低頻度ではあるが個体差により遠心分離後の有核細胞層の形成不良が発生することがあるため、HES法の標準操作においては回収率確保の必要から多量の赤血球成分の残存・混入を許容せざるを得ない現状にある。私は以上のような課題を解決し、凍結保存される臍帯血の品質をさらに向上させることを目的として、輸血製剤の白血球除去に用いられている不織布フィルター技術を臍帯血処理に応用する研究を進めてきた。本研究ではこれまでの予備的な検討結果を反映させて新たな臍帯血処理デバイスを創出した。また、臍帯血処理デバイスによるフィルター法の評価として、処理時間、細胞回収率、除去率、造血再構築能、免疫細胞の機能など様々な観点から、HES法を対照として比較解析することにより、移植医療への適応の可能性を含め、デバイスの有用性を検討した。

 母親からインフォームドコンセントが得られた在胎37〜42週の満期産を対象とし、胎盤娩出後に臍帯血が採取された。採取には200ml採血用の血液バッグ(CPD液28ml含む)を用いた。採取量が90ml以上であった臍帯血を2等分して各々フィルター法とHES法で細胞分離し凍結保存した。以下、フィルターシステムについて簡単に説明する。平均繊維経1.7μmのポリエチレンテレフタレート不織布に非イオン性親水基を有する2-ヒドロキシエチルメタクリレートと、塩基性官能基を有するN,N-ジメチルアミノエチルメタクリレートとの共重合体をコーティングした不織布の積層体をハウジングに収め、細胞分離フィルターとした。細胞分離フィルターに血液回路と2つの血液バッグを装着しクローズドシステムとして評価に供した。臍帯血濾過は重力落差によって行った。臍帯血中に含まれる有核細胞は不織布上に捕捉され、赤血球、血小板を含む血漿はフィルターを通過し末端に配した血液バッグに貯留された。フィルター出口側からヒト血清アルブミン加デキストラン液を出口側から入口側へと逆方向に流すことにより不織布表面から有核細胞を脱離させ、フィルター入口側に配した血液バッグ内に有核細胞浮遊液として回収した。HES法による細胞分離処理は臨床使用時と同様に東京大学医科学研究所臍帯血処理保存施設の基準書にしたがって実施した。分離された細胞の凍結保存および解凍プロセスは、両方法とも臨床使用時と同様の標準プロトコルに従って実施した。

 フィルター法ならびにHES法における細胞回収率および除去率を下表に示す。総有核細胞、顆粒球および単核球の回収率はHES法が有意に高値であった。CD34陽性細胞およびコロニー形成細胞の回収率は両方法に有意差を認めなかった。フィルター法において細胞の種類により回収率が異なることの理由として、各々の細胞の大きさ、変形能の違いや粘着性の違いによって不織布繊維表面における捕捉状態が異なることが影響したものと推察された。フィルター法は、HES法に対して赤血球および血小板除去率において有意に高値を示し、開放系にすることなくHES法の1/5の時間で処理操作が可能であった。

 非血縁者間臍帯血移植の臨床成績に重大な影響を及ぼす事象として、生着したドナー由来のリンパ球やNatural Killer細胞(NK細胞)などがレシピエントの組織や白血病細胞を標的にして傷害を与える反応である移植片対宿主病(GVHD: Graft versus host disease)や移植片対白血病効果(GVL: Graft versus leukemia effect)などがある。本研究では免疫担当細胞の回収率比較、さらにNK細胞の細胞傷害活性評価、単球の機能評価の一環として単球由来樹状細胞の評価を実施した。Tリンパ球(CD3+)、Bリンパ球(CD19+)、NK細胞(CD56+/CD3-)の回収率は、両群でほぼ同等であった。フィルター処理あるいはHES処理され凍結解凍された臍帯血細胞から、それぞれ比重遠心法にて単核球を得てエフェクター細胞とし、これにターゲット細胞としてNK感受性のK562株細胞を共培養しK562細胞からのLDH放出量を測定することによりNK細胞特異的な細胞傷害活性を評価した。フィルター処理群、HES群ともIL-2非存在下において細胞傷害活性は見られず、IL-2存在下ではエフェクター/ターゲット細胞比(E:T比)に依存的に上昇した。E:T比10:1においてフィルター処理群で102.7±2.7%、HES処理群で98.6±3.3%と同等のレベルであった。フィルター処理群ならびにHES処理群における凍結解凍後の細胞からそれぞれ付着細胞を調製し、IL-4およびGM-CSF存在下で培養して樹状細胞(DC)への分化誘導を試みた。未熟DCにおける貪食能については両群で同等であった。TNF-α存在下でさらに培養し成熟DCとして表面抗原プロファイルをフローサイトメトリーにて比較した。両群において単球マーカーであるCD14の発現は見られず、DC1のマーカーであるCD11cの発現が認められた。また、抗原提示マーカーであるHLA-ABCおよびHLA-DR、co-stimulatory分子マーカーであるCD40、CD80、CD86の発現も両群で同等であった。以上から、フィルター法で処理された単球/樹状細胞の機能、NK細胞の傷害活性はHES法と同等と考えられた。

 フィルターあるいはHES法により細胞分離処理したヒト臍帯血細胞を融解洗浄し、1x105個のCD34+細胞を含む細胞浮遊液を半致死線量で照射した8週齢のNOD/SCIDマウスに尾静脈を介して投与し、これを一次移植として6週後に生着能(骨髄細胞中のヒトCD45+細胞の存在比率)を評価した。さらに一次移植後のマウスから骨髄液を採取し1x107個の有核細胞を含む細胞浮遊液を新たに別のNOD/SCIDマウスに投与し、これを二次移植として評価した。一次移植における生着能は、フィルター群で58.2±31.6%、HES群で46.5±28.4%であり統計学的有意差(p=0.016)を認めた。Bリンパ球系(CD19+)および骨髄球系(CD33+)への分化は両群ともに観察された。二次移植においては生着能と多分化能は両群に差は見られなかった。一次移植マウスの骨髄における総コロニー形成細胞数では、HES法で40.6±17.0個、フィルター法で44.5±8.3個とほぼ同等であった。一方、二次移植においては、CFU-GM、CFU-Mix、総コロニー形成細胞数において有意にフィルター法が高値を示した(すべてp<0.05)。これらのことからフィルター法でプロセッシングされた臍帯血細胞は、HES法にて処理保存された細胞と同等以上の造血再構築能を有すると結論された。

 臍帯血処理デバイスとしてのフィルターシステムの有用性が示された。不織布フィルター技術を応用した細胞分離法は細胞プロセッシング技術として優れた特徴を有しており、今後、骨髄や末梢血などの細胞処理への更なる応用が期待される。

†: Wilcoxon's matched-pair rank test

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は輸血製剤用の白血球除去フィルター技術を応用して効率的で再現性に優れる臍帯血処理デバイスを開発し、現在の標準的方法であるハイドロキシエチルスターチ(HES)法との比較評価を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.非イオン性親水基を有する2-ヒドロキシエチルメタクリレートと、塩基性官能基を有するN,N-ジメチルアミノエチルメタクリレートとの共重合体をコーティングした平均繊維経1.7μmのポリエチレンテレフタレート不織布の積層体を、上下に血液導入部を設けたハウジングに収め細胞分離フィルターとし、臍帯血を重力落下方式で濾過するための血液回路や有核細胞成分を貯留するための血液バッグを配することにより臍帯血処理デバイスを創出した。

2.総有核細胞、顆粒球および単核球の回収率は、HES法に対してフィルター法は有意に低値であったが、CD34陽性細胞およびコロニー形成細胞の回収率は両方法に有意差は認めなかった。フィルター法は、HES法に対して赤血球および血小板除去率が有意に高く、開放系にすることなくHES法の5倍の速度で処理操作が可能であることが示された。

3.フィルターあるいはHES法により細胞分離処理したヒト臍帯血細胞を凍結解凍し、1x105個のCD34陽性細胞を含む細胞浮遊液を用いてNOD/SCIDマウスへの二次移植評価を行ったところ、生着能を評価した。一次移植においてレシピエントの骨髄におけるヒトCD45陽性細胞率は、フィルター群で58.2±31.6%、HES群で46.5±28.4%であり統計学的有意差(p=0.016)を認め、リンパ球系(CD19+)および骨髄球系(CD33+)への分化能はHES法、フィルター法の両群ともに有していることが示された。二次移植においては生着能と多分化能は両群に差はなく、二次移植後のレシピエントから採取した骨髄をヒト用培地でコロニーアッセイし、両群においてヒト造血コロニーの形成細胞が含まれていることが示された。これらのことからフィルター法で処理保存された臍帯血細胞は、HES法にて処理保存された細胞と同等の造血能を有すると考えられた。

4.フィルター処理あるいはHES処理され凍結解凍された臍帯血細胞から単核球を得て、K562株細胞をターゲット細胞として、細胞傷害活性を評価したところ、フィルター処理群、HES群ともIL-2存在下においてのみエフェクター/ターゲット細胞比(E:T比)に依存的に細胞傷害活性が同等のレベルに上昇し、NK細胞の機能は両群で差がないことが示された。

5.フィルター処理群ならびにHES処理群の細胞においてIL-4およびGM-CSF存在下での樹状細胞への分化誘導を試みFACS解析したところ、CD11cおよびCD14は樹状細胞の成熟とともに発現量が同様に低下することが示され、成熟樹状細胞ではHLA-ABCおよびDR、CD40、CD80、CD86の発現は同等レベルであることが示された。また、貪食能についてもフィルター処理群とHES処理群で同等であり単球の機能として両群に差がないと考えられた。

 以上、本論文は不織布フィルター技術を応用して開発した臍帯血処理デバイスの細胞分離性能や造血幹細胞の骨髄再構築能、そして免疫担当細胞の機能を、臨床を模擬した実用スケールにて評価し、新しい臍帯血からの有核細胞濃縮技術としての実用性を明らかにした。本研究は臍帯血バンクのみならず全ての細胞プロセッシング技術領域において利用され得る革新的な手段を提供するものであり、将来の実用化と普及に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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