学位論文要旨



No 216624
著者(漢字) 老田,智美
著者(英字)
著者(カナ) オイダ,トモミ
標題(和) 公共トイレのユニバーサルデザイン化に向けた整備手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 216624
報告番号 乙16624
学位授与日 2006.10.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16624号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 教授 難波,和彦
 東京大学 教授 岸田,省吾
 東京大学 助教授 西出,和彦
 東京大学 助教授 千葉,学
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は、健常者の利用を主とした「一般トイレ」と、障害者等の利用を主とし法律や条例等の基準により標準化された「多目的トイレ」から構成される公共トイレを研究対象とし、利用実態や利用者状況等を調査している。そして調査結果に基づき、公共トイレのユニバーサルデザイン(以下「UD」とする)化に必要な整備手法要因を見出すと共に、現行の「一般トイレ」「多目的トイレ」という区分をなくし、公共トイレ環境として一体的なUD化整備手法を提案することを目的としている。

 本論文では、UDの定義として挙げられている「すべての人に対するデザイン」を、「より多くの人へのデザイン」と置き換え、公共トイレ利用者に対し、利用状況や意識についてのアンケート調査を実施している。また、公共トイレの整備状況を把握するため、日本国内の主要な地方自治体の公共トイレ整備を担当する部署に対してもアンケート調査を実施している。これらの調査結果から、公共トイレのUD化に必要な整備キーワードを抽出している。

 一方、得られた整備キーワードに基づき、筆者らが建設段階より関った、熊本県上益城郡嘉島町に建設された大型商業施設「ダイヤモンドシティ・クレア」内のトイレにおいて、UD導入をはかり、この「実践」結果の「評価」を行っている。

 本論文は、以下に示すように8章で構成されている。

 第1章「序論」では、研究背景と目的、研究対象と方法に引き続き、本研究と筆者の事前研究ならびに既往研究との関係について考察することで、本研究の位置づけを明らかにしている。

 第2章「公共トイレに対する概念と整備状況」では、日本における公共トイレの歴史的変遷とその背景から、日本人の公共トイレに対する概念を整理している。また障害者に対する健常者の意識変遷を把握すると共に、障害者専用として整備された「障害者対応トイレ」から、誰もが利用可能として現在整備されている「多目的トイレ」への整備内容について考察している。

 一方、国や地方自治体の施策として、UD施設整備基準やUDガイドラインで示されている「ユニバーサルデザインの対象者」と、具体的な整備内容について考察している。

 第3章「身体特性からみたトイレ利用」では、トイレ整備についてより決め細やかな配慮が必要となる障害者(肢体不自由者、オストメイト、聴覚障害者、視覚障害者)について、身体特性と共に、トイレ利用とその方法について考察している。また、身体特性別にトイレ利用について体系分類を行い、排泄方法とそれに必要な配慮および設備について考察している。

 第4章「身体特性別、公共トイレに対する利用実態と意識」では、公共トイレの利用者として、健常者(非高齢者)、高齢者、肢体不自由者、オストメイト、視覚障害者、聴覚障害者に対し、公共トイレの利用実態と意識に関するアンケート調査を実施している。この調査結果から、公共トイレに対する概念、公共トイレ利用実態、整備に対する要求について把握し、身体特性別に差異を明らかにしている。またあわせて、現行の公共トイレ環境における有効性や課題を導き出している。

 第5章「公共トイレの設置者と利用者の意識比較」では、公共トイレの設置者および整備者である日本国内の主要な地方自治体の公共トイレ整備を担当する部署に対し、特に公共トイレの多目的トイレ整備に関する意識等についてアンケート調査を実施している。この調査結果から、公共トイレに対する概念、整備状況、整備に対する評価について明らかにしている。また、公共トイレ設置者と利用者の意識比較をすることで、その差異等を把握し、今後必要な整備課題を導き出している。

 第6章「公共トイレのユニバーサルデザイン化に必要な整備キーワード」では、身体特性別に実施した公共トイレに対する利用実態と意識調査の中で、共通確認した「公共トイレイメージ」「多目的トイレの整備要件」「一般トイレの整備要求度」「多目的トイレ利用状況からみる必要設備」から得た結果より、「心理的要求」「物理的要求」に関する整備キーワードを抽出している。結果、心理的要求キーワードとして「心理的質」「衛生」「空間的質」「不特定多数利用者配慮」「特定利用者配慮」を、物理的要求キーワードとして「属性別専用設備」「各属性共通利用設備」「低コスト配慮」を抽出している。

 第7章「ユニバーサルデザインモデルトイレの提案と検証」では、公共トイレのUD整備手法に必要な要因を見出すため、新築の公共性の高い大型商業施設内トイレにおいて、第4章、5章で導き出した結果と第6章で抽出した「整備キーワード」を基に、UD導入を図ることで「実践」している。

 それに対し、現地の施設利用者を対象に「実践」したUDトイレの「評価」を行い、その結果から重回帰分析変数減増法により、UDトイレの評価に影響を与える要因を抽出している。

 第8章「本研究のまとめ(結論)」では、「公共トイレのUD化へ向けた整備手法の提案」を本論文の結論とし、「物理的」「心理的」の両視点でそれぞれ提案している。物理的整備手法では「利用選択型ユニバーサルデザイントイレ ― 4つのトイレブース ―」を提案し、心理的整備手法では、UDトイレの評価に影響を与える「トイレイメージの向上」「心理的安心感への寄与」「デザイン変化による利用欲求の向上」の3つの要因を、トイレ空間へどのように導入すべきかについての方法を提案している。

 また最後に、公共トイレ環境のUD化を進めるにあたり、検討が必要と考えられる「公共トイレの時間的バリア」「公共トイレの死角と防犯」「超高齢社会から見た今後の公共トイレ環境」について、本論文の「今後の課題」としてまとめている。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、健常者の利用を主とした「一般トイレ」と障害者等の利用を主として法律や条例等の基準により標準化された「多目的トイレ」とを「公共トイレ」と定義して、利用者や利用の実態等の調査を通して、公共トイレのユニバーサルデザイン化に必要な整備手法に関する要因を見出し、公共トイレ環境としてより一般的なユニバーサルデザイン化が可能な整備手法を提案することを目的としている。

 本論文は、8章で構成される。

 第1章では、研究の背景と目的、対象と方法、そして本研究に至るこれまでの研究と既往研究との考察を行い、本研究の位置づけを行なっている。

 第2章では、日本における公共トイレの歴史的変遷とその背景を示し、日本人の公共トイレに対する概念を整理している。また健常者の障害者に対する意識の変遷を把握して、障害者専用のものとして整備された「障害者対応トイレ」から、誰もが利用可能なものとして現在整備されている「多目的トイレ」へ至る過程を考察している。また、国や地方自治体が施策として設定したユニバーサルデザイン施設整備基準やガイドラインの中で示されている「ユニバーサルデザインの対象者」を考察して公共トイレに対する概念と整備状況を述べている。

 第3章では、トイレ整備に際して決め細やかな配慮が必要となる障害者(肢体不自由者、オストメイト使用者、聴覚・視覚障害者)について、身体特性に関連したトイレ利用方法について考察している。また、トイレ利用について身体特性別に体系分類を行い、排泄方法とそれに必要な配慮と設備について考察している。

 第4章では、公共トイレの利用者として、健常者(非高齢者)、高齢者、肢体不自由者、オストメイト使用者、視覚・聴覚障害者に対し、公共トイレの利用実態と意識に関するアンケート調査を実施している。この調査結果から、公共トイレに対する概念、利用実態、整備に対する要求について把握し、身体特性別に差異を明らかにしている。また、現在の公共トイレ環境の有効性と課題とを導き出している。

 第5章では、公共トイレの設置・整備者である国内の主要な地方自治体において、公共トイレ整備を担当する部署、特に公共トイレとして多目的トイレを整備する際の意識等についてアンケート調査を実施している。この調査結果から、公共トイレに対する概念、整備状況、整備に対する評価について明らかにしている。また、公共トイレ設置者と利用者の意識を比較をすることにより、その差異等を把握し、今後必要な整備課題を導き出している。

 第6章では、身体特性別に実施した公共トイレに対する利用実態と意識調査を通して、共通に確認できた「公共トイレのイメージ」、「多目的トイレの整備要件」、「一般トイレの整備要求度」、「多目的トイレ利用状況からみる必要設備」から、「心理的要求」と「物理的要求」に関する整備に関するキーワードの抽出を試みている。その結果、心理的要求のキーワードとして「心理的質」、「衛生」、「空間的質」、「不特定多数利用者配慮」、「特定利用者配慮」を、物理的要求のキーワードとして「属性別専用設備」、「各属性共通利用設備」、「低コスト配慮」を抽出している。

 第7章では、公共トイレのユニバーサルデザイン整備手法に必要な要因を見出すため、公共性の高い新築大型商業施設内トイレにおいて、第4章、第5章で導き出した結果と第6章で抽出した「整備キーワード」をもとに、ユニバーサルデザイン導入を図る「実践」を試みた例を示している。その実際のトイレ環境に対し、利用者を対象にユニバーサルデザイントイレの「評価」を行い、その結果から重回帰分析変数減増法により、ユニバーサルデザイントイレの評価に影響を与える要因を抽出している。

 第8章では、本論文の結論として、「物理的」、「心理的」の両視点でそれぞれ提案を行なっている。物理的整備手法といては「利用選択型ユニバーサルデザイントイレ―4つのトイレブース―」を提案し、心理的整備手法としては、ユニバーサルデザイントイレの評価に影響を与える「トイレイメージの向上」、「心理的安心感への寄与」、「デザイン変化による利用欲求の向上」の3つの要因をトイレ空間に対してどのように導入すべきかについての方法を提案している。最後に、公共トイレ環境のユニバーサルデザイン化を進めるに際し、検討が必要と考えられる「公共トイレの時間的バリア」,「公共トイレの死角と防犯」、「超高齢社会から見た今後の公共トイレ環境」について、本論文の「今後の課題」としてまとめている。

 以上のように、本論文は、ユニバーサルデザインの定義として挙げられている「すべての人に対するデザイン」を「より多くの人へのデザイン」と置き換え、公共トイレ利用者に対し、利用状況や意識についての実地調査・実測に基づいた分析により環境構造を究明して基本的な知見を示し、建築計画学の発展に大きな寄与をしたものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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