学位論文要旨



No 216625
著者(漢字) 南澤,麿優覽
著者(英字)
著者(カナ) ミナミサワ,マユミ
標題(和) 植物バイオマスの再利用に関する研究
標題(洋)
報告番号 216625
報告番号 乙16625
学位授与日 2006.10.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16625号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡辺,正
 東京大学 教授 荒木,孝二
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 助教授 吉江,尚子
 東京大学 助教授 立間,徹
内容要旨 要旨を表示する

第1編:本研究の目的

石炭や石油等の化石燃料を基盤とした産業活動は消費社会であり、合成高分子の著しい発展と共に大量の化学製品等を産出した。しかし、化石資源の埋蔵量の限界も視野に入れるべき時代をむかえ、再生可能資源を利用した材料開発やエネルギーの循環保守は極めて重要な研究課題である。本研究で議論する再生可能資源とは、本質的には人間のライフサイクル程度の期間に再生可能な資源をさし、主に植物由来のバイオマスをあげる。石油に代表される化石資源も植物由来であるが、その再生には膨大な時間を有するため枯渇資源と考えられる。石油起源材料に対して植物バイオマス起源材料の機能には、現在地球温暖化現象の因子ともいわれているニ酸化炭素に対する特性やその生分解性があげられる。すなわち、植物バイオマスの成長過程で多くが吸収されるため、二酸化炭素も植物の成長促進に寄与する再生可能資源の一つと考えられ、様々な基幹骨格を有する植物バイオマスが多方面に活用されることが期待される。

 地球上のバイオマスの現存量は約1兆8,000億tといわれており、その多くは森林由来の木質系バイオマスである。このバイオマスの純生産量は、少なくとも年間約800億tといわれ、エネルギーに換算すると6.9×10(17)k cal y-1、世界の一次消費エネルギーの約7〜8倍に相当し、人類が1年間に消費する化石エネルギーを十分にまかなえる量と考えられる(世界の石油年間消費量約41億m3、日本の消費量3.3億m3(消費国世界第2位))。現在、世界全体でのバイオマスの利用率は7%程度にとどまり、多くのバイオマスが未利用のまま廃棄または焼却されている。日本のバイオマスの生産量は、約3億7300万t、生態系維持に必要なバイオマス量は約1億5400万t、利用可能なバイオマス量は2億1900万tと言われている。本論文では、再生可能資源のリグノセルロース系及びセルロース系新材料に着目し、天然多糖類を用いた機能性材料の開発を検討した。検討するバイオマスは、自然の営みの中で作り出される陸生、水生系の自然系バイオマス、人類が利用目的に生産管理している生産系バイオマス、産業や日常生活の中から発生する廃棄系バイオマスとし、比較的自然に近い状態で循環して活用できるバイオマス資源化システムの構築を念頭に置いて、各種植物バイオマテリアルの生理活性評価と、水中からの重金属の吸着回収能を中心に再生材料特性機能評価も行った。その結果、これらの各種バイオマスは高活性な新規高機能性材料として価値のある再生可能資源であると評価できる結果が得られたので報告する。

第2編:植物バイオマテリアルの再生材料特性と生理活性

1.柚子中の生理活性成分の定量と生理活性

 本編では植物バイオマスの新規機能性材料としての利用を念頭に置き、嗜好飲料として活用されている柚子中の生理活性成分と、これらを用いた材料特性にする検討を行った。柑橘類は世界に少なくとも一千種類以上存在するといわれており、世界の果実生産量の中ではブドウを抜いて1992年以降第一位となっている。柚子は、様々な活性成分を含有し、近年になって生理学的にも数多くの研究報告がなされ始めた。その果皮は、芳香成分やペクチン質に富むことからも搾汁後に、精油や香味材料、または薬用に活用されているものもある。柑橘果皮の成分には、精油の主要成分であるリモネンや、色素のカロテノイドやビタミン類、テルペノイド等が含まれており、生体の生理機能に大きく寄与するものが多く、精油に関する香りの機能活性も数多く報告されている。しかし、柚子の需要にはまだ限りがあり、搾汁後の残渣には有効な利用方法もないため多くは廃棄されているのが現状である。本章では、物質循環のネットワーク構築の概念から、柚子に含まれる活性成分と機能活性を検討する基礎研究を行い,これらの未利用植物バイオマスのより活発な資源化につなげることを試みた。シンプルに分類できる柚子の利用可能部位をFig.1のように区分けし、含有成分とその機能を考察した。柚子中には柑橘類に特有なトリテルペノイドの一種であるリモノイド類が含有されていた。柚子中のリモノイド成分は種子に特異的に多く、水溶性の配糖体も同時に存在した。脂溶性のリモニンやノミリンなどのアグリコンは強い苦味を生じ、腫瘍形成抑制作用や抗酸化作用が、水溶性配糖体には、抗酸化作用や抗アレルギー作用が認められ、アグリコンと配糖体の活性作用は異なることも明らかとなり、商業価値の高い材料であることが確認された。

2.焙煎コーヒー中の生理活性成分と材料特性

 コーヒーブリュー中には、トリゴネリン、キノリン酸、ニコチン酸、カフェイン等の窒素含有物やタンニン酸等の生理活性物質が多く存在し、最近では生体への薬理効果も数多く報告されている。各成分の測定方法にはHPLCが多く活用されているが、これらの化合物は非常に類似した構造を有し、各化合物の存在を同時に検出するのは困難であり、特にニコチン酸、トリゴネリン、キノリン酸、タンニン酸等をHPLCによって同時に分離した報告はない。本章では、210nmの単一波長でホームメイドのゾル-ゲルカラムを用いたHPLC/diode-array system法により、コーヒーブリュー中の生理活性成分(キノリン酸、ニコチン酸、トリゴネリン、タンニン酸、カフェイン)の一斉同時定量分析を行い、すべての成分分離測定を可能にする条件を見出した。また、本実験で見出した条件で焙煎したコーヒーブリュー中のナイアシンは、成人の一日あたりのビタミンB推奨摂取量17mg d(-1)をはるかに上回り、これは同時にトリゴネリンの摂取にも効果的な条件であった。

第3編:廃棄系天然バイオマスの再利用

3-1 リグノセルロース系バイオマスおよびセルロース系バイオマスへの重金属の吸着特性

 生物は、生命維持の必須元素を能動的に取り込み、特定の元素を体内で濃縮・蓄積することがよく知られている。金属イオンは生体機能を発揮するうえで、たんぱく質や核酸、脂質、糖質などと共に必須の物質である。しかし、金属イオンは非常に多種類存在し、その生理作用も多様である。特に重金属イオンが生体に侵入した場合には、金属イオンとして遊離の形で存在することはほとんどなく、多くの場合生体成分と結合して作用を現す。よく知られる天然の河川底質の重金属吸着作用には、粘土鉱物などの無機物やフミン質などの有機物が大きく関与することが知られている。しかし、リグノセルロースやセルロース組織支持体をマトリックスとした生理活性成分を含有する廃棄系植物バイオマスを金属の回収剤として意図的に活用した例は少なく、その物性も詳細に検討されてはいない。以上のことをふまえ、本研究では、バイオマテリアルとして有機材料にキチンやキトサンを、無機材料にゼオライト、植物系材料としては緑茶殻、番茶殻、紅茶殻、柚子、アロエ、コーヒー残渣を選び、循環機能を第一に考えた低コストでより簡便な処理で重金属吸着能を有する機能性材料開発を目指した。水系中のPb(2+),Cu(2+),Cd(2+),Zn(2+)の吸着能をLangmuir及びFreundlich吸着等温式を用いて動力学的評価から比較検討した結果、植物系バイオマスの吸着挙動が、含有する活性成分に依存することを明確に示した(Fig.2)。すなわち、セルロースをマトリックスとした柚子やアロエ中のペクチン酸や、コーヒー殻の様にカフェインやカテキン類等の生理活性物質を含有したリグノセルロース類がきわめて安定な重金属に対する吸着能を有し、カドミウムや銅などの金属を活性炭と同等、もしくはそれ以上の吸着力で回収できることを明らかにした。しかも、コーヒー豆の熱水抽出後の残渣は、水洗後乾燥する簡易な前処理だけで高い吸着能を発現し、コーヒー豆残渣の重金属吸着挙動は、コーヒー豆の焙煎温度にまったく影響を受けなかった。コーヒー豆殻は廃棄物としての絶対量が多く、市販品の多くがブレンドされた状態で商品化されている現状をふまえると、焙煎状態やコーヒー豆の種類に影響を受けなかったことは有利であり、安価で大量に入手でき、環境負荷の小さい重金属吸着素材としてその活用が期待される。

3-2 セルロースマトリックスゲルと重金属吸着特性

 植物中に含有される多糖類は生分解しやすく、重金属の吸着能を有するバイオ新素材としてその再生能力が大きな魅力といえる。しかし、いずれの場合も未加工の天然物ゆえに、実用化に向けての物理的・化学的な耐性不足や材料から活性作用を示す有機成分が水溶液中へ溶出し、処理水中のBOD増加や活性点の減少が懸念された。

 本章では、特に、ペクチン酸由来の金属吸着能を発現した柚子や、市場が世界中に存在し、廃棄量も膨大な柑橘系バイオマス・レモン(Citrus lemon)を選び、更に主にアルカロイド由来の吸着能を示したコーヒーを用い、これら低分子の活性成分を天然有機母材のセルロースやリグノセルロースにエピクロロヒドリンを用いて架橋させ、有機成分の溶出しないセルロースマトリックスゲルを合成した。

 合成したバイオマスゲルの吸着能は、特にペクチン酸含有量の高いレモンゲルが鉛と銅に対して著しく高い結果を示し(Table 1)、最大吸着量はPb(II)とCu(II)に関して活性炭の5〜13倍、Cd(II)とZn(II)では2〜8倍の値を示し、吸着後のゲルには、硝酸陰イオンの吸着も確認された。いずれの場合も、市販の吸着剤よりも高濃度の重金属を含む試料水まで吸着・除去が可能であることがわかり、廃棄系バイオマスの活用への一方向であると考える。

 以上本研究で注目した、レモン,柚子,コーヒーのバイオマスは、

(1) 自然の営みの中で作り出される陸生、水生系の自然系バイオマス、

(2) 人類が利用目的に生産管理している生産系バイオマス、

(3) 産業や日常生活の中から発生する廃棄系バイオマス

のすべてに姿を変えて存在しても、比較的自然に近い状態で、その特性を十分に活かして、低コストで循環して活用することが可能であり、新しい広範囲な分野において、新規高機能性材料として十分に価値のある再生可能資源であると考える。

Flg. 1 The active evaluation for the extracts from the yuzu

Fig.2 Chemical structure of the adsorbents derived from biomass

Table 1 Adsorption parameters with the adsortion isotherms and Freundlich equations for Pb(II),Cd(II),Cu(II), and Zn(II) adsorptions on biomaterials and gels

a qmax. is the maximal adsorption capacity extracted from adsorption isotherms.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、再生可能なバイオマス資源のうち無機系バイオマスと多糖類に着目し、枯渇資源の代替や未利用部位の再利用法に関する研究成果をまとめたもので、四編・五章よりなる。

 第1編では、バイオマスを活用することの意義および研究の歴史的背景・現状を概観し、本研究の目的を述べている。

 第2編では、柚子とコーヒーが含む生理活性成分の量・活性と利用価値を検討し、新規な食品機能性素材としての可能性を探索している。

 第1章では柚子につき、搾汁液・果皮・種子の成分分析と活性評価から、従来は廃棄されていた部位の再生材料特性を検討している。柚子果実の全部位から強い抗酸化作用をもつリモノイドを検出し、とりわけ種子中の含有量が他の柑橘類より著しく多いことを明らかにした。また水溶性リモノイド配糖体の抗酸化・抗炎症作用を見つけ、脂溶性リモノイドより活性が高いことを確かめている。

 第2章では、コーヒーブリューが含む生理活性成分の高感度・迅速分析を目的に、ゾルゲル法で合成したカラムを用い、アルカロイド系活性成分6種の同時一斉分析法を確立した。同法でナイアシンや前駆体の生成機構を検討し、コーヒー豆中の生理活性物質の生成を焙煎で制御する条件を見出した。その結果、生豆中のトリゴネリン含量やコーヒーブリュー中のナイアシン生成量が既報の3.5〜50倍まで増え、ビタミンBの有効な供給源となることを示している。

 第3編では、天然多糖類系廃棄材料を金属など鉱物資源の回収・再生に役立てることを目指し、国内で発生する無機系バイオマスと天然セルロース系・リグノセルロース系バイオマスを用いて重金属の吸着挙動を検討している。

 第1章では、コーヒー殻(抽出残渣)による水溶液中のCu(2+)とCd(2+)の吸着挙動を原子吸光法で調べ、残渣が活性炭やゼオライトに匹敵する高い重金属吸着能をもつことと、豆殻の水洗・乾燥によって吸着能が最高となり、吸着挙動は焙煎温度に影響されないことを明らかにしている。コーヒー豆殻の廃棄量は多く、市販品の多くがブレンド状態である現状に鑑みると、豆の種類や焙煎状態によらない吸着能は有望であり、コスト面も含め環境保全に役立つ資源となりうるものだといえる。

 第2章では、市販吸着剤(活性炭・ゼオライト・セライト・キチン・キトサン)と産業廃棄系材料(紅茶殻・緑茶殻・番茶殻・柚子果皮粉末・アロエ乾燥粉末・コーヒー抽出残渣)につき、Pb(2+)・Cu(2+)・Cd(2+)・Zn(2+)の吸着量を比較するとともに、ラングミュア式とフロイントリッヒ式を用いた吸着能の動力学的評価と、FT-IR分析による吸着挙動の解析を行っている。吸着挙動は、(1)コーヒー残渣・活性炭・ゼオライト、(2)紅茶殻・緑茶殻・番茶殻、(3)柚子果皮粉末・アロエ乾燥粉末・キトサンの3パターンに分かれ、植物系バイオマスの吸着挙動が含有活性成分に依存することを見出した。こうした結果から、廃棄バイオマス残渣が簡便かつ廉価な重金属の吸着剤になると結論している。

 第3章では、低分子可溶性成分の含有量が多い廃棄植物系バイオマス(柚子・レモン・コーヒー)の抽出粕を、重金属吸着剤に使う方法を検討している。処理バイオマスから繊維素をエタノール水溶液で洗浄抽出し、残存不溶性多糖類をケン化後、基本骨格(セルロース・リグノセルロース)を可溶性成分で架橋させたバイオポリマーゲルを合成し、活性炭の約6倍の吸着能をもつゲルを得た。なかでもレモンゲルと柚子ゲルはPb(2+)とCu(2+)に特異的な吸着能を有し、Pb(2+)吸着レモンゲルには硝酸イオンNO(3-)が多く配位することをFT-IR分析で確かめ、吸着活性サイトが主にペクチン酸のカルボキシル基であることを示した。吸着後の水溶液はいずれの重金属でも強酸性となり、レモンや柚子ゲルの金属吸着では陽イオンの交換が進む可能性を指摘している。コーヒー殻については、重金属鋳型構造をもつポリマーの合成も試み、Cu(2+)イオンを選択的に吸着するゲルを試作した。どの材料を用いた場合も、市販の吸着剤より高濃度の重金属を含む試料まで吸着・除去できることが判明し、廃棄系バイオマス活用への一手段となりうる。

 第4編では以上の結果を総括し、今後の展望を述べている。

 以上要するに本研究は、再生可能な植物系バイオマスの有効利用を目指し、低分子成分の抽出単離や、本体の吸着材としての応用につき親気かつ有用な知見を得たものであり、工業物理化学や環境化学の面で意義が大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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