No | 216626 | |
著者(漢字) | 吉田,育紀 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヨシダ,ヤスノリ | |
標題(和) | ピロリルアルジミナートチタン錯体触媒の開発とオレフィン重合への応用 | |
標題(洋) | Development of Pyrrolylaldiminato Titanium Complex Catalysts and Their Application to Olefin Polymerization | |
報告番号 | 216626 | |
報告番号 | 乙16626 | |
学位授与日 | 2006.10.19 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 第16626号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 化学生命工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1.緒言 ポリオレフィンは物性や加工性に優れ、しかも安価であるため、多岐に渡る分野で使用されている重要な高分子材料である。ところが近年、市場ニーズの多様化・高度化に伴い、ポリオレフィンにも高機能化が求められてきている。高機能化の有力な方策として、ポリマー構造を精密に制御する重合触媒技術がある。現在ポリオレフィンの大部分はMgCl2担持型TiCl4触媒及びメタロセン触媒で製造されているが、これら従来触媒は発見から既に数十年が経過し、技術の限界も見えはじめてきている。そこで従来触媒では合成困難な高性能ポリオレフィンの創出を目指し、シクロペンタジエニル(Cp)環を含まない錯体触媒、いわゆるポストメタロセン触媒の開発が近年盛んになってきている。 ポストメタロセン触媒としては、BrookhartらによるNi-ジイミン錯体、GrubbsらによるNi-サリチルアルジミナート触媒などがよく知られているが、学位申請者の所属する研究グループでも、ポストメタロセン触媒としてこれまでにビスサリチルアルジミナート4族遷移金属錯体触媒(通称:FI触媒)を開発している。ビスサリチルアルジミナート4族遷移金属錯体触媒により、得られたポリマーの分子量や分子量分布、立体規則性を精密に制御した報告例がある。しかしながらポリオレフィンの高性能化の有力な方策の一つである嵩高いモノマーの共重合に対してのビスサリチルアルジミナート4族遷移金属錯体触媒の性能は十分なものではなかった。そこで本研究はビスサリチルアルジミナート4族遷移金属錯体触媒を超える高性能な、特に環状オレフィンなどの嵩高いモノマーとの共重合に適した新規かつ高性能なオレフィン重合触媒の開発、及び開発した触媒を用いた新規ポリオレフィンを開発することを目的とした。 2.ビスピロリルアルジミナートチタン錯体触媒の発見 ビスサリチルアルジミナート4族遷移金属錯体触媒は配位子のフレキシブルな電子授受能力(メタロセン触媒の配位子であるCp基よりHOMO、LUMOのエネルギーギャップの小さいものを指標とした)に着目した触媒探索の結果、発見されたものである。本研究では、同様の手法により配位子候補を選定した。すなわち、種々の多座配位子を設計し、計算科学によりHOMO、LUMOのエネルギーギャップを求めた。その結果、いくつかの配位子がサリチルアルジミナート配位子と同様、Cp基よりもHOMO、LUMOのエネルギーギャップが小さいことがわかり、候補配位子とした。それらの配位子群の中で特にピロリルアルジミナート配位子に着目した。ピロリルアルジミナート配位子とサリチルアルジミナート配位子と同様、アニオン性ドナーと中性ドナーを1つずつ持つという共通点が挙げられる。一方、相違点として以下の2点が挙げられる。(1)4族遷移金属と錯体を形成した場合、サリチルアルジミナート配位子は6員環を形成するが、ピロリルアルジミナート配位子は5員環を形成するため、より広い反応場を与えることが期待できる。これは嵩高いモノマーの重合には有利と考えられる。(2)窒素とチタン、酸素とチタンのσ結合では電子は窒素−チタン間においてよりチタンにひきつけられていると考えられる。しかしながら、ピロリド窒素のp軌道のπ電子はピロール環の炭素のp軌道のπ電子とともに非局在化して安定な芳香族6π電子系の中に取り込まれると考えられる。一方、酸素のローンペアの電子はチタンに供与され、二重結合性があることが予想される。そのため、フェノキシに比べ、チタンとの二重結合性は低く、全体としてピロリドの電子供与性は弱いと予想した。結果、チタン錯体を形成した場合、中心金属のカチオン性が高くなり、より求核性の高いオレフィンの配位に有利になることが期待できる。 実際、ビスピロリルアルジミナートチタン錯体Bis[N-(2-pyrolidene)anilinato]titanium(IV) dichloride (TPI-1)を合成し、助触媒MAOを用いてエチレン重合触媒として評価したところ、同条件でのビスサリチルアルジミナートチタン錯体Bis[N-(salicylidene)anilinato]titanium(IV) dichloride (TFI-1)よりも高い重合活性を示した。この結果は、新たに見出したビスピロリルアルジミナートチタン錯体触媒(PI触媒と命名)がオレフィン重合触媒として有望であることを強く示唆した。 3.ビスピロリルアルジミナートチタン錯体触媒の特徴 TPI-1の構造的及び電子的特徴を調べた。X線及び1H NMR解析の結果から、TPI-1はアニオン性ドナー(ピロリド窒素)がそれぞれtrans、中性ドナー(イミン窒素)と塩素がそれぞれcisに位置する、歪んだ8面体構造であることがわかった。これらの位置関係は高い重合活性を示すビスサリチルアルジミナート4族遷移金属錯体触媒と共通している。また、DFT計算による解析から、TPI-1から生じる活性種は重合サイトとしてオレフィン重合に有利なcis2座が使える構造であることが示唆された。 DFT計算による解析からはさらにTPI-1はTFI-1と比較して重合サイト近傍の空間が広く空いていることが示唆された。また、TPI-1から生じる重合活性種の中心金属のカチオン性は、同様の置換基を有するビスサリチルアルジミナートチタン錯体触媒や、メタロセン触媒Cp2TiCl2などと比較して高いことが示唆された。 4.ビスピロリルアルジミナートチタン錯体触媒のエチレン重合、及びプロピレン、1-ヘキセン、ノルボルネンとの共重合 上記の特徴((1)重合サイト付近が広く空いている(2)中心金属のカチオン性が高い)は、ビスピロリルアルジミナートチタン錯体触媒はビスサリチルアルジミナートチタン錯体触媒と異なる重合挙動を示すことが予想される。まず、エチレン重合挙動を詳細に調べた。配位子構造を変換することにより、ビスピロリルアルジミナートチタン錯体触媒(例:TPI-6)は、助触媒としてMAOを用いた場合、4族メタロセン触媒(Cp2TiCl2、Cp2ZrCl2)に匹敵する重合活性を示した。さらに限定された重合条件下であるが、リビング重合性を有し、高分子量の単分散ポリエチレンを与えた(Mn:225,000、Mw/Mn:1.15、重合時間10秒、重合温度25℃)。また、MAOの代わりに助触媒としてPh3CB(C6F5)4/iBu3Alを用いた場合、高分子量のポリエチレン(Mv:>5,000,000)を生成した。 次にビスピロリルアルジミナートチタン錯体触媒をエチレンとプロピレン、1-ヘキセン、ノルボルネンとの共重合に展開したところ、ビスピロリルアルジミナートチタン錯体触媒はこれらのコモノマーに対しビスサリチルアルジミナートチタン錯体触媒よりも優れた取り込み能力を示した。特にノルボルネンに対する取り込み能力は非常に高く、メタロセン触媒Cp2TiCl2のみならず嵩高いオレフィンの重合に優れるCGC触媒をも凌駕するものであった。さらにビスピロリルアルジミナートチタン錯体触媒から得られたエチレン−ノルボルネン共重合体は狭い分子量分布を有し(Mw/Mn:ca.1.10)、本系がリビング重合性を有していることを強く示唆するものであった。 5.ビスピロリルアルジミナートチタン触媒によるエチレン・ノルボルネンリビング共重合 エチレン−ノルボルネン共重合体(COC: Cyclic Olefin Copolymer)は光学材料として高いポテンシャルを有し、オレフィン系ポリマーの中でも最近特に注目されていることから、ビスピロリルアルジミナートチタン錯体触媒によるエチレン/ノルボルネン共重合系をさらに詳細に検討した。その結果、ビスピロリルアルジミナートチタン錯体触媒は高度に制御されたリビング共重合を室温で進行させ、単分散COCとして高分子量ポリマーを与えることが分かった(Mn:>500,000、Mw/Mn:<1.2)。また、ノルボルネンの仕込みモル比を増やしてもノルボルネン連鎖はほとんど観測されず、交互共重合体になりやすいことがわかった。 さらに(13)C NMRによる生成ポリマーの末端構造解析から、リビング共重合はノルボルネンの挿入で開始されることがわかった(活性種へのノルボルネンの高い親和性を示唆)。また、重合過程で活性種は主としてノルボルネンが最後に挿入した状態で存在することがわかった(エチレンが最後に挿入した状態へのノルボルネンの容易な挿入を示唆)。エチレンが最後に挿入した活性種が比較的容易に連鎖移動が起こるのに対し、一般にノルボルネンが最後に挿入した活性種はβ-水素脱離が困難であるため、連鎖移動に対して安定である。従ってビスピロリルアルジミナートチタン錯体触媒による精密に制御されたエチレン・ノルボルネンリビング共重合は、(1)連鎖移動が比較的起こりやすいエチレンが最後に挿入した活性種のノルボルネンの配位による安定化と、(2)連鎖移動に対して比較的安定なノルボルネンが最後に挿入した活性種へのスムーズな移行によるものと推測された。 6.エチレン・ノルボルネンをベースとするブロックコポリマーの合成 リビング重合の有用な特徴として、ブロックコポリマーの創出が可能なことが挙げられる。ビスピロリルアルジミナートチタン錯体触媒のエチレン重合及びエチレン/ノルボルネン共重合におけるリビング性を利用し、ポリエチレンセグメントとエチレン-ノルボルネン共重合体セグメントからなるブロックコポリマーや、ノルボルネン含量が異なるエチレン-ノルボルネン共重合体セグメントからなるブロックコポリマーなど、エチレンとノルボルネンをベースとした種々のブロックコポリマーを合成した。ポリエチレンセグメントとエチレン-ノルボルネン共重合体セグメントからなるブロックコポリマーをTEMで観察したところ、対比とした単なるポリエチレンとエチレン-ノルボルネン共重合体のブレンド物が相分離しているのと比較し、界面が不明瞭となる特徴があることがわかった。 7.結言 ビスサリチルアルジミナートチタン錯体触媒を超える新規なオレフィン重合用触媒として、配位子のフレキシブルな電子授受能力及びフェノキシとピロリドの特徴に着目した触媒探索を行った結果、ビスピロリルアルジミナートチタン錯体触媒が高活性なエチレン重合触媒となることを見出した。ビスピロリルアルジミナートチタン錯体触媒は、同様の置換基を有するビスサリチルアルジミナートチタン錯体触媒と比較し、(1)重合サイト付近が広く空いている(2)中心金属のカチオン性が高いという特徴を有することを明らかにした。これらの特徴に着目し、嵩高いオレフィンとの共重合に展開したところ、特にノルボルネンに対し優れた取り込み能力を示し、さらに精密に制御されたリビング交互共重合を進行させることを見出した。このリビング性を応用し、種々のエチレン・ノルボルネンベースの新規ブロックコポリマーを創出した。 今後、本触媒系で得られたCOCが工業的に利用されること、また本触媒系が従来触媒では重合が困難であった、より嵩高い環状オレフィンの重合用触媒として利用されることを期待したい。さらに本触媒系がさらに検討され、金属変換、配位子変換等によりさらに特徴のある、高性能な触媒系となることを期待したい。 ピロール環とフェノキシ環の電子 TPI-1のX線図 | |
審査要旨 | 本研究では、新規なオレフィン重合用高活性触媒を開発し、開発した触媒を用いてユニークなオレフィン系ポリマーの創製に成功した。すなわち、フェノキシイミン錯体触媒(FI触媒)に続く、新規かつ高性能なオレフィン重合触媒の開発を目指し、ピロリドイミン配位子を有するTi錯体触媒(PI触媒)が高活性なエチレン重合触媒となることを見出した。PI触媒のエチレン重合活性は、Ti錯体として世界最高レベルであった。エチレン重合についてさらに詳細に検討したところ、超高分子量のポリエチレンの生成や、限定された条件下ではあるもののリビング重合が可能であることもわかった。 第1章ではポリオレフィン合成触媒の歴史と現状について概観し、本研究の位置づけを明らかにした。第2章では配位子のフレキシブルな電子授受能力に着目した触媒探索をおこない、ピロリドイミン配位子を有するTi錯体触媒(PI触媒)の合成に至った。第3章では、PI触媒の構造について詳細に調べた。X線及びDFT計算による解析から、PI触媒はFI触媒と比較して重合サイト近傍の空間が広く空いていること、及びメタロセン触媒や同様の置換基を有するFI触媒と比較して活性種の配位不飽和度が高いことが明らかとなった。第4章では、PI触媒が高活性なエチレン重合触媒となることを確認した。また、PI触媒の高い不飽和度を活かすべくプロピレン、1-ヘキセン、ノルボルネンとの共重合に展開した。特にエチレンとノルボルネンの共重合では、これまでに類を見ない高いノルボルネン取り込み活性を達成した。エチレンとノルボルネンとの共重合体(COC: Cyclic Olefin Copolymer)は光学材料として高いポテンシャルを有し、オレフィン系ポリマーの中でも最近特に注目されている。第5章では、エチレンとノルボルネンとの共重合についてさらに詳細に検討し、PI触媒は高度に制御されたリビング共重合を進行させ、単分散COCとして世界最高レベルの高分子量の交互共重合体を与えることが分かった。さらに(13)C NMRによる生成ポリマーの末端構造解析から、リビング共重合はNBの挿入で開始され、重合過程で活性種は主としてNBが最後に挿入した状態で存在することを明らかにした。 以上のように、本研究では新規なオレフィン重合用高活性錯体触媒(PI触媒)を発見し、その分子構造および触媒作用を明らかにするとともに、エチレンとノルボルネンとのリビング共重合などユニークな精密重合系を見出し、従来触媒系では合成困難な新規オレフィン系ポリマーを世界に先駆けて創製したものであり、オレフィン重合触媒の開発に新たな指針を提供する重要な成果である。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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