学位論文要旨



No 216628
著者(漢字) 土田,晋也
著者(英字)
著者(カナ) ツチダ,シンヤ
標題(和) 人工換気に伴う急性肺傷害における無気肺の病態生理に関する生理学的、形態学的、生化学的研究
標題(洋)
報告番号 216628
報告番号 乙16628
学位授与日 2006.10.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16628号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 牛島,廣治
 東京大学 教授 松島,綱治
 東京大学 助教授 上妻,志郎
 東京大学 講師 金森,豊
 東京大学 講師 寺本,信嗣
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

 人工換気による肺傷害は無気肺により悪化するとされ、この現象の説明として無気肺の領域における末梢気道の反復開閉が示唆されている。これまでは、この末梢気道の反復開閉が'無気性肺傷害(atelectrauma)'を引き起こしていると考えられてきた。しかし、この末梢気道の反復開閉という現象は、in vivoの動物モデルで直接証明されてはいない。

 我々は、無気肺による肺傷害の分布について検討することを目的に、サーファクタント欠乏のin vivoモデルを作成した。急性肺傷害における肺は通常、無気肺と過膨脹肺の二つのコンパートメントから成立している。無気肺は換言すれば含気のより少ない領域(圧縮または液体貯留による)のことであり、垂直軸に沿って相対的に下側(以下、dependent側、と称す)の肺に分布する特徴がある。他方は過膨脹肺、つまり含気のより多い領域で、'baby lung'とも呼ばれている。我々はサーファクタント欠乏のin vivoモデルを以下に示す2通りの人工換気法、すなわち(a)大きな一回換気量と低い終末呼気陽圧(PEEP)による人工換気で、肺傷害およびdependent側の無気肺を引き起こす群と(b)小さな一回換気量と高いPEEPで、人工換気による肺傷害や無気肺をきたさない群とに割り当てた。このモデルを使用して、広範な無気肺の存在下では、大きな一回換気量での人工換気に伴う末梢気道ならびに肺胞レベルにおける肺傷害は、無気肺の領域に優先的に分布するであろう、という仮説を検証した。

対象と方法

 トロント小児病院における動物倫理委員会の承認(Canadian Council for Animal Careのガイドラインに準拠)を得た後に、オスのSprague-Dawleyラット(体重300-400g)を全ての実験において使用した。サーファクタント欠乏モデルの作成後、ラットを非肺傷害性または肺傷害性人工換気のいずれかの群に割り当て、90分間人工換気を施行した。全てのプロトコールを終了した動物のみ評価の対象とした。

 両群(非肺傷害性人工換気群、肺傷害性人工換気群)において、dependent側とnon-dependent側との比較に着目して、以下に示す5項目について検討した。

1)人工換気による肺傷害の評価

2)病理組織学的肺傷害の分布とステレオロジーによる無気肺分布の評価

3)サイトカインmRNAの定量と局在

4)重量測定および容量測定による無気肺の評価

5)CTスキャンによる無気肺の分布(各群の代表的画像)

結果

 両群(非肺傷害性人工換気群、肺傷害性人工換気群)とも16匹のラットにおいて全てのプロトコールを完了した。さらに比較の目的で、非肺洗浄対照群(8匹)および肺洗浄対照群(6匹)を使用した。以下に示す表に結果を総括する。

結論

 われわれは、肺洗浄後に肺傷害性人工換気を施行したラットモデルにおいて、無気肺は主としてdependent側に分布することを示し、肺胞性肺傷害は無気肺部分よりもむしろ肺傷害群のnon-dependent側に強く現れていることを証明した。この結果は一回換気量が無気肺の領域を避けて優先的に含気の良い領域へと再分配されるという仮説(baby lung concept)に合致している。これに対して、末梢気道性肺傷害は肺全体に均一に分布していた。"末梢気道の反復開閉による末梢気道性肺傷害は、無気肺の領域に限局して起る"という仮説は、無気肺の領域に止まらず肺全体の末梢気道にまで適用が広げられる可能性を、今回のデータは示唆している。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は人工換気に伴う急性肺傷害における無気肺の病的意義を、生理学的、形態学的、生化学的に検討することを目的に、肺洗浄によるサーファクタント欠乏のin vivoラットモデルを作成し、dependent側に無気肺を来たす肺傷害性の人工換気(肺傷害群)、もしくは無気肺を来さない非肺傷害性の人工換気(非肺傷害群)を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.肺傷害の病理組織学的解析の結果、肺胞性肺傷害(肺硝子膜指数)は、非肺傷害群では微少であり、垂直軸に沿った部位による差は認められなかった。これに対して肺傷害群では重い肺胞性肺傷害が認められ、特にnon-dependent側で最大であることが示された。一方、末梢気道性肺傷害(上皮の剥離性傷害)は、いずれの群においてもdependent側とnon-dependent側との間に有意な差は認められないことが示された。

2.real time polymerase chain reactionによるサイトカインmRNAの定量の結果、IL-1β、IL-6およびMIP-2の発現は、肺傷害群のnon-dependent側で最大であることが示された。またサイトカインmRNA定量の結果は、病理組織学的に解析した肺胞性肺傷害の分布に合致することが示された。

3.in situ hybridizationによりサイトカインmRNA発現の組織学的分布を検討したところ、肺傷害群ではnon-dependent側の肺胞上皮に沿ってIL-1βとIL-6 mRNAがともに強く発現していたが、dependent側の肺胞上皮ではIL-1βとIL-6 mRNAの発現はともに弱かった。肺傷害群では、末梢気道におけるIL-1βとIL-6 mRNAの発現レベルは、dependent側とnon-dependent側とで同等であることが示された。

4.重量測定および容量測定により機能的残気量を定量した結果、肺傷害群では非肺傷害群に比較して機能的残気量は有意に小さく、%Atelectasisは有意に大きいことが示された。また肺水腫の分布(垂直軸に沿った部位別のwet-to-dry比)はいずれの群においても均一で、部位による差は認められなかった。

5.CTスキャンを施行したところ、非肺傷害群では均一に含気を認め、無気肺を示す陰影はほとんど認められなかった。肺傷害群では呼気終末において、無気肺を示す陰影が不均一に分布し、それらは特にdependent側に顕著であった。また含気はnon-dependent側に優位に分布することが示された。

6.ステレオロジー解析の結果、肺傷害群では非肺傷害群と比較して、肺胞壁の体積密度が大きく、逆に肺胞腔の体積密度が小さいことが示された。さらに肺傷害群では、dependent側の平均肺胞体積はnon-dependent側に比較して有意に小さいことが示された。これに対して非肺傷害群では、dependent側とnon-dependent側との間に平均肺胞体積の有意差は認められなかった。ステレオロジー解析の結果、CTスキャンで認められた無気肺のdependent側に優位な分布が、ラットのような小動物において定量的に証明された。

 以上、本論文において無気肺に伴う末梢気道性肺傷害は必ずしも無気肺の領域には限定されず、むしろ肺全体に及ぶことが示された。これに対して、無気肺に伴う肺胞性肺傷害は無気肺の領域からは隔たった含気の良好な肺胞で起こることが明らかとなった。本研究はこれまで未知に等しかった、人工換気に伴う急性肺傷害における無気肺の病的意義の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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