学位論文要旨



No 216629
著者(漢字) 稲冨,淳
著者(英字)
著者(カナ) イナトミ,ジュン
標題(和) 近位尿細管性アシドーシス患者におけるSLC4A4遺伝子の変異と機能の解析
標題(洋) Mutational and functional analysis of SLC4A4 in a patient with proximal renal tubular acidosis
報告番号 216629
報告番号 乙16629
学位授与日 2006.10.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16629号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 門脇,孝
 東京大学 助教授 平田,恭信
 東京大学 講師 百枝,幹雄
 東京大学 講師 野入,英世
 東京大学 客員教授 井上,聡
内容要旨 要旨を表示する

〈本論文の背景〉

 血液の酸塩基平衡は腎尿細管によって精緻に調節されている。尿細管における酸塩基平衡の調節は、(1)HCO(3-)の近位尿細管における再吸収。(2)集合尿細管でのH+の排泄、の二つの機序よりなされる。

 近位尿細管でのHCO(3-)の再吸収は、(1)CAIV(carbonic anhydrase IV)によるHCO(3-)からのCO2の産生、(2)CO2の管腔側膜からの細胞内への拡散、(3)CAIIによるCO2とH2OからのH2CO3の産生、(4)CAIIによるH2CO3のH+とHCO(3-)への分解、(5)細胞内から血管側へのHCO(3-)の輸送、というステップからなる。(5)のHCO(3-)の輸送はNa+/HCO(3-)共輸送体(kidney type natrium bicarbonate cotransporter: kNBC)によって行なわれる。

 kNBCは1997年に2つのグループによって独立にクローニングされた1,035アミノ酸からなる膜蛋白である。腎の他、膵、脳、眼、小腸、大腸などに発現する。1998年と2000年に、それぞれ膵と脳に発現するsubtype(それぞれpNBC、rbNBC)がクローニングされた。kNBCとpNBCは同一の遺伝子(SLC4A4)によってcodeされ、alternative splicingによって発現する。kNBC蛋白はpNBC蛋白とC末端の994アミノ酸を共有し、N末端の85アミノ酸を独自の41アミノ酸に置換した構造を有する。

 近位尿細管性アシドーシス(typeII pRTA)は近位尿細管機能の全般性障害であるFanconi症候群の1症状として出現することが多い。尿細管性アシドーシス以外の症状を伴わない純型近位尿細管性アシドーシスは乳幼児に一過性に出現することが多い。本研究課題である純型永続性近位尿細管性アシドーシスは稀な疾患単位であり、更に、(1)低身長の他に臨床症状の乏しいものと、(2)低身長、精神発達遅滞、眼症状(白内障、緑内障、帯状角膜変性)、高アミラーゼ血症などの症状を伴うものに分類される。後者は常染色体劣性遺伝の極めて稀な疾患である。

〈目的〉

 私は五十嵐等と共に、眼症状を伴う純型永続性近位尿細管性アシドーシスの原因がkNBCの遺伝子変異であることを2家系の患者の遺伝子解析及びin vitroでの変異体の発現実験によって証明した(Nature Genet 23: 264-266, 1999)。更に私共は、本症の別の家系でkNBCのN末端の29番のアミノ酸が終止コドンとなる変異を同定した(J Am Soc Nephrol 12: 713-718, 2001)。この変異では、alternative splicingで生じるpNBCの機能に変化は無く、kNBCとpNBCの機能の相違について明らかにした。今回私は、本症の5家系目(うち1家系は他のグループの症例)の患者の遺伝子解析によって新たな遺伝子変異を同定し、変異体の機能解析によってその変異がkNBCの機能を低下させることを示した。

(症例)

 症例は12歳の白人の米国人男児。3歳時に高Cl性の代謝性アシドーシスを指摘され、精査により近位尿細管性アシドーシスと診断された。同時に、視力障害を主訴に眼科を受診し、眼圧上昇、水晶体の白濁等を指摘されている。また、低身長(3th%)に対し、成長ホルモンの補充療法を受けている。頭部CTでは、基底核の石灰化を指摘された。現在12歳であるが知能は正常である。こうした臨床データより、眼症状を伴う純型永続性近位尿細管性アシドーシスを疑われ、私はこの患者において遺伝子解析を行なった。

(方法と結果)

 患児の末梢血白血球からRNAを抽出し、random primerを用いてcDNAを合成した。PCRによってkNBC cDNAを合成し、direct sequencingによって疾患特異的な変異(del2311A)を同定した。この変異によってkNBCの721番のコドンにframe shift mutationができ、結果として29個下流のコドンが終止コドンとなる。この変異は78名の健常者には認められず、またRFLP解析により、患児の両親はheterozygoteの変異を有することが判明した。

 この変異を有するkNBCのアフリカツメガエル卵母細胞での発現実験を行なった。Wild type及びdel2311A kNBC cDNAからin vitro transcriptionによってcRNAを合成し、アフリカツメガエル卵母細胞に発現させた。kNBCはNa+とHCO(3-)を1:3のモル比で細胞内へ輸送するため、Na+とHCO3-の存在下で細胞の過分極を起こし、voltage clamp法で外向きの電流が生じる。Site-directed mutagenesisによってdel2311A変異を導入したkNBCでは、wild typeで認められる電位、電流の変化が検出できなかった。この結果は、del2311A変異がkNBCの機能を消失させることを示す。

 更に、del2311A変異を有するkNBCの蛋白発現について解析した。変異kNBCを発現させた卵母細胞では、Western blotによる解析で形質膜分画に蛋白を検出できなかった。Immunocytochemistryによっても、変異kNBCが卵母細胞の形質膜に発現していないことが判明した。

(考察)

 私は一貫して、眼症状を伴う純型永続性近位尿細管性アシドーシスの病因解析に関する研究に携わり、五十嵐等と共にこの疾患単位がkNBCの変異に起因することを証明した。本論文で主に記した研究では、本症の5家系目の遺伝子解析によってkNBC遺伝子のdel2311A変異を同定した。in vitroの発現実験によってこの変異が眼症状を伴う純型永続性近位尿細管性アシドーシスの、kNBCの機能低下をきたす疾患特異的な変異であることを示した。また、Western blotとimmunocytochemistryにより、del2311A変異が蛋白の細胞膜への移動を阻害する変異であることが推測された。kNBCの遺伝子解析、変異体の機能解析はgenotype-phenotype relationshipを解明する上で有用と考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究課題である常染色体劣性純型永続性近位尿細管性アシドーシスは稀な疾患単位であり、低身長、眼症状(白内障、緑内障、帯状角膜変性)、高アミラーゼ血症などの症状を伴う。本研究は、患者の解析によって本症の遺伝子レベルでの原因究明を試みたものであり、以下の結論を得た。

1)kNBC(kidney sodium bicarbonate cotransporter)は1997年に2つのグループによって独立にクローニングされた1,035アミノ酸からなる膜蛋白である。16歳の日本人女児、2歳の日本人女児、12歳の米国人男児からリンパ球を採取し、kNBCのcDNAのdirect sequenceを行った。日本人の2家系の遺伝子解析及びin vitroでの変異体の発現実験によって本症の原因がkNBCの遺伝子変異であることを証明した。

2)12歳の白人の米国人男児は3歳時に高Cl性の代謝性アシドーシス、眼圧上昇、白内障等から本症を疑われた。患児の末梢血白血球からRNAを抽出し、random primerを用いてcDNAを合成した。PCRによってkNBC cDNAを合成し、direct sequencingによって疾患特異的な変異(del2311A)を同定した。この変異によってkNBCの721番のコドンにframe shift mutationができ、結果として29個下流のコドンが終止コドンとなる。この変異は78名の健常者には認められず、またRFLP解析により、患児の両親はheterozygoteの変異を有することが判明したことから、疾患特異的な変異であることが予想された(本症の世界5家系目の報告)。

3)この変異を有するkNBCのアフリカツメガエル卵母細胞での発現実験を行なった。Wild type kNBC及びSite-directed mutagenesisによってdel2311A変異を導入したkNBC cDNAからin vitro transcriptionによってcRNAを合成し、アフリカツメガエル卵母細胞に発現させた。kNBCはNa+とHCO(3-)を1:3のモル比で細胞内へ輸送するため、Na+とHCO(3-)の存在下で細胞の過分極を起こし、voltage clamp法で外向きの電流が生じる。del2311A変異を導入したkNBCでは、wild typeで認められる電位、電流の変化が検出できなかった。この結果は、del2311A変異がkNBCの機能を消失させることを示す。更に、del2311A変異を有するkNBCの蛋白発現について解析した。変異kNBCを発現させた卵母細胞では、Western blotによる解析で形質膜分画に蛋白を検出できなかった。Immunocytochemistryによっても、変異kNBCが卵母細胞の形質膜に発現していないことが判明した。

以上、本論文は、眼症状を伴う純型永続性近位尿細管性アシドーシスの病因解析に関する研究であり、本疾患単位がkNBCの変異に起因することを証明した。本論文で主に記した12歳の米国人男児の研究では、遺伝子解析とin vitroの発現実験によってdel2311A変異が眼症状を伴う純型永続性近位尿細管性アシドーシスの疾患特異的な変異であることを示した。本研究は多角的な視点から純型永続性近位尿細管性アシドーシスの病因を解明したものであり、学位の授与に値すると考えられる。

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