学位論文要旨



No 216631
著者(漢字) 中屋,宗雄
著者(英字)
著者(カナ) ナカヤ,ムネオ
標題(和) マウスの鼻過敏性変化に対する非侵襲的他覚的評価法に関する研究
標題(洋)
報告番号 216631
報告番号 乙16631
学位授与日 2006.10.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16631号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長瀬,隆英
 東京大学 講師 佐伯,秀久
 東京大学 講師 高見澤,勝
 東京大学 講師 三崎,義堅
 東京大学 講師 石尾,健一郎
内容要旨 要旨を表示する

 鼻過敏性は非特異的な経鼻刺激に対する反応であり、鼻過敏性亢進は鼻アレルギー、血管運動性鼻炎、好酸球増多性鼻炎などの鼻炎において認められる。鼻過敏性亢進の症状は主に、くしゃみ、鼻汁、鼻閉であるが、中でも鼻閉は鼻炎においてしばしば認められる重要な症状である。アレルギー性鼻炎の患者に対して抗原の吸入を行うと、鼻粘膜のうっ血と鼻汁の増加によって鼻閉が生じ、鼻呼吸が障害されることはよく知られたことである。そのため、ヒトにおいて鼻閉の程度を定量的に評価するために、鼻腔開存度を他覚的に測定する方法が研究し開発されてきた。これらの方法には、鼻腔通気度、音響鼻腔計測法があり、臨床の場で広く利用されている。

 動物での鼻腔開存の変化を正確に評価することは、アレルギー性鼻炎に対する病態生理の研究や、アレルギー性鼻炎の治療前の鼻閉に対する評価において極めて重要である。過去の鼻腔開存に関する生理や病態生理に対しての動物実験では、小さな動物ではラット、モルモットを、大きな動物ではネコ、イヌを使用した研究が行われている。これらの研究には動的な手法と静的な手法があり、動的な手法には侵襲のある手技を用いるため、実験に用いた動物を犠牲にしなければならない。また、音響鼻腔計測法のような静的な手法では、動物に麻酔を使用し無意識下で測定するが、機械の性質上小さな動物で測定することは極めて困難である。一方、最近の動物実験では、技術の進歩からトランスジェニックマウス、ノックアウトマウスが容易に作成でき、これらのマウスを用いた研究が多くなり、アレルギー領域の基礎研究においてもマウスを用いた研究が主流である。しかしながら、今までにマウスにおける鼻腔内の開存の変化を生理学的に評価する研究は、測定の困難性から動的な手法および静的な手法のいずれにおいてもなされていない。従って、今後の鼻アレルギーの研究を発展させるためには、マウスの鼻過敏性変化に対する他覚的評価法の確立が求められている。

 最近、呼吸器科領域で使用されているenhanced pause (Penh)は肺機能の新しい指標として特に喘息モデルマウスに用いられおり、このパラメーターは上気道および下気道を含む気道過敏性を示すものである。しかし、喘息モデルマウスは下気道過敏性の亢進したモデルであるが、その作成プロセスにおいて上気道過敏性の亢進もおこっているために、Penhの値は喘息モデルマウスにおいて下気道過敏性のみならず、上気道過敏性亢進すなわち鼻過敏性亢進の程度に左右されうる。逆に、下気道過敏性の亢進していない鼻過敏性亢進モデルであれば、Penhは鼻過敏性亢進のみを反映する可能性がある。そのため、Penhによって鼻過敏性変化を他覚的に評価することができるのかを確かめるために本研究を行った。

 まず、Penhを用いて鼻アレルギーモデルマウスの抗原特異的な鼻過敏性変化に対する他覚的評価法を確立するために、鼻アレルギーモデルマウスを作成し、Penhを使用し経時的なマウスの鼻過敏性変化を検討した。最初に、正常マウスに対してヒスタミン点鼻誘発による鼻過敏性亢進をPenhの変化として表すことが確認できた。また、鼻過敏性亢進をエピネフリン点鼻により抑制することもPenh変化としてとらえることができた。そして、鼻アレルギーモデルマウスを作成し、その経時的なPenh変化が、鼻アレルギー変化のパラメーターと同様な変化を示していることから、Penhは抗原特異的な鼻過敏性変化としてとらえることも示すことができた。さらに、鼻アレルギーモデルマウスに対しての抗原誘発反応もPenh変化として示され、代表的な抗アレルギー作用を有するH1拮抗薬・ステロイドの前処置によって、亢進した鼻過敏症が抑制されることも示された。鼻アレルギーモデルマウスの下気道抵抗値が上昇していないことと肺組織の炎症性変化が進んでいないことも確認し、今回のモデルでは、Penhは鼻過敏性変化の指標として示されることが強く示唆された。

 次に、鼻アレルギーモデルマウスに対して反復抗原刺激を行ってリモデリングモデルを作成し、リモデリングと鼻過敏性変化についてPenhを使用し検討した。鼻アレルギーモデルマウスに対して反復抗原刺激を行うことでリモデリングモデルを作成し、Penhを用いて鼻過敏性変化との関係を検討した。鼻アレルギーモデルマウスの鼻粘膜リモデリングの報告は過去にないが、本研究では、過去の喘息モデルの気管支粘膜同様に、抗原の反復投与期間の増大と共に、杯細胞の経時的な増加と粘膜上皮下の膠原線維の占める割合の経時的な増加を認め、鼻粘膜においても抗原の反復投与によってリモデリングが生じることを示した。そして、抗原の反復投与によって鼻過敏性は一時的に亢進するものの、抗原刺激88日目から、症状としての鼻過敏性低下を認めた。それらの変化はPenhの変化としても同様にとらえることができた。そして、鼻過敏性変化を他覚的に評価する方法としてPenhは有効な方法であった。これらの結果は、喘息モデルでの報告から、リモデリングが生体の防御反応として生じている可能性は示唆されたものの、杯細胞の増加や、粘膜上皮下の膠原線維の増加といったリモデリングによって鼻過敏性低下がおきた機序については全く不明であり、今後の更なる研究が必要であると考えられた。

 最後に、抗アレルギー薬の鼻過敏性亢進に対するPenhによる他覚的評価を検討するため、マウスにおけるヒスタミンH3レセプター(H3)に関する研究から、Penhを用いて鼻アレルギーモデルマウスに対する鼻過敏性に対する薬剤の効果を検討した。我々はヒト鼻粘膜において免疫組織学的にH3の存在を過去に報告していたが、マウス鼻粘膜におけるH3の存在の報告は過去になかった。そこで、マウス鼻粘膜におけるH3-mRNAの存在を検討したが、その存在を確認することができた。そして、鼻アレルギーモデルマウスへのH3刺激薬および拮抗薬の投与によって、鼻アレルギー反応が変化することから、H3を介する鼻アレルギー反応への関与を示唆した。これらの反応は、皮膚への掻痒感に対するH3を介する過去の報告と同様の反応であり、H3は皮膚のみならず鼻粘膜にも同じような作用をきたす可能性が示唆された。さらに、H3刺激薬は鼻アレルギー反応を抑制し、H1拮抗薬との併用により作用の増強が示唆され、それらの反応はPenhの変化として表された。しかしながら、H3とH1の相互作用についての機序は全く不明であり、今後の更なる研究が必要と考えられた。

 以上、本研究を通じ、Penhシステムがマウスの鼻過敏性変化を他覚的に評価する方法として有用であることが明らかになった。Penhシステムは、簡便で非侵襲的な手法であり、このシステムを鼻過敏性変化の他覚的な指標の一つとして用いることによって、今後の鼻アレルギー研究の更なる発展が期待できるものと考えている。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、マウスに対する鼻過敏性変化を他覚的に評価する方法について、はじめて検討したものである。最近の鼻アレルギーでの動物を用いた研究では、マウスを用いた研究がその汎用性から主流である。しかしながら、現在まで、測定方法の困難性から、マウスの鼻過敏性変化を他覚的に評価する有効な手法はなかった。そのため、今後の鼻アレルギー研究の発展のために、マウスの鼻過敏性変化に対する他覚的評価法の確立が求められていた。enhanced pause (Penh)は、気流制限を表すパラメーターで肺機能の新しい指標として、喘息モデルマウスにおいて用いられてきた。しかしながら、最近の研究で、必ずしもPenhは下気道抵抗の指標とならないことが指摘されるようになった。この問題点の一つに、Penhは気流制限によって生じるチャンバー内の圧変化を表すマーカーであるため、下気道の変化のみならず上気道の変化によっても左右されることがあげられる。従って、下気道過敏性の亢進していない、鼻過敏性亢進だけをきたすモデルマウスに対しPenhを使用することによって、Penh変化を鼻過敏性変化としてとらえる可能性が推測される。本研究は、下記の結果により、Penhは鼻アレルギーモデルマウスにおける鼻過敏性変化の他覚的な評価方法として有用であることを明らかにしたものである。

1. 非感作マウスにおいて、ヒスタミン誘発鼻過敏性亢進がPenh変化として示された。

2. 鼻アレルギーモデルマウスの抗原感作・点鼻によって生じた経時的な鼻過敏性亢進がPenh変化として示された。

3. 本研究で作成した鼻アレルギーモデルマウスは下気道抵抗の上昇を認めず、Penh変化は鼻過敏性変化を反映することが示された。

4. 鼻アレルギーマウスへの抗原の反復投与によって、鼻粘膜において杯細胞の増生、粘膜上皮基底膜下の結合組織の増加といったリモデリングを認めた。そして、抗原の反復投与によって鼻過敏性変化は一時的に亢進するが、リモデリングの進行とともに、鼻過敏性は徐々に低下することが示された。これらの経時的な鼻過敏性変化に対する他覚的評価としてPenhは有用であることが示された。

5. マウス鼻粘膜にH3-mRNAの存在を確認し、H3作動薬による鼻アレルギー反応の抑制作用が示され、H3を介する鼻アレルギー反応の存在が示された。さらに、H3作動薬のような、鼻アレルギーに対する未知なる薬剤の鼻過敏性に対する他覚的評価としてPenhは有用であることが示された。

 以上、本論文はPenhが鼻アレルギーモデルマウスの鼻過敏性変化を他覚的に評価する方法として有用であることを明らかにしたものである。遺伝子導入やノックアウトマウスの作成などの動物操作と非侵襲的なPenhを組み合わせて研究を行うことで、鼻アレルギーの病態生理の解明に役立つ可能性がある。さらに、Penhは鼻アレルギーの治療効果の評価に対して、非常に便利で役立つことが示された。このシステムは即時相の鼻過敏性変化だけでなく、今後遅発相のような他の鼻過敏性の研究にも役立つ可能性があると思われる。Penhは、簡便で非侵襲的な手法であり、このシステムを鼻過敏性変化の他覚的な指標の一つとして用いることによって、今後の鼻アレルギー研究を行う上で重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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