No | 216632 | |
著者(漢字) | 宮下,光令 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ミヤシタ,ミツノリ | |
標題(和) | 日本におけるがん患者の「望ましい死」の概念化 : 一般集団と緩和ケア病棟の遺族を対象とした量的研究による検討 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 216632 | |
報告番号 | 乙16632 | |
学位授与日 | 2006.10.25 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(保健学) | |
学位記番号 | 第16632号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 研究目的 終末期がん患者は、痛みをはじめとした身体的苦痛だけでなく、心理的、社会的、実存的な苦痛に苦しむことが少なくない。一般に治療期では症状緩和や生活の援助にもっとも焦点が当てられるが、終末期ではそれに加えて、その人の人生をどのように完成させ、穏やかに死を迎えるかが問題となる。このような全人的な視点にたった緩和ケアの目標として「望ましい死」を考える必要がある。わが国では従来、このような視点の研究はあまりなされてこなかった。そこで我々は、まず、わが国における望ましい死の要素を明らかにするため、終末期がん患者、家族、医療者、合計63人を対象とした、質的研究を行った。 我々は、次のステップとして、一般集団と緩和ケア病棟の遺族(以下、緩和ケア遺族)を対象とし、我々の先行する質的研究から得られた、わが国における望ましい死の要素を量的に評価することを目的とした本研究を行った。本研究の主たる目的は以下のとおりである。 1. わが国の終末期がん患者の望ましい死を概念化すること。 2. 共通性が高い望ましい死の構成概念を明らかにすること。 3. 個人の望ましい死の構成概念の関連要因を探索し、望ましい死の構成概念についてより詳細に記述すること。 研究方法 1. 調査期間と調査対象 調査期間は一般集団では2004年3月〜4月、緩和ケア遺族は2004年8月〜10月である。調査対象は日本の4都県の一般集団とその周辺地域にある緩和ケア病棟の遺族である。一般集団は宮城県、東京都、静岡県、広島県の40歳〜79歳の地域住民から層別2段階無作為抽出法でサンプリングした。対象数は都県ごとに1250人、合計5000人とした。 緩和ケア遺族は4都県の周辺地域にあり、2002年以前に開設された緩和ケア病棟として、最終的に12の緩和ケア病棟(宮城県近郊2、東京都近郊5、静岡県近郊2、広島県近郊3)から協力が得られた。各地域ごとに参加者数がおよそ200人、計800人になるように施設ごとに50〜80人をサンプリングした。 2. 調査方法 調査方法は自記式調査票を用いた郵送法による質問紙調査である。 3. 調査項目 1)望ましい死の要素 我々が先行して行った質的研究、および文献レビューから得られた、望ましい死の要素として、「からだに苦痛を感じないこと」、「おだやかな気持ちでいられること」など57項目について、「1.全く必要ではない」、「2.必要ではない」、「3.あまり必要ではない」、「4.どちらともいえない」、「5.やや必要である」、「6.必要である」、「7.絶対に必要ではない」、の7段階で尋ねた。 2)日本人に特徴的な死に対する態度 日本人に特徴的な死に対する態度として3つの表現、「眠るようにさいごを迎えること」、「ぽっくりとさいごを迎えること」、「医師におまかせすること」を、望ましい死の要素と同様の方法で尋ねた。 3)対象の背景要因 全ての対象に対し、回答者の年齢、性を尋ねた。一般集団は通院歴、過去10年間のがん死別経験を尋ねた。緩和ケア遺族に関しては患者の年齢、性、医学的背景等を収集した。 4. 分析方法 まず、本研究の第一の目的であるわが国の終末期がん患者の望ましい死の概念化のために、57項目の望ましい死の要素に対し探索的因子分析を行い、ドメインを抽出した。このドメインを、本論文では、『望ましい死の構成概念』と表記する。 次に第二の目的である、共通性が高い望ましい死の構成概念を明らかにするため、個々の回答における「7.絶対に必要である」「6.必要である」「5.やや必要である」の割合の合計を計算した。これを本論文では「必要という回答」と表記する。その後、望ましい死の構成概念を、それぞれに属する、望ましい死の要素に対する必要という回答の割合によって【共通性が高い、望ましい死の構成概念】、【やや共通性が高い、望ましい死の構成概念】、【相対的に共通性が低い、望ましい死の構成概念】の3つに分類した。 第三の目的として、個人の望ましい死の構成概念の関連要因を探索するために、二変量解析によって分析した。 5. 倫理的配慮 一般集団に対しては聖隷三方原病院の施設内倫理委員会の審査を受けた。緩和ケア遺族に対しては、各施設における施設内倫理委員会の審査を受けた。施設内倫理委員会を有しない施設については、病院内会議の了承にもとづく施設長の許可によるものとした。 結果 1. 回収状況と対象の背景 一般集団は対象とした5000人のうち宛先不明で返送された26人を除く、4974人に調査票が送付され、最終的に2548人を分析対象とした(有効回答率51%)。緩和ケア遺族は対象となった794人のうち、宛先不明で返送された56人を除く738人に調査票が送付され、最終的に513人を分析対象とした(有効回答率70%)。 2. わが国の終末期がん患者の望ましい死の概念化 探索的因子分析の結果、『身体的、心理的な苦痛がないこと』、『望んだ場所で過ごすこと』、『医療スタッフとの良好な関係』、『希望をもって生きること』、『他者の負担にならないこと』、『家族との良好な関係』、『自立していること』、『落ち着いた環境で過ごすこと』、『人として尊重されること』、『人生を全うしたと感じられること』、『自然なかたちで亡くなること』、『他人に感謝し、心の準備ができること』、『役割を果たせること』、『納得するまでがんと闘うこと』、『自尊心を保つこと』、『残された時間を知り、準備をすること』、『死を意識しないで過ごすこと』、『信仰をもつこと』の18の望ましい死の概念が抽出された。 3. 望ましい死の構成概念の共通性 【共通性が高い、望ましい死の構成概念】は『身体的、心理的な苦痛がないこと』、『望んだ場所で過ごすこと』、『医療スタッフとの良好な関係』、『希望をもって生きること』、『他者の負担にならないこと』、『家族との良好な関係』、『自立していること』、『落ち着いた環境で過ごすこと』、『人として尊重されること』、『人生を全うしたと感じられること』であった。【やや共通性が高い、望ましい死の構成概念】は『自然なかたちで亡くなること』、『他人に感謝し、心の準備ができること』、『役割を果たせること』、『死を意識しないで過ごすこと』、であった。【相対的に共通性が低い、望ましい死の構成概念】は『納得するまでがんと闘うこと』、『自尊心を保つこと』、『残された時間を知り、準備をすること』、『信仰をもつこと』であった。 4. 望ましい死の構成概念の関連要因の探索 一般集団と緩和ケア遺族では、望ましい死の構成概念の平均得点には臨床的に有意な差はなかった。『死を意識しないで過ごすこと』と年齢など、いくつかの望ましい死の構成概念の平均得点と背景要因には臨床的に有意な差があった。日本人に特徴的な3つの死に対する態度と望ましい死の構成概念との関連が明らかにされた。 考察 本研究の最大の成果はわが国における望ましい死の概念化を行い、それらの共通性を量的に検討したことである。質的研究と文献レビューによる57項目の望ましい死の要素を18の概念に縮小化できた。本研究では10の【共通性が高い、望ましい死の構成概念】を同定した。これらは、全てのわが国の医療者が自覚し、実践するにあたって重要な事柄であり、望ましい死の達成を評価する際に、共通したエンドポイントになるものである。【共通性が高い、望ましい死の構成概念】には『身体的、心理的な苦痛がないこと』などの症状コントロールや治療的側面、『望んだ場所で過ごすこと』、『落ち着いた環境で過ごすこと』などの医療システムの整備だけでなく、『希望をもって生きること』、『他者の負担にならないこと』、『自立していること』など、わが国では近年まであまり注目されてこなかった実存的な領域も含まれた。これらの結果にもとづき、望ましい死の達成度を評価する尺度を作成し、全国調査により達成度の評価を行うことが可能となる。 望ましい死の構成概念に関する海外の先行研究の比較では、『信仰をもつこと』、『残された時間を知り、準備をすること』において、海外に比べ必要とする回答が少ない傾向にあった。 一般集団と緩和ケア遺族では、望ましい死の構成概念の平均得点には臨床的に有意な差はなかった。『死を意識しないで過ごすこと』と年齢など、いくつかの望ましい死の構成概念の平均得点と背景要因には臨床的に有意な差があった。日本人に特徴的な3つの死に対する態度と望ましい死の構成概念との関連が明らかにされた。 本研究の結果を発展させ、望ましい死の達成度を評価する尺度を作成し、全国調査によって達成度の評価、緩和ケア普及の障害の同定や、終末期ケアの質を評価する臨床指標の開発を行うことが今後の課題である。 | |
審査要旨 | 本研究は、日本における望ましい死の概念化と共通性を定量的に評価することを目的とし、一般集団および緩和ケア病棟の遺族に対して、大規模な横断調査を行ったものであり、以下の結果を得ている。 1.日本における望ましい死は、『身体的、心理的な苦痛がないこと』、『望んだ場所で過ごすこと』、『医療スタッフとの良好な関係』、『希望をもって生きること』、『他者の負担にならないこと』、『家族との良好な関係』、『自立していること』、『落ち着いた環境で過ごすこと』、『人として尊重されること』、『人生を全うしたと感じられること』、『自然なかたちで亡くなること』、『他人に感謝し、心の準備ができること』、『役割を果たせること』、『納得するまでがんと闘うこと』、『自尊心を保つこと』、『残された時間を知り、準備をすること』、『死を意識しないで過ごすこと』、『信仰をもつこと』の18の構成概念に概念化された。 2.共通性が高い望ましい死の構成概念は『身体的、心理的な苦痛がないこと』、『望んだ場所で過ごすこと』、『医療スタッフとの良好な関係』、『希望をもって生きること』、『他者の負担にならないこと』、『家族との良好な関係』、『自立していること』、『落ち着いた環境で過ごすこと』、『人として尊重されること』、『人生を全うしたと感じられること』であった。やや共通性が高い望ましい死の構成概念は『自然なかたちで亡くなること』、『他人に感謝し、心の準備ができること』、『役割を果たせること』、『死を意識しないで過ごすこと』、であった。相対的に共通性が低い、望ましい死の構成概念は『納得するまでがんと闘うこと』、『自尊心を保つこと』、『残された時間を知り、準備をすること』、『信仰をもつこと』であった。 3.一般集団と緩和ケア病棟の遺族では、望ましい死の構成概念の平均得点には臨床的に有意な差はなかった。『死を意識しないで過ごすこと』と年齢など、いくつかの望ましい死の構成概念の平均得点と背景要因には臨床的に有意な差があった。日本人に特徴的な死に対する態度として3つの表現、「眠るようにさいごを迎えること」、「ぽっくりとさいごを迎えること」、「医師におまかせすること」と望ましい死の構成概念は一部に関連が認められた。 以上、本論文はわが国における望ましい死の構成概念をはじめて明らかにし、また、その共通性について定量的に評価した。本研究はわが国の緩和ケアのあり方を定量的研究方法によって明確に示したものである。本研究の結果は緩和ケアにおける対象理解、患者・家族と医療者のコミュニケーションおよび治療・看護のあり方に示唆を与えるものであり、さらに、この結果を応用して、今後、わが国の緩和ケアの評価を行うことが可能になると考えられる。このように、本研究はわが国の緩和ケアの分野に重要な貢献をなすものであると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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