学位論文要旨



No 216636
著者(漢字) 西尾,亮
著者(英字)
著者(カナ) ニシオ,リョウ
標題(和) 新規ホスフィン導入高分子カルセランド型パラジウム触媒に関する研究
標題(洋)
報告番号 216636
報告番号 乙16636
学位授与日 2006.11.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16636号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 白石,充
 東京大学 助教授 金井,求
内容要旨 要旨を表示する

 不均一系の金属固定化触媒を用いる反応は、反応終了後に触媒と生成物との分離が容易であり、また触媒の回収および再使用が可能であるため、経済性および環境保護の観点からも有用性が高い。一方で、固定化触媒の欠点として、担体内部での立体障害等に起因した分子内自由度の低下のため、原料や生成物の拡散速度低下や反応速度の低下がしばしば見られる。また、反応途中や反応後の洗浄段階において担体内に固定化された金属が溶媒中に溶出する問題が知られている。したがって、これらの欠点を克服し、かつ様々な触媒反応において有効に機能する金属固定化触媒が開発されれば、医薬品や農薬等の有用な化合物を簡便且つ高効率に合成可能となる。筆者はこのような点を鑑みて、高活性かつ金属溶出抑制効果の高い固定化触媒を開発すべく、新規高分子固定化触媒に関する研究を行った。

1. 高分子カルセランド型パラジウム触媒を用いる効率的反応の開発

 高分子によるマイクロカプセル化技術および高分子の加熱架橋反応の両方を組み合わせることにより、微小な金属クラスターを固定化した高分子カルセランド型触媒(Polymer Incarcerated Catalyst: PI触媒)は、外部添加ホスフィンを選択することにより、様々な触媒反応において、均一系触媒と同様の非常に高い触媒活性を示すことが当研究室で既に報告されている。

 一般に、アリールハライドのアミノ化反応では、アミンによる金属触媒の被毒、または高極性な反応条件に起因した金属種の担体からの溶出のため、固定化触媒を用いた成功例の報告はこれまで多くはない。そこで筆者は、これらの問題を解決すべく、PI Pd触媒をアミノ化反応に展開した。

 PI Pdおよび外部添加したホスフィン配位子の存在下、アリールハライドとアニリンのカップリング反応を最適化された反応条件下で行うと、パラジウムの担体からの溶出を伴うこと無く(<0.94%)、目的とするアミノ化体が高い単離収率で得られた(eq 1)。ただし、アミンとしてモルフォリンを用いた場合には、低収率で且つパラジウムの溶出が観測されたことから(eq 2)、更なる高活性と高いパラジウムの溶出抑制効果を両立させた新たな固定化触媒の開発の必要性が示唆された。

 ところで、コンビナトリアル・ケミストリーの手法を用いたライブラリーの合成法は、薬理活性化合物の探索およびその化合物の最適化の両方において重要な方法のひとつである。そこで、より簡便で有用性の高いライブラリー合成を目的として、高分子固定化触媒を用いることにより、アクリドン誘導体の合成に応用した(Scheme 1)。PI Pd触媒、Amberlite、および樹脂担持型スカンジウム触媒を用いることにより、非常に簡便な実験操作により、目的とするアクリドンが良好な収率で得られた。この結果は、高分子カルセランド型パラジウム触媒を用いた実用的な合成方法として、重要な指標を与えるものである。

2. 新規ホスフィン導入高分子カルセランド型パラジウム触媒の設計およびそれを用いた炭素-窒素結合生成反応の開発

 PI Pd触媒は、カルセランド型高分子担体内部での立体的な囲い込み、および電子的な多点相互作用により安定にパラジウムクラスターを担持させ、その高分子担体における内部空間を「反応場」として活用することを想定している。したがってPI Pd触媒は、一般的な樹脂表面にホスフィン導入した固定化触媒とはコンセプトが異なるものである。

このような点を踏まえ、筆者は更なる高活性および金属の溶出抑制効果の高い固定化パラジウム触媒の開発を目指し、ホスフィンとパラジウムの両方を高分子担体上に担持させた新規ホスフィン導入高分子カルセランド型触媒の検討を行った(Scheme 2)。

 外部ホスフィン配位子の非存在下、ホスフィン導入PI Pdを用いてアミノ化反応を行うと、パラジウムの溶出を伴うこと無く、均一系触媒とほぼ同等の収率を示した(Scheme 3)。一方、比較として用いた非ホスフィン導入PI Pdでは、外部ホスフィン配位子を添加しても低い触媒活性しか示さず、また反応後のパラジウムの溶出が観測された。このように、ホスフィン導入PI Pdでは、ホスフィン部位がパラジウムクラスターに対して効率的に配位することにより、高分子担体の内部において高活性な「反応場」が形成された結果、非常に高い触媒活性およびパラジウムの溶出抑制効果を示したものと推測される。

 次に、本ホスフィン導入PI Pd触媒の回収、再使用を試みた(Scheme 4)。触媒中のホスフィン部位の酸化を抑制するため、触媒の回収時にHSiCl3によるホスフィンオキシドの還元処理を行った後に、再使用を試みた結果、若干の触媒活性の低下はみられたものの、触媒の再使用が可能であった。更に、高温かつ高極性条件下にも関わらず、回収後におけるパラジウムクラスターの凝集が抑制されていることが明らかになった。

 また、アミンの添加量の違いによる反応プロファイルを観察すると、ホスフィン導入PI Pdの存在下では均一系触媒の場合とは異なり、反応速度がアミンの添加量に依存しないことが明らかになった。この結果より、ホスフィン導入PI Pd触媒の場合では、高分子担体内部と溶媒間における分配率の違いから、触媒担体内のアミンの濃度が低く保たれているため、均一系触媒と比較してアミンの被毒を抑制しているものと考えられる。

 以上のように、ホスフィン導入PI Pd触媒が、高温、高極性条件下においてもパラジウムクラスターの凝集や溶出を抑制し、回収、再使用が可能な有用な触媒であることを明らかにした。これは、高分子担体がパラジウムを固定化する固定相としてのみでなく、反応を効率的に進行させる有効な「反応場」として機能していることを示唆するものである。

3. 新規ホスフィン導入高分子カルセランド型パラジウム触媒を用いる炭素-炭素結合生成反応の開発

 次に、本ホスフィン導入PI Pd触媒の反応場が、アミノ化反応以外の他のカップリング反応にも有効に機能するかどうか確認するため、炭素-炭素結合生成を伴う鈴木-宮浦カップリングまたは薗頭カップリングに展開した。その結果、ホスフィン配位子を外部添加すること無く、ホスフィン導入PI Pdは、非ホスフィン導入PI Pdよりも高い活性で目的とするカップリング生成物が得られた。

 次に、本触媒のリサイクルの可能性を探るため、鈴木カップリングにおけるホスフィン導入PI Pdの回収、再使用を試みた(Table 1)。空気中での濾過操作により触媒を回収し、その触媒をHSiCl3にて再還元処理をすること無くそのまま再使用した。その結果、5回目までの再使用においてパラジウムの溶出を伴うこと無く、高い触媒活性を維持していることが明らかになった。

 このように、ホスフィン導入PI Pd触媒は炭素-炭素結合生成を伴うクロスカップリング反応においても、ホスフィン配位子を外部添加すること無く、高い触媒活性とパラジウム溶出抑制効果を示すことが明らかになった。

4. 新規ホスフィン導入高分子カルセランド型パラジウム触媒を用いる化学選択的反応の開発

 前章までは触媒中のホスフィン部位を反応の加速を目的とした配位子として用いてきたが、本章では反応の抑制因子としての活用の可能性に着目した。すなわち、カルセランド型高分子担体の反応場を利用して、ホスフィンの配位によるパラジウム触媒の被毒を適度に調整すれば、基質の種類により反応性に差異が生じるため、化学選択的な部分水素還元反応が可能になると考えた。

 ホスフィン導入PI Pd存在下、水素ガス消費量を制御すること無くアルキンの還元反応を行うと、比較的良好な選択性で部分還元体得られることが明らかになった(Scheme 5)。

 また、ホスフィン導入PI Pdおよび比較として市販のLindlar触媒を用いた場合の各成分の経時変化を比較すると、前者の場合、水素消費量を制御していない条件下にも関わらず、アルケンからアルカンへの過剰還元が抑制された。一方、比較として用いたLindlar触媒では、一時的には高い選択性で部分還元体を与えたものの、同様の反応条件では、アルカンへの過剰還元を抑制できなかった。したがって、本ホスフィン導入PI Pd触媒を用いた場合、化学選択性に関してはLindlar触媒と比較して低い値ではあるが、1) 過剰還元が抑制されるため水素消費量を制御する必要が無い点、2) 更なる触媒毒などの添加剤を加える必要がないため触媒系がシンプルである点、において有用性が確認された。

 以上、筆者は高分子担体の内部空間に微小な金属クラスターを安定に担持させたホスフィン導入カルセランド型高分子担体を新たに開発した。本触媒は、担体内部の反応場を活用することで、各種カップリング反応または部分水素還元反応に有効に機能することを明らかにした。本触媒の設計コンセプトは、医薬品や農薬等の有用な化合物の合成に関して、簡便、低コスト、低環境負荷の方法論を提供するだけでなく、例えば燃料電池用触媒膜等の材料開発やデバイス開発に重要な指標を与えるものと期待される。

(1)

(2)

Scheme 1. Procedure for Synthesis of Acridone Derivatives

Scheme 2. Preparation of phosphinated PI Pd catalysts

Scheme 3. Difference of Catalytic Activity in Amination

Scheme 4. Recovery and Reuse of Phosphinated PI Pd in Amination

Table 1. Recovery and Reuse of Phosphinated PI Pd in Suzuki-Miyaura Coupling

Scheme 5. Semi-hydrogenation of Alkynes Using Pohosphinated PI Pd

審査要旨 要旨を表示する

 有機合成化学において、不均一系の金属固定化触媒を用いる反応は、反応終了後に触媒と生成物との分離が容易であること、触媒の回収および再使用が可能であるため経済性の観点から有用性が高いことなどから注目を集めてきたが、近年これに加えて、廃棄物を削減しいわゆる環境にやさしい化学を実現するためのグリーンケミストリーの柱として、特に注目をされている。一方、医薬品合成の分野では、金属触媒が多用されているが、金属の医薬品およびその合成中間体への混入がしばしば問題になり、生成物を合成するより、合成品に含まれるごくわずかな金属残留物を除去することの方に、より一層手間がかかる場合も見受けられる。

 これらの問題は、金属固定化触媒を用いることにより解決可能であると考えられるが、固定化触媒は立体障害などにより、原料や生成物の拡散速度や反応速度の低下がしばしば見られ、その低活性が大きな問題となっている。また、金属の固定が不十分な場合も多く、反応途中や反応後の処理段階において固定化された金属が溶媒中に溶出する問題がしばしば起こる。したがって、これらの欠点を克服し、かつ様々な触媒反応において有効に機能する金属固定化触媒を開発することが、医薬品や農薬、有用化成品などを簡便かつ高効率に合成する上で急務になっている。本論文はこのような点を鑑み、高活性かつ金属溶出抑制効果の高い固定化触媒の開発を目指して、新規高分子固定化触媒に関する研究を行った結果について述べたものである。

 まず第一章では、高分子カルセランド型パラジウム触媒を用いる効率的反応の開発について述べている。高分子によるマイクロカプセル化技術、およびマイクロカプセル化法と高分子の加熱架橋反応の両方を組み合わせることにより、微小な金属クラスターを高分子上に固定化した高分子カルセランド型触媒(Polymer Incarcerated Catalyst: PI触媒)がすでに当研究室で開発されている。ここでは、外部添加ホスフィンを選択することにより、様々な触媒反応において均一系触媒と同様の非常に高い触媒活性が発現することが示されている。

 さて、アリールハライドのアミノ化反応は医薬品合成における重要な反応の一つであるが、これまで固定化触媒を用いた成功例はほとんどない。これは、アミンにより金属触媒が被毒すること、および高極性溶媒を用いる反応条件下で金属種の担体からの溶出がしばしば起こるためである。そこで本論文はこれらの問題を解決すべく、PI Pd触媒を用いるアミノ化反応を検討している。

 すなわち、PI Pdおよび外部添加したホスフィン配位子の存在下、アリールハライドにアニリンを作用させると、パラジウムの担体からの溶出を伴うことなく、目的とするアミノ化体が高い収率で得られることを明らかにしている。さらにこの反応をコンビナトリアル・ケミストリーの手法を用いたライブラリー合成に適用し、アクリドン誘導体のスモールライブラリー構築に成功している。すなわち、PI Pd触媒、Amberlite、および樹脂担持型スカンジウム触媒を用いることにより、非常に簡便な実験操作で、目的とするアクリドン誘導体を良好な収率で得ることができる。この結果は、高分子カルセランド型パラジウム触媒を用いた実用的な合成方法として、注目に値する。

 続いて第二章では、新規ホスフィン導入高分子カルセランド型パラジウム触媒の設計および合成、さらにはそれを用いた炭素-窒素結合生成反応について述べている。PI Pd触媒は、カルセランド型高分子担体内部での立体的な囲い込み、および主にポリスチレンのベンゼン環を活用した電子的な多点相互作用によりパラジウムクラスターを安定に担持させ、その高分子担体における内部空間を「反応場」として活用することを想定している。したがってPI Pd触媒は、一般的な樹脂表面にホスフィンを導入した固定化触媒とはコンセプトが異なるものである。このような点を踏まえ、本論文では、高活性かつ金属の溶出抑制効果の高い固定化パラジウム触媒の開発を目指し、ホスフィンとパラジウムの両方を高分子担体上に担持させた、新規ホスフィン導入高分子カルセランド型触媒の検討を行っている。すなわち、外部ホスフィン配位子の非存在下、ホスフィン導入PI Pdを用いてアミノ化反応を行うと、パラジウムの溶出を伴うことなく、均一系触媒とほぼ同等の収率で目的とするカップリング体が得られることを明らかにしている。この結果は、非ホスフィン導入PI Pdを用いた場合、外部ホスフィン配位子を添加しても低い触媒活性しか示さず、また反応後、パラジウムの溶出が観測された結果と比較して、ホスフィン部位がパラジウムクラスターに対して効率的に配位することにより、高分子担体の内部に高活性な「反応場」が形成され、非常に高い触媒活性およびパラジウムの溶出抑制効果が実現されたものと評価される。

 さらに本論文では、本ホスフィン導入PI Pd触媒の回収、再使用を試みている。触媒中のホスフィン部位の酸化を抑制するため、触媒の回収時にHSiCl3によるホスフィンオキシドの還元処理を行った後に、再使用を試みた結果、若干の触媒活性の低下はみられたものの、触媒の再使用が可能であることを示している。さらに、高温かつ高極性溶媒を用いた条件下にも関わらず、回収後におけるパラジウムクラスターの凝集が抑制されていることも明らかにしている。また、本反応では、アミンの添加量の違いによる反応プロファイルを観察することにより、ホスフィン導入PI Pdの存在下では均一系触媒の場合とは異なり、反応速度がアミンの添加量に依存しないことを明らかにしている。これは、ホスフィン導入PI Pd触媒の場合では、高分子担体内部と溶媒間における分配率の違いから、触媒担体内のアミンの濃度が低く保たれているため、均一系触媒と比較してアミンの被毒を抑制しているものと考察している。

 第三章では、新規ホスフィン導入高分子カルセランド型パラジウム触媒を用いる炭素-炭素結合生成反応の開発を行った結果について述べている。すなわち、医薬品合成において有用な鈴木-宮浦カップリングおよび薗頭カップリングを検討し、ホスフィン導入PI Pdは、非ホスフィン導入PI Pdよりも高い活性で目的とするカップリング生成物が得られることを明らかにしている。さらに、鈴木-宮浦カップリングにおけるホスフィン導入PI Pdの回収、再使用を試み、空気中での濾過操作により触媒を回収し、その触媒をHSiCl3にて再還元処理をすることなくそのまま再使用し、5回目までの再使用においてパラジウムの溶出を伴うことなく、高い触媒活性を維持していることが明らかにしている。

 最後に第四章では、新規ホスフィン導入高分子カルセランド型パラジウム触媒を用いる化学選択的反応の開発について述べている。前章まででは、触媒中のホスフィン部位を反応の加速を目的とした配位子として用いてきたが、本章では反応の抑制因子としての活用の可能性に着目している。すなわち、カルセランド型高分子担体の反応場を活用して、ホスフィンの配位によるパラジウム触媒の被毒を適度に調整すれば、基質の種類により反応性に差異が生じるため、化学選択的な部分水素還元反応が可能になるものと考察している。この考察に基づいて実際、ホスフィン導入PI Pd存在下、水素ガス消費量を制御すること無くアルキンの還元反応を行うと、比較的良好な選択性で部分還元体得られることが明らかにしている。また、ホスフィン導入PI Pdおよび比較として市販のLindlar触媒を用いた場合の各成分の経時変化を比較すると、前者の場合、水素消費量を制御していない条件下にも関わらず、アルケンからアルカンへの過剰還元が抑制されることを見出している。一方、比較として用いたLindlar触媒では、一時的には高い選択性で部分還元体を与えたものの、同様の反応条件では、アルカンへの過剰還元を抑制できなかった。したがって、本ホスフィン導入PI Pd触媒を用いた場合、化学選択性に関してはLindlar触媒と比較して低い値ではあるが、過剰還元が抑制されるため水素消費量を制御する必要がない点、および触媒毒などの添加剤を加える必要がないため触媒系がシンプルである点、において有用であることを示している。

 以上、本論文は、高分子担体の内部空間に微小な金属クラスターを安定に担持させた、ホスフィン導入カルセランド型高分子担体を新たに開発したものである。本触媒は、担体内部の反応場を活用することで、各種カップリング反応および部分水素還元反応に有効に機能することを明らかにしている。また、本触媒の設計コンセプトは、医薬品や農薬、有用化成品などの合成に関して、簡便、低コスト、低環境負荷の方法論を提供するものと期待される。したがって本論文は、有機合成化学、医薬品化学の分野に貢献するところ大であり、よって博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

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