学位論文要旨



No 216638
著者(漢字) 中川,昌彦
著者(英字)
著者(カナ) ナカガワ,マサヒコ
標題(和) 亜寒帯林における持続可能な天然林施業のためのエゾマツ・トドマツの更新戦略
標題(洋)
報告番号 216638
報告番号 乙16638
学位授与日 2006.11.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16638号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 梶,幹男
 東京大学 教授 寳月,岱造
 東京大学 教授 山本,博一
 東京大学 教授 丹下,健
 東京大学 助教授 福田,健二
内容要旨 要旨を表示する

1.本研究の目的

 本研究は、択伐がエゾマツ・トドマツの更新に与える影響を評価し、それぞれの種特性に応じた新たな更新戦略を提案することを目的として行った。

2.択伐がエゾマツ・トドマツの更新に与える影響

 択伐がエゾマツ・トドマツの稚樹密度に与える影響を調査した。倒木、折損木根、立枯木の体積とそれらが林床に占める割合は、保存林のほうが択伐林よりも有意に大きかった。エゾマツの更新母体は、コースウッディデブリと生立木の根張りに限られていたが、トドマツは土壌にも更新していた。各更新母体における単位面積当たりのエゾマツの稚樹密度は、択伐によって有意に変化しなかったが、土壌上と伐根上のトドマツの単位面積当たりの稚樹密度は、択伐林で保存林よりも有意に高かった。保存林におけるha当たりのエゾマツの総稚樹数は択伐林よりも有意に大きかったが、トドマツの総稚樹数については保存林と択伐林で有意な差はなかった。これらのことから、亜寒帯林で択伐を行うことにより、エゾマツの主たる更新母体である倒木が減少するためにエゾマツの稚樹が減少するのに対し、伐根上と土壌上ではトドマツの更新が促進されるためトドマツの稚樹数は減少しないと考えられた。

3.エゾマツ・トドマツの伐根上における更新の特徴

 択伐天然更新による天然林施業が行われている亜寒帯林で、エゾマツ・トドマツの伐根上における更新の特徴を(1)どの腐朽度の伐根がエゾマツ・トドマツの更新に適しているか、(2)伐根の中でも、切口と根張りのどの部分が更新に適しているか、(3)何%の伐根上に更新木があるか、の3点から調査した。腐朽度が進むにしたがって、針葉樹が更新している伐根の割合は増加し、腐朽度IVで約70%となったが、腐朽度Vでは若干減少した。また、腐朽度が進むにしたがって、エゾマツ・トドマツ両樹種の、単位伐根面積当たりの稚樹密度と1伐根当たりの稚樹数が増加した。腐朽度IVの伐根については、1切口当たりのエゾマツの稚樹数と単位切口面積当たりのエゾマツの稚樹密度は、トドマツのそれらよりも大きかった。一方、腐朽度IVの伐根の1根張り当たりのトドマツの稚樹数と単位根張り面積当たりのトドマツの稚樹密度は、エゾマツのそれらよりも大きかった。腐朽の進行した伐根は、腐朽の進んでいない伐根よりも、エゾマツ・トドマツの更新に適していると考えられる。同じ伐根でも、切口はエゾマツの更新に適しており、根張りはトドマツの更新に適していると考えられる。腐朽度の進行した伐根においても、全ての伐根上に更新木があるわけではないので、伐根上更新だけでは択伐によりできたギャップを埋めるに足る更新木を確保することはできないと考えられる。

4.択伐林内の土壌におけるトドマツの更新立地

 択伐林分において、トドマツの土壌上の更新の調査を行った。 ほとんどの稚樹は、集材路上に分布していた。集材路上や土壌マウンド上のトドマツの稚樹密度は、土壌ピット上や無撹乱土壌上よりも有意に高かった。林冠が閉鎖した択伐林分内の集材路上のトドマツの稚樹密度は、ギャップにおけるそれよりも有意に高かった。ギャップにおけるクマイザサの密度と植生高は、林冠が閉鎖した択伐林分内のそれよりも有意に高かった。これらのことから、林冠が閉鎖している林分における土壌撹乱は、トドマツの土壌上の更新に有効であると考えられる。

5.種子産地の標高がエゾマツの開芽日に与える影響

 晩霜害は、エゾマツの造林上の大きな問題の一つとなっている。その解決策として開芽の遅い品種の育種が可能かどうか検討するため、種子産地の標高の違いによる開芽日の違いについて調査を行った。北海道演習林の3つの異なる標高(420m、700m、1,200m)からエゾマツの種子を採取して育苗し、2つの異なる標高(610m、750m)の試験地に植栽して、種子産地の標高が開芽に及ぼす影響の調査を行った。両方の植栽地で、種子産地の標高の違いによる開芽日の有意な違いは見られなかった。一方、標高の低い植栽地では、標高の高い植栽地よりも有意に早くエゾマツが開芽した。このことから、種子産地の標高よりも、植栽地の環境がエゾマツの開芽日に影響を与えるものと考えられた。育種による開芽の遅い品種の開発の可能性は小さいと考えられるので、エゾマツの造林を成功させるためには、霜害を受けにくい小面積のギャップに植栽することが望ましい。

6.天然林択伐後のエゾマツ補植試験

 択伐後にエゾマツの補植を行い成長を観察したところ、林冠が疎開したところでは草本が繁茂していたが、エゾマツの成長がよく、下刈をしなくても旺盛な成長が期待された。択伐後にギャップにエゾマツを補植することで、エゾマツ資源を維持していくことができる可能性が高まった。

7.結論

 亜寒帯林を択伐天然更新によって経営した場合、倒木量が減少し、エゾマツの稚樹が減少するが、伐採によって生じる伐根だけでは、十分な更新を得ることは難しいと考えられる。一方、トドマツについては、林冠が閉鎖した林分では土壌撹乱により更新が促進され、稚樹バンクの縮小にはつながらないと考えられる。

 エゾマツを造林する上で、晩霜害が一つの問題となっているが、育種によって開芽の遅い品種を開発できる可能性は小さいと考えられる。エゾマツの補植試験を行った結果、択伐後の小規模なギャップに植栽すると下刈しなくても成長がよい事例を得ることができた。

 そこで、亜寒帯林における持続可能な天然林施業のためのエゾマツ・トドマツの更新戦略として、亜寒帯林は択伐と天然更新により管理する「択伐林分」に分類するのではなく、択伐後にできた後継樹のないギャップにエゾマツを補植しまた林冠が閉鎖し後継木のないところで人為的な土壌撹乱を行う「択伐更新補助林分」という新たな林分区分を提唱する。

審査要旨 要旨を表示する

 東京大学北海道演習林で半世紀に亘り実施されてきた林分施業法は、亜寒帯林における持続可能な天然林施業のモデルとして大きな期待が寄せられている。しかし、近年択伐を実施してきた林分において、後継樹の本数不足が懸念されている。天然更新を行いながら立木本数を維持するためには、伐採や枯死による本数の減少を進界木によって補填しなければならない。そのためには、新たな稚樹の発生・定着が不可欠である。本論文は、北海道演習林における択伐林分を対象に、異なる更新母体上でのトドマツ・エゾマツ稚樹の更新状況、およびエゾマツ資源維持のための更新補助手段に関する調査を行い、それらの結果に基づいて、択伐がエゾマツ・トドマツの更新に与える影響を評価し、種特性に応じた更新戦略について、施業的な観点から考察を加えたものである。

 第1章では、北海道の亜寒帯林における択伐施業とその問題点について、これまでの関連研究をまとめ、択伐林分を維持する要件として、成長量や蓄積の保続に加えて後継樹保続の重要性を指摘した。

 第2章では、調査地に選定した東京大学北海道演習林の気候・地形・土壌の特長、森林の現況、施業林分の特徴について概説した。

 第3章では、択伐がエゾマツ・トドマツの更新に与える影響について、択伐林分と保存林分を比較した。コースウッディデブリ(倒木、折損木根、立枯木)の体積とそれらが林床に占める割合は、保存林分の方が択伐林分より有意に大きいこと、エゾマツの更新母体は、コースウッディデブリと生立木の根張りに限られていたが、トドマツは土壌上にも更新していることを示した。各更新母体におけるエゾマツの稚樹密度は、択伐によって変化しなかったが、土壌上と伐根上のトドマツの稚樹密度は、保存林分より択伐林分で有意に高かった。エゾマツの総稚樹数は択伐林分よりも保存林分で有意に多かったが、トドマツでは両者に差はなかった。これらのことから、択伐によって、エゾマツの稚樹数は更新母体である倒木の量が減少することによって減るが、トドマツは伐根上と土壌上で更新が促進されるため、稚樹数は減少しないと推論した。

 第4章では、択伐林分の伐根上での、エゾマツ・トドマツの更新状況を調査し、腐朽度が進むにしたがって、針葉樹が更新している伐根の割合は増加する傾向にあること示した。しかし、腐朽の進行した伐根でも、全てに更新木があるわけではないことから、伐根上更新だけでは択伐によって生じたギャップを埋めるに足る更新木を確保することは難しいと推論した。

 第5章では、択伐林分の土壌上におけるトドマツの更新を調べた結果、 ほとんどの稚樹は、集材路上と土壌マウンド上に分布しており、稚樹密度は、土壌ピット上や無撹乱土壌上よりも有意に高いことを示した。林冠が閉鎖した集材路上の稚樹密度は、ギャップにおけるそれよりも有意に高かった。これらのことから、林冠が閉鎖している林分における土壌撹乱は、トドマツの土壌上の更新に有効であろうと推論した。

 第6章では、択伐林分においてエゾマツの資源を維持するための更新補助手段について、1)地掻きと施肥、2)丸太の搬入および3)植栽の3方法の経済性を比較し、植栽が最も経済的に優れていることを示した。

 第7章では、エゾマツの植栽上の問題点として、晩霜害の回避が重要であることから、異なる標高の母樹に由来する苗木を、2つの異なる標高の試験地に植栽して、開芽時期を比較した。その結果、標高の低い植栽地の方が早く開芽し、植栽地間で、種子産地の標高によって開芽日に差は見られなかった。このことから、エゾマツの開芽の遅速には種子産地の標高よりも、植栽地の環境が関与していると推論した。

 第8章では、択伐後ギャップに植栽したエゾマツ苗木の生育状況の観察から、十分な成長が期待されることを示した。

 第9章では、第7・8章の結果から、エゾマツ資源の維持には、択伐後に霜害を受けにくい小面積ギャップに補植する方法が有効であることを示した。

 以上、本論文では、北海道における天然林の主要構成樹種であるエゾマツ・トドマツについて、択伐林分における両樹種の更新実態を詳細に調べ、両樹種は更新母体が異なること、エゾマツの更新は倒木に依存しているため、択伐林分では更新稚樹の確保は難しいこと、一方、トドマツは倒木のほか土壌上でも更新が可能であり、閉鎖した林分では小規模の攪乱が、その更新に有効であることを明らかにした。また、エゾマツの更新は択伐後に生じたギャップへの植栽が有効であることを示した。これらの知見は、択伐施業を実施する上での森林の取り扱いについて示唆に富む知見を提供したものであり、学術上応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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