学位論文要旨



No 216640
著者(漢字) 村松,康範
著者(英字)
著者(カナ) ムラマツ,ヤスノリ
標題(和) 細菌トランスロケースI阻害剤A-500359類に関する研究
標題(洋)
報告番号 216640
報告番号 乙16640
学位授与日 2006.11.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16640号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 助教授 作田,庄平
 東京大学 助教授 葛山,智久
 東京大学 助教授 大西,康夫
内容要旨 要旨を表示する

 細菌の細胞壁合成はUDP-GlcNAcを出発物質として多段階の反応を経て細胞壁の構成成分であるペプチドグリカンとなる。トランスロケースI(EC 2.7.8.13)はリピッドサイクルに入る最初のステップを担う酵素で、下の式に示す反応を触媒し、細菌の生育に必須の酵素であることが知られている。

UDP-MurNAc-pentapeptide + undecaprenyl-phosphate ⇔ undecaprenyl-pyrophosphoryl-MurNAc-pentapeptide + UMP

 トランスロケースI阻害剤として、これまでツニカマイシン、ムレイドマイシン、リポシドマイシンなどが知られているが、臨床開発された薬剤は未だない。しかし、ムレイドマイシンの研究などからトランスロケースIはヒトと細菌との間で選択性が期待できる、魅力的なターゲットであることが明らかとなっている。

 本研究では、従来の抗生物質とは作用機作の異なる新規抗菌剤の取得を目指して本酵素に着目し、それに対する簡便・迅速なアッセイ系を構築し、微生物の二次代謝産物について阻害剤スクリーニングを行った。

 土壌分離菌の培養上清について、トランスロケースI阻害物質の探索を行った結果、放線菌Streptomyces griseusより新規カプラマイシン類縁体であるA-500359類および放線菌Streptomyces sp.よりA-503083類などの新規化合物を見出し、これらの化合物について構造解析、生物活性研究を行った。また、誘導体研究に供するための培養力価向上検討および誘導体展開による活性向上についても合わせて研究を行った。

第一章の要旨

 トランスロケースIの基質であるUDP-MurNAc-pentapeptideを塩化ダンシルで蛍光標識し、酵素反応の進行に伴い蛍光量が増大する簡便なアッセイ系を構築した。酵素はMraY遺伝子をコードしたプラスミドで形質転換した大腸菌の培養菌体より調製し、スクリーニングに供した。

 土壌分離菌約10,000株の培養上清についてトランスロケースI阻害物質の探索を行った結果、A-500359株およびA-503083株の培養上清に強い酵素阻害活性を見出した。

第二章の要旨

 A-500359株(Streptomyces griseus SANK 60196)の培養液について各種クロマトグラフィーを行い、本菌培養上清の活性物質、A-500359類の単離に成功した。これらの構造はNMRなどの各種スペクトルデータを解析することにより決定した。結果、単離された化合物のうち一化合物が既知物質であるカプラマイシンで、他はカプラマイシン新規類縁体であった。カプラマイシンおよびA-500359類化合物の酵素阻害活性はIC50値で0.017〜0.53μMを示し、特に最も酵素阻害活性の強いA-500359 Aやカプラマイシンは抗酸菌に対して特異的に抗菌活性を示した(MIC=2〜16μg/ml)。

第三章の要旨

 第二章で述べたA-500359類の脱アミノカプロラクタム体を得る目的で、リジン-ジアミノピメリン酸生合成経路のアスパルトキナーゼを阻害するS-(2-aminoethyl)-L-cysteine(AEC)を添加してA-500359株の培養を行った。結果、予想通り目的物質である脱アミノカプロラクタム体が得られ、A-500359 E、FおよびH物質と命名した。興味深いことに、末端がメチルエステル体であるA-500359 Eの酵素阻害活性はA-500359 Aに対して約3倍弱いだけだが、抗菌活性はほぼ消失していた。脱アミノカプロラクタム体は概して抗菌活性が弱く、末端官能基の置換により抗菌活性が向上する可能性が示唆された。

第四章の要旨

 A-500359類化合物の生産力価を向上させるため、菌株の改良と培地の改変を行った。炭素源をマルトースに、窒素源を肉エキスとポリペプトンにし、培養温度を28℃から23℃とした結果、菌株のシングルコロニー分離検討と合わせ、カプラマイシンの生産力価は5μg/mlから100μg/mlに向上した。また、その培地に塩化コバルトとイーストエキスを加えることによりA-500359 Aの生産力価は1μg/mlから600μg/mlに向上した。

 A-500359 Eの生産性向上を目指しAECの添加に代わる培地組成を検討した結果、炭素源をグルコースに、窒素源をポリペプトン、肉エキス、コーンスティープリカーおよび生イーストとし、さらにグルコースを培養途中でフィードすることによりA-500359 Eの生産力価は当初1μg/ml以下であったものが340μg/mlに向上した。

第五章の要旨

 抗菌活性の向上を目指し、A-500359 A、カプラマイシンあるいはA-500359 Eをリードとして誘導体展開を行った。A-500359 Aおよびカプラマイシンにおけるリボースの2'位に様々な長さのアシル側鎖を付加し、抗菌活性の強さを比較した結果、カプラマイシンには炭素数12のドデカノイル基が、A-500359 Aには炭素数10のデカノイル基の付加が最も良好であった。これらの化合物(化合物7、20)は4種類の抗酸菌に対し0.063〜3.13μg/mlのMICを示し、A-500359 AのMIC(4〜16μg/ml)と比較して、4〜60倍程度抗菌活性が向上した。

 一方、アミノカプロラクタム環の置換化合物はA-500359 Eを元に合成した。結果、フェニルタイプの置換基を有する化合物が高活性を示し、A-500359 Aと比較して2〜8倍程度抗菌活性が向上した化合物(化合物65)が得られた。

第六章の要旨

 化合物20、65およびA-500359 Aについて多剤耐性結核菌に対する抗菌活性を測定したところ、対照薬のリファンピシンのMICが>32μg/mlであったのに対し化合物20のMICは0.5μg/ml、化合物65のMICは4μg/ml、A-500359 AのMICは16μg/mlを示し、非耐性菌のMICとほぼ同等の抗菌活性を示した。

 また、これらの化合物についてin vivo肺感染治療実験による活性を測定した。化合物65およびA-500359 Aを0.1mgあるいは1mg/mouse/dayで12日間経鼻投与した結果、結核菌感染モデルで両化合物は有意な生菌数減少効果を示した。また、化合物20、65およびA-500359 Aを0.1mg/mouse/dayで21日間経鼻投与した結果、非定型抗酸菌感染モデルにおいて有意な生菌数減少効果を示した。A-500359 Aおよびこれらの誘導体は非耐性結核のみならず多剤耐性結核や非定型抗酸菌症などに対し、新規治療薬としての可能性を有することが示唆された。

第七章の要旨

 第一章で述べたスクリーニングの結果、A-503083株の培養上清に阻害活性が見出された。そこで各種クロマトグラフィーを行い、本菌培養上清の活性物質、A-503083 A、B、EおよびFの単離に成功した。これらの化合物はA-500359類の2'位がO-カルバモイル基で置換された新規化合物であったが、いずれも酵素阻害活性および抗菌活性はA-500359 Aには及ばなかった。ただし、本生産株はA-500359類生産株であるS.griseusとは明らかに異なる菌種であり、カプラマイシン生合成遺伝子の伝播の観点から興味深い。

 カプラマイシンは1986年S.griseusが産生するヌクレオシド系抗菌物質として報告された。しかし、当時はその分子標的が何であるかは明らかにされなかった。今回トランスロケースI阻害剤の探索で見出されたことでカプラマイシンのターゲットはトランスロケースIであることが初めて明らかとなり、同時にカプラマイシンの類縁体である新規物質A-500359類も見出され、いずれも強力なトランスロケースI阻害剤であることが明らかとなった。カプラマイシン類縁体の中ではA-500359 Aとカプラマイシンの阻害活性が最も強く、本酵素に対するIC50値としてそれぞれ0.017および0.018μMを示した。また、これらの化合物はin vitroのペプチドグリカン合成を阻害し、その阻害活性は酵素阻害活性と非常に良く相関した。A-500359類は抗酸菌に対して抗菌活性を示し、その強弱もペプチドグリカン合成阻害活性や酵素阻害活性とほぼ相関することから、抗菌活性の発現はトランスロケースI阻害に起因すると考えられる。

 ムレイドマイシンやパシダマイシンなどペプチド性ヌクレオシド系トランスロケースI阻害剤は抗緑膿菌活性を有することが報告されているが、A-500359類は緑膿菌に対する抗菌活性が全く見られないことから、同じトランスロケースI阻害剤であっても、化合物の系統により抗菌スペクトルが大きく異なることが明らかとなった。化合物の構造の違いにより菌に対する透過性などが異なるため抗菌スペクトルに差異が生じると思われるが、それらを明らかにするためには今後さらに細菌における薬剤排出系などの詳細な検討が必要である。

 A-500359類およびその誘導体は抗酸菌に対して特異的な抗菌活性を有し、その中の代表的な化合物は実際にin vivoにおける結核菌や非定型抗酸菌感染実験で生菌数を減少させる効果が見られたことから、A-500359類は新たな作用メカニズムを有する抗結核薬あるいは抗非定型抗酸菌症薬として有用であると考えられる。

A-500359 A, B(capuramycin), C, D, and G

A-500359 E, F, F amide and H

A- 503083 A, B, E and F

審査要旨 要旨を表示する

 トランスロケースIは細菌細胞壁合成における重要なステップを担う酵素で、細菌の生育に必須である。本酵素の阻害剤として、ムレイドマイシンなどが知られているが、臨床開発された薬剤は未だない。しかし、これまでの研究からトランスロケースIはヒトと細菌との間で選択性が期待できる、有望なターゲットであると考えられている。

 本論文は、従来の抗生物質とは作用機作の異なる新規抗菌剤の取得を目指してトランスロケースI阻害剤探索を行い、微生物の二次代謝産物から見出した新規カプラマイシン類縁体であるA-500359類、A-503083類の研究に関するものである。

(1)トランスロケースI阻害剤スクリーニング系の構築

 酵素の基質であるUDP-MurNAc-pentapeptideを塩化ダンシルで蛍光標識し、酵素反応の進行に伴い蛍光量が増大する簡便なアッセイ系を構築した。土壌分離菌約10,000株の培養上清について本酵素に対する阻害物質の探索を行った結果、A-500359株とA-503083株の培養上清に強い酵素阻害活性を見出した。

(2)A-500359類の単離精製および活性

 A-500359株の培養液について各種クロマトグラフィーを行い、A-500359 A〜DおよびGを単離した。A-500359 Bは既知カプラマイシンであったが、他はカプラマイシン新規類縁体であった。これら化合物の酵素阻害活性はIC50値で0.017〜0.53 μMを示し、特にA-500359 Aとカプラマイシンは抗酸菌に対し特異的な抗菌活性を示した。

 誘導体合成の原料として重要なA-500359 Aの脱アミノカプロラクタム体の取得を目的として、リジン-ジアミノピメリン酸生合成経路のアスパルトキナーゼを阻害するS-(2-aminoethyl)-L-cysteine(AEC)を添加してA-500359株の培養を行った結果、目的物質であるA-500359 E、FおよびHが得られた。

(3)カプラマイシン、A-500359 AおよびEの生産性向上

 炭素源をマルトースに、窒素源を肉エキスとポリペプトンにし、培養温度を28℃から23℃とした結果、カプラマイシンの生産力価は5μg/mlから100μg/mlに向上した。また、その培地にCo2+とイーストエキスを加えることによりA-500359 Aの生産力価は1μg/mlから600μg/mlに向上した。また、炭素源をグルコースに、窒素源をポリペプトン、肉エキス、コーンスティープリカーおよび生イーストとし、さらにグルコースを培養途中でフィードすることによりA-500359 Eの生産力価は<1μg/mlから340μg/mlに向上した。

(4)A-500359誘導体の合成と活性

 抗菌活性の向上を目指しA-500359 Aにおけるリボースの2'位に様々なアシル側鎖を付加した結果、デカノイル基の付加が最も高い抗菌活性を示した。この化合物は各種抗酸菌に対し0.063〜3.13μg/mlのMICを示し、A-500359 Aと比較して、4〜60倍抗菌活性が向上した。また、アミノカプロラクタム環をフェニル基に置換した化合物はA-500359 Aと比較して2〜8倍抗菌活性が向上した。

 A-500359 Aおよびその誘導体について各種結核菌に対する抗菌活性を測定した結果、多剤耐性菌、感受性菌ともほぼ同等のMIC(0.5〜16μg/ml)を示した。また、これらの化合物についてin vivo結核菌感染マウスで治療効果を検討した結果、有意に生菌数が減少した。

(5)A-503083類の単離精製および活性

 A-503083株の培養上清に阻害活性が見出されたため各種クロマトグラフィーを行い、A-503083 A、B、EおよびFを単離した。これらの化合物はA-500359類の2'位がO-カルバモイル基で置換された新規化合物であったが、いずれも酵素阻害活性および抗菌活性はA-500359 Aには及ばなかった。

 A-500359類およびその誘導体は抗酸菌に対して特異的な抗菌活性を有し、その中の代表的な化合物はin vivoにおける結核菌感染実験で生菌数を減少させる効果が見られたことから、A-500359類は新たな作用メカニズムを有する抗結核薬の候補として有用である。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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