学位論文要旨



No 216641
著者(漢字) 郡司,義哉
著者(英字)
著者(カナ) グンジ,ヨシヤ
標題(和) メタノール資化性菌Methylophilus methylotrophusのL-リジン代謝解析およびL-リジン生産菌としての分子育種
標題(洋)
報告番号 216641
報告番号 乙16641
学位授与日 2006.11.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16641号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 正木,春彦
 東京大学 教授 太田,明徳
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 助教授 田中,寛
 東京大学 助教授 日高,真誠
内容要旨 要旨を表示する

 発酵による工業生産では、安価で豊富に存在する原料を使用することは重要である。C1化合物であるメタンはその豊富な埋蔵量から注目される炭素資源である。そしてメタノールはメタンから容易に合成可能であり、さらに低価格、高純度、保管および運搬の容易性などの理由から未来型資源として注目されている。メタノールを原料とした有用物質生産の検討はこれまでにも行われているが、メタノール資化性菌の変異育種が難しいことから、実用的なレベルの研究例は少ない。そこで、従来の変異育種に加えてDNA組換え手法を組み合わせてメタノール資化性菌へ適用することで、メタノールを原料としたアミノ酸生産の研究を行った。

 グラム陰性偏性メタノール資化性菌、Methylophilus methylotrophusのリジン(L-lysine)代謝解析を行った結果、特徴的な代謝制御システムを見出した。さらに、L-lysine過剰生産株を解析する過程で、L-lysineの細胞外への排出過程に、その効率的な生産を阻むボトルネックが存在することを明らかにした。そしてこれを解消することで飛躍的にメタノールからのL-lysineの生産量が増大した。従来の代謝改変のみによる目的アミノ酸の過剰生産方法とは異なる、アミノ酸排出系の改変というアプローチにより、これまで困難とされてきた偏性メタノール資化性菌からのL-lysine高生産株を得ることに成功し、今後の工業生産への応用に繋がる重要な道を切り開いた。

第1章 偏性メタノール資化性菌M. methylotrophusのL-lysine代謝系の解析

 M. methylotrophus AS1は過去にシングルセルプロテイン生産菌として工業利用された実績があり、さらに(1)メタノールを唯一の炭素源およびエネルギー源としたときの生育速度が速く炭素源あたりの菌体収量が高い、(2)遺伝子組み換え技術の適用が容易である、(3)胞子形成をせず、取り扱いや保存なども容易である、(4)比較的高い温度(37℃)での生育が良好である、といったアミノ酸を含めた物質生産の宿主として非常に魅力的な性質を有している。

 まず、このMethylophilus methylotrophusのL-lysine生合成代謝経路の解析を行った。アスパラギン酸キナーゼ(AK, aspartokinase)、アスパラギン酸セミアルデヒド脱水素酵素(ASADH、aspartsemialdehyde dehydrogenase)、ジヒドロジピコリン酸合成酵素(DDPS、dihydrodipicolinate synthase)、ジヒドロジピコリン酸還元酵素(DDPR、dihydrodipicolinate reductase)およびジアミノピメリン酸脱炭酸酵素(DPDC、diaminopimelate decarboxylase)の酵素解析を行い、M. methylotrophusはジアミノピメリン酸経路でL-lysine生合成していることがわかった。M. methylotrophusのAK活性はL-threonineによるフィードバック阻害を受け、L-threonineおよびL-lysineによる協奏フィードバック阻害を受けることがわかった。しかし、L-lysineによるフィードバック阻害は受けず、これまでに知られているAKとは異なる阻害様式であった。DDPS活性はL-lysineによる比較的穏やかなフィードバック阻害を受けることがわかった。また、L-lysineのアナログであるS-(2-aminoethyl)-L-cysteine(AEC)耐性株のなかから選抜されたL-lysineを微量分泌する株(G49株)のAKおよびDDPSはフィードバック阻害が部分的に緩和(脱感作)されていた。AKおよびDDPSをコードするask, dapA遺伝子を株およびG49株よりクローニングして配列比較を行ったところ、G49株のask, dapA遺伝子にはそれぞれ点変異が導入されていることが明らかになった。このaskの変異点はAKのアロステリック調節部位として知られる領域に導入されており、一方、dapAの変異点は既知のアロステリック調節部位とは異なる、DDPSとL-lysineの結合領域と推定される106番目のチロシン残基に導入されていた。

第2章 M. methylotrophusからのL-lysine生産菌の育種

 前項で得られたAKおよびDDPSに加えて、さらにL-lysine生合成経路上の酵素の制御について調べるため、ASADH、DDPR、およびDPDCをコードする遺伝子のクローニングおよび詳細な酵素の解析をおこなった。その過程で、DDPRがL-lysineによって顕著に阻害を受けることがわかり、我々はAK、DDPSに加えてDDPRの制御も解除することでL-lysine生産量が増大すると予想した。そこでL-lysineによる阻害を受けないE. coli由来DDPRをコードするdapB遺伝子を広宿主域ベクターに搭載して、L-lysineアナログであるAECに対する耐性株に導入したところ、L-lysine生産が顕著に増大した。さらにこれを改変したプラスミドを導入することで、M. methylotrophusにおいてメタノールを炭素源としたL-lysineの生産量は1g/Lに達した。

第3章 変異型L-lysine排出因子の導入によるL-lysine生産能の向上

 M. methylotrophusに、E. coli由来でL-lysineに対するフィードバック阻害が緩和された脱感作型DDPSをコードするdapA24遺伝子を導入すると培地中にL-lysineが分泌されるが、同時に細胞内のL-lysine濃度が顕著に上昇していた。そこで細胞外へのL-lysine分泌を促進するためにCorynebacterium glutamicum 2256由来のL-lysine/L-arginine排出担体(LysE)のM. methylotrophusへの導入を試みた。野生型lysEを発現するプラスミドはM. methylotrophusへ安定に導入されなかったが、その操作の過程で、自然変異が導入された特別なlysE(lysE24と命名)を偶然取得した。これをM. methylotrophusに導入したところL-lysine生産を誘導することがわかった。また、この形質転換体はL-lysineアナログであるS-(2-aminoethyl)-L-cysteineが及ぼす生育阻害に対する耐性を獲得していた。このlysE24変異はlysE遺伝子の中央付近での1塩基挿入変異であり、この産物は野生型のLysE蛋白質とは異なる構造を持つ可能性が考えられた。dapA24の導入によりL-lysine生産が誘導されたM. methylotrophusに更にlysE24を追加導入すると、細胞内のL-lysineの蓄積濃度は顕著に低下した。そして、このdapA24とlysE24を同時に持つM. methylotrophusはそれぞれを単独で持つ株と比較して約10倍のL-lysineを生産することがわかった(ジャーファーメンターでのL-lysine生産量は11.3/gL)。以上の結果より、本変異型lysE24の遺伝子産物はL-lysine分泌に関与し、またM. methylotrophusにおけるL-lysine生産において重要な因子であると思われた。

第4章 変異型L-lysine排出因子LysE24の発現機構の解析

 野生型lysEは233アミノ酸をコードしうるORFをもつ。前項で得たlysE24はlysE-ORFのほぼ中央部分にフレームシフト変異があり、本来より短いORF(121アミノ酸をコード)で終了するが、LysE24活性(M. methylotrophusでのL-lysine分泌誘導活性)の発揮には、そのORFの下流領域も必須であった。種々の変異遺伝子を作成して調べた結果、lysE24では、短いORFの翻訳の後、それに続くORFの翻訳が再開し、結局、lysE24からは2種のペプチドが合成されることが示唆された。また、後半のORFの翻訳は、前半のORFの翻訳と共役して行われることがLysE24の機能発現に必須であることもわかった。更に、lysE24はコリネ型細菌やE. coliでは機能を発揮せず、別のメチロトローフであるMethylobacillus glycogensでL-lysine分泌誘導活性を示した。LysE24はLysE蛋白質を分割したようなユニークな構造をもつ変異型であり、また、この特徴的な構造がメチロトローフでL-lysine排出活性を発揮するために必須なのかもしれない。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、アミノ酸発酵における資化原料として、従来の糖系原料に代わって安価で高純度なメタノールに着目し、メタノールを原料としたアミノ酸、特にL-リジン(L-lysine)の発酵生産を試みた一連の研究をまとめたものである。すなわち、メタノール資化性細菌Methylophilus methylotrophusのL-リジン代謝経路およびその代謝制御を解析し、その知見に基づき、変異処理や遺伝子操作による計画的育種でL-リジンの発酵生産量を上げ、とくに効率的な発酵生産に必須な細胞外へのL-リジンの排出過程の改良を試み、さらには、その過程で得られた変異型排出遺伝子の性質を解析したものであり、総合性の高い微生物育種研究であることが大きな特長である。本論文は序章と四章および終章から構成されている。

 研究の背景と意義および目的を述べた序章に続き、第一章では、種々のメタノール資化性細菌の中から、出発材料の親株としてグラム陰性偏性メタノール資化性菌、M. methylotrophusを選択し、本菌のL-リジン代謝解析を行った結果をまとめている。L-リジンのアナログであるS-(2-aminoethyl)-L-cysteine (AEC)耐性株からL-リジンを培地中に微量蓄積する株G49を分離し、このアスパラギン酸キナーゼ(AK)とジヒドロジピコリン酸合成酵素(DDPS)のフィードバック阻害が脱感作されていること見出した。またM. methylotrophusのジヒドロジピコリン酸還元酵素(DDPR)がL-リジンによるフィードバック阻害を受けるという、特徴的な代謝制御システムを発見している。

 第二章では、代謝制御解析の結果、本菌においてはAK、DDPSに加えてDDPRの各制御を解除することでL-リジン生産量が増大すると予想し、いずれもL-リジンによる阻害を受けない、大腸菌由来の変異型AK,変異型DDPS,および野生型DDPRをそれぞれコードするlysC*,dapA*,およびdapB遺伝子を広宿主域ベクターに搭載して、AEC耐性株G49に導入したところ、L-リジン生産が顕著に増大したことを述べている。

 第三章では、M. methylotrophusにて変異型DDPS酵素量を増大させると、培地中にL-リジンが分泌されるが、同時に細胞内のL-リジン濃度も顕著に上昇していたことから、L-リジンの細胞外への排出が制限になっている可能性が示唆された。そこで細胞外へのL-リジン分泌を促進するためにCorynebacterium glutamicum由来のL-リジン/L-アルギニン排出担体(LysE)のM. methylotrophusへの遺伝子導入を試みたところ、多くの細胞は生育できず、その中から自然変異が導入された特別なlysE(lysE24と命名)が分離された。LysE24はM. methylotrophusに安定に導入でき、さらにL-リジン過剰生産を誘導することを見出している。また、変異型DDPSをコードするdapA*およびlysE24を同時に持つM. methylotrophusでは、相乗的にL-リジン生産量が増加し、それぞれを単独で持つ株と比較して約10倍となり、本株のジャーファーメンターでのL-リジン生産量は11.3g/Lに達した。

 第四章では、M. methylotrophusでL-リジン排出活性を示すLysE24は、lysE-ORFのほぼ中央にフレームシフト変異があり、本来より短いORFで終了するが、L-リジン分泌誘導活性の発揮にはそのORFの下流領域も必須であることを明らかにしている。そして、種々の変異遺伝子を作成して調べた結果、LysE24では、短いORFの翻訳停止の後、ORFの翻訳が再開し、結局、LysE24から2種のペプチドが合成されることを明らかにしている。また、LysE24は、その本来の宿主であるC. glutamicumや大腸菌中ではL-リジン分泌誘導活性を示さず、別のメタノール資化性菌であるMethylobacillus glycogensではその活性を示したことから、LysE24は2個に分割されたLysE蛋白質が複合体を形成したような構造をもつ変異型であり、この特徴的な構造がメタノール資化性菌で、L-リジン排出活性を発揮するために必須である可能性を示唆した。

 終章においては本論文から得られた知見を要約し、今後の展望を述べている。

 以上、本論文はM. methylotrophusのL-リジン代謝解析を行って代謝制御上の興味深い特徴を見出し、L-リジンを過剰生産する株を取得することに成功した。さらに細胞外へのL-リジンの排出障害を見出して異種排出系を導入し、偏性メタノール資化性菌を用いたメタノールからの直接発酵生産としては最も高い発酵生産性を得ることに成功している。異種排出系を導入してアミノ酸発酵生産性を向上させた例は本研究が初めてであり、当該分野に新知見を与えたものとして学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が、博士(農学)の学術論文としての価値あるものと認めた。

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