学位論文要旨



No 216642
著者(漢字) 安永,邦夫
著者(英字)
著者(カナ) ヤスナガ,クニオ
標題(和) Angiopoietin-related growth factor(AGF)の発見と生理機能に関する研究
標題(洋)
報告番号 216642
報告番号 乙16642
学位授与日 2006.11.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16642号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 佐藤,隆一郎
 東京大学 助教授 高橋,伸一郎
 東京大学 助教授 加藤,久典
 東京大学 助教授 足立,博之
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景と目的

 ヒト遺伝子配列の網羅的な解読が進み、新規遺伝子の発見機会が増大した。新規遺伝子の生理機能を解明して、疾患との関連性を見出すことで独創的な創薬研究が進む。血管新生は、癌や網膜症などの種々の疾患の発症や増悪に関与し、血管新生を制御することが疾患の治療につながると考えられている。血管新生因子のアンジオポエチンやVEGFは、生理機能解明が進み、疾患の治療薬を目指した研究が行われている。これらに続く、新たな血管新生因子の発見と創薬への応用が求められている。

 そこで、アンジオポエチンと相同性を持つ新規因子をヒト遺伝子配列データベースから発見し、新規因子の生理機能を解明して病態との関連性を発見し、創薬への応用の可能性を見出すことを研究目的とした。

AGFの発見と血管新生活性の解析

 アンジオポエチンはcoiled-coilドメインとFibrinogen様ドメインという特徴的な構造を持っている。配列データベースを利用して、アンジオポエチンと相同性があり、この特徴的なドメイン構造を有する新規遺伝子、Angiopoietin-related growth factor(AGF)/Angptl6を発見し、クローニングした。アンジオポエチンファミリーとは異なり、AGFはAngptl(Angiopoietin-like factor)ファミリーという、リガンド未知の新しい分子ファミリーに属していた。AGFは肝臓と血液細胞で発現して血液中に存在する分泌蛋白質であった。

 AGFはアンジオポエチンと相同性が高い事から血管新生活性を持っている事が期待されたので、K14プロモーターを用いて表皮細胞にAGFを過剰発現させたマウスを作製し(K14-AGF Tgマウス)、血管新生に関する表現型を解析した。K14-AGF Tgマウスは、表皮組織で毛細血管の数が増加していて血管新生が亢進していたことから、予想通りAGFに血管新生活性がある事が示された。AGF精製蛋白を用いた解析で、AGFには血管内皮細胞遊走活性と血管透過性亢進活性があり、アンジオポエチンやVEGFとは性質が異なる血管新生因子であることが示された。

AGFの創傷治癒促進活性

 表皮細胞にAGFを高発現させたK14-AGF Tgマウスを詳細に解析した結果、表皮組織では、血管新生が促進されるだけでなく、表皮細胞が顕著に増殖して表皮組織が肥厚するという、予期しない表現型が発見された。AGFが表皮細胞を増殖することが示され、アンジオポエチンやAGF以外のAngptlファミリー分子には無いAGFに特異的な活性が発見された。更にK14-AGF Tgマウスでは、AGFが高発現している耳の皮膚組織で創傷治癒及び組織再生が促進され、通常は永久に塞がらない耳パンチの穴が約1ヶ月で塞がることが示された。AGFの皮膚組織での新しい機能を発見し、AGFが創傷治癒促進剤として医療に活用できる可能性を見出した。

AGFの抗肥満・抗糖尿病作用

 AGFには血管新生活性と創傷治癒促進活性があることが示されたので、次にAGFの生理的な機能を確認するために、AGF遺伝子欠損マウスを作製してその表現型を解析した。AGFホモ欠損マウスは80%の個体が胚致死となり、胚での血管新生に欠陥があった。このことより、血管新生活性はAGFの機能として生理的に重要であることが示された。生誕したAGFホモ欠損マウスの飼育を続けたところ、予期していなかったことに同腹のワイルドタイプマウスと比べて顕著に体重が増加した(図1)。CAGプロモーターを用いて全身にAGFを高発現するトランスジェニックマウス(CAG-AGF Tgマウス)はAGFホモ欠損マウスとは反対に、脂肪組織重量が減少して体重が低下したことから、AGFには脂質代謝を改善して脂肪組織重量減少を伴う抗肥満作用があることが発見された。

 AGFと相同性を持つ、アンジオポエチンやAngptlファミリー分子の機能からは、AGFに抗肥満作用があることは全く予想できなかった。肥満や糖尿病などの生活習慣病が大きな社会問題となっている現代社会では、これらの治療薬が強く求められている。そこで、肥満、及び肥満と関係の深い糖尿病とAGFとの関連性について、詳細に解析を進めた。

 AGFホモ欠損マウスでは、耐糖能異常とインスリン感受性低下が起きており、反対にCAG-AGF Tgマウスでは耐糖能が改善しインスリン感受性が亢進している事が示され、AGFは脂質代謝改善に加えて糖代謝改善作用があることが判り、AGFが抗肥満薬に加えて抗糖尿病薬となる可能性があることを発見した。

 AGFが脂質代謝と糖代謝において顕著な作用を持つ事が判ったので、次にAGFの作用メカニズムを解析した。AGF遺伝子改変マウスは摂餌量の変化は無かったが、全身の酸素消費量がAGFホモ欠損マウスでは減少し、CAG-AGF Tgマウスでは増加していた事からエネルギー消費量が変化していることが示された。エネルギー消費に中心的な役割を担う骨格筋と褐色脂肪組織で、エネルギー消費に関連している遺伝子であるPPARs、PGCs、UCPsの遺伝子発現量がAGFホモ欠損マウスでは減少し、CAG-AGF Tgマウスでは増加していた。また、AGF蛋白質が骨格筋細胞に結合してシグナルを伝達する事を見出し、骨格筋がAGF作用臓器の一つである事が示された。これらの事から、エネルギー消費を亢進することが、AGFの作用メカニズムの一つである事が示された。

 最後に、AGFの抗肥満薬、及び抗糖尿病薬としての可能性を検討した。長期間の高脂肪食負荷を行い、肥満及び糖尿病状態にさせたモデルマウスに、AGFを発現させるウイルスを投与してAGFによる治療効果を検証した。その結果、病体モデルマウスにAGFを高発現させることで体重が減少し、耐糖能が改善しインスリン感受性が亢進することが判り、AGFに肥満と糖尿病の治療効果があることが明らかとなった。

今後の展望

 新規遺伝子AGFを発見して機能解析を進めた結果、当初予想していた血管新生活性に加えて、創傷治癒促進活性と、抗肥満・抗糖尿病活性があることを発見した。特に、抗肥満、抗糖尿病の活性に関して、遺伝子改変マウスを用いて詳細に解析を行い、AGFと疾患の関連性を明確にした。AGF蛋白や、AGFの機能亢進剤が、抗肥満薬・抗糖尿病薬としてのポテンシャルがあることを見出したため、今後創薬を目指したAGF関連研究が進展することが期待される。AGFの抗肥満・抗糖尿病活性の作用メカニズムとして、エネルギー代謝亢進が関連していることを明らかにした。AGFレセプターが同定されて機能解明が行われることで、より詳細な作用メカニズム解明が期待される。

図1 AGFホモ欠損マウスの表現型

6ヶ月齢の、AGFホモ欠損マウス(AGF-/-)及びリターメイトWTマウス(Wild type)

の外観。

審査要旨 要旨を表示する

 ヒト遺伝子塩基配列の解読が進み、新規遺伝子発見の機会が増大した。その生理機能を解明し、疾患との関係が分かれば、独創的な創薬研究が進む。血管新生は、癌や網膜症などに関与し、その制御は疾患治療につながる。血管新生因子アンジオポエチンやVEGFでは、既に疾患治療薬を目指す研究が行われ、これに続く新たな因子の発見と創薬への応用が求められている。本論文は、アンジオポエチンと相同性を持つ新規因子を発見し、その生理機能を解明して病態との関連性を見出し、創薬の可能性を検討した研究をまとめたもので、6章から成っている。

 第1章では、新規遺伝子研究、血管新生と創傷治癒、肥満と糖尿病に関し、研究開始時までの知見と問題点をまとめ、研究の目的と意義を述べている。

 第2章では、AGFの発見と発現について述べている。アンジオポエチンはcoiled-coilドメインとfibrinogen様ドメインという特徴的構造を持っている。配列データベースから、この特徴的なドメイン構造を有する新規因子、Angiopoietin-related growth factor(AGF)/Angptl6を発見し、遺伝子をクローニングした。AGFはAngptl(Angiopoietin-like factor)ファミリーという、リガンド未知の新しい分子ファミリーに属していた。AGFは肝臓と血液細胞で作られて血液中に存在する分泌タンパク質であった。

 第3章では、血管新生活性の解析が述べられている。K14プロモーターを用いて表皮細胞にAGFを過剰発現させたマウスを作製し(K14-AGF Tgマウス)、血管新生に関する表現型を解析した。K14-AGF Tgマウスは、表皮組織で毛細血管の数が増加しており、予想通りAGFに血管新生活性があることが示された。精製タンパク質を用いた解析で、AGFには血管内皮細胞遊走活性と血管透過性亢進活性があり、アンジオポエチンやVEGFとは性質が異なる血管新生因子であることが示された。

 第4章では、AGFの創傷治癒促進活性について述べている。K14-AGF Tgマウスで、表皮細胞が顕著に増殖して表皮組織が肥厚するという、予期しない表現型が発見された。更にK14-AGF Tgマウスでは、皮膚組織で創傷治癒及び組織再生が促進され、通常は塞がらない耳パンチの穴が約1ヶ月で塞がった。即ち、AGFが創傷治癒促進剤として医療に活用できる可能性を見出した。

 第5章では、AGFの抗肥満・抗糖尿病作用について述べている。AGF遺伝子欠損マウスを作製してその表現型を解析した。ホモ欠損マウスは80%の個体が胚致死で、血管新生に欠陥があり、AGFが生理的に重要であることが示された。生誕したAGFホモ欠損マウスの飼育を続けたところ、同腹の野生型マウスと比べ顕著に体重が増加した。CAGプロモーターにより全身にAGFを高発現するマウス(CAG-AGF Tgマウス)は、AGFホモ欠損マウスとは反対に、脂肪組織重量が減少し体重が低下した。即ち、AGFには抗肥満作用がある。

 そこで、肥満と関係の深い糖尿病との関連について解析を進めた。AGFホモ欠損マウスでは、耐糖能異常化とインスリン感受性低下がみられ、反対にCAG-AGF Tgマウスでは耐糖能が改善しインスリン感受性が亢進していた。AGFは抗肥満薬に加えて抗糖尿病薬となる可能性がある。

 AGF遺伝子改変マウスは摂餌量の変化は無かったが、全身の酸素消費量がAGFホモ欠損マウスでは減少、CAG-AGF Tgマウスでは増加しており、エネルギー消費量が変化していた。エネルギー消費に中心的な役割を担う骨格筋と褐色脂肪組織で、エネルギー消費に関連するPPARs、PGCs、UCPsの遺伝子発現量がAGFホモ欠損マウスでは減少し、CAG-AGF Tgマウスでは増加していた。また、AGFタンパク質が骨格筋細胞に結合してシグナルを伝達することを見出し、骨格筋がAGF作用臓器の一つであることが分かった。即ち、エネルギー消費亢進が、AGFの作用の一つである。

 更に、AGFの抗肥満薬、及び抗糖尿病薬としての可能性を調べた。長期間の高脂肪食負荷を行い、肥満及び糖尿病状態にさせたモデルマウスに、AGF発現ウイルスを投与したところ、病体モデルマウスの体重が減少し、耐糖能が改善し、インスリン感受性が亢進した。即ち、AGFには肥満と糖尿病の治療効果があることが明らかとなった。

 第6章では、総括と今後の展望が述べられている。

 以上、本論文は、新規遺伝子AGFを発見して機能解析を行ない、血管新生活性に加えて、創傷治癒促進活性と抗肥満・抗糖尿病活性を見出したもので、学術上ならびに応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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