学位論文要旨



No 216643
著者(漢字) 高橋,理
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,タダシ
標題(和) 麹菌の相同組換えを用いた遺伝子破壊に関する分子生物学的研究
標題(洋)
報告番号 216643
報告番号 乙16643
学位授与日 2006.11.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16643号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北本,勝ひこ
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 助教授 堀内,裕之
 東京大学 助教授 有岡,学
内容要旨 要旨を表示する

 麹菌は相同組換え頻度が低く、また分生子の期間を含めて常に多核の状態を保持するため、遺伝子破壊株を取得するのに労力がかかる。そこで、本研究では麹菌を用いた相同組換えによる遺伝子破壊法について研究を行い、効率的な遺伝子破壊法の確立を試みた。

[麹菌Aspergillus sojae aflRの導入による活性化能の検定]

アフラトキシンの前駆体であるVERAを蓄積するA. parasiticus CS-10N2(niaD, pyrG, ver1)を親株としてniaDをマーカーとした遺伝子targetingによりaflR破壊株CS10-N2ΔaflRを作製した。この株を用いるとVERAの蓄積の有無によりアフラトキシンクラスターの活性化の有無が判る。またVERAは明るい黄色の色素であるため、プレート上で容易に判別可能である。CS10-N2ΔaflRに対してintactなA. sojaeのaflR、A. parasiticusのaflR、A. sojaeとA. parasiticus間でC末部分を入れ換えたaflR、amylaseプロモーターにより発現させたA. sojaeおよびA. parasiticusのaflR等を導入した結果、A. parasiticus aflRを導入した場合にはAF前駆体であるVERAが蓄積されるが、A. sojae aflRを導入した場合には全く蓄積が見られないことを示した。これらのことからA. sojae aflRはAF生合成クラスターを活性化できないことが証明された。またA. parasiticus aflRの後半部分をA. sojae aflRの後半部分と入れ換えるとVERAの蓄積がなくなり、逆の場合には蓄積が見られた。さらにリアルタイムPCRによりA. parasiticus中でのA. sojae aflRの転写が確認されたことから、A. sojae aflRはC末のpre-terminationにより不活化しており、プロモーターは機能を持っていることが判明した。

[Positive-Negative法を用いたAspergillus sojaeの遺伝子破壊]

 Aspergillus sojaeを用いてpositive-negative法による遺伝子破壊法の確立を試みた。まずAspergillus nidulans由来のオリゴマイシン耐性遺伝子oliC31(mitochondrial ATPase subunit9)が麹菌においてもtriethyltin感受性マーカーとして使用できることを見出した。次にA. sojae pyrG deletion株を作製し、pyrGをpositiveセレクションマーカーとし、oliC31をnegativeセレクションマーカーとして相同領域の外側に配置したtargetingベクターを作製し、A. sojae pyrG deletion株を親株としてpositive-negative法を用いた遺伝子破壊実験を行った。niaD、areA、aflRに対する遺伝子targeting頻度の測定を行った結果、何もしない場合に比較してpositive-negativeセレクションにより、3〜4倍程度の相同組換え体の濃縮効果があることが判明した。

[ku70およびku80の同定および破壊株の作製と解析]

Aspergillus oryzaeゲノムシーケンスに対してBLAST検索を行い、アカパンカビku70およびku80に対する相同性により、A. sojaeおよびA. oryzaeのku70およびku80を同定した。A. sojae ΔpyrG株を親株とし、pyrGをマーカーとしてku70破壊株(ku70::pyrG)およびku80破壊株(ku80::pyrG)を作製した。また得られたku70破壊株中のku80をptrAをマーカーとして破壊し、ku70-ku80二重破壊株(ku70::pyrG, ku80::ptrA)を作製した。またA. oryzae ku70破壊株(ku70::pyrG)も同様に作製した。得られたku破壊株の生育、胞子着生、温度感受性、メチルメタンスルホン酸、ヒドロキシウレア、ブレオマイシンに対する感受性を調べたところ、親株と比較して大きな差が見られないことが判明した。

[ku破壊株における遺伝子targeting頻度の上昇]

 A. sojae ku70破壊株(ku70::pyrG)のku70::pyrGをku70::ptrAで置き換えた株を作製し、tannase、aflRに対するtargeting頻度を親株と比較した。その結果、親株ではtargeting頻度が1〜2%程度であったが、ku70破壊株では70〜80%程度まで上昇することが判明した。A. sojae ku80破壊株(ku80::pyrG)も同様にku80::ptrAで置き換えた株を作製し、targeting頻度を比較したところ、ku70破壊株同様に親株と比較して顕著な上昇が確認された。続いてpyrGが分子内組換えにより切り出されるように重複領域を設けたku80破壊ベクターを作製し、このベクターを用いてA. sojae ku70破壊株(ku70::ptrA)のku80を破壊した後、5FOA耐性によりku80部分のpyrGを切り出してku70-ku80二重破壊株(ku70::ptrA, ku80Δ)を作製した。この株を使用してtargeting頻度を測定したところ、ku70あるいはku80破壊株同様、親株と比較して顕著なtargting頻度の上昇が見られたが、単独の破壊と頻度に差は見られなかった。またA. oryzae ku70破壊株(ku70::ptrA)も同様に作製し、targeting頻度を親株と比較したところ、顕著な上昇が見られた。

 本研究の結果、麹菌においてもpositive-negative法を用いることによりectopicな組込みを伴うことなく遺伝子targetingの効率がアップすることが示された。また非相同組換えに関与する遺伝子であるku70またはku80を破壊または抑制することにより、相同組換え頻度が顕著に上昇し、効率的な遺伝子targetingを行う為の宿主となることが判った。これらの手法を駆使することにより、従来は非常に労力のかかる作業であった麹菌の遺伝子破壊株の取得を効率的に行うことが可能となった。また全ゲノム配列も決定されたことから、実用菌である麹菌で効率的な遺伝子targetingが出来るようになった意義は大きく、今後は実用的な面も含めた麹菌研究の進展の促進に大きく寄与するものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 麹菌は相同組換え頻度が低く、また分生子の期間を含めて常に多核の状態を保持するため、遺伝子破壊株を取得するのに労力がかかる。本論文は、麹菌を用いた相同組換えによる遺伝子破壊法について研究を行い、効率的な遺伝子破壊法の確立を試みたものである。

 第1部では麹菌Aspergillus sojae aflRのアフラトキシン生合成クラスター活性化能の検定を行った。アフラトキシンの前駆体であるVERAを蓄積するA. parasiticus CS-10N2(niaD pyrG ver1)を親株としてniaDをマーカーとした遺伝子targetingによりaflR破壊株CS10-N2 ΔaflRを作製した。この株にA. sojaeのaflR、A. parasiticusのaflR、A. sojaeとA. parasiticus間でC末端部分を入れ換えたaflR等を導入した結果、A. sojae aflRを導入した場合には全くVERAの蓄積が見られず、アフラトキシン生合成クラスターが活性化されないこと、またその原因がA. sojae aflRのC末端部分におけるpre-terminationによる不活化であることが判明した。

 第2部第1章ではPositive-Negative法を用いたA. sojaeの遺伝子破壊法の確立を試みた。まず、A. nidulans由来のオリゴマイシン耐性遺伝子oliC31(mitochondrial ATPase subunit 9)が麹菌においてもtriethyltin感受性マーカーとして使用できることを見出した。次にpyrGをpositiveセレクションマーカーとし、oliC31をnegativeセレクションマーカーとして相同領域の外側に配置したtargetingベクターを作製し、A. sojae ΔpyrG株を親株としてpositive-negative法を用いた遺伝子破壊実験を行った。niaD、areA、aflRに対する遺伝子targeting頻度の測定を行った結果、positive-negativeセレクションにより3〜4倍程度の相同組換え体の濃縮効果があることが判明した。

 第2章では麹菌ku70およびku80の同定および破壊株の作製と解析を行った。まずデータベース検索により麹菌ku70およびku80を同定した。続いてA. sojae ΔpyrG株を親株とし、pyrGをマーカーとしてku70破壊株(ku70::pyrG)およびku80破壊株(ku80::pyrG)を作製した。また得られたku70破壊株中のku80をptrAをマーカーとして破壊し、ku70-ku80二重破壊株(ku70::pyrG, ku80::ptrA)を作製した。同様にA. oryzae ku70破壊株(ku70::pyrG)も作製した。得られたku破壊株の生育、胞子着生、温度感受性、メチルメタンスルホン酸、ヒドロキシウレア、ブレオマイシンに対する感受性を調べたところ、親株と比較して大きな差が見られないことが判明した。

 第3章ではku破壊株における遺伝子targeting頻度について検討した。A. sojae ku70破壊株のku70::pyrGをku70::ptrAで置き換えた株を作製し、tannaseおよびaflRに対するtargeting頻度を親株と比較した。その結果、親株ではtargeting頻度が1〜2%程度であったが、ku70破壊株では70〜80%程度まで上昇することが判明した。ku80破壊株でも同様であった。続いてpyrGが分子内組換えにより切り出されるように重複領域を設けたku80破壊ベクターを作製し、A. sojae ku70破壊株(ku70::ptrA)のku80を破壊した後、5FOA耐性によりku80部分のpyrGを切り出してku70-ku80二重破壊株(ku70::ptrA ku80Δ)を作製した。この株を使用してtargeting頻度を測定したところ、ku70あるいはku80破壊株同様、親株と比較して顕著なtargeting頻度の上昇が見られた。またA. oryzae ku70破壊株(ku70::ptrA)も同様に作製し、targeting頻度を親株と比較したところ、顕著な上昇が見られた。

 以上、本研究は、実用菌である麹菌においてもpositive-negative法を用いることによりectopicな組込み株ではなく、遺伝子targetingされた株を効率よく取得できること、また非相同組換えに関与する遺伝子であるku70またはku80を破壊または抑制することにより、相同組換え頻度が顕著に上昇し、効率的な遺伝子targetingを行う為の宿主となることを示したものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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