学位論文要旨



No 216644
著者(漢字) 佐々木,克敏
著者(英字)
著者(カナ) ササキ,カツトシ
標題(和) 接着分子セレクチンの糖鎖リガンドの生合成に関与するα2,3-シアル酸転移酵素とα1,3-フコース転移酵素の発現クローニングと応用
標題(洋)
報告番号 216644
報告番号 乙16644
学位授与日 2006.11.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16644号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 西山,真
 東京大学 助教授 日高,真誠
 東京大学 助教授 大西,康夫
内容要旨 要旨を表示する

 白血球の炎症部位への浸潤やリンパ節へのホーミングには、接着分子セレクチン(E-、P-、L-セレクチン)とその糖鎖リガンドの結合が重要な役割を果たしている。糖鎖リガンドとしては、シアリルルイスx〔Sialyl Lewis x(sLex):NeuAcα2-3Galβ1-4(Fucα1-3)GlcNAc〕糖鎖およびその関連糖鎖が知られている。セレクチンと糖鎖リガンドの結合をブロックする薬剤(セレクチンブロッカー)や糖鎖リガンドの発現を抑制する薬剤は、抗炎症薬として期待される。sLex糖鎖は、α2,3-シアル酸転移酵素とα1,3-フコース転移酵素が順に作用することによって合成されるが、研究を開始した当時(1980年後半)、白血球におけるセレクチンの糖鎖リガンドの生合成に関与する糖転移酵素は不明であった。そこで我々は、白血球においてセレクチンリガンドの生合成に関与するα2,3-シアル酸転移酵素とα1,3-フコース転移酵素の単離・同定を試みた。糖転移酵素は微量にしか存在せず、蛋白質精製に基づく従来のクローニング法は困難と考えられたため、発現クローニング法を用いたアプローチを行った。

1.独自の発現クローニング系の開発

 Epstein-Barr virusの複製開始点oriPを有する発現クローニングベクターと、Namalwa KJM-1細胞〔Namalwa細胞(burkitt lymphoma)の無血清馴化株〕を用いた発現クローニング系を構築した。本系を用いて、効率的なcDNAライブラリーの作製と安定形質転換株の取得が可能である。

2.sLex糖鎖の生合成に関与するα2,3-シアル酸転移酵素(ST3Gal IV)の発現クローニング

 ヒママメレクチン120(sLex糖鎖の骨格糖鎖Galβ1-4GlcNAcを認識して細胞毒性を示すレクチン)に対する耐性獲得を指標とした発現クローニングにより、ヒト・メラノーマ細胞株WM266-4から2種のα2,3-シアル酸転移酵素(ST3Gal IVとST3Gal III)のクローン化に成功した。推定触媒部位をプロテインAのIgG結合領域との融合蛋白質として分泌させた分泌型酵素を作製し、in vitro基質特異性を検討した結果、両酵素はLNnT(Galβ1-4GlcNAcβ1-3Galβ1-4Glc)とLNT(Galβ1-3GlcNAcβ1-3Galβ1-4Glc)を基質とすることが判明した。ST3Gal VIはLNnT、ST3Gal IIIはLNTに特異性が高かった。ST3Gal IVを発現させたNamalwa KJM-1細胞ではsLex糖鎖の発現が増加したが、ST3Gal IIIを発現させた細胞ではほとんど増加しなかった。Competitive PCR法を用いて、ST3Gal IVとST3Gal IIIの転写物の発現量を解析した結果、ST3Gal IVは、sLex糖鎖を発現することが知られているヒトの顆粒球、単球、顆粒球系・単球系細胞株(HL-60、U-937、THP-1)、および大腸癌細胞株(Colo205、SW1116、LS180)の全てで発現がみられたのに対し、ST3Gal IIIは、顆粒球、単球、Colo205、SW1116ではほとんど発現していなかった。以上のin vitro基質特異性、in vivo酵素特性、発現分布から、顆粒球や単球では、ST3Gal IVがsLex糖鎖の生合成に関与すると考えられた。

3.sLex糖鎖の生合成に関与するα1,3-フコース転移酵素(Fuc-TVII)の発現クローニング

 抗sLex糖鎖抗体への結合能の増加を指標とした発現クローニングにより、ヒト単球系細胞株THP-1から新規α1,3-フコース転移酵素(Fuc-TVII)のクローン化に成功した。上記2と同様にして作製したFuc-TVII分泌型酵素は、α2,3-sialy-LNnTを基質とした時にのみα1,3-フコース転移酵素活性を示し、LNnTやLNTは基質としなかった。Competitive PCR法を用いて5種のα1,3-フコース転移酵素(Fuc-TIII、Fuc-TIV、Fuc-TV、Fuc-TVI、Fuc-TVII)の転写物の発現量を解析した結果、Fuc-TIVとFuc-TVIIが、セレクチンリガンドを発現することが知られている顆粒球、単球、顆粒球系・単球系細胞株(HL-60、U-937、THP-1)で発現していた。Fuc-TIVとFuc-TVIIがsLex糖鎖の生合成に関与するか調べるため、3種のsLex糖鎖抗体(CSLEX-1、KM93、HF6)を用いて、各酵素を発現させたNamalwa KJM-1細胞におけるsLex糖鎖の発現を検討した。その結果、Fuc-TVIIの発現により、3種の抗体全てでsLex糖鎖の大幅な増加が検出された。一方、Fuc-TIVの発現では、CSLEX-1への結合のみがわずかに増加した。各酵素を発現させたNamalwa KJM-1細胞のE-セレクチンに対する結合能を検討した結果、Fuc-TVII発現細胞では明らかな結合がみられたのに対し、Fuc-TIV発現細胞ではみられなかった。以上の結果から、Fuc-TVIIは白血球におけるセレクチンリガンドの生合成に関与していると考えられた。

4.その後の進展と応用

 白血球におけるセレクチンリガンドの生合成にST3Gal IVとFuc-TVIIが関与することは、その後のノックアウトマウスを用いた外部研究からも支持された。ノックアウトマウス等の解析から、セレクチンブロッカーやFuc-TVII阻害剤は、喘息、皮膚炎、虚血再灌流障害等に有効と考えられる。我々は、ST3Gal IVとFuc-TVIIを用いて効率よくsLexオリゴ糖が製造可能であることを示すと共に、Fuc-TVII阻害剤としてPanosialin Aを見出した。特定の糖蛋白質(コア蛋白質)上のsLex糖鎖が、セレクチンリガンドとして機能することも明らかになった。P-セレクチンリガンド糖蛋白質1(PSGL-1)はそのようなコア蛋白質の一つであり、Wyeth Pharmaceuticals 社が製造した可溶性PSGL-1(PSGL-1のN末端47アミノ酸とイムノグロブリンGのFc領域のキメラ蛋白質)が、現在セレクチンブロッカーとして臨床開発中である。可溶性PSGL-1の生産にはFuc-TVIIが使用されている。これまでに開発に入ったFuc-TVII阻害剤はないが、現在も魅力的な標的である。

5.まとめ

 独自に開発した発現クローニング系を用いて、白血球におけるセレクチンリガンドの生合成に関与するα2,3-シアル酸転移酵素(ST3Gal IV)とα1,3-フコース転移酵素(Fuc-TVII)のクローン化に世界に先駆けて成功した。これらの酵素は、セレクチンリガンド(セレクチンブロッカー)の生産、阻害剤のスクリーニング、蛋白医薬の糖鎖修飾等、医薬開発上有用と考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 1980年後半、ヒトや哺乳動物から目的遺伝子をクローン化するのは非常に難しかった。著者らは、医薬開発上有用な遺伝子を効率よくクローン化することを目的として、当時注目され始めていた発現クローニング法を用い、スクリーニング法の工夫を加えることで、当時注目されていたアンジオテンシンII受容体と糖転移酵素のクローン化に世界に先駆けて成功した。本論文では、糖転移酵素のクローン化と解析、およびその応用について詳細に記載されている。

 著者らは、従来の一過的発現系を用いる発現クローニング法では取得しにくい遺伝子の効率的取得を目的として、永続的な発現が可能な独自の発現クローニング系も開発した。本系は、Epstein-Barr virusの複製開始点oriPを有する発現ベクターとNamalwa KJM-1細胞(ヒトB細胞株Namalwa由来の無血清馴化株)を用いる系で、効率的なcDNAライブラリーの造成と安定形質転換株の取得が可能である。著者らは、本発現クローニング系を用い、以下の糖転移酵素のクローン化を試みた。

 白血球の炎症部位への浸潤やリンパ節へのホーミングには、接着分子セレクチン(E-、P-、L-セレクチン)とその糖鎖リガンドの結合が重要な役割を果たしている。糖鎖リガンドとしては、シアリルルイスx〔Sialyl Lewis x(sLex):NeuAcα2-3Galβ1-4(Fucα1-3)GlcNAc〕糖鎖が知られている。著者らは、白血球におけるセレクチンリガンドの生合成の鍵酵素である、α2,3-シアル酸転移酵素ST3Gal IVとα1,3-フコース転移酵素Fuc-TVIIのクローニングに成功した。

 ST3Gal IVは、レクチン耐性法というユニークなスクリーニング法を用いて効率よくクローン化された。ヒママメレクチン120は、sLex糖鎖の骨格糖鎖(Galβ1-4GlcNAc)に高親和性で結合して細胞毒性を示すレクチンであり、末端のガラクトース残基にシアル酸が付加すると親和性が低下すると考えられた。著者らは、目的のα2,3-シアル酸転移酵素活性を高発現するヒトメラノーマ細胞株WM266-4からcDNAライブラリーを作製し、それを導入したNamalwa KJM-1細胞を致死量のレクチン存在下で培養し、レクチン耐性となった細胞株からcDNAを回収することによりST3Gal IV cDNAを取得した。同様の手法で、基質特異性の異なる他のα2,3-シアル酸転移酵素ST3Gal IIIもクローン化した。両酵素のin vitro基質特異性、in vivo酵素特性、発現分布を解析した結果、顆粒球や単球では、ST3Gal IVがsLex糖鎖の生合成に関与すると考えられた。

 Fuc-TVIIは、抗sLex糖鎖抗体を用いたFACSスクリーニングによりクローン化された。sLex糖鎖を発現する単球系細胞株THP-1由来のcDNAライブラリーをNamalwa KJM-1細胞に導入後、FACSを用いて抗sLex糖鎖抗体への結合能が増加した細胞を取得し、それらからcDNAを回収することによりFuc-TVII cDNAを取得した。5種のα1,3-フコース転移酵素(Fuc-TIII〜Fuc-TVII)の転写物の発現量を解析した結果、Fuc-TIVとFuc-TVIIが、セレクチンリガンドを発現することが知られている顆粒球、単球、単球系細胞株(HL-60、U-937、THP-1)で発現していた。Fuc-TIVとFuc-TVIIのin vitro基質特異性、in vivo酵素特性、発現分布、E-セレクチンに対する結合能を解析した結果、Fuc-TVIIが白血球におけるセレクチンの糖鎖リガンドの生合成に関与すると考えられた。

 白血球におけるセレクチンリガンドの合成にST3Gal IVとFuc-TVIIが関与することは、その後のノックアウトマウスを用いた外部研究からも支持されている。両酵素は、セレクチンリガンドの生産、阻害剤のスクリーニング、蛋白医薬の糖鎖修飾等、医薬開発上有用と考えられる。現在、Wyeth Pharmaceuticals社が製造した可溶性P-セレクチンリガンド糖蛋白質(セレクチン・ブロッカー)の第II相臨床試験が進行中であるが、Fuc-TVIIはその糖鎖修飾に使用されている。

 本研究では、当時の最先端の手法を用いて、当時非常に注目されていた医薬開発上有用な受容体と酵素の遺伝子を、世界に先駆けてクローニングすることに成功した。その結果、世界中でこれらの受容体や酵素の生理機能や病気との関係に関する研究が進むと共に、実際の応用研究に利用され、社会における医薬開発に貢献した。よって、審査委員一同は、本論文が、博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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